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3年で売り上げが2倍に…静岡の住宅会社が弱小サッカーチームの胸スポンサーで大儲けできたワケ

プレジデントオンライン / 2022年4月9日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BalkansCat

スポーツチームの「スポンサー」にはどれほどの広告効果があるのか。静岡県のサッカーJ3・藤枝MYFCの場合、地元の住宅メーカーが「胸スポンサー」となったことで、3年で売り上げを倍増させたという。藤枝MYFCの創設者の小山淳さんと一橋大学大学院の阿久津聡教授の対談をお届けしよう――。

※本稿は、小山淳、阿久津聡ほか『弱くても稼げます』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■サッカークラブのスポンサーになる企業の意義

【小山】サッカークラブをスポンサーする際にはどういった価値観の反映になるのでしょうか。

【阿久津】サッカーというスポーツは、みんなが見たりやったりして楽しんでいるわけですよね。すなわち、多くの人に魅力的な「経験価値」を提供してくれるものです。それを支援する動機というのは、単純にサッカーが好きだからに始まって、サッカーを守りたいからとか、それをやっている誰かを応援したいからとか、様々でしょう。

一方で、支援の動機にはそれほどかかわらず、サッカーを支援することによって得られるメリットとしては、スポンサー名の露出機会の増加に伴う認知の向上のほか、魅力的な経験価値を提供するサッカーが持つ連想があります。例えば、楽しさや感動、一体感や共感といったものとスポンサーが、何らかの連想の連鎖でつながることがあるわけです。

また、応援の動機によっては、スポンサー側が積極的に発信することによって受けることが可能になるメリットもあります。例えば、スポンサーの会社が掲げている理念など、抽象的で目に見えない漠然としたものが実際には何を意味しているのか、それが実際のスポンサー活動を通してわかりやすい形で具現化され、可視化される効果もあります。

その場合、「人々の生活文化を潤い豊かなものにする」といったような会社の理念を具体的に実践することによって、社内の士気を高めたり、会社の好感度を上げたりしようという動機があって、その一環としてサッカークラブのスポンサーになるわけで、スポンサー側はその動機を明確に発信していくことになりますね。

【小山】ということは、例えば我々のクラブなどのスポンサーになってくださる企業さんは、ブランディングをしているのであり、一つの価値観の表明でもあるのでしょうか。

■スポンサーになるのに受け入れられやすい物語

【阿久津】そうですね。ただ、かつて日本では「計算高い」印象を与えてしまうことなどを考慮して、あまりブランドというものを前面に出すことを好まない企業も少なくなかったんですよね。そうした企業は見返りなんて期待していないというスタンスを示すことも多く、「スポンサーにはこういうメリットがある」という話は、なかなか公な話として伝わってこないんですよ。

一方で、サッカーがさして好きでもないし興味もあまりないけど、会社の認知や好感度を上げるのに比較的メリットがありそうだからサッカークラブのスポンサーになってみる企業も、そこそこあったように思います。特に景気がよかった時、ちょっと古いですけど例えばバブルの時、そんな企業が多かったような気がします。

とはいえ、人々はやはり物語の整合性を考えますから、サッカーなどのスポーツの価値に共感するから、アイデンティティのある地元のクラブを応援したいから、といった理由でスポンサーをするほうが、受け入れられやすいだろうと思います。そこには、スポンサーをしている動機に対しての共感もあるからです。

■スポンサーの6割がサッカーに興味がなかった

【小山】静岡県のサッカーJ3・藤枝MYFCは400以上の株主たちに支えられたクラブでしたが、そのうちの6割ぐらいはサッカーに興味がない方々だったんです。ただ、プロサッカークラブは地域創生のためのツールであり、「フットボールは大人を子どもにして、子どもを大人にする」という有名な言葉があるように、そういったアカデミーを通じた人間形成、教育水準の向上に資するものなんです、といった理念を説明すると、そこに共感してくださり出資者になってくださいました。

サッカースタジアム
写真=iStock.com/mel-nik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mel-nik

また、その共感があったゆえに、出資だけでなく毎年合計2億円弱のスポンサー支援も各企業からいただいてました。これは藤枝がブランドだったと考えていいのですか?

【阿久津】それは藤枝がブランドだったとかブランドではなかったという捉え方をするよりも、株主さんたちは藤枝の理念に共感したからスポンサーになったということで、その理念を象徴するものとして藤枝というブランドがあったと捉えるべきではないでしょうか。

【小山】なるほど。だとするとやはりブランドというのは実態がつかみにくいなとも思ってしまいますが、一体、ブランドって何なんでしょうか?

■ブランド価値の源泉は「まずは知ってもらうこと」

【阿久津】ブランドって、一言でいえば記号なんですよ。でも、なぜ記号に価値があるかといえば、何らかの価値あるものを象徴するシンボルだからです。そして、シンボルだからこそ、じゃあ何を象徴しているのかということがすごく大事になるんです。

【小山】記号であるブランドが何を象徴しているのか。そこがやはり重要だとして、それってやはりわかりにくい部分でもありますよね(苦笑)。

【阿久津】そうですね。確かにこれは混乱しやすい部分であり、だからこそ、それを整理して明確にしたデービッド・アーカーの「ブランドエクイティ」という概念(※)がビジネスに役立つと評価された理由でもあるんです。

ブランドエクイティの研究が広まる以前から、ブランド資産とかブランド価値という言葉は使われていたのですが、そこで言う資産とか価値の源泉は一体何なのかについては必ずしも明確でなかったんです。ブランド価値の源泉とは何か? それがよくわからなかったわけですよ。

(※)デービッド・アーカー『ブランド論 無形の差別化を作る20の基本原則』(ダイヤモンド社)

【小山】はい。大本となる価値の源泉とは何か? ってなると、よりイメージしにくいです。

【阿久津】そうですか……(苦笑)。価値の源泉は一つではありません。まず、ブランドの認知が挙げられます。ブランド認知とは、簡単に言えば、そのブランドの名前やロゴを見たり聞いたりしたことがあるか? 知っているか? ということです。

そもそも「認知」されていない状態だと価値を持ち得ません。「まず知ってもらう」ことがとても大事なんです。TVや雑誌をはじめ、サッカーでいえばユニフォームやサッカー場に掲示する看板もすべて、スポンサーにとっては認知向上のためのメディアです。

「この会社のロゴ、どこかで見たことある」とか「この会社の名前、たしか聞いたことある」といった最低限の認知が達成されてはじめて、そこに何の意味があるのか、何を象徴しているのかといった次の段階に進めるわけですが、スポンサーの動機として、この「とりあえず、知ってもらいたい」、認知を高めたいという動機づけが大きすぎて、その後の話をしてもなかなか理解してもらえないということは十分あり得るだろうと思います。

■地方住宅メーカーが胸スポンサーに就任した効果

【小山】なるほど、いずれにしてもやはり「認知」からなんですね。認知向上という点では、地域密着のサッカークラブのメディアとしての有効性を示す事例として面白い体験をしました。

少しブランド論から離れて広告効果の話になってしまいますが、J3藤枝を経営していた時代、ユニフォームの胸部分に広告掲示するスポンサーになってくださった住宅メーカーがありました。結果的にそのメーカーは胸広告により、大変なスポンサー効果を得たのですが、その大きな理由は藤枝市役所にJ3藤枝のユニフォームが掲示されたからです。市役所での露出により認知が高まり、公務員のお客さんがとても増えたと。

地方の住宅メーカーにとって、地域の公務員の方々は上客らしいんですね。なぜなら地方自治体とは地域における最優良企業の一つで、そこの正規雇用職員はやはり見逃せない顧客層だからです。公務員同士でご結婚されているダブルインカムのご家庭も多く、また大手企業の支社勤務と違って定住することがほぼ確実。メーカーは経済的に住宅を安心して売れる、買い手は居住条件として安心してその土地に買えると、理由が揃っているんですね。

そのため彼らにリーチする方法の一つとして、その住宅メーカーは藤枝のスポンサーになった。藤枝のユニフォームはそれ以前から市役所に掲示されていたので、そこに目を付けてもらったのだと思います。

結果的に公務員の方々は勤務先である市役所で毎日我々のユニフォームを通じて、その企業の名前を見ることになりました。また、地元のサッカークラブを応援するために、少なくない資金を援助しているんだから、このメーカーは安心できるという信頼もユーザー間には醸成されたそうです。確かに地方自治体で働く方にとって、地元のスポーツクラブへの貢献は企業イメージを形作る重要なベンチマーク指標になるでしょう。

モジュラーハウス
写真=iStock.com/urfinguss
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/urfinguss

■消費者の「安心できる会社」という連想

【小山】結局、そのメーカーさんはスポンサーをしていた3年ほどの間に、売り上げを倍増させたのですが、もう藤枝周辺エリアの潜在顧客は開拓し尽くしたということで、今度は別の地域を重点的に開発することになりました。その結果、「ありがとう小山くん、いつかあっちの新規開拓エリアにクラブを作ることがあったら、また絶対協力するから!」と言い残しスポンサーをやめてしまいました(苦笑)。

そんな嬉しさ半分、悲しさ半分のエピソードでもあるのですが、認知ということでは地域密着クラブが果たせる可能性の高さを感じる事例でした。

【阿久津】これはすごくわかりやすい例で、ブランドエクイティの概念を考えた際には「認知」がまず初めに来て、次に「連想」があるんです。この例のように、「サッカーチームのスポンサーをするほど資金力があるなら安定した会社なんだ」など、消費者は色々なことを自ら推論しながら、その会社について連想を広げるわけですが、この「連想」こそが「認知」の次にくるブランド価値の源泉というわけです。

もちろん、「あの会社は信用できない会社だ」といったマイナスの連想もあるので、連想なら何でもブランド価値の向上をもたらすわけではありません。そこで知っておきたいのは、どんな連想がブランドの価値を向上してくれるのかだと思います。

【小山】はい。

■一人ひとりの脳内にある「認知と連想」

【阿久津】次に知っておきたいのは、その連想はどのようにして生まれ、どこに保管されるのかです。例えば、お菓子のブランドにとって、「おいしい」という連想はブランドの価値を向上してくれるものだと思います。で、その連想は、そのお菓子を食べてみての感想として生まれるものであり、お菓子そのものの価値に起因する連想と言えます。

一方、このお菓子は皇室御用達だという連想もブランドの価値を向上してくれるものだと思いますが、その事実を知らせるニュースによって生じるものであり、お菓子そのものではなくその背景情報に起因する連想です。そのお菓子を食べれば、おいしいかどうかはわかりますが、それだけでは皇室御用達かどうかはわかりません。

おいしいという連想は基本的にお菓子という製品そのもののマネジメントによって生み出すものですが、皇室御用達のような連想は製品のマネジメントを超えた広報やマーケティング活動によって生み出されます。だから、製品という枠組みを超えたブランドという枠組みで管理したほうがよい。

先ほどの「認知と連想」は、どちらも人の脳内活動によって生み出されるもので、手で触れられる有形のものとしては存在しません。ブランドが存在するのは、人の心の中もしくは脳内です。二つ合わせて、私は「心脳」と呼んでいます。

その「心脳」にブランドの「認知と連想」は存在する。つまり私たち人間一人ひとりに内在するわけです。製品価値の源泉は製品そのものの中にあるという理解とは対照的に、ブランド価値の源泉はそれを問う私たち一人ひとりの中にあるという理解になります。

■地元企業の最適な「メディア」がサッカークラブだった

【阿久津】藤枝の事例に引きつけていえば、スポンサーだった住宅メーカーさんからすると、自分たちがビジネスをしている地域と全然違う地方に住む小学生が藤枝の試合を見てその住宅メーカーさんの名前やロゴに触れても、ほとんど意味がないですよね。しかし営業地域の、市役所や学校の職員という潜在顧客にピンポイントで会社を認知してもらったり、よいイメージを抱いてもらったりすることができたから、彼らはビジネスで成功した。

その時、住宅という彼らの製品そのものは何も変わっていないわけです。ブランドマネジメントの観点からは、誰の心脳の中にどんな連想を持つブランドを構築するのかまで考え、広告やスポンサーの仕方を決めてしかるべきということになります。

【小山】すると、ぼくらの立ち位置、つまりサッカークラブはどういう存在になるんですか? サッカークラブがブランド価値を持っているということでしょうか?

【阿久津】先ほどの事例で問題になっているのは、藤枝というサッカークラブのブランド価値が高いか低いかではなく、スポンサーである住宅メーカーのブランド価値を、そのメーカーが望む形で高めることができる「メディア」であるかどうかです。だから、その住宅メーカーさんにとって、小山さんが掲げていた地域へ貢献したいというミッションやビジョンは、スポンサーをするかどうかの判断にあまり関係がなかったわけです。

【小山】え、そうなんですか?

小山淳、阿久津聡ほか『弱くても稼げます』(光文社新書)
小山淳、阿久津聡ほか『弱くても稼げます』(光文社新書)

【阿久津】あまり関係がなかったと思います。住宅メーカーは、彼らの顧客層の人たちに会社を知ってもらい、よい評価をしてもらうためのメディアを探していたのだと思います。費用対効果も考えたうえで、最適なメディアを探していた。

【小山】それが地元のサッカークラブだったと。

【阿久津】そうです。ただし、「ここをスポンサーしているのだから、ちゃんとした会社だ」という見た人の推論からの連想が生まれるためには「ここ」、つまりこの事例でいえば藤枝というサッカークラブがちゃんとしていないといけない。きちんと運営されているクラブである必要性はもちろんあったわけです。そういう意味では、小山さんが掲げていたクラブの立派な理念は関係していたわけですが、あくまで間接的な関係に留まっていますよね。

【小山】なるほど、大変勉強になります。

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小山 淳(こやま・じゅん)
スポーツX 代表取締役
1976年静岡県藤枝市生まれ。2002年にJプレイヤーズを創業。2009年にサッカークラブ「藤枝MYFC」を創業し、5年でJリーグ加入を果たす。2017年にスポーツX株式会社を創業し、さまざまなスポーツクラブの経営に携わる。

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阿久津 聡(あくつ・さとし)
一橋大学大学院 経営管理研究科 教授
一橋大学商学部卒。同大学大学院商学研究科修士課程修了(商学修士)。フルブライト奨学生としてカリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院に留学し、MS(経営工学修士)とPh.D.(経営学博士)を取得。一橋大学商学部専任講師、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授などを経て、現職。日本マーケティング学会副会長。

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(スポーツX 代表取締役 小山 淳、一橋大学大学院 経営管理研究科 教授 阿久津 聡)

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