コロナ感染者の飼い犬を叩き殺す…「最も洗練されている都市・上海」の防疫対策のあまりの粗暴さ
プレジデントオンライン / 2022年4月13日 17時15分
■移送される家族を不安げに見送った犬が…
「涙が出てしょうがない。上海だけはこんな悲劇は起きないだろうと思っていたのに……。コロナで何の罪もない、かわいがっていた犬まで殺されるなんて……」
4月6日、上海市の浦東地区で、コロナ感染者が飼っていたペットの犬(コーギー犬)が防護服を着た防疫担当者に棒で叩き殺されるというショッキングな事件が発生した。同じマンションの住人が、家族が隔離施設へと車で連れていかれるところや、その車の周りを不安げに走り回っている犬の姿、車が走り去ったあと担当者にその犬が叩き殺されるところ、悲鳴のような犬の鳴き声が聞こえるところなどの一部始終を、部屋の窓から撮影しており、その動画がSNSで拡散されたのだ。
上海の別の地区で犬を飼っている友人はこの件について冒頭のように話し、「もし私が感染したら、うちの子(犬)をどうしたらいいのかと思ったら、不安で夜も眠れない。飼い主たちは皆、震撼(しんかん)したと思います」と肩を落とした。他の友人も、「あの事件だけじゃないですよ。他でも同じように犬や猫が殺される事件は起きているんです」と話してくれた。
■「上海は最も洗練されている都市なのに」
思えば、過去にもロックダウンされた武漢や西安など、さまざまな都市で感染者が隔離されたのち、飼っていた犬や猫などのペットが防疫担当者によって無惨に殺されたことがあった。
昨年11月には江西省で濃厚接触者が隔離施設に連れていかれたあと、消毒のため部屋に立ち入った防疫担当者が室内にいた犬を殴殺したことがあり、室内に設置されていた防犯ビデオでその“犯人”が発覚。SNSで拡散された後、市当局者は罰せられた。報道されていないものも含め、このような事件は、中国では枚挙にいとまがない。
だが、複数の上海人に聞いてみると、「まさか中国で最も洗練されている大都市の上海だけは、このような悲劇は起こらないだろうと思っていた。ロックダウンの前は高級な犬や大型犬を朝夕に散歩している人も多かったし、ペット関連のビジネスも中国でいちばん多い。それなのに、またもやこのようなことが繰り返されるとは……。ここはもう、中国で最も先進的な都市、上海ではない」と語り、ショックを受けたようだった。
このニュースが流れた翌日、中国人のSNS上にはペットホテルの情報が多数流れた。ペットを飼っている人向けのもので、一覧表にはペットホテルの住所や携帯電話番号、SNSのアカウント、いざというときのペットの受け取り方法や料金、収容可能なペットの種類などが記載されている。
■「ペットは防疫担当者に一任する」という文書も…
また、前述した江西省などの例があったからかどうかは不明だが、今回の事件に関連して、3月下旬に上海市で発布された文書も多くの人の間でシェアされた。そこには、「いかなる人であっても家主の許可なしに(たとえ消毒であっても)室内に無断で入室してはならない」という市政府の文章が書かれていたからだ。
一部の地区では、感染者が部屋を退出したあと、部屋のカギを開けておき、消毒する必要があるといわれていたという情報があり、改めてシェアする人が多かったのは、そのことも関連しているようだ。上海などの大都市では、ほとんどの地区の行政担当者はマンション群や地区の人々とSNSグループでつながっており、行政通知もSNSで流される。
上海市といっても地区によって行政のやり方はすべて異なるため一概には言えないが、今回の件に関連して、これまで感染者が隔離施設に移送させられた場合、「ペットの取り扱いは防疫担当者に一任する」という文書にサインさせられたことがある、という人の情報も多数出回っており、「もし感染したら最後。自分のペットも無事ではいられないかもしれない」と震え上がっていた人が多かった。
■SNSでは「飼い主の助け合いグループ」が乱立
しかし、今回、このような文書が発布されたことにより、多くの人々は少しだけ安堵(あんど)したようだ。文書が出回ってきたという知人によると、各地区の担当者は3月下旬の文書を引用しつつ、「ですから、もし隔離施設に移送させられることになった場合でも冷静に対応してください。絶対に防疫担当者は自宅に無断で入室できないと拒絶してください、そして、ペットの預け先を確保し、預け終わるまで自分の目で見届けてください」などという注意事項を付け加えていた。
上海に限らないが、中国各地には「コロナ禍でのペットの飼い主の助け合いグループ」というような名称のSNSグループが数えきれないほど存在しており、そこにはコロナ禍でペットを飼う場合の心得やアドバイスなどが記載され、情報交換や個別相談もできるようになっている。
ふだんから十分なエサを確保しておくこと、ペットの消毒の仕方、家族が隔離された場合、ペットが室内で数十日か数週間生き延びるための水源の確保、汚物処理の問題、信頼できる近所のペット仲間に預ける準備、なども事細かく記載されている。
