「1試合につき球審150円、塁審100円」日本一の少年野球チームが保護者に"審判手当"を支給するワケ
プレジデントオンライン / 2022年4月8日 10時15分
※本稿は、藤田憲右『多賀少年野球クラブに学びてぇ!』(インプレス)の一部を再編集したものです。
■遠征があっても月3000円以上の部費は徴収しない
【藤田】多賀部費っていくらなんですか?
【辻】2年生以上は月2000円です。1年生以下が1000円。また、2年生以上は部費とは別に保護者会費を1000円集めています。ですから2年生以上だと月に合計3000円になりますね。
【藤田】例えばマクドナルド杯とか全国大会出場が決まった場合は別途集めたりするんですね。
【辻】いえ、集めないですよ。
【藤田】え!? じゃあ保護者が応援に来る場合は自己負担ですか?
【辻】いえ、部費の中から出していますよ。
【藤田】いやいやいや! 月2000円の部費から保護者の旅費・交通費まで出したらお金足らないでしょ!
【辻】足りない分はお中元にそうめんを売って工面しています。
【藤田】お中元? そうめん? それは「これを買って多賀少年野球クラブを応援してください」的な?
【辻】そうなんです。はじめは全国大会へ出場する資金を集めるためにスタートしたんですけどね。
【藤田】多賀の地元の名産なんですか?
【辻】いえ、これは多賀とは全然関係のない地域のものなんです。それを製造元から仕入れて、お中元の時期に合わせて3000円で売るんです。
【藤田】必要なお金は稼ぐという発想がもうすごいです(笑)。
【辻】でも保護者にこれを広めてもらうことをどう伝えればいいのか、はじめは考えましたね。部費を稼ぐためとはいえ、やっぱり負担をかけてしまいますからね。ですので、お中元の少し前の時期に「もし親戚や知り合いでお中元を用意しようとしている人がいたら、それをこのそうめんにしてもらえないか話してみてくれませんか?」ってお願いして。それが一番はじめでしたね。
【藤田】そうめんを買ってくれる人の立場からしたら「ふるさと納税」みたいなものですよね。どうせ何かお中元を贈るなら知り合いの学童野球の応援につながるものを贈ろうってことですもんね。
【辻】そうなんです。
■そうめん販売で年200万円の活動費を捻出
【藤田】製造元と知り合いだったからそんなことができたんですか?
【辻】いえ、実は製造元の方から声をかけていただいたんです。はじめは「ホンマに大丈夫なんか?」と不安もあったんですが、とりあえず一回やってみようかと細々とやっていたんです。でもそのそうめんが美味しいので年々売り上げが上がっていったんです。1つ売れたら1000円のマージンがもらえるんですけど、今は常連さんも増えて年に2000箱売れるようになりました。
【藤田】じゃあ年間200万円の活動費が稼げているんですね、そうめんで。
【辻】そうですね。今では全国大会に出ても出なくてもよく売れていますね(笑)。
【藤田】なるほど。面白いやり方ですね。
【辻】その他にも自分達の活動費は自分達で捻出しようということでいろいろやっています。町有地の草むしりの仕事を委託してもらって子どもと保護者とやったりとか、アルミ缶を集めて売ったりとか。アルミ缶集めも応援してくれる地元の業者さんが相場よりも高い値段で買い取ってくれたりして、年間にすると15万円くらいになりますからね。
【藤田】高校球児が遠征費を稼ぐために正月に郵便局でアルバイトするのと同じ感覚ですね。
【辻】僕も高校時代は「餃子の王将」でバイトしましたね(笑)。
【藤田】いいですね、そうめんを仕入れて売って、儲けを活動費にあてるって。さすが近江商人ですね(笑)。
■備品が壊れても修理費は部費から出さない
【辻】最初に話した部費2000円というのは年間に絶対にかかるお金なんです。登録費とか参加費とか消耗品費とか、それが大体1カ月に1人2000円かかるんです。逆にネットの補修とかバッティングマシンの修理代とか、そういうものは部費からは一切出さないんです。
![机の上に日本の100円硬貨と50円硬貨](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/7/670/img_77c7075fe8c5afe57ae83f77f725afd2681785.jpg)
【藤田】それはなぜですか?
【辻】例えばバッティングマシンの耐用年数が10年だとして、たまたま自分の子どもが在籍している時に壊れて20万円かかったとします。それを部費から出すっておかしいじゃないですか?
【藤田】あー、確かに。それが例えば7期生の時に壊れたとしたら6期生まではラッキーだったってことですもんね。
【辻】そうなんです。だから集めた部費の2000円は年間に必要なもの、消費するものだけに使うことにしているんです。
【藤田】なるほどねぇ。バッティングマシンとかネットの修理とかは部費とは別にそうめんやアルミ缶で稼いだお金を使うということですね?
