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東京の公園は韓国ソウルの半分以下…東大名誉教授が「日本の公園は小さくて狭すぎる」と怒るワケ

プレジデントオンライン / 2022年4月10日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ziggy_mars

いまの日本には「児童公園」はない。法改正で「街区公園」に変わったからだ。その結果、大量の遊具が撤去されてしまった。東京大学名誉教授の汐見稔幸さんは、「いまの日本には子どもの遊び場が少なすぎる。諸外国と比べて、日本の育児環境がどれだけ劣っているかを知ってほしい」という――。(後編/全2回)

■ゲーム以外の遊び場がない子どもたち

(前編から続く)

いまの子どもたちの遊びといえば、ビデオゲームが思い浮かぶ。

電化製品、AI商品の広まりによって、生活の簡便化、利便化、消費化がどんどん進んでいる今日、子どもたちの遊びの中心がビデオゲームとなっていくのはある意味必然だろう。ゲームはAI時代が生んだ新しい遊びのジャンルであることは間違いない。長時間熱中してしまう子どもが多く出てくるほど、面白いし、嗜癖性の強い遊びと言える。

しかし、ゲームはハラハラドキドキのストーリーを手と目でたどることはできても、自然の豊かな素材を相手に、偶然と格闘しながら遊びをアイデア豊かにつくり出すダイナミクスは体験できないし、子ども同士真剣に、けがするかもしれないという瀬戸際で自分たちを試すこともできない。

ましてや自然と交わることで活性化する感性の働きを自分の人格に取り込むこともできないし、手先の器用さを育み、手業足技文化を体に刻み込むこともできない。世界に対する能動性、作為力もどれほど身につくかわからない。

生きていく力をつけるために、現在の子どもたちにもゲーム以外に、かつての子どもたちのような、自由な遊びの体験が必要なのだ。なんとか乳幼児期から保障してやりたいものだと思う。

しかし、時代を元に戻すことはできない。昔に戻って、ということは、口では言えても、実際には不可能である。

以前の子どもたちがしていたような遊びを今の子どもたちにもさせたいと言っても、これからは川で自由に遊んでいい、近所に大きな秘密の基地をつくってもいい、とはいかないのである。何より道路がほとんど舗装されてしまった現在、子どもが遊べるようにと道路の舗装を剝がすというようなことは現実的ではない。

オランダのように、道路はもともと子どもの遊び場であったのに、自動車がそれを奪ったということで、たとえば4車線の道路であれば夕方1車線は自動車を通行止めにして子どもの遊び場にする、というようなことをしている国もあるが、日本のようにもともと道路面積が小さな国ではそれも難しい。

■北欧で生まれた「冒険遊び場」

どう工夫するか。

たとえば街の中に、ここだけは以前の子どもの遊び場のように、規制がなく、自由に遊んでいいところをつくる、というような手がある。そうしたところを徐々にでも増やしていけばいいのである。

実際にそうしてつくられた子ども用の遊び場が日本にはいくつかある。冒険遊び場(プレイパーク)と呼ばれているところだ。

冒険遊び場はもともと北欧などヨーロッパの国々で戦前からつくられ始めたもので、戦後デンマークやスウェーデン、ドイツ、フィンランドなどに広がったものだ。

日本では、その動きに学んだ人々が、東京世田谷区にある羽根木公園の一角に冒険遊び場をつくろうと呼びかけ、区のメンバーも協力して1980年ごろに第一号がつくられた。羽根木プレイパークと呼ばれていて、現在も子どもたちの楽しい遊び場になっている。その後多くの地域でつくられ、現在、日本冒険遊び場づくり協会に登録されている冒険遊び場は350カ所くらいある。

冒険遊び場で遊ぶ子どもたち
写真=筆者提供
冒険遊び場で遊ぶ子どもたち
写真=筆者提供

■ルールや規制がなく子どもの自由を保障

冒険遊び場のルールは、ルールや規制がないということ、というところが多い。昔の子どものように、自分で考え、自分で工夫し、自分でチャレンジし、自分で失敗を乗り越える。そこに大人は介入しない。だから責任感や注意力等も育つことが期待されている。写真のようにたき火をするのも自由というところもある。

ドラム缶風呂に入る子どもたち
写真=筆者提供

もちろん、そこには指導員がいる。子どもを規制するのではなく、危険がないように子どもたちの遊びをよく観察して、必要な援助をする大人だ。遊びの道具やしかけをつくったり、用意したりもする。ドラム缶風呂をつくってわかしたりしているところもあるが、そこは大人=指導員が用意する。実際の遊び場には保護者も同伴していることがあるから、大きな遊び道具、設備は保護者も参加してつくることが多い。

■法改正で「児童公園」は高齢者も利用する「街区公園」へ

一般の児童公園は、そこにある遊具でけがをすると、公園課に訴えが届き、結局その遊具を撤去するということが続いてきた。多いときには一年に3000もの遊具が撤去されていた。そのため、現在の児童公園には以前あったようなジャングルジムのような遊具がないところが多い。

その上、児童公園はあっても地域の高齢者用の独自公園はないので、1997(平成5)年の都市公園法施行令の改正により、「街区公園」と名称を変更した(0.25ha以下のもの)。児童の利用のみならず、高齢者をはじめとする街区内の居住者の利用を視野に入れ、コミュニティ形成の役割も期待したものに変えたわけだ。今日本には、文字通り子ども用の公園はなくなっている。

