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EUの盟主から一気に転落…プーチンを信じて親ロシアを続けてきたドイツの末路

プレジデントオンライン / 2022年4月7日 10時15分

ドイツのオラフ・ショルツ首相(2022年4月2日) - 写真=dpa/時事通信フォト

■「あなた方は経済ばかり!」ゼレンスキー氏から猛批判

3月17日、ゼレンスキー・ウクライナ大統領がドイツ国会でオンラインスピーチをした。その直前、キーウでミサイル攻撃があったことで開始が遅れ、ようやく氏の顔がモニターに映し出されると、安堵(あんど)した議員たちが盛大な拍手。ところが、スピーチが始まったら、そこにはドイツに対する強烈な批判が盛り込まれていた。

「ガスパイプラインの建設は、(ロシアの)戦争準備だと散々言ったはずだ。しかし、あなた方の答えはいつも、『経済、経済、経済!』」

そういえば、確かについ最近までショルツ独首相はノルドストリーム2の中止を迫られると、「あれは民間事業なので……」と言い逃れをしていたものだ。

ノルドストリームはその成り立ちからして、社民党の虎の子プロジェクトだ。とはいえ、現在、ドイツがエネルギーで窮地に陥ってしまった責任は、もちろん現社民党政権だけにあるわけではない。国の内外からのすべての警告を無視して、ここ10年、ロシアからのエネルギー輸入を急速に拡大し続けたのは前メルケル政権だ。

■ノルドストリーム、脱原発…シュレーダー政権の遺産

メルケル氏のモットーは、「自由市場の原則に基づいて交易を深めていけば、どんな国にもおのずと民主主義が根付き、しかも、互いの依存度が増すので争いは鳴りを潜める」というもの。「日本国民は戦わず、平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼しよう」という日本の精神と、少し似ている気がしないでもない。いずれにせよこの論を掲げて、ドイツ政府はロシアのみならず、昨今では中国との結託をも大いに正当化してきた。

1本目の海底パイプライン「ノルドストリーム」が開通したのは2011年のことだ。これは05年、まもなくメルケル氏に政権を明け渡さなければならないかもしれないと悟った当時のシュレーダー首相(社民党)が、選挙の直前に、かなりグレーな手法で締結に持ち込んだ世紀の大プロジェクトだった。

■脱原発=ガスしか頼れないと分かっていた

シュレーダー氏は選挙での敗北後、政治から退き、運営会社ノルドストリームAGの幹部となり、今では(今もというべきか!)ロシア最大の石油会社のロスネフチの重役まで兼業している。言うなればプーチンの忠実なる僕(しもべ)だ。

実はドイツの脱原発政策の青写真を引いたのも、1998年に政権をとったシュレーダー政権だった。シュレーダー氏はその頃すでに、将来、原発がなくなれば、いくら再エネが増えようが、頼りになるのはガスしかないということが分かっていた。つまり、脱原発とガスパイプライン建設には整合性がある。

1998年から2005年まで第7代連邦首相を務めたゲアハルト・シュレーダー氏
写真=iStock.com/DirkRietschel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DirkRietschel

そのシュレーダー氏、今や社民党の目の上のたんこぶどころか、ドイツ国民の鼻つまみ者になっているが、いまだにプーチン大統領との「男の友情」は続いているらしく、3月11日、モスクワに飛んだという。ただし、社民党の誰もがシュレーダー氏の訪露など知らないと言っている上、その後の経過も一切報じられず、モスクワでの写真もなく、はたしてプーチン大統領に会ったのかどうかも分からない。

唯一の証拠(?)は、彼の韓国人妻が、モスクワの夜景を背景にして写っているインスタグラムの写真。目を閉じ、両手を合わせ、まるで聖母マリアのようなこの写真には、さすがのドイツ人も失笑を通り越し、嫌悪感をあらわにした。この女性はシュレーダー氏の5人目の妻で、ちなみに歳の差は26歳。

