なぜ映画監督は堂々と性暴力を奮うのか…女優たちの告発を「枕営業」にすり替えてはならない
プレジデントオンライン / 2022年4月6日 18時15分
■日本の芸能界でも性的虐待が明るみに
映画監督や俳優が、女優たちに「映画に出してあげる」と甘く囁(ささや)き、SEXを拒むと「殺すぞ」と脅し、性的虐待を繰り返していた。
週刊文春が報じた日本映画界の“闇”が大きな波紋を呼んでいる。
3月18日には、是枝裕和や西川美和など著名な監督たち6人が「私たちは映画監督の立場を利用したあらゆる暴力に反対します」と宣言をする事態にまでなった。
#MeToo運動のきっかけになったのはハリウッドの有名映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが多くの女性(女優だけではない)に対して“性的暴行”を行っていることを「ニューヨーク・タイムズ」が報道したことだった。
彼は映画『恋に落ちたシェークスピア』などのヒット作を生み出し、映画製作・配給の大手「ミラマックス」の設立者でもあった。
それまでも、ワインスタインの女性に対するひどい扱いは知られていた。一人の女優が、ワインスタインから性的暴力を受けたことがあったと「タイムズ」の記者に話すが、他の世界的な女優たちは、ワインスタインからの報復を恐れて、固く口を閉ざした。
彼女たちに口を開くよう何度も説得した際に、「タイムズ」のミーガン・トゥーイー記者がいった、この言葉が彼女たちの心を動かした。
■「なんとかこの場から生き延びて帰ろうと」
「過去にあなたに起きたことを変えることはわたしにはできない。でもね、わたしたちが力を合わせれば、あなたの体験をほかの人を守るために使うことができるかもしれない」(ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』(新潮社)
最初に、ワインスタインのことを記者に話したのは、女優のローズ・マッゴーワンだった。同書によれば、
「部屋を出ようとするとワインスタインが彼女をお湯を張った浴槽のある部屋へ引きずり込み、浴槽の縁のところで彼女を裸にし、彼女の股のあいだに自分の顔を強引に押しつけた。自分の魂が体から離れていって、天井あたりに浮かんで、そこから見下ろしているような感じだった、という。
『ものすごいショックを受けたの。なんとかこの場から生き延びて帰ろうという心理状態になってた』。そこから逃れるために、オーガスムに達したふりをし、頭のなかで体に向かってひとつひとつ命令を下した、と彼女は語っている。『ドアの取っ手を回せ』、『この場から出ろ』と」
■抗議しても解雇や侮辱される目に遭う
ハリウッドがこの世にあらわれた時から、「キャスティング・カウチ」という言葉があったという。
役をもらう代わりにプロデューサーやディレクターに体を任せるという意味だが、ロスアンジェルスの映画のプレミアが行われるチャイニーズ・シアターの近くには、実際に「キャスティング・カウチ」の彫刻が置かれているという。
この悪しき風習を徹底的に利用したのがワインスタインだった。彼は「女性たちを絶望的な状況へ突き落とした。性的要求に従うか、攻撃されるリスクを取るかの二者択一に。これは法的定義に該当しようがしまいが、明らかに性的虐待である」(同書)
それまでは、性的な暴力を受けていても、「たとえ抗議の声を上げても、解雇されたり侮辱されたりすることがよくあった。被害者の多くは身を隠さざるを得ず、支援されることもなかった。被害者の取るべき最善策は、沈黙を条件に賠償という名の口止め料をもらうことだった」(同書)
タイムズの記者たちは、多くの女優やワインスタインの下で働いていた女性たちを説得し、裏付けを取り、ワインスタイン側の執拗(しつよう)な記事差し止め圧力に屈しないで、報道した。
その結果、ワインスタインは逮捕され、30人以上に和解金2500万ドルを払った挙句、禁錮23年の刑が科されたのである。
■日本の女性たちも声を上げると思われたが…
ワインスタイン報道が出てから数カ月もたたずして#MeToo運動が爆発的に広がり、デートレイプから子どもへの性的虐待、男女差別などの問題が議論されるようになった。
アカデミー賞俳優のダスティン・ホフマンやケビン・スペイシーも過去の性的嫌がらせが告発された。スぺイシーは、自身も制作に参加していたNetflixの『ハウス・オブ・カード 野望の階段』を降板することになった。
日本でも、伊藤詩織さんが、山口敬之TBSワシントン支局長(当時)に酔わされレイプされた。警視庁に被害届を出し、相手が不起訴になると、顔と実名を出して会見を開くなど、彼女の勇気ある行動に関心が集まった。
この国でも#MeToo運動が広がり、性被害を受けた女性たちが次々に声を上げるかと思われたが、そうはならなかった。
「男女平等」「女性が活躍できる社会」など浮ついた言葉が躍るだけで、法整備の問題、女性たちの置かれた状況の変革、世界で120位(2021年)という最低のジェンダーギャップ指数、マスメディアでさえいまだに男性中心社会であることなど、いくつも理由を挙げることはできる。
だが、ここへきて、週刊文春の報道がきっかけになり、日本でも性加害を受けた女性たちが声を上げ始めるかもしれない。
週刊文春を紹介してみよう。
■榊英雄監督の性加害を女優4人が告発
「女優4人が覚悟の告白『人気映画監督に性行為を強要された』」(『週刊文春』3月17日号)
榊英雄(51)という監督は、俳優業もやり、脇役だが、NHKの大河ドラマにも出演していたそうだ。
監督としても、『誘拐ラプソディー』や『ハザードランプ』という映画を撮り、3月25日から性被害を扱った『蜜月』が公開予定だった。その彼が多くの女性を“毒牙”にかけていたというのだ。
まずA子さんのケース。榊のワークショップに参加していたそうだ。
「ワークショップが終わった後、連絡が来て『もう一回会いたい。飲みに行こう』と誘われました」
指定されたのは、渋谷・道玄坂の居酒屋だった。
「7時くらいから飲み始めた。食事中は変わった様子はありませんでした。私は当時、横浜方面に住んでいて終電が早かったので、2、3時間経ったころに、もう帰りましょうかと二人でお店を出たんです」
店を出てすぐに“事件”が起きたという。
■「騒いだら殺すぞ」と凄まれ…
「A子さんは榊に引っ張られ、暗がりに引き込まれた。
『マンションの駐車場でした。奥の方の、通行人からは死角になる場所まで連れ込まれた。なんとか逃げようと「やめてください!」と声を出したり、強く抵抗しました』
だが、榊氏はA子さんの耳元でこう凄んだ。
『騒いだら殺すぞ』
A子さんが当時の心境を明かす。
『あまりの恐怖で、その一言は今でも鮮明に覚えています。榊は体も大きいし、強面です。その場でパンツだけ引きずり下ろされ、無理やり犯されました。もちろん避妊などされません。時間にして5分くらいでした。ことが終わると榊は「じゃ、またね」とその場から去りました』」
榊には土地勘があったようだ。これはまごうことなき強姦である。同じようなケースがB子、C子、D子にもあったというのだから、榊という男、性加害の常習者のようだ。
文春が取材を申し込むと、書面で回答があったという。
A子さんについては「肉体関係があったことはなく、ましてや『騒いだら殺すぞ』等と脅したこともありません」と否定した。
そのほかについては、合意だったとか、女性のほうから近付いてきたといっている。
榊は、「不倫行為については、妻にも謝罪し、許してもらっております。(女優らに)性行為を強要した事実はありません」と答えている。
■「今回の件は“氷山の一角”だという声もあります」
だが、日刊ゲンダイデジタル(3月11日付)はこう報じている。
「さる映画関係者はこう話す。
『榊監督のワルさは関係者の間では誰でも知っている有名な話でした。今まで表沙汰にならなかったことが不思議なくらいですよ。ワークショップで“師弟関係”となった女優の卵に手を出すんです。女優として有名になりたいがために、たくさんの女性が泣き寝入りしてきたはずです。今回の件は“氷山の一角”だという声もあります』」
当然だが、3月9日、映画「蜜月」の公開は中止と発表された。
週刊文春発売後に榊監督は次のような文書を発表している。
「記事の内容につきましては、事実であることと、事実ではないことが含まれて書かれておりますが、過去のことをなかった事には出来ません。それをしっかり肝に銘じ、これからの先へ猛省し悔い改めることを誓い、人を、日々を大事に生きていきたいと思っております。
最後に、関係者の皆さま深くお詫びするとともに、今後の対応に関しましては、専門家と話し合いの上、進めていきたいと思っております」
法的措置も辞さないという脅しなのだろうか。
■新たな4人も次々と被害を告白
翌週の週刊文春は、「『性加害』監督の性暴力を新たに4人が告発する」と続報している。
手口はほとんど同じで、ツイッターでメッセージを送ってきて、飲みに連れて行って、強引にラブホテルなどへ連れ込む。
中の1人は、体型確認のために下着姿になれといわれてホテルに入った。榊は、「男性機能が役に立たない」といいながら、抱きしめてきたそうだ。
「すごく気持ち悪かったです。どうしてもされたくなくて、ちょっと努力したらそれで帰してもらえるんじゃないかと考えて彼の性器を触り、口でしました。その瞬間はそれしか方法が思いつかなかった」(週刊文春)
だが次の瞬間ベッドに放り投げられた。
「一分ほどで事が終わり、私が『コンドームしなかったですね。もうすぐ生理が始まるとは思うんですけど……』と言ったら『ちょうどよかったじゃん』と言い放ちました」(同)
彼女はホテルに入る前にスマホの録音ボタンを押していたそうだから、コトの一部始終は証拠として残っているようだ。
第3弾は、「芸能界の『性加害』名脇役はこうして若手女優を蹂躙した」(『週刊文春』3月31日号)である。
■榊監督と親しい木下ほうか氏も
榊監督と親しい脇役俳優の木下ほうか(58)にも性加害があったという。木下は、大阪府出身で高校時代から自主映画制作にのめりこみ、16歳の時、井筒和幸監督の『ガキ帝国』で俳優デビュー。大阪芸術大学在学中に自らの劇団を立ち上げたという。
その後、吉本新喜劇に3年在籍したが島田紳助から「役者をやりたいなら東京に行くべきやろ」とアドバイスされて上京。
3月21日にレギュラー放送最終回を迎えた『痛快TVスカッとジャパン』(フジテレビ)の「イヤミ課長」役で人気を博したそうだ。
木下と榊の関係は深い。榊監督作品に7作出演していて、映画やドラマでの俳優同士としての共演は12作にもなるという。
被害を受けた女優のH子さんがこう話している。
ワークショップで知り合い、台本の相手役になってやると木下の自宅に呼ばれた。その後は榊と同様に、
「なし崩し的に口での行為を迫られました。抵抗したらもっと酷いことをされるかもしれない。要求に応えて済ませた方が安全だと思ってしまった。『早くこの時間が終われ』と頭の中で繰り返していました」
■告発したいという依頼は次々に来ているようだが…
I子さんのケースは、飲み会で知り合い、自宅に呼ばれ性行為を迫られた。
「私とは親子ほど歳が離れていますし、気持ち悪かった。でも力では到底勝てないし、顔が広いので、拒んだら悪い噂を流されるかもしれない。『みんなやってる』『これを断るようなメンタリティじゃこの世界でやっていけない』と言われて洗脳されたというか、断れなかった。なんで役者として演技をしたいだけなのに、いつも性行為の話が出てくるんだろうって……」
週刊文春編集部には次々に告発したいという依頼が来ているという。
榊や木下以上の大物監督や大物俳優のスキャンダルが出てくれば、映画界・芸能界は激震するはずだが、果たしてそうなるのだろうか。
先の是枝監督たちが宣言の中でこういっている。
「加害行為は、最近になって突然増えたわけではありません。残念ながらはるか以前から繰り返されてきました」
こうした悪習は、日本の映画界に残っている“宿痾(しゅくあ)”のようなものである。「映画村」という言葉に象徴されるように、いまだに村社会なのだ。