【辻】そういうことです。細かく言いますと、ボールは年間に何ダース使うと決まっているのでこれは部費から出します。ただ全国大会に出る時に必要になる新しいボール代はそうめんなどを売って稼いだ収益から出しています。全国大会は出る年もあるし出ない年もありますから、そこを毎月の部費から出すのはおかしいと思うので。キャッチャーミットやマスクなども収益から払います。
【藤田】お金の種類が違うんですね、部費と収益と。それを使い分けている。面白いなぁ。保護者からしたら「マシンが壊れたの? チームのお金で修理するんですか。ふーん」って何とも思わない気もしますけど、よくよく考えてみると「なんでうちの子の代で負担するの!」って思われてもおかしくないですもんね。確かにそうだわ!
【辻】そこは保護者が絶対に納得できる形にしておかないとダメですね。
【藤田】すごいですね。そのあたりのお金の管理というか、チームマネジメントの抜け目のなさが。
■「球審1回150円」の“審判手当”を保護者に支払う理由
【辻】あとは「保護者会費」とはなんぞや? というところで言いますと、これは保護者が動いたら発生するお金なんです。
【藤田】はいはい。なんかもう面白そうですね(笑)。
【辻】月に1000円ですから、1人あたり年間1万2000円払うことになるんですが、そのお金をどう使うかと言うと、例えば保護者会長とか会計係とか役職がある人は電話を使うことも多いだろうし労力もかかるだろうということで、そういった役割が多い人には保護者会費で貯めたお金から報酬を支払うということなんです。逆に保護者には年間5回くらい「見守り当番」という役目がまわってくるんですが、その回数はみんな平等なんです。そういうみんなが平等にやることには報酬は発生しないんです。
【藤田】役職手当みたいなものですね。めちゃくちゃよくできていますね、それ。
【辻】あと試合で球審をやると150円もらえるんです。塁審は100円です。
【藤田】安いなぁ(笑)。
【辻】そうやって一旦集めたお金を、動いていただいた分だけ保護者に返していくんです。そうすることで、やむを得ず行けなかった保護者の後ろめたさが減るというか、行けない人の心の均衡を図っているんです。
【藤田】確かに! 動いた人にはお金が返ってきて、動かなかった人はお金が返ってこない。そうすることで「あそこはいつも来ないよね」とか、そういうのもなくなりますよね。
【辻】例えば事情があって審判に行けないご家庭もあるじゃないですか? そういう場合、「うちは審判に行けないからチームに入るのを止めておこうかな」という考えにもつながると思うんです。でもその時に「いやいや、あれはやっている人に保護者会費から手当が出ていますから大丈夫です。全然気にしなくていいですよ」って言えるんです。
【藤田】いやぁ、完璧だなぁ。すごいっすねぇ。
■監督は練習が終わると速攻で帰る
【藤田】負担が大きすぎて保護者の中から不平不満の声が出るチームも多いそうなんですが、多賀でもそんな声が出ることはありますか? 出た場合はどんな対処をされていますか?
【辻】早いうちにLINEで相談を受けて、相談を受けたら必ず家まで行ってすぐに解決を図りますね。
【藤田】家まで行くんですか?
【辻】家に行ったらその家のことがよく分かるんですよ。うちでも年に2、3回そういうことがあります。それ以外は一切保護者とは関わらないようにしていますけどね。
【藤田】基本的にはグラウンドで解決する?
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/9/670/img_f911d4009129452e7a48c182fd66ced6948724.jpg)
【辻】そうですね。
【藤田】保護者との距離感、関わり方はすごくしっかりされていますよね。
【辻】そうですね。僕は17時で練習が終わったら速攻で帰りますしね。保護者がグラウンドに残っていても。
【藤田】それはなぜですか?
【辻】練習が終わった17時以降に誰が残って練習しているとか、していないとか、誰が一生懸命で、誰がそうじゃないとか、そういった先入観を持ちたくないんです。
【藤田】「あいつ頑張っていたから試合に出してあげよう」とかって思っちゃいますよね。
【辻】でもグラウンドからすぐに帰る子も、もしかしたら家で練習を頑張っているかもしれないですよね。
【藤田】みんなを平等に見るために敢えて練習後のグラウンドを見ない。なるほどなぁ。
【辻】もっと言うと練習に来ていない子も平等に見ているつもりです。グラウンドに来なかっただけで家でやっているかもしれないですから。
【藤田】そこがすごいなぁ。
■保護者付き合いはグラウンドの上だけで十分
【藤田】辻さんは保護者と宴席を共にしないらしいですね。お酒は大好きなのに(笑)。
【辻】そうですね、大好きですけどね(笑)。
【藤田】それはそこで保護者と親密になったりすると選手起用に情が介在してしまったりするからとか、そういうことですか?
