幼稚園の園庭も墓地に変わってしまった…マリウポリ出身のスタッフが故郷でみた「地獄」の様子
プレジデントオンライン / 2022年4月11日 17時15分
※安全確保のため、ファーストネームのみ使用しています。
■テレビの中の話だと思った
私は生まれも育ちもマリウポリです。この町で学び、働き、幸せな毎日を過ごしてきました。MSFに採用された時は、社会貢献に携われる仕事に就けてうれしかったものです。マリウポリでの暮らしは平穏で良いものでした。
それが突然、地獄に変わったのです。
最初は誰もが、何が起こっているのか信じることができませんでした。私たちの時代に、こんなことは起こり得ないはずです。戦争が始まり、爆弾が町に落とされるなんて、予想すらしていませんでした。テレビの中の話だけだろう、きっと誰かがこの狂気を止めてくれる。そう、思っていたのです。それが現実になりつつあると気づいた時には吐き気がして、3日間何も食べられなくなったほどでした。
空爆が始まると、それまでの世界は姿を消しました。私たちの生活は、全てを破壊する爆弾やミサイルに引き裂かれていったのです。私たち住民は、他のことは何一つ考えられず、感じられなくなりました。曜日も無意味になり、今日は金曜日なのか土曜日なのかも分からなくなりました。全てが長い悪夢となったのです。姉は日数を数えようとしていましたが、私には全てがぼんやりと感じられました。
■町のいたるところにできた墓地
最初の数日間は、幸運なことにMSFに残っていた医療物資をマリウポリの病院の救急診療科に届けることができました。
ただ、電気と電話回線が使えなくなってからは同僚と連絡が取れなくなり、活動ができなくなったのです。爆撃は日ごとに激しさを増していきました。当時、私たちが考えていたのは、何とか生き延びること、そして脱出する方法を探すこと。この二つでした。
自分の住んでいた場所が恐ろしい場所に変わる──。
この現実を、どう表現すればよいのでしょう。町のいたるところに新しい墓地ができました。自宅の近くにある幼稚園の小さな園庭にもできたのです。本来、そこは子どもたちの遊び場として使われるはずなのに……。このような過去を背負った子どもたちに、未来をもたらすことができるのでしょうか。増えていく一方の痛みや悲しみを、どうしたら受け止められるのでしょう。毎日、まるで人生の全てが失われていくような気がしました。
■恐怖の中で助け合う人々
同時に、マリウポリでは、多くの人が他人を助け、自分を後回しにしても他人を気づかう姿に心を動かされました。母親は子どもの身を案じ、子どもは親の心配をしています。
私の姉は空爆で精神的に疲弊していたので、私は彼女の心臓が止まってしまうのではないかと心配しました。姉の心拍数は1分間に180回になり、その変わりようにもぞっとしました。私は姉に「いま、恐怖に負けて死んでしまったら、あまりにもばかばかしいじゃないか!」と励ましたものです。
時間が経つにつれ、姉は少しずつこの環境に慣れていき、砲撃の間は恐怖で身を強張らせる代わりに、さまざまな隠れ場所を私に教えてくれるほどになりました。それでも姉のことは心配で、この町から逃げなければいけないことは明らかでした。
私たちは安全な場所を求めて、3回も移動しました。幸いにも、家族のように思える素晴らしい人たちのところに滞在することもできたのです。人類が互いに助け合いながら生きてきたことは、歴史が証明しています。それを自分の目で見ることができ、とても感激しました。
■国際女性デーをシャンパンで祝う
人びとがいかに勇敢であるか、あるいは勇敢でいなければならないか──。
それも目の当たりにしました。たとえば、私はある家族が家の前の路上で料理をしていた光景を思い出します。彼らが囲む焚き火のすぐそばには、数日前に別の家族が受けた砲弾の大きな穴が二つ開いていたのです。
また、人びとが逆境にあっても、暮らしの中のささやかな楽しみを大切にする姿にも心を打たれました。
私たちは3月8日の国際女性デーは、とにかくお祝いをすることに決めたのです。近所の人たちに電話をかけ、友だちを招待しました。シャンパンを1本見つけた人もいれば、レシピの半分の材料でケーキを焼いた人もいました。数分間音楽をかけ、30分という束の間、私たちはお祝いムードに浸って楽しみ、笑い合うひと時を過ごしたのです。この悪夢は終わるさ、とジョークまで飛ばしあったものです。
でも、悪夢は止まるところを知りませんでした。
■輸送部隊と共にマリウポリを脱出
私たちは毎日、町を出ようと試みていました。でも、何が起きているのかもわからず、脱出は不可能だという見方も広がり始めていたのです。
