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「鎌倉殿の13人」はいつもの大河ドラマではない…脚本家・三谷幸喜が込めた"あるメッセージ"

プレジデントオンライン / 2022年4月10日 18時15分

三谷幸喜 劇作家(2020年1月15日、PARCO劇場お披露目&オープニング・シリーズ記者会見、東京・渋谷PARCO劇場) - 写真=時事通信フォト

今年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は歴代の大河ドラマとはひと味違う。ライターの吉田潮さんは「第1回のタイトルは『大いなる小競り合い』だった。それは脚本家の三谷幸喜さんが『歴史をつくっているのは権力者だけではない』というメッセージを込めているからだ」という――。

■「中世モノは視聴率が悪い」という呪いに挑んでいる

戦国時代と幕末ばかり描く大河ドラマ。みんな大好きだもんねぇ。中世や近現代を描いた『平清盛』(2012年)、『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(2019年)、『青天を衝け』(2021年)などもあったが、主要人物と背景になじみがないせいか、数字も微妙だった。(期間平均の世帯視聴率はそれぞれ12.0%、8.2%、14.1%。ビデオリサーチ調べ、関東地区)

中世に関してはきっと崇徳院の呪いだろうし、近現代は教育が足りなかったせいだと思っている。今はわからないが、私の時代は小・中学校で近現代まで授業で進んだ記憶がない。高校は高校で、教員の好みに偏った授業だったし。結局、なじみがあってロマンと熱をもって語られるのが、戦国と幕末というのも仕方がない。

余談はさておき、件の呪いのかかった中世に挑んでいるのが「鎌倉殿の13人」。脚本は三谷幸喜。三谷大河は『新選組!』(2004年)、『真田丸』(2016年)に続いて3作目だ。独特の三谷節が苦手な人もいると聞くが、私は大好物。何がそんなに私の心をとらえるのか、まとめてみた。

■主人公も悪役もかっこつけさせてもらえない

その昔、大河の醍醐味(だいごみ)は勇猛果敢な名武将にあった気がするし、ナントカの合戦とかホニャララの戦いとか、歴史的大戦を荘厳(そうごん)に描くのが特長のひとつだったと思う。当然、武士や侍、時の権力者は勇ましく、あるいは清く描かれてきた。

三谷大河では、主人公だろうが悪役だろうが、かっこつけさせてもらえない。

『新選組!』では蛮行が過ぎた芹沢鴨(佐藤浩市)が新選組の粛清対象になって、暗殺されるシーン。潔く死を覚悟し、白装束で迎えたものの、なんと布団の上に転がっていた瓢箪(ひょうたん)に足をとられて、沖田総司(藤原竜也)に刺される。いや、瓢箪って‼ 横暴で酒飲みで女好きだが、剣の達人で武士たちを率いるだけの度量がある人物を、瓢箪ですべらせる滑稽さ。ものすごく意地が悪いのよ。

『真田丸』では、徳川家康(内野聖陽)がおねしょしたり、小便を漏らしたり、爪を噛む癖があったり、と武将の威厳を奪われまくり。石田三成(山本耕史)も、戦は下手だわ、肝心なときに腹くだすわ、人望まったくないわで、いいとこなし。

■武士の威厳、男の体面とロマンをことごとく奪う

そして「鎌倉殿の13人」(以下、鎌倉殿)でも、主人公・北条義時(小栗旬)は戦に向かない人物だ。源頼朝(大泉洋)に重用されるも、家族や他の武士たちから面倒事を押し付けられては奔走する役だ。毎回苦虫を噛み潰したような表情であくせく立ち回る小栗。

「鎌倉殿の13人」公式サイトより
画像=「鎌倉殿の13人」公式サイト

初恋の相手で頼朝の先妻・八重(新垣結衣)にもことごとく塩対応されるのもおかしい。花を摘んで持っていけば「野に咲く花が好き。摘んだら死んだ花じゃ」と言われるし、草餅を差し入れても、義時の従兄弟で親友の三浦義村(山本耕史)に横流しされる(この後、草餅を食べた山本は肝心なときに腹を壊す。山本はお腹の弱い人物として固定)。

