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円安が国益であるはずがない…日本をますます貧しくさせる「円安スパイラル」の恐怖

プレジデントオンライン / 2022年4月13日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

今年3月以降、日本の通貨「円」があらゆる通貨に対して安くなっている。その下落率はロシアのルーブルに次ぐほどだ。なにが起きているのか。野口悠紀雄・一橋大学名誉教授は、「このままでは日本は『円安スパイラル』に陥る危険がある。『円安が国益』という欺瞞から脱却し、一刻も早く金融政策を正常化すべきだ」という――。

■円の下落が続けば「円安スパイラル」に陥る

ロシアのウクライナ侵攻によって資源価格が急騰し、世界はインフレに向かって突き進みつつある。

日本も例外ではない。というより、急激な円安が進んでいることから、輸入価格の高騰に拍車がかかっている。このまま進めば「円安が円安を呼ぶ」という円安スパイラルが発生し、壊滅的な状態になりかねない。

私は、3月に刊行した『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)において、円安こそが日本経済を貧しくした基本要因であると指摘し、20年以上にわたって続いた円安政策から脱却する必要性を強く訴えた。

いま、円安政策からの脱却は、一刻の猶予も許されない緊急の課題になった。

■ルーブルに次ぐ下落率 円の独歩安

円・ドルレートは、2021年の秋以降、1ドル114~115円程度の状態が続いていた。しかし、今年3月中旬から1ドル120円を超える、異常といえるほど急激な円安が進行した。こうなった要因は、日米金利差の拡大だ。とくに、次の2つが大きい。

第1は、3月21日にアメリカFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が、利上げをスピードアップし、1回で0.5%の引き上げもあり得るとしたことだ。これを受けて、アメリカの中・長期債の利回りが急上昇した。

第2は、これに先立つ3月17、18日に、日本銀行が政策決定会合で金融緩和継続を決めたことだ。黒田総裁は、「円安が日本経済にとって望ましいという構造は変わらない」と発言した。

世界の中央銀行が、アメリカの利上げに対応すべく、競って金利の引き上げを行っている。そうした中で、日本だけが低金利を継続すると表明したため、円が急落したのだ。下落率は、ロシアのルーブルに次ぐ大きさだ。ルーブルを除けば、円の独歩安といってよい。

ウクライナ侵攻が始まった2月下旬以降、エネルギー関連の価格は一段と上昇している。これが続くと、後で見るように、日本の経常収支赤字が定着し、それがさらに円安を誘うという可能性も出てきた。

■ビッグマック指数で、ついに中国にも抜かれた

『日本が先進国から脱落する日』で、私は、「円安が進んでいるので、ビッグマック指数で見ても、日本は中国に抜かれただろう」と書いた(「日本のビッグマックはタイより安い…日本が急激に貧しくなったのは『アベノミクス』の責任である」)

今年2月に『エコノミスト』誌から発表された数字では、実際に、中国に抜かれてしまった。ポーランドにも抜かれた。いまや日本より下位にあるのは、ペルー、パキスタン、レバノン、ベトナムなどといった国だ。

円の購買力を見るために、「実質実効為替レート」という指標が用いられる。国際決済銀行(BIS)が2月17日に発表した今年1月時点の円の実質実効為替レート(2010年=100)は、67.55となり、1972年6月(67.49)以来の円安水準となった。

このときの市場レートは、1ドル=115円程度であった。ところが、上記のように、その後、さらに円安が進んだ。

仮に実質レートが名目為替レートに比例的に低下するとすれば、1ドル=122円での実質レートは、63.7程度となっているはずだ。これは、固定相場制だった1971年11月の63.35と同程度の水準だ。

この頃、私はアメリカに留学していた。日本での給与が月2万3000円だったのに対して、アメリカの大学の周辺にあるアパートは、最も安いところで、賃料が月100ドル、つまり3万6000円だった。日本円の購買力が低いといかに惨めな状態になるか。それを身をもって体験させられた。

いまの日本円の購買力は、『日本が先進国から脱落する日』を書いていた2021年末よりも、さらに悪化している。私が日本の給与の安さを嘆いていた、まさにその当時まで低下してしまったのだ。

■日銀は、投機取引を正当化している

現在のように日米間で顕著な金利の差があると、「円キャリー」と呼ばれる取引が発生する。これは低金利である円で資金を調達し、それを高金利であるドルに転換して運用する取引だ。それによって金利差だけの収入を得ることを目的とする。

ただし、これは投機的な取引である。なぜなら、金利差を是正すべく、日本が金利を引き上げる可能性があるからだ。すると、円高が進行し、ドルから円に戻すときに、損失が発生する。

ところが、日銀は、円キャリー取引の利益を保証している。とくに、3月28日に国債市場に介入して金利を抑えたことは、金利差が縮小することはないと保証したことになる。

したがって、投機家は安心して円キャリー取引を行える。これによって円が売られドルが買われるので、さらに円安が進むことになる。すると、ドルを円に戻すときに、さらに為替差益を稼ぐことができる。

つまり、日銀が円安是認・金利抑制を明確に示しているために、円キャリーという投機的取引を助長していることになる。そして、それがさらに円安を加速しているのだ。これは、中央銀行の行動として、信じられないようなものだ。

■経常収支の赤字化で「有事に弱い円」に

円安を促進する要因は、さらにある。それは、経常収支の赤字化だ。

2022年1月の国際収支統計(速報)によると、経常収支は1兆1887億円の赤字となった。赤字額は14年1月(1兆4561億円の赤字)に次いで過去2番目の大きさ。赤字は2カ月連続だ。

これまでも、貿易収支は赤字になることがあった。しかし、巨額の対外純資産から生み出される第1次所得収支の黒字が大きいため、経常収支は黒字になっていた。

ところが、その状況が最近になって変化したのだ。

仮に経常収支の赤字が恒常化すると、ドルに対する需要が増大する。したがって、ドル高・円安がさらに進むこととなる。

ドルと円
写真=iStock.com/plusphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/plusphoto

これまで、日本円は、「有事に強い」と言われてきた。有事の際の「セイフヘイブン」とみなされて円に資金が流入し、円高になる場合が多かったのである。

ところが、現在は、ロシアのウクライナ侵攻という「有事」であるにもかかわらず、これまで見たように顕著な円安が進行している。「有事になると、原油価格が上昇し、それが日本の経常収支赤字を拡大する」という連鎖が生じているのではないかと考えられる。

第1次所得収支の黒字には、まだ傾向的な変化は見られない。しかし、対外資産から生まれる収益が日本国内に還流せず、海外で投資され続けられるようになったのではないかとも言われている。

■円安が国益であるはずはない

「円安が国益という考えは全く間違い」というのが、『日本が先進国から脱落する日』で強調した最も重要なメッセージだ。そのことが、この数カ月で、ますます明確になっている。

そもそも、円が安くなるとは、日本人の働きが国際的に見て低く評価されることを意味する。そんなことを喜ぶ国民はいない。それにもかかわらず、日本人は、「円安が国益だ」という誤った考えに、数十年の間、取り憑かれてきた。なぜかと言えば、円安になると、企業の利益が増えるからだ。

これは、つぎのようなメカニズムによる。

いま、日本の輸出品のドル表示での価格が一定であるとしよう。円安が進めば、円表示での輸出品価格は増大する。だから、輸出産業の売上高は増える。だから、輸出産業の利益が増える、と説明されてきた。

しかし、このメカニズムにはトリックがある。なぜなら、第1に、輸入品価格も円安によって増えるからだ。したがって、原材料価格も上昇する。この影響を考えると、企業の利益が増えることにはならないはずである。企業利益が増えるのは、原材料価格の上昇を、製品価格に転嫁してしまうからだ。

第2のトリックは、円建ての売上高が増加するにもかかわらず、国内労働者の賃金を引き上げないからである。したがって、ドルで評価した賃金は低下することになる。

この2つのトリックがあるために、円安になると、企業利益が増加するのだ。結局、消費者と労働者の犠牲によって、企業利益が増加することになる。

しかし、このメカニズムは、分かりにくい。したがって、消費者が価格転嫁に反対することはなく、また労働者は賃金が抑えられていることに反対しない。

こうして、企業の立場からすれば、円安になれば、自動的に利益が増えることになるのである。これによって利益を受けるのは、企業の保有者、つまりその企業の株主だ。

ここで注意すべきは、円高になると、以上とは逆の現象が起きてしまうことだ。賃金は、円高になったからといって減らされることはない。したがって、企業の利益は減少することになる。

2000年以降円安政策がとられたが、円高が進んだ時もある。したがって、企業の利益が恒常的に増えたわけではないのだ。

■円安こそが日本衰退の原因

では、本来とられるべき政策とは、いかなるものか?

それは、為替レートが円高になることに対応して、技術を開発したり、新しいビジネスモデルを開発したりすることによって、利益を確保することだ。

実際、1970年代から80年代にかけて、日本経済の発展にともなって、円高が進んだ。このとき、日本企業は新技術の開発によって、それに対応したのである。そして、世界経済における日本経済の地位が高まっていった。

しかし、2000年代ごろから、中国の工業化にともなって日本企業が苦しくなり、円安・賃金固定政策がとられるようになったのだ。

その結果、企業は技術開発を怠り、生産性が低下した。また、古い産業が淘汰(とうた)されずに残ってしまった。つまり、中国工業化に対し、古い産業を残して、雇用を維持したのだ。

円安は麻薬のようなものだ。本来行われるべき技術開発と産業構造の転換をせずに、雇用を維持することができる。そうした政策を20年間飲み続けて、とうとう足腰が立たなくなったのが、現在の日本だ。円安こそが、日本衰退の基本的な原因だ。

2010年ごろには、円高が進み、日本経済の「六重苦」と言われるようになった。

本来であれば、労働者の立場から円高をよしとする政策をとるべきであった。しかし、当時の民主党政権は、懸命になって、円安誘導を試み、日本の労働者の国際的な価値を低めたのである。

そしていま、日本は世界の先進国から滑り落ちようとしている。

■賃金は上がらないが物価は3%上昇も

これまで、企業にとって、円安になれば利益が増えるという意味で、「円安はいいこと」だった。しかし、いま、企業にとっても「円安が悪いこと」になってきている。その理由は、次の通りだ。

コロナによって経済が弱まっていることから、企業は、原材料価格の上昇を、完全に転嫁できない可能性がある。とくに、価格交渉力が弱い中小零細企業は、そうだ。だから、付加価値生産額が増えない。賃金は上げられないし、利益も増えない。

これまでの円安と違って、企業の立場から見ても、円安が望ましいとは言えなくなってきているのだ。

ところで、「完全には転嫁できない」とは、「転嫁がなされない」という意味ではない。実際、すでにかなりの転嫁がなされている。

22年2月の消費者物価(全国、生鮮食品を除く総合)は前年比0.6%だが、携帯電話通話料の値下げの影響を除くと、すでに2%程度の状態になっている。これまで述べてきた3月以降の状況を勘案すれば、今後3%程度の消費者物価上昇は、十分ありうることだ。

野口悠紀雄『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)
野口悠紀雄『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)

ところが、賃金は上がらない。春闘での賃上げ率が3.1%程度になったが、全体ではもっとずっと低い。だから、実質賃金は低下し、国民の生活は苦しくなる。

政府は物価対策を講じるとしているが、ガソリン価格対策のような小手先の対症療法をいくらやっても無意味だ。

いまの日本で最も重要なのは、金融緩和から脱却して、円安進行を食い止めることだ。

通貨価値を守ることは、中央銀行の最も重要な責務だ。中央銀行は、そのために作られた。いまこそ日本銀行は、中央銀行の原点に戻る必要がある。

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野口 悠紀雄(のぐち・ゆきお)
一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問を歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書に『「超」整理法』『「超」文章法』(ともに中公新書)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)ほか多数。

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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)

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