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「プーチンは何も諦めていない」佐藤優が明かす「ロシアが狙うウクライナの急所」

プレジデントオンライン / 2022年4月12日 12時15分

アンドレイ・ニキーチン・ノヴゴロド州知事の話を聞くウラジミール・プーチン大統領(=2022年3月22日、ロシア・モスクワ、クレムリン) - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

ロシアによるウクライナへの侵攻が始まって1カ月半が過ぎた。元外交官で作家の佐藤優さんは「ロシアがキーウの包囲を解いたのは、ウクライナ側が停戦協議で譲歩して、中立化や非核化を受け入れる旨の書面を提出したことを口実に、戦力を東部と南部に集中するためで、ウクライナの国家体制を解体するという戦略目標は維持している」という――。

■この戦争には、政治思想もイデオロギーもない

ウクライナへの軍事侵攻が始まって、1カ月半が過ぎました。多くの犠牲者と難民を発生させたロシアの罪は、厳しく指弾されるべきです。民間人を虐殺するなど、断じて許されません。

私は、今回の戦争で、国際秩序が第1次世界大戦の前に戻ってしまったと考えています。この1か月半で時計の針は100年以上も逆戻りし、東西冷戦時の理屈さえ通らないほど大きな変化が生じてしまいました。

国連憲章では、少なくとも加盟国に関しては、国家間の紛争解決に武力を用いないという建前でした。それが、音を立てて崩れてしまったのです。これから先は国家間の紛争を武力で解決しても構わないという、大きな世界思想の変化が起きつつあります。

この戦争は、特殊な政治思想やイデオロギーに基づいていません。ごく単純な、帝国主義戦争です。レーニンが著書『帝国主義論』の中で言っている、典型的な植民地争奪戦なのです。ロシアにとって、アメリカの植民地に見えているウクライナを取り戻すのですから、植民地の再分割です。

共産主義を世界に広めていくとか、ナチズムによって東方世界を支配するというようなイデオロギーは、まったく存在しないのです。

■当初のシナリオは頓挫したが、プーチンは諦めていなかった

ロシアの侵攻作戦が、当初の思惑通りに進まなかったことは確かです。しかし、首都キーウ(キエフ)まで電撃的に占領する戦術をプランAとすれば、時間がかかった場合のプランBを用意していないはずはありません。ひとつのシナリオが頓挫したから途方に暮れているはずだ、と見なすのは無理があります。

全体の戦況において、ロシア軍が優勢であることは事実です。キーウの包囲を解いたのは、ウクライナ側が停戦協議で譲歩して、中立化や非核化を受け入れる旨の書面を提出したことを口実に、戦力を東部と南部に集中するためです。ロシア軍が苦戦して撤退したという西側の報道を鵜呑みにすると、情勢を読み誤ります。

プーチン氏はウクライナの国家体制を解体するという戦略目標を維持しています。

■プーチンの新たなシナリオはこれだ

ロシアはウクライナの国土を分割し、朝鮮半島のような状態にすることを狙っています。そのために重要なのが、黒海沿岸です。激戦になっている南東部のマリウポリを陥落させ、クリミア半島の西のオデーサ(オデッサ)も手に入れれば、その西隣はロシアが実効支配している“沿ドニエストル共和国”。国際的には承認されていない、モルドバ国内の一地域です。

すると黒海沿岸は、自国の領土からドンバス地域、マリウポリ、クリミア半島、オデーサを経て、ロシアが地続きで支配できるようになります。首都のキーウを占領するよりも、ウクライナを海上から封鎖してしまうほうが、戦略的な意義は大きいのです。対外貿易がさらに閉ざされれば、ウクライナは完全に日干しになります。

2021年10月10日、オデーサ港の穀物ターミナルから、穀物を積んだ貨物船が出航する
写真=iStock.com/Volodimyr Trofimov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Volodimyr Trofimov

ロシアでは、5月9日が「対独戦勝記念日」です。国民の戦意を高揚させるために、戦争関連の記念日は重要です。「祖国防衛の日」が2月23日の祝日で、ウクライナへ攻め込んだのが翌24日だったことからも、そのことは明らかです。プーチン大統領は、5月9日までにいくつかのオプションを用意し、何らかの戦果を示した上で一方的に勝利宣言をするつもりだと思います。

■バイデンの言葉がプーチンの感情をエスカレートさせる

アメリカのバイデン大統領は、3月26日に訪問先のポーランドで行った演説で、プーチン大統領について「この男をいつまでも権力の座にとどまらせてはいけない」と発言しました。ホワイトハウスの当局者はすぐさま「プーチン政権の転覆を意図したものではない」と釈明しました。

しかし当人は、発言を撤回しないと明言。「自分が感じる道徳上の怒りを表明した。個人的な感情について謝罪はしない」と強気を崩しませんでした。

口から出てしまった言葉の解釈は、受け止める側次第です。ロシア側は、予定の原稿になかった発言だから、本心が出たのだろうと受け止めました。経済制裁もウクライナへの軍事的な支援も、目的はロシアの体制転換なのだという認識を抱きました。