この手の些末なエピソードがたくさんあって、とにかく男の威厳や沽券(こけん)を奪う傾向が強い。だからこそ面白いし、その人物の魅力を存分に引き出しているのだ。

■権力主義のくだらなさを滑稽に描く

大河で描くのは、基本は覇権争いと家督争いなわけだが、三谷大河では権力志向の強い人間や権力争いを描くときに、必ず滑稽さやみっともなさを前面に出す。

『新選組!』では、新選組内の肩書を巡る滑稽な場面があった。

組長を壬生派の近藤勇と水戸派の芹沢鴨のふたりにするべき→いや、水戸派の新見も含めて3人に→では、局長という肩書に→局長の下には副長が3人、いやいや小頭が…と、結局全員に肩書をつけるという派閥争いのやりとりが長々続くという。

それをいちいち書きとめさせられるのが山南敬助(堺雅人)。「肩書なんてどうでもええわ!」と視聴者に思わせる妙。どうでもいいマウント合戦、大いなる小競り合いなのだ。

そして「鎌倉殿」の第1回のタイトルがまさに「大いなる小競り合い」だった。平家が牛耳る世において、流人の源頼朝(大泉洋)をうっかり匿っちゃった北条家。地元の豪族で親戚筋にもあたる伊東家は平家贔屓、親族内でもモメにモメて、親族同士がまさかの刃傷沙汰というスタートだった。

のんびりぼんやりしていた北条家が「平家、源氏、どっちにつく?」と覇権争いに巻き込まれていく。

■頭脳戦はこってり、野蛮な残酷さはきっちり

名軍師や名武将を勇猛果敢とはいいがたい描き方でお届けする三谷大河だが、思わずうなる頭脳戦も緻密に描く。

つばぜり合いの金属音や大砲の轟音(ごうおん)を聴かせずとも、大量の馬と人で形成する大軍を見せずとも、戦は描けるのだと教えてくれる。デマの流布などの情報戦や心理戦、宴会芸で主君をたてる接待戦略、偽装工作に経歴詐称など、ありとあらゆる戦略を描く。

史実に基づきながらも、現代社会にも通ずるテーマやスキームが展開される。そこも、ある種の三谷節といってもいい。

また、その時代ならではの野蛮かつ残忍きわまる所業も、きっちり入れ込む。根絶やし・皆殺し、耳と鼻を削ぎ磔に、首を河原に晒すなどの文言も、不意に登場人物に語らせる。

あるいは映像でおのずとわかる場面を入れる。全体的にコメディー調の会話劇だからこそ、不意打ちの残虐さは余計に浮き上がる。

「鎌倉殿」では、伊東祐親(浅野和之)の密命で頼朝の子・千鶴丸を殺した善児(梶原善)のシーンが話題に。河原で佇み、手には幼児の衣類。それだけで視聴者の肌を粟(あわ)立たせた。

■歴史をつくっているのは権力者だけではない

今も昔も、史実に残るのは権力者に都合よく記述される事柄だ。文字や記録の手段を持たない者たちの日常は大河で描かれにくい。

ところが、三谷大河では農民や女たちの本音をふんだんに盛り込んでいる。庶民側の目線を決して忘れていない。根底に権力批判の心意気がある、と勝手に感じている。

好ましい特徴としては、権力に従わない「わきまえない女たち」、また権力を手玉にとる女たちだ。夫や父に従わず、逆に手綱を握る女が幅を利かせる。

『新選組!』では沖田総司(藤原竜也)の姉・みつ(沢口靖子)、『真田丸』では真田家家臣の娘・きり(長澤まさみ)、真田信之(大泉洋)と政略結婚させられた稲(吉田羊)。

「鎌倉殿」では義時の妹・実衣(宮澤エマ)や義時の継母・りく(宮沢りえ)、頼朝の妾・亀(江口のりこ)あたりの、わきまえなさや策士っぷりが心地よい。食欲や性欲に忠実、余計な一言もばんばん吐く。毒舌や口の軽さで和を乱し、面倒事を起こす。

考えてみれば、登場する他の女もみんなしたたか。純粋で一途に見えても言いたいことは言う。楚々としてヨヨヨとよろめく女はほぼいない。なんなら女の一言で戦が始まってしまうくらい、女の立場が強いのだ。

