人気沸騰…移住してでもわが子を入れたい北関東の公立小中一貫校「1学年400人、11クラス」授業密着ルポ
プレジデントオンライン / 2022年4月12日 11時15分
※本稿は、『プレジデントFamily2022年春号』の一部を再編集したものです。
■新1年生は400人 毎年増え続ける入学希望者
つくば市立みどりの学園義務教育学校は、2018年に開校した9年制の小中一貫校だ。公立の9年制学校というのは耳慣れないが、つくば市では珍しいものではない。
12年度から市内の全小・中学校53校、15学園で小中一貫教育化を進めており、現在は同校を含めて4校が9年制を採用している。
「中学に入学した段階で勉強についていけなくなったり、人間関係など環境の変化によって不登校になったりする“中1ギャップ”という言葉がありますが、こうした問題に対応するため、6年・3年で区切るのではなく、小中9年間を一貫教育しようという考え方です。中学受験を目指す子供に対しては、自分で決めた目標ですので応援していきます」
同校の毛利靖校長はこう語る。
さて、驚くべきは同校の児童数の増加っぷりだ。現在、在校生は9学年で1600人ほどだが、学年が下がるにつれてクラス数が増えているのだ。小学校に当たる学年だけを見ても、5、6年生各4クラス、4年生6クラス、3年生7クラス、2年生8クラス、1年生9クラス。
そして、この4月の新入生は400人ほどで11クラスになるという。少子化の時代に驚くべき現象だ。増え続ける児童数に対応するため、新校舎を増築している。
■なぜ、わざわざ移住してわが子を通わせたいのか
人気の秘密は、同校が「ICT(情報通信技術)教育」「英語教育」「プログラミング教育」「21世紀型スキル教育」「問題解決型教育」など、さまざまな先進的教育に取り組んでいるということ。特にICT教育に関しては、創立3年目にして日本教育工学協会から「学校情報化先進校」に認定されたほどで、全国的に注目されており、文部科学大臣や学校関係者が引きも切らず視察に訪れる。
取材の日も、教育関係者が視察に来ていた。我々もまず、プレゼンテーション用の大型モニターが8台ほど並ぶ大きな教室に案内された。ここで、大勢の知らない大人たちを前に、児童生徒たちが普段の学習の成果をプレゼンするのだという。
トップバッターは4年生男子。まずは、「安全な水とトイレを世界中に」というタイトルの動画が始まる。画面の中のメインキャラクターが「世界には飲み水を汲(く)みにいくのに1時間以上かかる国もある」というところから説き起こし、世界に存在する水をめぐる問題を、クイズやゲームの要素も取り入れながら、楽しく解説していく。動画が終わったところで、「スクラッチというプログラミング言語を使って作りました。10時間ぐらいかかったかな。題材はSDGsから取りました。『海のゴミ』についての動画を作っている友達もいます」という説明があった。4年生らしからぬ、堂々とした発表ぶりである。
続いて6年1組の4チームが、マインクラフトを使って作った「地球にやさしい街づくり」について発表。ソーラーや水力発電でエネルギーを作り、建物の外壁部分は植物によるグリーンカーテンで省エネを図る、屋上はニンジン畑にするなどのアイデアが、3D画像を使ってわかりやすく表現されていた。
次に、8年生、6年生、4年生2人による「みどりの学園義務教育学校」の紹介プレゼンテーションが始まった。音楽祭や体育祭での学年を超える絆、地域の人たちとの交流などなど。ICT教育の紹介部分は、なんと英語で説明してくれた。よほど優秀な子供たちが選ばれたのかと思いきや……。
「この電子黒板を使ったプレゼンは、うちの学校の児童生徒、全員ができるんです。順番制で担当が決まっています。1年生の時からプレゼンコンテストも行っているので、みんなよくしゃべりますよ。ははは」(毛利校長)
プレゼンテーションの場面に限らず、確かにこの学校の子供たちはよく話す。毛利校長と校内を歩いていても、生徒や児童がいろいろと話しかけてくる。
「校長室はいつでも誰でも自由に入れるようになっています。子供たちがしょっちゅうやってきては、あれこれ話していくんですよ。わが校の校名が墨書された旗が並んでいますが、1期生の習字の得意な生徒が『私に書かせてほしい』と申し出てきたことをきっかけに伝統になったものなんです」(毛利校長)
