「敵は巨人でも阪神でもない」ベイスターズが優勝争いに絡めなくても観客数をぐんぐん増やせたワケ
プレジデントオンライン / 2022年4月10日 17時15分
※本稿は、小山淳、阿久津聡ほか『弱くても稼げます』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■観客動員数を大きく伸ばしたベイスターズ
【小山】ところで、先生から見て、ブランディングに成功しているなと感じる国内のプロスポーツチームはありますか? もちろん正確なお話をいただくには、データに基づく厳密な調査が必要となってくるでしょうから、一般論としてで構わないのですが。
【阿久津】そうですね。個人的な印象だけだと相当バイアスがかかってしまうので、その取り組みが広く報道されている事例を中心に考えると、やはり横浜DeNAベイスターズなどはマーケティングやブランディングの手法を上手く使って成功しているケースだと思います。
【小山】確かにDeNAが買収してからの観客動員の伸びなどは目を見張るものがありますね。
【阿久津】ポイントはベイスターズがあまり強くなかったことです。強くないにもかかわらず収益が上がるということは、ブランディングやマーケティングによほど成功したのだろうと考えられます。
プロスポーツというのは、つまるところエンターテインメントビジネスだと思っています。コアファンを作って、さらに一般のライトな層まで取り込むためには、かなり外向きの経営をしていかないといけない。なので、スポーツ業界はブランディングがとりわけ重要な業界の一つだと思います。
【小山】確かにファン抜きにプロスポーツは成立しません。
【阿久津】それにもかかわらず、これまでは親会社依存だとか、自治体の補助など、現代のグローバルな基準で見た時には少々異質な経営がなされていたプロスポーツ組織も多かったのではないでしょうか。そこに気づいて、いち早く力を入れて取り組んだ例がベイスターズなんだろうと思います。そしてこういう事例が増えてきたことにより、業界全体としてもグローバル基準に移行していく流れができたのではないでしょうか。
■一度ファンになると一生応援してくれる「生涯価値」
【小山】プロ野球のお話が出たので、ちょっと先生にブランディングとの関連をお聞きしたい事例があります。我々のグループのアカデミー&スクール事業を行っている会社は、あるプロ野球球団のスクール事業を請け負っています。元々OB選手などが指導者としてやっていた時代は200人程度の規模だったようですが、スクール運営のノウハウがある我々が事業を請け負ったところ、生徒が急増し現在は約3000人が通っています。
生徒たちはファンクラブにも入会してくれ、その家族もまた子どもたちが通っているということで、その球団のファンになってくれまして、結果的にこれは約3000世帯、1万人ぐらいのファンを獲得した効果があるのではないかと思っています。
実際、コロナ前はスクールの生徒数の増加に合わせて右肩上がりで球団の観客動員数も伸びていました。こういった事例にみられるファンの増加もブランディングの成果の一つと捉えてしまってよいのでしょうか。
【阿久津】それはむしろ典型的なブランディングと言ってよい事例かと思います。また、ファンの持つ影響力を活用したブランディングの実践例としても興味深いですね。ファンビジネスにおいて、コアなファンというのはとりわけ重要です。彼らは口コミでチームのよさを広げてくれるし、トラブルが起こってもサポートする側に回ってくれます。
【小山】なるほど。それと、生徒がいつか成長して子どもを持った際には、その子どももまた応援してくれる可能性も高いのではないかと思っています。
【阿久津】そうですね。ファンビジネスでは、一度ファンになると、ずっと応援してくれる人が多いと聞きます。ある人が顧客になってから生涯にわたってもたらしてくれる収益の合計を、会社にとってのその顧客が持つ「生涯価値」といいますが、ファンビジネスではこの値が比較的大きいということになります。
■コストと生涯価値の獲得とのバランスが重要
【阿久津】マーケティングが進んでいる業界では、ほとんどの企業が顧客の生涯価値を意識しています。ファン一人あたりの獲得コストがどの程度で、それに対して生涯価値はいくらなのか。そのバランスを常に見ながら獲得コストをどの程度かけるべきかを考えます。
そうしないと、お金をすごくかけてプロモーションしたのに、全然リターンがなかったり、逆にちょっとプロモーションすれば高い効果が得られるのに出し渋ってしまったりといった問題が起こってしまう。現代マーケティングにおいては、不可欠の概念です。
【小山】この場合、効果はどうやって計測するのですか?