ある日、輸送部隊が出発するという情報が入ったので、古い車に乗り込み、急いで輸送部隊の出発地点を探しました。できる限り多くの人に伝えましたが、伝えきれなかった人のことを考えると、悲しい気持ちでいっぱいになります。何しろあっという間の出来事で、電話回線が復旧していなかったこともあり、誰にも電話をかけることはできませんでした。
出発は、大混乱とパニックそのもので、多くの車があらゆる方角へ向かっていました。数え切れないほど多くの人が乗っているため、顔が窓ガラスに押し付けられている車も見ました。地図もない中で不安でしたが、どうにか正しい方向を選び、私たちはマリウポリを脱出することができたのです。
■家族や友人を残してきた耐えがたい苦しみ
マリウポリを離れて初めて、私は事態が考えていたよりも深刻だったことに気がつきました。私は市内でも比較的安全な場所に避難できていたものの、脱出していく途中で多くの破壊と悲しみを目にすることになりました。
団地が立ち並ぶ地区には、巨大なクレーターができていました。スーパーマーケットから、医療施設、学校、人びとが安全を求めて来ていた避難所に至るまで、何もかもが破壊されていたのです。
ようやくインターネットにアクセスした時は、愛する町が炎に包まれ、同じ町に住んでいた人びとががれきの下敷きになっている写真を見て、ショックを受けました。子どもを連れた家族が多数避難していたマリウポリ劇場が空爆された、とニュースで知った時の思いは、言葉になりません。私にできることは、なぜそんなことが起きたのか、と問うことだけでした。
多くの家族や友人を残していくしかなかった。でも、家族や友人、その他の人びとがまだあの場所にいると思うと、耐えがたい気持ちでいっぱいです。家族のことが心配で胸が痛みます。戻って連れ出そうとしましたがうまくいかず、いまは音信不通の状態です。
■「誰かが私に電話をしたいかもしれない」
包囲され攻撃を受け続ける町においても、誰かと一緒にいる人は生き残るチャンスが残されています。ただ、マリウポリでは孤立した人がとても多いのです。高齢で弱っている人びとは、水や食料を探すために何キロも歩くことなどできません。
私は2週間前に道で会ったおばあさんのことを、いまでも忘れることができません。足が不自由で、眼鏡が壊れていたので、目もよく見えていなかったと思います。彼女は小さな携帯電話を取り出し、「充電してくれないかしら」と言ったのです。車のバッテリーにつなげないか試してみましたが、うまくいきませんでした。私は、電話回線が不通になっているので、充電があっても電話はできませんよ、と伝えました。
「誰にも電話がかけられないのは分かっているのよ。でも、いつか誰かが私に電話したいと思うかもしれないから」。
そう、彼女は言いました。
そのとき私は、このおばあさんはいま一人ぼっちで、全ての希望は電話にかかっていることに気がついたのです。もしかしたら、誰かが彼女に電話をしようとしているのかもしれない。同じように、私の家族も私に電話をしようとしているのかもしれません。でもそれは知りようがないのです。
■いまこの瞬間も苦しみが続いている
この悪夢が始まってからもう1カ月が過ぎましたが、状況は日に日に悪化しています。マリウポリの人びとは、空爆や爆撃にさらされ、食料、水、医療といった生存に最低限必要なものすら手に入らないために、毎日命を落としています。
罪のない民間人が、耐えがたい環境と苦難を強いられています。いまこの瞬間もです。ごく一部の人びとは逃げ出すことができましたが、いまも膨大な数の人びとが、破壊された建物や廃墟の地下室に隠れ、外部からの支援を断たれたまま、とどまっているのです。
なぜ、罪のない人たちがこのような目にあわなければならないのでしょう。人類はどこまでこの町で起きている悪夢を放っておくつもりなのでしょうか。
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国際医療NGO
非営利の医療・人道援助団体。紛争や自然災害、貧困などにより危機に直面する人びとに、独立・中立・公平な立場で緊急医療援助を届けている。医療援助と同時に、現地で目の当たりにした人道危機を社会に訴える「証言活動」も国境なき医師団の使命。1971年にフランスで設立し、1999年には活動の実績が認められノーベル平和賞を受賞した。 オフィシャルページ
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(国際医療NGO 国境なき医師団)
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