■EUで一人勝ち状態だったが…

いずれにせよ、2011年以来、シュレーダー氏の1本目のパイプラインのおかげで、安価なガスがロシアからドイツへ直結で送られてくるようになり、ドイツ経済は大いに潤った。さらに、ユーロ圏で金融政策が統一されていたことが幸いし、調子づいたドイツは、ドイツにとっては安くて有利な為替でどんどん輸出を伸ばした。そして、いつしかEUの中で一人勝ちと言われるようになったが、その一人勝ちをさらに強化しようとして計画されたのが「ノルドストリーム2」だった。

しかし、「ノルドストリーム2」には米国だけでなく、ほぼすべてのEU国が反対だった。第一の理由は、もちろん、ロシアに対するエネルギーの過度な依存だが、その他、ウクライナやポーランドなどは、ノルドストリーム2が開通すれば、自国を通っていた陸上パイプラインがご用済みとなるので反対、デンマークは自国の領海の生態系が乱されるとして反対した。トランプ大統領が就任すると、ノルドストリーム2の建設はついに中断するに至った。

■ドイツの政策を完全に狂わせたウクライナ侵攻

ところが、その後任であるバイデン大統領は、政権に就くや否やメルケル前首相に巧みに懐柔されたらしく、止まっていた工事は速やかに再開。ちなみに、メルケル前首相はプーチン大統領とは常に仲が悪そうに装いつつ、最終的に彼女が採った対ロシア政策は、すべて独ロ互助だった。

メルケル氏といえば、EUの牽引役、民主主義の保護者など、日本では名君として名前が知られているが、実は、彼女の過去の行動には、不可解なことが山ほどある。それについては、拙著『メルケル仮面の裏側』(PHP新書)に詳細に記したので、興味のある方はお手に取ってくださればうれしい。

この後、ドイツはあらゆる反対をものともせずに突き進み、パイプラインがようやく完成を見たのが2021年の9月。12月にはガスまで注入され、ゴーサインを待つだけとなっていた。昨今、ドイツが輸入していたガスのロシアシェアは55%を超えていたが、このパイプラインが開通したなら、シェアは70%以上に増えるはずだった。それで安心していたらしく、昨年の暮れ、ブラックアウトの危機まで囁(ささや)かれる中、ドイツは6基残っていた原発のうちの3基を果敢にも止めた。

ところが、ロシア軍のウクライナ侵攻でその計画は覆った。そして、ドイツのエネルギー政策は完全に破綻した。

■ガス不足、料金高騰、難民、インフレの四重苦

ドイツは今や、ガスの不足、高騰、そして、ウクライナからの難民、インフレの四重苦に襲われている。しかし、その苦境につけこむがごとく、EUの多くの国はロシアのエネルギー・ボイコットを叫ぶ。ロシアのガスは、ロシアに毎日4億ユーロ(約542億円)をもたらしているため、これを断とうというのが彼らの主張だ。

ただ、本当にボイコットすれば、実は皆、困るが、一番困るのはやはりドイツだ。ドイツが輸入しているロシアガスは、量が量なのでそう簡単に他に切り替えられそうにない。それどころかドイツには、液化天然ガス(LNG)の受け入れ基地さえ1基もない。これまで安いガスがあったため、誰もそんなものには投資しなかったからだ。

つまり、今、ガスが止まれば、ドイツの産業は間違いなく瓦解する。だったらドイツに、「ボイコットは無理です」と言わせようというのが、おそらくEUの国々の胸の内だ。

これまで肩で風を切っていたドイツのことを腹立たしく思っているEU国は、そうでなくても多い。今やEUサミットは、ドイツにとっては針のむしろ。「ディ・ヴェルト」紙はこれを、“カノッサの屈辱”に喩(たと)えたほどだ(1077年、ローマの王であるハインリヒ4世が、ローマ教皇に破門の解除と赦しを乞うため、雪の中、カノッサ城の門の前で3日間も立ち続けたという話)。国際社会とは怖いところだ。