これまでは感染者が出た場合、ペットは自宅に置いていったり、野外に放したり、近所の人に預けたり、というケースが多かったようだが、前述のような悲劇も起きているし、隔離が長期間に及ぶ可能性もある。そのため、いざというときに慌てふためかないよう、SNSのグループで「マニュアル」も作成されるようになった。
■「どんな細菌が伝染するか分からなかったから」
つまり、それくらい、厳しいゼロコロナ政策の下で、家族同然であるペットのことを心の底から心配し、愛情をもって育てている人が非常に多いという証拠でもあるといえるが、上海で犬を飼っている知人は「それでも安心はできない」と話す。それは、中国特有の事情、つまり、地区によって、また防疫担当者によって、やり方は千差万別であり、結局のところ、その状況になってみないと「分からない」からであり、「それがいちばん怖い」ことだという。
![防護服を着た人物のそばに血を流して倒れている犬がいる](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/8/250/img_38a9997f20fc3c6bdc587b7143b80bb0334182.jpg)
「ルールではこうだと明確に書かれていても、規則を振りかざしても、担当者によっては分かりません。今回のように道端で元気な犬を叩き殺すという、人間のやることとは思えないことをする人も、中にはいるわけです。自分自身が隔離されてしまったあとは、絶対に大丈夫とは言い切れないでしょう」と疑っていた。
中国の報道によると、今回、上海市で犬を叩き殺した防疫担当者は「どんな細菌が伝染するか分からなかったから。よく考えないで、あんな行為を行ってしまった」と語っていたという。防疫担当者は公務員ではないが、社区(マンション群やその周辺のやや広い地区)ごとに雇われた半公務員的な役割を担う行政の担当者だ。医療従事者や警備担当者だけではなく、一部アルバイト的な人も含まれる。
■度重なるロックダウンに疲弊する中国人の闇
彼らはロックダウン以降、非常に業務量が増えており、強いストレスを抱えている。彼らがやったことをかばうことは絶対にできないが、睡眠時間も削らなければならないような厳しい状況で、あのような悲劇が起きてしまった。多くの市民も、防疫担当者がどれほど過酷な業務や、人々に嫌われる業務を担わされているかは十分に分かっているし、彼らが大変な苦労をしていることを知っている。でも、だからこそ、「うちのペットに何をされるか分からない」と疑心暗鬼の気持ちにもなっているのだ。
暗澹たる気持ちになるが、一筋の光明もある。4月上旬、中国のSNSで広くシェアされていたのが深圳市光明区に建設されたばかりの「深圳市ペット集中托管センター」という公的な施設だ。まだ正式にオープンしておらず、細かい情報は出されていないが、敷地面積は約8500平方メートル、建物の面積は1500平方メートルで、感染して隔離された人のペットを約300匹まで無料で預かるという。
新華社などのニュースアプリに流れていた同センターの動画では、広大な広場で犬を運動させることができたり、健康管理も行ったりする、夜間もケージ内を見回りする、などと紹介されていた。また、同じく深圳市福田区にも200匹まで無料で預かる施設ができているという。
■この惨劇は秋の党大会まで続くのか
SNS上には深圳だけでなく、中国各地からコメントが寄せられており、「深圳はビジネスだけの無味乾燥な都市だと思っていたが、とんでもない。こんなにすばらしい取り組みを行ってくれているのか。深圳を見習って、他の都市でもペットを安心して預けられる施設を早急に作ってほしい」「こういう場所があるなら感染しても安心だ。ペットはかけがえのない、大事な家族なのだから」という声が多数ある。
![一緒に散歩する飼い主を幸せそうに見つめるチェコの犬](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/e/670/img_3e8ce3abeb25ce4b8378d21c10a45f8f461141.jpg)
2021年の中国ペット白書によると、中国で飼われている猫は約5800万匹、犬は約5400万匹に上り、過去最多となっている。コロナ禍で「癒やし」や「やすらぎ」を求めて飼い始めた人も多いだけに、惨劇は二度と見たくないというのは当たり前だろう。
中国のゼロコロナ政策は、少なくとも今秋の中国共産党大会で習近平国家主席が3期目を実現するまでは続くだろうと予測されている。それまでの間に、かわいがっているペットがむやみに殺されるようなことがないように、と多くの飼い主が祈っている。
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フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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