いつでも、誰にでも自由に自分の意見やアイデアを開陳することができるという風通しのいい校風が、創立4年目ですでに醸成されているようだ。
プレゼンテーションが進んでいくその脇で、別のモニターを使って3年生が数人、何やら話しながら、PC操作を始めた。聞いてみると、このあと2年生に遊んでもらうために自作したゲームの最終調整を行っているのだとか。
しばらくすると2年生の集団が先生に連れられて入ってきた。面白そうなゲームを前に大喜びの2年生たちに、優しく丁寧に操作方法を教えている。
「毎年行っている秋祭りが新型コロナで中止になってしまったので、代わりに3年生が作ったゲームで2年生が遊ぶというイベントをやっているんです」(毛利校長)
■9年制だから、成長スピードに合わせて丁寧な指導が可能
各教室で行われている通常授業も見せてもらった。国語や算数といった教科の授業にも、ICTは活用されている。
最初に入った教室では、国語の「ごんぎつね」を学習していた。黒板の脇には大型のモニターが設置されていて、教師がテーマを与えると、子供たちは自分の机にあるPCに意見を書き込む。正面のモニターには全員の解答が細かく分割されて表示されており、それを見ながらディスカッションするという流れだ。
次の教室では、自走するロボットを使ったプログラミングの授業が行われていた。紙の上に描かれたコースで、事前にプログラムしたロボット自動車を走らせ、ゴールまでの時間をチーム別に競う。実際に走らせると、なかなかコース通りには走らない。カーブの手前で曲がってしまったり、カーブを通り過ぎてしまったり。そこで走行時間や速度を変更するなど、その場でプログラムを書き換えていく。
血眼でプログラミングをしている2人の男子のそばで、ストップウオッチを持っている女子に、どうやってプログラムしているのかを聞いてみると、「私、プログラミングが得意じゃないから、時計係をやっているんです」と笑う。
全員が同等のスキルを持っているのではなく、得手不得手によって役割分担をし、また、得意な子供が不得意な子供に手順を教えるなどしながら、一つのチームを形成しているのである。
やっとゴールしたときには、全員で「やったー!」。なかなかのチームワークである。
「子供は一律ではない。個性も、成長のスピードも違います。スキルの高くない子供でも『自分もここまでできた』と実感できることが大切だと思っています。幸い、義務教育学校は9年制なので、一人一人の子供の発達段階に合わせて丁寧に指導できますから、中学生になってグンと伸びる子供も多いですね」
毛利校長のいう通り、同校の中学生の成績は年々向上しており、生徒に対するアンケートでも、「学校が楽しい」と答える子供がほとんどだという。みな、勉強にも学校生活にも高い意欲を持っていることがうかがえる。
「公立学校ですから、先生もICTの専門訓練を受けた人ばかりではありません。子供たちと一緒になって、手探りでやってきました。新しいツールを導入するときは、まず子供たちに渡してしまう。すると、新しもの好きの子供たちがあれこれいじりまわして、使い方を工夫し、それをみんなに伝えていくんです。先生が最後に習得している、というケースも少なくありませんよ(笑)」(毛利校長)
校内を歩いていて、気づいたことがある。学校全体が穏やかなのだ。大きな声が聞こえない。ふざけ合って叫声を上げる子もいない。先生が叱ったり注意したり、という場面には一度も出くわさなかった。小学校でよく耳にする「静かにしなさい」という先生の言葉が響かないのだ。
みどりの学園義務教育学校は、こうした落ち着いた環境の中、子供たちの探究心を拡大再生産することに成功しているのだろう。「この学校に入れたい」「この街に移住したい」と思わせる魅力が確かにあった。
ちなみに、つくば市は1987年の市政開始以来今日までずっと、流入人口が増え続けている。さまざまな研究・教育機関が集積して研究者が多いこと、約1時間で都内に移動できるアクセスのよさなどの要因もあるが、つくば市が「教育日本一」を掲げて、義務教育学校を増やしてきたことも子育て世代の増加につながっているのだろう。アフターコロナで働き方が変わる今、さらに人口が増えていく可能性は高い。
帰り道、駅周辺には新しいマンションが数棟、建築中だった。
(プレジデントFamily編集部 文=田中義厚)
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