さらにバイデン大統領は4月4日、ロシア軍が撤退したキーウ近郊の町ブチャで、民間人とみられる多数の遺体が見つかったことを受けて、「プーチン大統領は戦争犯罪人だ」と罵り、「この男は残忍だ。ブチャで起きていることは常軌を逸している」と語りました(4月5日・日経)。

外交は言葉の芸術ですから、相手の感情をエスカレートさせる言葉を吐くのは最終段階です。それは、バイデン大統領が生き残るか、プーチン大統領が生き残るかを意味します。バイデン大統領の強気な発言は、ロシアを非妥協的にさせました。

ブチャでの虐殺を受けて、各国がロシア外交官の追放に踏み切ったことも、事態を先鋭化させます。ロシアはますます内側に閉ざされ、外交機能の麻痺に直結するからです。

■プーチンはゼレンスキー政権とは和平を結ばない

トルコメディアが4月2日に、ロシアとウクライナの大統領会談が近くトルコで開かれる可能性があると報じたほか、ゼレンスキー大統領が4月4日にキーウ近郊の町ブチャを視察した際に、「これは大量虐殺だ」「ロシアが停戦交渉を長期化させている」として、プーチン大統領との直接会談を求めています。

しかし、アメリカの利益代表者であるゼレンスキー政権を打倒することが、ロシアの安全保障上不可欠だと確信を深めたプーチン大統領は、ゼレンスキー大統領との会談は行わないでしょう。

この先、東部方面での攻勢をさらに強めていくと思います。その先でウクライナと和平を結ぶとしても、ゼレンスキー政権ではなく次の政権と結ぶ。あるいは、ゼレンスキー退陣を締結の条件にするでしょう。

バイデン大統領が熱を込め過ぎて発した発言が、かえってゼレンスキー政権を追い詰めることになっているのです。

■バイデンよりトランプのほうが現実的だと思い始めたアメリカ人

今回の戦争で、アメリカやドイツの軍需産業は潤っています。型落ちの兵器や旧東ドイツ製兵器の在庫を整理するのに、いい機会だからです。

しかしアメリカ世論の関心事は、ウクライナ問題よりも圧倒的に、ロシア産原油の禁輸がもたらしたガソリン価格の高騰です。米コネチカット州のキニピアク大学が3月30日に発表した世論調査では、アメリカが現在直面している緊急課題として、1位が「インフレ」(30%)で、「ロシア・ウクライナ問題」(14%)を大きく上回っています。

2012年のテキサス州デル・リオのメインストリート
写真=iStock.com/M. Kaercher
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/M. Kaercher

3月下旬にレバダセンターが行った世論調査では、プーチン大統領の支持率は83%と、4年ぶりに80%を超えました。それとは対照的にバイデン大統領の支持率が40%となり、就任後最低を更新しているのは、経済対策への不満によるものです。

こうなると、トランプイズムの再来です。トランプイズムとは、自国が第一で、世界の警察官の役割はしないこと。シリアとアフガニスタンから手を引き、中国と対決姿勢を取り、ロシアとは事を構えないという外交姿勢です。

西側の同盟国がロシアと代理戦争を行い、結果として中国とロシアを近づけ、北朝鮮はその隙にアメリカ本土まで届く大陸間弾道ミサイルを撃ち上げている。こんな国際情勢で、本当にアメリカはいいのか。3月3日公開の記事で、もしもアメリカがトランプ大統領のままなら、ロシアのウクライナ侵攻は起こらなかったと述べましたが、やはりトランプのやり方のほうが現実的ではないか、と感じるアメリカ人は一定数います。

事実、ハーバード大学の研究所などが3月29日に発表した世論調査で、次の大統領選挙がいま行われた場合、「トランプ氏に投票する」と答えた人は47%。バイデン氏と答えた41%を上回りました。

■バイデンはウクライナが最後まで戦い抜くことを望んでいる

バイデン大統領にとって重要なのは、ウクライナが自由主義と民主主義の戦士として最後まで戦い抜くことでしょう。双方にどれだけの犠牲者が出ようと、正しい側の最後の1人が倒れるまで応援しよう。これは価値観を巡る戦いだと捉えているからです。

西側諸国に支援を求めるゼレンスキー大統領は、バイデン大統領の意向を無視して動くことはできません。もはやバイデン大統領とプーチン大統領の代理戦争の様相を呈してきています。

今のウクライナの戦闘を見ると、私の母が子どもの頃に経験した沖縄決戦を思い起こして胸が痛みます。当時の追い詰められた沖縄の人々に向かって、「徹底的に戦え」とはとても言えません。そして「逃げろ」というのも無責任です。投降するという選択肢を容易に選べる状況ではなかったからです。

少しでも犠牲者を減らすために、この戦争が一刻も早く終わることを願います。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎)

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