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「だから中国企業に負けるようになった」ソニー元CEOが危惧する日本企業の"官僚依存"という大問題

プレジデントオンライン / 2022年4月13日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bet_Noire

日本の製造業はなぜ中国に勝てなくなったのか。ソニー元CEOの出井伸之さんは「ものづくり神話から抜け出せず、IT技術との融合がうまくできていないのが原因だ。さらに、日本の民間メーカーには官僚依存症という大きな問題も残っている」という――。

※本稿は、出井伸之『人生の経営』(小学館新書)の一部を再編集したものです。

■日本が停滞感から抜け出せない最大の原因

日本経済がどん底にあるなかで、中国が安い土地と安い人件費で“世界の工場”として名乗りを上げ、ものづくりの主役になっていきます。

僕は現在の日本がいまだに停滞感から抜け出せていないのは、戦後復興を成し遂げたものづくり神話から抜け出せていないのが最大の原因だと思っています。

ものづくりの時代の発想というのは、新しいテクノロジーを自分で開発して、それを使った製品を作れば、みんなが「すごい、すごい」と買ってくれてヒット商品になり、大量生産してコストを下げて利益を出すというものです。

しかし、今のインターネットの時代は逆で、「こんな製品がほしい」「あんなサービスがあればいいな」というユーザーの声に耳を傾け、すでにある技術あるいはベンチャーが開発した新しい技術を組み合わせて実現する。料金も「いくらならユーザーは払うか」で決める。なんなら無料にして、ユーザー数を増やして広告など別の手段で稼げばいい。グーグルやフェイスブック(現メタ)、アップルなどはみなそうです。自分で新しいテクノロジーを開発する必要は特にないのです。

■判子のデジタル化は“攻めのデジタル”ではない

発想のベクトルが逆で、これこそがデジタル革命なんです。そこを誰もわかっていなくて、書類に捺す判子をデジタル化するだのなんだのと言っているのを見ていると、空しくなってきます。こんなのは“守りのデジタル”であって、新しいものを生み出す“攻めのデジタル”ではありません。デジタル革命とは何かをいまだに理解しないまま、右往左往しているのが今の日本です。

こうした歴史を知らなければ、世界の中で今の日本企業が置かれている立ち位置がわからないし、これから世界とどう戦っていくべきかも見えてきません。

高度成長時代の日本企業で働いていたサラリーマンは楽だったと思います。「そんなことはない。猛烈に忙しくて、猛烈に働いたぞ」と反論する方もおられるかもしれませんが、あの時代には、自分が何をすればいいのか誰もがわかっていて、確実に明るい未来があり、定年までこの会社で働いていられるという安心感がありました。目の前の仕事に邁進していれば、業績は右肩上がりに伸びました。未来を信じられれば、仕事がいくら忙しくても辛くはない。むしろ楽しかったはずです。

■トヨタでさえものづくりからの転換に四苦八苦

ところが今は180度、環境が変化してしまいました。

「市場はシュリンクする一方で、何をどうすれば商品が売れるのかわからない」
「テクノロジーサイクルが驚くほど早まり、自分のスキルがどんどん陳腐化していく」

そんな不安を抱えて仕事をしているサラリーマンは多いと思います。

なぜこうなったのかというと、ものづくり神話に囚われているのと、グローバル化に対応できていないからだと思います。

自動車業界は、まだものづくりの発想が通用している業界ですが、トヨタですら、そこからどう転換していくかで、のたうち回っているように見えます。ガソリンとエンジンが電気とモーターに替われば、部品点数が激減します。制御もデジタルになり、ソフトウェアがより重要になっていきます。そうすると、人手がいらなくなって、今まで20万人必要だった従業員が10万人で十分といったことになります。これも“有形資産”から“無形資産”への転換の一種と言えます。

日本では正社員の人数を減らすのは非常に難しいので、10万人で十分となっても、会社は残りの10万人の面倒を見なければなりません。

これは勝手な憶測で、少々よけいなことを述べたと思いますが、おそらくトヨタなどは、必ずしもものづくり神話に囚われているわけではなく、今の体制を転換するのがあまりにも難しくて、捨てるに捨てられないというのが現実だと思います。

■中国でパワーワードになっている「OMO」

日本ほど、ものづくりが洗練されている国はありません。特に「部品」の単位になると、極めて優れた製品が生み出されてきます。それを全部捨て去る必要はありません。

僕は日本より、中国での方がむしろ有名人で、請われて多くの中国企業のコンサルティングをしていますが、今、中国でパワーワードになっているのは、「OMO(オンライン・マージズ・ウィズ・オフライン)」という言葉です。「オンラインとオフラインの融合」という意味で、ハードとITを融合させて、新しいビジネスモデルをつくれということです。

