1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「制裁の影響でロシア人は妄想の世界に入り始めている」佐藤優が教える「危なすぎる兆候」

プレジデントオンライン / 2022年4月13日 6時15分

2022年4月7日、ノボ・オガリョボの大統領公邸で安全保障理事会のメンバーとの電話会談の議長を務めるプーチン大統領 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

ウクライナに侵攻したロシアへの経済制裁が始まって1カ月半。元外交官で作家の佐藤優さんは「制裁はロシアの市民生活にあまり影響を与えていないし、デフォルトが起きてもロシア人はそれに耐えることができる。だが西側諸国と切り離されたことで、ロシア人のマインドが内向きになり、一種の妄想の世界に入り始めている」と警鐘を鳴らす――。

■経済制裁、ロシアの市民生活への影響は

ウクライナに軍事侵攻したロシアへの経済制裁が始まって1カ月半が経ちましたが、どのくらい効果が出ているのでしょうか。

現在、砂糖の購入制限が1人当たり月に10キログラム。1.5リットルのサラダ油が1人10本と伝わってきています。4人家族なら、それぞれ毎月40キログラムと40本。生活に困る程度にはなっていません。

ソ連時代から七十数年、制裁をかけられ通しの国なので、助け合いで乗り切る精神がロシア人には根付いています。イランや北朝鮮の政権でさえ経済制裁では倒れないのに、ロシアには豊富なエネルギー資源と高い食料生産力があります。市民生活に制裁の影響が及ぶには時間がかかりますし、決定的な状態には至らないと思われます。

■ロシアでデフォルトが起こる可能性はある

それでは、欧米からの経済制裁によって、ロシアでデフォルト(国が発行した国債の元本の返済や利子の支払いをできなくなること)は起こるのでしょうか。

実は制裁下でもロシアの経常収支は大幅な黒字が続いています。それは豊富な天然資源によるもので、各国が経済制裁を強化する現在でもロシアの石油・天然ガス収入は少なくとも1日に11億ドル(約1350億円)に達しています(4月8日・日経)。

3月2日、EU(欧州連合)と米国はロシアの複数の銀行を国際的な銀行間の決済システム(SWIFT)から排除する決定を下しました。ロシアがSWIFTから排除されれば、輸出の代金決済ができなくなりますので、ロシアに打撃を与えるという報道も多く見られました。

しかしSWIFTから排除されたロシアの銀行の中に、国営ガス会社ガスプロム傘下のガスプロムバンクは含まれていませんでした。ロシア産の石油・ガスに対する主要な決済手段となっているため、消費するガスの4割をロシアに依存するEUは及び腰なのです。

EUは4月5日にロシア産石炭を段階的に禁輸する制裁案も発表しましたが、やはり石油や天然ガスには踏み込んでいません。エネルギー資源の豊富なアメリカとイギリスはロシア産の原油や天然ガスの輸入をすでに禁止して1カ月が経ちますが、EUではこれ以上のエネルギーへの制裁は難しいでしょう。

■アメリカの新たな制裁でついにデフォルトか

それから、欧米の経済制裁によってロシアは海外に保有する外貨が凍結されているため、深刻な外貨不足に陥るとの予測もありました。しかしプーチン大統領は、ロシア産天然ガスの購入代金をロシアの通貨ルーブルで支払うよう義務づけました。

これによって、買い手が送金した外貨はモスクワ外為市場でルーブルに両替され、エネルギー会社に支払われることになります。つまり外貨はモスクワ外為市場に流入することになります。

そもそもロシア政府は強力な力で、民間企業に入ってきた外貨を強制的に召し上げることだってできる。今でも民間企業に対して、外貨収入の8割を強制的にルーブルに換えさせています。

4月4日、アメリカ財務省は新たな制裁を発表し、いよいよデフォルトの危機が迫っていると報じられています。それは、ドルでの支払いが求められるドル建て国債の元本償還や利払いを、ロシア政府がアメリカ金融機関にあるロシア政府の口座から支払うことを認めないというものです。

ロシア財務省は、4月4日が期日だったドル建て国債の支払いについて、「米国の非友好的な行為のため」自国通貨ルーブルを送金したとし、「支払い義務は完全に満たされた」と強調しています。