【辻】いえ、そうではないですね。野球を教えているんですからお付き合いはグラウンドだけで十分なんですよ。大人達のお酒の場だけじゃなくて、例えばチームの子ども達みんなでレクリエーションというか、ボーリング大会しようとかキャンプしようとか、そういうのはやらないし、やらないでくださいって言っています。
【藤田】夏にキャンプとかやっているチームも多いと思いますけど、辻さんがそこまで嫌がられるのはなぜなんですか?
【辻】子ども達は野球をしたくて来ているんですし、グラウンドだけで楽しいことも親睦も全部完結します。もちろん仲の良いチームメイト2、3人が遊びに行くのはいいんですけど、5年生だけで集まってプールに行こうとか、みんなでご飯を食べに行こうとか、全員集まって何かをやるのは止めてくださいというのは毎回言っています。
【藤田】みんなで集まるのがダメなんですね。
■保護者のストレスフリーを考える
【辻】保護者も「みんなやりたがっていますよー」とか言うんですけどね。「みんなって誰や?」「行きたくない人は『行きたくないです』とは言えへんもんですよ」って僕は言うんです。親子で集まってご飯を食べに行こうとか、ご苦労様会をやろうとか、仲良くなるためのレクリエーションとか親睦会とか、そんなの全員が行きたいと思っているはずがないんですよ。
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【藤田】なるほどなるほど。行きたくない人のことも考えてくださいよってことなんですね。それが「保護者のストレスフリー」にもつながるということですね。
【辻】そうなんです! 行きたかったら全員に声をかけずに行きたい人2、3人だけで行ったらいいんですよ。チームを巻き込まないでください、学年を巻き込まないでください、ということなんですよね。
【藤田】なるほどね。確かに「やりましょうよ!」「行きましょうよ!」って言うの、大体いつも2、3人ですもんね。
【辻】だから日本一になっても祝勝会も何もやっていないんですよ(笑)。
【藤田】でも保護者の中には、さすがに日本一になったお祝いくらいはやりたいって言ってくる人もいますよね? そういう時はどうやって断っているんですか?
【辻】「ご自宅で家族でお祝いしてください」って言いますね。
■メンバー外の子の保護者の気持ちもくみ取る
【藤田】すごい徹底ぶりですね(笑)。日本一をみんなで一緒に分かち合いたいという気持ちもちょっと分かる気もしますけど。
【辻】でもね、そう思うのはメンバーに入っている子の保護者ですよね。
【藤田】あー、なるほど。
![藤田憲右『多賀少年野球クラブに学びてぇ!』(インプレス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/7/200/img_17700aea95b1a600199f4c0a4c443f53513201.jpg)
【辻】9人の保護者だけですよ。それ以外の保護者のことを考えていますか? ということなんです。
【藤田】確かに! すごく納得できました。ちなみに指導方針が変わる前からそうしているんですか?
【辻】いえ、昔は優勝とかした時はグラウンドの隅にブルーシートを敷いて「よぉし! お前ら肉食わせたる!」って言って吉野家の牛丼をみんなで食べていましたね。
【藤田】そこは焼肉じゃなくて牛丼なんですね。確かに肉ですけど(笑)。
【辻】でもその時も試合に出られなかった6年生の子のお母さんが来なかったりしてね。自分の息子が出られなかったのは悔しいでしょうし、それなのにみんなで喜びながらご飯を食べるのは気が引けたりとか、いろいろ思うことがあったんでしょうね。そういう思いをする人もいるんだって気づかされてからそれすらも止めてしまいました。
【藤田】保護者にめちゃくちゃ配慮されていますね。試合に出られなかった6年生の保護者がいて、ベンチ入りすらしていない3年生の保護者がいて、それでもそのあたりに配慮せずに普通に祝勝会とか打ち上げとかしていますよね、ほとんどのチームは。確かに試合に出ていない子の保護者からしたら「うちの子は出ていないから行きません」って言えないですよね、なかなか。空気を読んで嫌々でも参加しますもんね。
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お笑い芸人
1975年生まれ。静岡県御殿場市出身。吉本興業東京本社所属。97年に大村朋宏とお笑いコンビ「トータルテンボス」を結成。野球への愛情、知識は全国の野球ファンの間でも有名。著書に『ハンパねぇ!高校野球』(小学館よしもと新書)がある。
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(お笑い芸人 藤田 憲右)
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