中国人のビジネスマンは、「中国にはものづくり企業がある。IT企業もある。だから、両者がぶつかれば、大きなビジネスチャンスになる」と言います。中国は世界の工場としてものづくりの主役になりましたが、もうその先を見据えているのです。

だけど、日本ではこういう話はほとんど聞かないんですよ。中国を始めとするアジア諸国の台頭の前に日本の製造業は縮小を余儀なくされています。こうした現実をもっと真摯に受け止めて製造業の新たな枠組みを創るべきでしょう。

たとえば、自動車業界では「電動化」と「自動運転」がホットイシューになっていますが、「電気で走るから静かですよ、エコですよ」「ハンドルから手を離しても走るんですよ」というだけでは、ものづくりの発想から抜け出ていないのです。

運転から解放されたら、自動車はただの移動手段ではなくなります。電動化して運転する必要がなくなった自動車は何に使えるのか、そこでどんなサービスができるのか。ハードとITが融合した先にあるビジネスモデルを考えることが重要なのです。フィンテックで金融と技術を融合させるとか、フードテックで食料と技術を融合させるとか、言葉だけはいろいろと出てきますが、それで何ができるのか、何をしたいのかが重要です。

■高度経済成長は通商産業省のおかげだという“神話”

僕がソニーの社長をしていた頃からまったく変わっていなくて、一歩も進歩していないなと感じることがあります。「官僚支配」と「縦割り行政」です。

高度経済成長があったのは通商産業省の指導のおかげであると過大評価する“神話”が生まれ、日本の民間企業は官僚にひれ伏して指導を仰ぐという構図ができました。それは今もまったく変わっていません。

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写真=iStock.com/sesame
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sesame

2021年4月17日、菅首相(当時)は日米首脳会談の後、米製薬メーカー「ファイザー」のCEOと電話会談し、「日本へのワクチン供給の追加をお願いしたい」と、一国の首相が民間企業の経営者に頭を下げる一幕がありました。

普通なら厚生労働省がやる仕事で、非常時には日本の首相の価値もここまで下がるのだなと思いましたが、菅首相が頭を下げざるをえなくなったのは、自国でコロナワクチンが開発できないためです。

■日本でコロナワクチンが開発されない根本原因

大手製薬メーカーが多数ある日本でなぜワクチンが開発できないのか。さまざまな理由が挙げられています。

たとえば、過去のワクチンによる健康被害に対し、国側がことごとく敗訴したため、国も製薬メーカーもワクチン開発に対して及び腰になってしまったとされています。

確かにそれもあるかもしれませんが、僕はもっと根本的な問題がここには横たわっていると思っています。それは、日本の会社のあり方、社会のあり方、ひいては働き方に深く関係してきます。

官僚によって民間企業がコントロールされるようになったことが、諸悪の根源だと僕は思っています。薬を認可する厚労省が、製薬会社を支配下に置き、コントロールしてきたことで、今の事態を招いたのです。

■官僚に経営を丸投げする企業は、主権を放棄している

こうした構図ができてしまうのは官僚側にも問題はありますが、それ以上に官僚に企業統治、経営そのものを丸投げしてしまう、企業側の問題は根深い。ほとんど主権を放棄しているに等しいからです。

何か新しいことをするときに、いちいち官僚に判断を仰ぐだけではなく、官庁から明確な判断などが出ないと、忖度して何も新しいチャレンジをしない企業側に問題があると思います。企業による官僚依存症を直さないとこの問題は解決できないと思いますが、依存症はむしろ強くなってきているのではないかと思います。

経済産業省
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

ブロックチェーン技術の新しいサービスへの活用などは、日本がリードできる新しい領域であると思いますが、日本では官僚を中心にルールを決めることに時間を費やしているために、シンガポールなどに逃避する日本人起業家が出ているのもこの影響だと危惧しています。

かつては官僚に忖度せず、企業中心で規格統一をしていました。僕も当事者としてかかわったこんな出来事がありました。

■DVDの規格統一を巡る東芝との折衝

DVDの開発で、規格の統一問題が起きたときに、僕は担当役員で、東芝は後に社長に就任する西室泰三さん(故人)が担当役員でした。東芝はマイクロソフトと組んで開発をしていて、ソニーとは規格で対立していたのです。