しかし、並行して、こうした冒険遊び場のようなところが子どもたちには必要と考える行政メンバーも多くなっていて、地域の公園を、もっと子どもたちにとって魅力的な遊び場に変えようという努力をするところも増えている。

■世界の都市に比べて圧倒的に少ない東京の公園緑地

実は、都市としての住みやすさ、豊かさということにとって公園が豊かにあるということはかなり大きな条件である。残念ながら、日本の都市づくりでは、戦後のどさくさから立ち直っていくのにゆとりがなかったせいもあろうが、公園を充実させるということはかなり遅れてしまっていた。

しかし、世界の都市に比して、公園の数も中身もかなり劣っていることが明確になって、今日本は国でも自治体でも、そして市民レベルでも、新たな公園づくりへの機運が高まっていることは知っておくべきだろう。

国土交通省「平成27年度末都市公園等整備及び緑地保全・緑化の取組の現況(速報値)」より
出典=国土交通省「平成27年度末都市公園等整備及び緑地保全・緑化の取組の現況(速報値)」

図表1は「parkful.net」というグループが公開している「公園3.0の時代へ これからの公園づくりを考える」という文書にも載っているデータである。

公園の数は、かなり増えてきていて、今日本全体では10万カ所を超えている。ただその8割前後は面積の小さな街区公園で(2.5ha以下)で、一人当たりの面積も東京は4.4平米で隣の韓国ソウルの半分以下だ。

以前韓国のインチョン(仁川)の街を歩いたとき、公園に高齢者用のからだを柔軟にする器具がたくさん置いてあるのを見て、公園行政は韓国のほうが進んでいるのではと思ったが、データでもそう出ている。

「都市公園法」が制定されたのは1956年で、以来都市部における公園緑地を増やす方策が一貫して実施されてきた。公園緑地等の一人当たりの面積は、1970年に2.7平方メートルだったのが2004年には8.7平方メートルに増加している。それでも世界の主要都市の公園緑地の面積に比して日本はまだ圧倒的に少ない。

都市における一人あたりの公園面積の比較
出典=国土交通省「平成27年度末都市公園等整備及び緑地保全・緑化の取組の現況(速報値)」

■地域住民参加の公園づくりが始まっている

このグラフを紹介しているパークフルネットは日本の公園行政は、第一段階の量的拡大から第二段階の質的整備を経て、いま第三段階に入っていると分析している。第三段階とは地域住民が参画して多様な人が関わる地域の「共創」による公園づくりの段階である。それが、公園の個性を作り出す時代となると分析している。

実際、私が知っている例では、札幌市南区の藤野むくどり公園は、古くなった公園を作り直すのに、市は住民にアイデアづくりを委ねた。住民は、あれこれ議論した結果、アメリカには身体障害児が遊べる公園があると聞き、実際に見に行って、こういう公園をつくろうとなってつくったものである。車いすのまま滑ることができる滑り台、ブランコなどの工夫が凝らされていて、小さな公園だが、日本では珍しいバリアフリー公園となったものである。

藤野むくどり公園の滑り台。車椅子で滑ることができ、介助者が介助しやすい設計になっている。
写真提供=札幌市(「公園検索システム」より)
藤野むくどり公園の滑り台。車椅子で滑ることができ、介助者が介助しやすい設計になっている。 - 写真提供=札幌市(「公園検索システム」より)
藤野むくどり公園のブランコ。体をしっかりと支えられる椅子型になっている。
写真提供=札幌市(「公園検索システム」より)
藤野むくどり公園のブランコ。体をしっかりと支えられる椅子型になっている。 - 写真提供=札幌市(「公園検索システム」より)

同じような試みは、東京世田谷区の砧公園でも試みられていて、公園づくりに市民が主体となって参画するスタイルが広がっている。

■廃校になる小中学校を子どもの遊び場にしよう

あわせて、大型の公園緑地を作る努力も広がっていて、子どもたちが思い切って体を使い遊ぶことができる公園が徐々にではあるが多くなっている。パークフルネットというサイトでは、全国のそうした公園を1000例紹介していて、住民には参考になろう。

ただし、こうした大型の公園緑地がある自治体とそうでない自治体で差が出てしまっていることをどう克服していくか、これからの課題となっている。

これから、少子化がさらに進めば、小学校・中学校が廃校になるケースが増えてくる。それを放置せず、住民の協力も得て、子どもたちも、地域の人たちも、そこで憩い、遊び、集まり、いろいろな企画をする、そうした新たな拠点にしていくということにぜひ挑んでほしい。子どもの身体を使った遊びの豊かさは、今教育界で求められている非認知的スキルを育てる格好の、もっとも適切な機会なのである。

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汐見 稔幸(しおみ・としゆき)
白梅学園大学名誉学長、東京大学名誉教授
1947年、大阪府生まれ。東京大学教育学部卒、同大学院博士課程修了。専門は教育学、教育人間学、育児学。育児や保育を総合的な人間学と位置づけ、その総合化=学問化を自らの使命と考えている。主な著書に『小学生 学力を伸ばす 生きる力を育てる』『本当は怖い小学一年生』など多数。近著に『「天才」は学校で育たない』(ポプラ新書)、『教えから学びへ 教育にとって一番大切なこと』(河出新書)がある。

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(白梅学園大学名誉学長、東京大学名誉教授 汐見 稔幸)

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