■フランス、イタリアが画策する「ユーロ圏の共同債」

さて一方、このまたとない機会に乗じて、フランスとイタリアが、かねてどうしてもできなかったことをやろうと張り切っている。

3月10日、マクロン仏大統領がホストとなり、臨時のEUサミットがベルサイユ宮殿で開催された。フランスとイタリアの懸案はEUの財政改革。つまり、EUの財政の統一である。それが実現すれば、EUが共同で借金できるようになる。南欧の経済悪化組にとってはまさに千載一遇のチャンスであるが、ドイツにしてみれば、金遣いの荒い破産寸前の親戚にクレジットカードを託すようなもの。国民の抵抗も大きい。

ユーロ圏の金融政策を司るのは欧州中央銀行だが、現在、総裁は、仏クリスティーヌ・ラガルド氏で、前総裁のマリオ・ドラギ氏は現イタリア首相だ。彼らが手綱を握る欧州中央銀行の金融政策は、以前より非難され続けていたが、インフレが進み、ハイパーインフレの危険まで囁かれている今でさえ、彼らはマイナス金利を変えようとはしない。

欧州委員会のベルギー・ブリュッセルにある本部ビル
写真=iStock.com/Jorisvo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jorisvo

これではインフレを抑制できないことは自明の理だが、かといって引き締めに切り替えれば、フランス、イタリアなど南欧の財政悪化組がデフォルトを引き起こす危険が増す。つまり、ジレンマでにっちもさっちも行かないというのが、ユーロ圏の金融政策だ。これではお金はますます財政安定国ドイツやオランダ、オーストリア、スウェーデン、デンマークなどに流れていく。

■「尻拭いは困る」と反対したメルケル首相だったが…

この流れを変えることに成功したのが、2020年のコロナ債だった。コロナで甚大な被害を受けた国々は、自力での復興は不可能だということで、その救済に充てるためのEUの共同公債のアイデアが、初めて浮上した。イタリアが持ち出したアイデアで、赤字国のリーダーであるマクロン大統領が、「これほどEUの連帯にふさわしいものはない」と絶賛。しかし、ドイツは当初、財政規律を厳しくしてきた自分たちが借金国の尻拭いをするのは困るとして、他の財政健全国を束ねて反対に回った。

ところが、この時もメルケル首相は突然豹変し、20年7月に開かれたEUの臨時サミットでは、マクロン大統領と共にコロナ復興基金の設立を呼びかけた。総額7500億ユーロのうち、3900億ユーロは返済なしの給付金なので、イタリアなどは沸いた。一方、前述の財政健全国は、メルケルにはしごを外された形となった。くしくも、この決定は7月、ドイツが欧州理事会の議長国となった途端に行われた。

ただ、この時のコロナ復興基金は、総額の9割が「欧州グリーンディール」や「デジタル戦略」との抱き合わせになった。すなわち、融資にせよ、給付にせよ、コロナ救済資金の申請条件は、ただの復興ではなく、温暖化対策やデジタル化に資する使い道でなければならなかった。

■欧州のパワーバランスが崩れつつある

そして、おそらく今回、それと同じような公債が、マクロン・ドラギ組によって、インフレショックを和らげるといったような名目で持ち上がる可能性が高い。そして、この動きは今回こそ、EUを間違いなく財政統一の方向に誘導すると想像される。そうなれば、ドイツの経済優位は次第に崩れていくだろう。

もともと、社民党と緑の党はEUの財政統一には賛成の立場をとっており、20年にEUコロナ債を率先して作ったのも、当時、財相であったショルツ氏だった。なお、政権党の一角を担う自民党は、本来ならば財政規律を強化することを公約としていたが、事態はまさにその反対方向に進もうとしている。

いずれにせよ、今、ドイツの立場は極めて弱い。「ドイツはロシアに依存してはいない」という主張が脆くも崩れ、ノルドストリーム2が事実上停止に追い込まれ、さらに、もうしばらくはロシアのガスを買い続けることを、EUに大目に見てもらわなければならない。つまり、この追い詰められたような立場が続く限り、ドイツが共同債に強く反対することはできない。

ロシアのウクライナ侵攻は、思いもよらぬヨーロッパの力学の転換をもたらすかもしれない。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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