アメリカに比べて日本は、性被害に遭ってもいい出しにくい“空気”がある。伊藤詩織さんのケースでも、被害を受けた女性のほうにも非があったのではないかなどといい出す輩(やから)もいた。
日本の芸能界にも「枕営業」という言葉がある。女優が事務所などからいわれて、大物プロデューサーやディレクターのところへ枕営業に行かされたという告白が時々出ることがあるが、大きな問題に発展したことはない。
ハリウッドはなぜ声を上げられたのだろうか。ロスアンジェルスの映画村には、世界中から女優になりたい女性たちが集まる。その女性たちを自分の欲望の餌食にしようと企むプロデューサー、監督、俳優も多くいるだろうが、中には、彼らたちの性加害を堂々と実名で告発する女性が、ワインスタインのケースのように出てくる。
それは、ハリウッドに集う女性たちの多様性と自立心だと思う。日本ではどうか。
私の心配は杞憂に終わりそうである。週刊女性(4月19日号)が、園子温監督が「映画に出たかったらオレと寝ろ」と女優たちに迫っていたと報じたのだ。
■「“主演女優にはだいたい手を出した”とも」
園監督といえば、映画『愛のむきだし』でベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞している。その後も、『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』などを発表し、ハリウッド進出も果たしている有名監督である。
女優のAさんはこう証言している。
「普段から“女はみんな、仕事が欲しいから俺に寄ってくる”と話していました。“主演女優にはだいたい手を出した”とも。ある女優さんのことを“俺のおかげで売れたんだ”と言ってましたが“別の男に乗り換えられて、捨てられた”って嘆いていました」
別の女優は、こんな話をしている。
「マネージャーと一緒にアトリエに呼ばれて3人でビールを飲んでいたら、いきなり園さんが脱ぎ始めて“ふたりでして”と要求してきたそうです。結局、園さんは飲みすぎたせいか、途中でやめてしまったみたいですけど」
元女優で音楽活動もしていたCさんは、俳優のTとランチをした後、園の自宅に連れて行かれたという。
Tは消えて、園は寝室へ誘ったそうだ。
「私は、絶対に寝室に入りたくなかったので、ドアの外からハット(編集部注=園監督のハットのコレクション)を見ていました。でも、強引に腕を引っ張られ、ベッドに押し倒されて馬乗りされました。そして、キスをされたり、首元を舐められたり、胸を揉まれたり……。私の身体に股間を押しつけてきて触らせようとしてきたり、服の首元から、中に手を入れられたりもしました」
■“映画村”の根深い問題がようやく明らかにされるのか
週刊女性は園監督を直撃する。
——映画に出演するにあたり、園監督が女優に性的な関係を求めていたというが?
「いやいや……ちょっと待って……ええっと……何の話ですか」
——キャスティングする際に性行為の対価として映画に出演させていた?
「それは……知りませぇん……それは……」
ろれつが回っていなかったという。
——実際にそう証言する女性がいます。
「そんな……ありえ、ありえないですね」
週刊文春が提起した監督や俳優たちの性加害問題は、週刊女性が園子温監督のケースを報じたことで、週刊誌の独壇場になる気がする。
週刊文春は次号で、プロデューサーの性加害問題を報じるそうだ。ワインスタインのときは、女優が実名を出して告発したことで、事件が大きく動いた。日本でも、有名女優が名前を出して告白すれば、この問題は大きく社会問題化していくはずだ。
長年にわたって行われてきた映画村の性加害問題が、ようやくその全容を現すときがきたのかもしれない。
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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