それで担当役員同士で折衝をしていたのですが、西室さんが突然、怒りだして、席を立って会議室から出て行ってしまったのです。僕は呆然としてしまいました。おそらく、自分の主張を通すためのポーズだったのでしょうけどね。社内の会議でも滅多にお目にかかれない光景だったので驚きました。

結局、西室さんが席を立ってしまったから、当時の社長だった佐藤文夫さんと話すことになったんです。佐藤さんはとても真摯で、かつ優秀な方でした。

状況を少し詳しく書かせてもらいますが、1990年代初頭に、ソニーはオランダのフィリップス社と組んでCDよりも高密度の光ディスク媒体「MMCD」の開発を進めていました。一方で、東芝と松下電器、日立、タイム・ワーナーなどの連合は、「SD」という光ディスク媒体の開発を進めていました。

このままでは、まったく異なる規格の次世代CD(後のDVD)が世に出回り、ユーザーを混乱させる事態になりかねない状況だったのです。

■経産省に依存せずに企業だけでグローバルルールを決めた

まさに「ベータとVHSの戦争」の再現で、ユーザーにとっては何のメリットもない話です。だから、この問題を打開するため、東芝に働きかけて、その話し合いを先の西室さんとしていたのです。ソニーは、最後の最後まで独自の規格を貫くほどの戦力も時間もなかったので、僕は最終的に社長の佐藤さんにこんな提案をしました。

「基本的には東芝のフォーマットに従うので、ソニーとフィリップスの特許を部分的に使ってもらえないだろうか」

佐藤さんは、極めて優秀で合理的な方だったので、こうした我々の提案を、

「出井さんの言うことはもっともです。意味のない競争はやめて一本化しましょう。ユーザーのためにもその方がいい」

と快諾してくれました。

そこで僕は国際電話で当時IBMのCEOだったルー・ガースナー氏に電話し、

「日本はこれでまとまったから、アメリカの方もそれで頼む」

と伝え、DVDの規格を日米で統一することができました。

この規格統一は経産省に依存せず、企業間でグローバルルールをまとめたのです。

■肩書きや年齢よりも“個”が問われる時代

官僚と企業との関係においては、いまだに封建社会の残滓を引きずっている。だから、天下りも当たり前のように行われ、官僚が上で、民間は下という“官尊民卑”がまかり通る。

出井伸之『人生の経営』(小学館新書)
出井伸之『人生の経営』(小学館新書)

肩書きを欲するとこうした構図になるのでしょう。僕もそういった構図を経団連で見てきました。今は知りませんが、僕が副会長をしていた当時の経団連は、「経団連の○○をしている企業」といった肩書きが欲しい企業も少なくありませんでした。

サラリーマンでも、課長よりも部長、部長よりも役員という具合に、上を目指すのは当然です。ときにはそれが働くモチベーションになるかもしれません。

それはそれでいいと思います。けれども、肩書きしか自分のアピールポイントがないというのは不幸です。定年退職後も「元○○社部長」といった名刺を配っている人がいますが、セカンドキャリア、サードキャリアが当たり前になりつつある今の時代では、過去の肩書きの意味は薄れていきます。大切なのは、自分は何ができるのか、どう貢献できるのかというバリューです。

退職後であっても、65歳でも70歳でも、“個”としてのバリューがあれば、それを活かして働く場は見つけられるでしょう。東京になければ地方、地方になければ、少し勇気を出してアジアに目を向ければ、必ずあります。そうした場では、いくら肩書きが立派でも、個人としてのバリューがなければ、評価はされません。それまで仕事でどんな経験をして、どんな知識、知恵、スキルを身につけてきたかが問われるのです。

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出井 伸之(いでい・のぶゆき)
ソニー元CEO、クオンタムリープ代表取締役会長
1937年、東京都生まれ。1960年早稲田大学卒業後、ソニー入社。主に欧州での海外事業に従事。オーディオ事業部長、コンピュータ事業部長、ホームビデオ事業部長などを歴任した後、1995年に社長就任。2000年から2005年までは会長兼グループCEOとして、ソニーの変革を主導した。退任後、2006年9月にクオンタムリープを設立。大企業の変革支援やベンチャー企業の育成支援などの活動を行なう。NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアティブ理事長。著書に『日本進化論 2020年に向けて』(幻冬舎新書)、『変わり続ける 人生のリポジショニング戦略』(ダイヤモンド社)、『人生の経営』(小学館新書)など。

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(ソニー元CEO、クオンタムリープ代表取締役会長 出井 伸之)

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