しかし、ロシアが支払いの意思を持っているにもかかわらず、アメリカ財務省の方針によって実行できなかった場合でも、格付機関が正式にデフォルトと認める可能性はあります。なぜなら格付機関はアメリカが作ったゲームのルールの影響下の存在だからです。

デフォルトが起きてもロシア人はそれに耐えます。ましてプーチン政権が転覆に至る可能性はないでしょう。4月12日公開の記事でも書きましたが、プーチン大統領の支持率は83%まであがっています。国際社会は、経済制裁の効果を期待しすぎないほうがいいでしょう。

■西側諸国が意図しなかった、制裁の意外な影響に背筋が寒くなった

ただ、ロシアの新聞やテレビを毎日、注意深く見ていて感じるのは、西側諸国からの経済制裁、経済的なデカップリング(切り離し)によって、ロシア人のマインドが内向きになってきているのではないかということです。その結果、恐ろしいことにロシア語世界における人の認識と西側世界の認識のギャップが起き始めている。

見ていて、背筋が寒くなったニュースがあります。ロシアは、アメリカがウクライナ国内で生物化学兵器を作っていると主張していますが、それを深掘りした解説です。「特定のスラブ系民族(ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人など)を対象に感染症を作るゲノム兵器の研究ではないか。アメリカは、ロシア人のゲノムだけ集めている」と、大真面目に語っているのです。

ザポロージエ(ザポリージャ)とチョルノービリ(チェルノブイリ)の原発を占拠した際も、ロシアは「ウクライナが放射性物質を拡散する『ダーティボム』を開発するのを阻止するためだ」と説明しましたが、本当にそう思い込んでいる節がありました。

チョルノービル原子力発電所前の放射線サイン
写真=iStock.com/tunart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tunart

どちらも、西側ならフェイクニュースだと笑い飛ばすような話ですが、ロシア人はかなり真面目に信じているようです。私の経験から言っても、思い込みが激しくなったロシア人には独特の怖さがあって、行動が次第に暴力的にエスカレートするものです。国全体が一種の被害妄想の世界に入り始めているように思います。

■どうせ西側諸国には理解されない…内側にこもっていくロシア

同時にわかることは、ロシア側の情報戦というのが西側諸国をまったく意識してないということです。要するに、ロシア語を母語とする人々、あるいはロシア語を母語と同じように使える旧ソ連圏の人たちにだけ理解してもらえればいい。どうせ西側諸国はわれわれのことは分からないんだと、諦めてしまっているように思います。

ロシアが内側にこもっていくことを予想したかのようなテレビドラマがあります。『月の裏側』というSFドラマのシーズン2です。

まず、『月の裏側』のシーズン1の説明をしましょう。こちらは2011年に放映されて、大ヒットしました。連続殺人犯を追っていたモスクワの警察官が交通事故に遭い、1979年へタイムスリップしてしまう。そこで知り合ったKGBの中堅将校に、ソ連がなくなることを教えます。さらに、証券の民有化を利用して金持ちになる方法をアドバイスし、その将校は新興財閥「オリガルヒ」の一員になっていきます。警察官のほうは、いろいろな偶然が重なって現代に戻る、というストーリーです。

1971年のモスクワ
写真=iStock.com/atlantic-kid
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/atlantic-kid

■西側の商品はすべて禁止、ブラウン管のモニター、オンボロの車…

視聴率が30%を超える人気になったので、翌年にシーズン2が作られました。どんな内容だったかというと、主人公の警察官が戻って来た2011年のモスクワでは、ソ連が崩壊していません。コカ・コーラなど西側の商品は、すべて禁止されています。コンピューターはMAKというソ連製で、ブラウン管のモニター。携帯電話はポケット電話と呼ばれていて、木の箱にダイヤルがついた代物。車もおんぼろのソ連製で、タクシーは自動販売機から共有キーをレンタルして自分で運転します。

西側と完全にかけ離れた独自の文化と生活体系で、70年代と消費水準が変わらないソ連が描かれました。しかし軍事に関わる技術だけは非常に高度化していて、火星へ人を送ることにも成功しています。

シーズン1に出てきたKGBの中堅将校が、いまや書記長。独裁国家の主として君臨していて、役所の執務室には肖像がかけられています。空には気球が浮かんでいて、住民の動向を常に監視しています。そんなディストピアドラマでした。余談ですがロケはベラルーシで行われ、実際に町を走っている車などが使われました。