2004年の『新選組!』ではまだ父権社会に従順、あるいは妖艶な立ち位置の女が多かったことを考えると、『真田丸』と「鎌倉殿」は時代の流れをくんだともいえる。「機を見るに敏」も三谷大河の長所だ。

■他の大河では描かれない年寄りの存在意義

「鎌倉殿」で話題になったのは、歯が抜けたお爺ちゃんが出てきたことだ。

歯の欠けた老人
写真=iStock.com/shank_ali
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shank_ali

近江の元豪族で、頼朝が兵を募った際に意気揚々と志願してきた佐々木秀義(康すおん)。源氏方への熱い思いを語る(頼朝の父の戦に参加した経験あり)も、歯が抜けてふがふが、何をしゃべってんのかわからない。志願してきた人数が少ないうえにこんな年寄りばかりで、頼朝が不安を覚えるという場面だ。

年寄りの平武士など大河にはほぼ出てこない。三谷大河ではこうした年寄りが重要な役割を果たす。

『新選組!』では、一時期阿漕(あこぎ)な薬売りに転じた土方歳三(山本耕史)が武士たちにリンチされて売り上げを取られる場面があった。一緒にボコられたのは行商仲間のひも爺(江幡高志)。ひも爺は理不尽な目に遭っても、へらへらと笑っている。

「殴られてるとき、俺何考えてたと思う? 俺が昔抱いた一番上等な女のことよ。奴らが殴っている間、俺の頭ン中は女のことでいっぱいだった。俺の勝ちよ。覚えときな。俺たち百姓があいつらと渡り合うにはこれしかないんだ」

あまりに卑屈な世渡り術に、土方は憤る。身分の違いで理不尽な暴力と略奪にひれ伏すのはおかしい。土方の思想の根幹にこの体験が根を張る、重要な場面だ。

また、たとえ武将であっても老いの描写を厭わない。『真田丸』では豊臣秀吉(小日向文世)が老いていく姿を如実に描いた。

骨折を機に寝たきりとなり、次第にボケていく。同じことを何度も言い、部下を忘れ、激しくなる譫妄(せんもう)。戦国時代を牽引した名武将の最期は、誰にも看取られずひとり寂しく死んでいく姿で見せた。この回のタイトルは「黄昏」。栄枯盛衰の妙だった。

■ドラマに潜む過去作とのつながり

三谷大河の3作品すべてに出演しているのは、阿南健治、小林隆、山本耕史、矢柴俊博、鈴木京香だ(※潮調べ)。盤石(ばんじゃく)の三谷組と呼んでもいいし、少なくとも18年以上第一線で活躍し続けている名優たちでもある。今後「鎌倉殿」に出れば3作品出演となるのが、今井朋彦、小日向文世、浅利陽介、堺雅人あたりか。

過去作とのリンクで、熱烈な古参ファンを喜ばせる仕掛けもたくさんある。私は新参者だが、『新選組!』と「鎌倉殿」の佐藤浩市の役どころにはうなった。

『新選組!』で京に集まった浪士たちが組み分けされる場面があった。浩市演じる芹沢鴨は血気盛んで、年輩の浪士ではなく自分を一番組にしろとゴネる。「じじいは後ろからついてくりゃあいいんだよ! じじいが先頭で行列遅れてもいいのか?」と無礼千万な物言いをして、顰蹙(ひんしゅく)を買った。

「鎌倉殿」では、浩市は大軍を率いる豪族・上総広常を演じている。鎌倉入りの先陣を切るはずだったが、頼朝が「先陣は若くて見栄えがいいほうがいい」と畠山重忠(中川大志)を任命。納得いかず、ふてくされる浩市の姿に「因果応報……それ見たことか」と思ってしまった。

三谷大河の魅力は尽きない。その時代特有の文化や芸術、言語も教えてくれるし、キャラクターの気質やクセの裏打ちや継承など、続けて観てこそわかる楽しみもある。この1年を存分に楽しもうと思う。

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吉田 潮(よしだ・うしお)
ライター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News イット!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。

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(ライター 吉田 潮)

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