【阿久津】最近はビッグデータ解析が主流ですね。ベイスターズなども、相当早い時期からドコモなどのデータを使って分析をしているようです。球団やスポーツのスクールなどは、もしスクール生が子どもの頃からデータをずっと蓄積することができるなら、すごく貴重なビッグデータを手にすることになりますね。
そうしたデータを活用すれば、コロナになったら人々の行動がどう変わるのかとか、どういう人々がどんな影響を受けているのかといったさまざまな分析が可能になり、それに対して必要な対策をとることもできるようになるでしょうね。
■ファンを細分化してビッグデータを分析する
【阿久津】さて、話を少し戻しますが、エンターテインメントビジネスは、ブランドビジネスのなかでも特に特徴的なのでファンビジネスといった呼び方もされます。米国などのプロスポーツ業界では、ファンビジネスを科学的なマーケティング手法を駆使して実践している企業が多いですが、日本のプロスポーツ業界では、そうした企業は少数派のような気がします。
【小山】おっしゃる通りだと思います。先ほど、生涯価値という言葉がありましたが、プロスポーツは一度ファンになったらずっとファンでいてくれる可能性が高いジャンルだと思いますが、一方でJリーグ創設時のように一種のブームのような状態になると冷めるのも早いといったことも起こり得ますよね。
【阿久津】そこで有効になると思われるのが、ファンを階層に分けてセグメント化して分析するアプローチです。ビッグマッチだけ見る人からアウェーまで応援に行く熱心なサポーターまで、階層に分けて考える必要があります。
現在はものすごく細かいところまでデータを取れるようになったので、こうしたセグメント別分析もかなり詳細にできるようになりました。そうした詳細なデータを使って、ファン獲得コストや生涯価値、離脱率などを算出し、それらを分析して戦略を考えるとよいでしょう。
【小山】ビッグデータが手に入るようになったおかげで分析しなくてはいけないことがすごく増えてきたということですね。
【阿久津】そうとも言えますね(笑)。でも、ビッグデータを解析する際には、マーケティングの洞察やセンスも重要になります。
■ベイスターズの競合は他球団ではなく飲食店
【阿久津】例えば、ベイスターズの競合の定義などは秀逸でした。データを分析していくと平日の興行で一番収益にインパクトがあるのが、30代、40代の男性ビジネスマンでした。だとすれば、就業後の時間をどう過ごすか、その選択肢として球場を選んでもらうにはどうすればよいかを考えたわけです。
その結果、球場にビアガーデンを作って地元のビールを提供するなどの施策を打っていったのですが、それはライバル球団が競合なのではなく、お酒を提供する飲食店こそが競合だという洞察に基づくものでした。
球場をTOB(株式公開買付)にかけて買収したのも大きく、それによって座席なども顧客のニーズに合わせたものへ改変できるようになりました。大相撲のマス席のようにボックス席を作ってそこで飲み会ができるように改修するなど、お客様に最高のベネフィットを提供するために努力したわけです。ちなみに、週末での競合はテーマパークと考えていたそうで、試合後に光のショーを展開するなど家族全員が楽しめるイベントの実施で対抗していたようです。
このようにデータ分析をマーケティングの洞察と合わせて上手に使うと、効果のある様々な打ち手を見出すことが可能になります。ですがスポーツビジネスの現場では、このような分析を何もしていないところがまだ多い。それに対して、しっかり分析しているところは圧倒的に優位に立てると思いますよ。
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スポーツX 代表取締役
1976年静岡県藤枝市生まれ。2002年にJプレイヤーズを創業。2009年にサッカークラブ「藤枝MYFC」を創業し、5年でJリーグ加入を果たす。2017年にスポーツX株式会社を創業し、さまざまなスポーツクラブの経営に携わる。
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一橋大学大学院 経営管理研究科 教授
一橋大学商学部卒。同大学大学院商学研究科修士課程修了(商学修士)。フルブライト奨学生としてカリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院に留学し、MS(経営工学修士)とPh.D.(経営学博士)を取得。一橋大学商学部専任講師、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授などを経て、現職。日本マーケティング学会副会長。
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(スポーツX 代表取締役 小山 淳、一橋大学大学院 経営管理研究科 教授 阿久津 聡)
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