■「これは現在のロシアだ、わざわざそんなの見たくない」ロシア人の思い

今回の戦争が終わったあとのロシアが、この『月の裏側』シーズン2のように独自の閉鎖的な状況になっていくことを、私は危惧します。ソ連が崩壊してから直近の30年だけが例外的な時期で、ロシアは内にこもる謎の国という存在に戻っていくのではないかと。

ちなみに『月の裏側』シーズン2の視聴率は、わずか数%にとどまりました。「これは現在のロシアの姿じゃないか。そんなもの、わざわざ見たくない」と国民から敬遠されてしまったのです。

すでに、Facebookが使えなくなったので「フコンタクテ」というSNSが使われています。Googleの代わりは「ヤンデックス」です。この戦争でロシア人は嫌われてしまったから、夏の間は南フランスの保養地コートダジュールに行くのをやめて、ソチかヤルタに行くようになるでしょうし、外国製品が入ってこなくなるから自国のものを使うようになる。

ロシアの人口は約1億4500万人。ロシア語圏ということになれば約2億5000万人います。ロシア国民の気持ちはさておき、内側に閉じていくことは十分に可能なのです。

■ロシアのメディアが「西側の情報」や「戦争に懐疑的な報道」も流すわけ

とはいえ、ロシア国内のメディアは国民に現実を知らせず、プロパガンダばかり垂れ流しているかといえば、それは違います。ロシアのテレビも西側の情報を流しているし、この戦争に懐疑的な報道もあります。もともとロシア人はそれなりにリテラシーの高い人たちですから、自分たちの国が批判される報道に接すればカチンときます。プーチン政権は、そこまで計算して、あえて流しているのです。

第一チャンネルに『ボリシャヤ・イグラー(グレート・ゲーム)』という政治討論番組があります。政府や軍の高官、政府系の政治評論家や学者など、責任と見識をもつ人たちが出演します。モスクワ時間の夜8時台に、このような堅い番組を放送しているのがロシアです。

司会はヴァチェスラフ・ニコノフ氏といって、国会議員で政治学者です。スターリン時代のモロトフ外務大臣の孫に当たります。エリツィン政権では改革派の一人で、モスクワ駐在時代の私も家族ぐるみで親しくしていた人です。

3月21日は、高等経済大学のスースロフ教授と政治学者のミグラニャン氏が出演していました。この放送を見ていたら、興味深いやり取りがありました。

ポーランドが3月上旬に、所有している旧ソ連製のミグ29戦闘機28機をウクライナに供与しようと申し出ました。一度ベルリンにある米軍のラムシュタイン空軍基地へ送り、アメリカによってウクライナへ運んでもらう提案をしたのですが、アメリカ国防総省が断わったという一件です。

■核保有国であるロシアの世論を暴走させてはいけない

この話題になると、ミグラニャン氏は以下のように語ったのです。

「これは、NATO憲章第5条に関係している。NATO加盟国は、他国に侵略された場合は共同防衛をする。ところが加盟国から侵略した場合の反撃に対する防衛義務については、何も書かれていない。2015年にトルコ軍のF-16戦闘機が、領空を侵犯したとしてロシア空軍のSu-24戦闘爆撃機を撃墜した先例がある。トルコはNATO加盟国だが、自分から攻撃を仕掛けたという理由でNATOは協力の要請を断わり、共同防衛を発令させなかった。

ポーランドはそれを知っているから、自らミグをウクライナへ飛ばしたら、ロシアから参戦したと見られたり交戦状態になる不安があった。そこで米軍基地を経由させて、アメリカに任せようとした。しかしアメリカは断わった。これを見てロシア側は、アメリカはウクライナへ絶対に出て来ないと判断した」

鋭い見方だと思いました。このような深い見識を持った番組もあるのです。

閉鎖空間に陥って西側諸国と交われなくなると、全く違う視点でしかお互いを見られなくなります。ロシアは核兵器を持っているのですから、そんな状況が望ましくないのは自明の理です。

核保有国であるロシアの世論が暴走しないことを願っています。外に向かって窓を開けさせる、国を閉ざさせないようにすることが重要になります。

----------

佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

----------

(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください