今すぐEVシフトしなければ日本経済は死ぬ…ウクライナ侵攻で早まった「ガソリン車消滅」の衝撃波
プレジデントオンライン / 2022年4月20日 12時15分
■ガソリンの高騰は「電気自動車シフト」を生む?
「ガソリン高すぎて、もうキレそう」
「ガソリン代で今月ピンチ……」
「いつまで値上がりするのか……」
こんな声がTwitterユーザーの間に溢(あふ)れている。
ガソリン価格が記録的な高騰を続けている。資源エネルギー庁が発表した、4月4日時点のレギュラーガソリンの価格は、1リットルあたり174円10銭という高水準だ。庶民にとって、ガソリン価格の高騰はもちろん痛手に違いない。
岸田政権も、ガソリン元売りへの補助金など、対策を打ち出してはいる。だが、世論が期待する「トリガー条項の凍結解除」には、依然として慎重な姿勢をとっている。
さて、ガソリン高騰を受けて、「ある分野」に、今後ますます注目が集まりそうだという。 その分野とは、実は「電気自動車(EV)」だ。
■ランニングコストはガソリン車の約半分
長年にわたりEVを研究し、『日本車敗北 「EV戦争」の衝撃』(プレジデント社)などの著書がある、元東京大学特任教授の村沢義久氏は次のように言う。
「ガソリン価格の高騰が続けば、EVに乗り換える動きが出てくるでしょう。車種や使い方によっても変わりますが、通常の使い方なら、EVのほうがランニングコストははるかに安いからです」
ハイブリッド車の平均的な燃費がおおむね20km/L。一方、EVの「電費」はおおむね6km/kWhと言われている。
ガソリン価格が1Lあたり170円で、年間走行距離が5000kmの場合、ハイブリッド車の燃料代は4万2500円。
一方、1kWhの電気代を27円とすると、EVの年間での「電気代」は2万2500円。明らかにEVのほうがお得だ。
■車両価格が上がってもEVシフトが止まらない理由
一方、EVにとって良いニュースばかりではないようだ。ガソリン価格だけでなく、EVの車両価格も「インフレ」にさらされているという。
ウクライナ情勢を受けて、アルミやニッケルの価格が上昇し、それが車両価格を押し上げているというのだ。
テスラのイーロン・マスク氏は「インフレ圧力を受けている」とツイッターに投稿している。事実、テスラ車はここ1年ほどで約1万ドルほど値上がりしているという。22年1月~3月の同社の世界販売台数は、前年同期比68%増の31万48台と、増えてはいるが市場の予想を下回っている。
ただ、インフレによってEVシフトにブレーキがかかるかといえば、むしろ逆だという。
「ウクライナ問題で世界的にエネルギー供給の問題が浮上したことで、いよいよ『脱炭素』の動きが加速するでしょう」
そう語るのは前述の村沢義久氏だ。
■消極的な日本車メーカーも本腰を入れる時が来た
インフレによる車両価格上昇はあったものの、いま世界でEV販売が急増していることに変わりはない。
コロナ禍で世界のサプライチェーンが混乱し、トヨタをはじめとするガソリン車メーカーでは減産などの対応に迫られた。だが、テスラをはじめとするEVメーカーには大きな影響がなく、順調に販売を伸ばしてきた。EVはガソリン車に比べて部品点数が少ないため、サプライチェーンの混乱の影響が比較的軽微で済んだことが功を奏した格好だ。
世界における電動車(EV+PHV)販売は2021年に600万台を突破し、いまや新車販売の約6%を占めている。これが、2022年には900万台、9%になると予想されている。
EV化に後ろ向きと言われていた日本車メーカーも、EVに本腰を入れざるを得ない状況になってきた。
■日本にとって水素は「亡国の技術」
ただ、本当にEV化しか選択肢はないのだろうか。
岸田首相は4月9日、脱炭素化のカギとして、水素社会の構築を目指すという考えを示した。政府が「水素」に注目する以上、自動車メーカーとしては「バッテリーEV」のみならず、「水素」にも取り組む必要があるのではないか。
そもそも、日本では「水素」の研究・開発が盛んだったはずだ。テスラに先行を許している「バッテリーEV」の世界で不利な競争を強いられるより、技術的に先行する分野で勝負するほうが良さそうにも思える。
トヨタは水素燃料電池車(FCV)である「MIRAI」をすでに発売しているが、EVについてはこれからの取り組みだ。そうした実績のある分野を捨ててしまうのは、もったいないのではないか。
だが、村沢義久氏によると、この考え方は根本的に間違っているという。
「水素技術は『亡国の技術』だと、私はさまざまな場において指摘し続けてきました。 また、そう考えているのは私だけではありません。テスラのイーロン・マスク氏も、水素技術にはまったく期待していません。『(水素)燃料電池はバカ電池』と切り捨ててさえいます。
水素技術が本格的に普及する可能性は非常に低いのです。そのわりに、技術開発には巨額の費用がかかります。日本の自動車メーカーは、経営戦略から早く水素技術を外すべきです」(村沢氏)
■「水素はクリーンで無尽蔵」の間違い
日本では「水素は無尽蔵なエネルギー資源」と説明されることがあるが、これは完全に間違いだと村沢氏は言う。
無尽蔵に存在するのは、水素の酸化物である水(H2O)だ。単体の水素(H2)は自然界にはほとんど存在していない。その点を取っても、水素は非常に利用しにくいエネルギー源だと言う。
水素が自然界に存在しない以上、なんらかの方法によって作り出さなければならない。
その方法がまた問題だという。
「酸化物から酸素を分離し、有用な物質を得るプロセスを還元といいます。その1つの方法が水の電気分解です。
水(H2O)を電気分解すると、負極で還元作用が起こり、酸素(O2)が分離されて水素(H2)が得られます。この時に、膨大なエネルギーを浪費してしまうのです。
天然ガス(主成分はメタン:CH4)から水素を作る方法もあります。しかし、残念ながらその過程でCO2が発生してしまうので、クリーンなエネルギー源とは言えません」
天然ガスから水素を作るプロセスは、簡略化すると以下の化学式となる。
この式から分かるように、水素をつくる過程で、天然ガスに含まれるCが全量CO2となって排出されてしまうのだ。
■コストパフォーマンスが最悪
水素燃料電池にはさらに別のデメリットがあると言う。
「得られた水素は1気圧のままです。しかし、1気圧では大きなエネルギーを得ることができません。
そこで、例えばトヨタのFCVでは、水素を700気圧にまで圧縮しています。ただ、この圧縮の過程で、たくさんのエネルギーを浪費してしまうのです。ざっくりした計算だと、水素の圧縮で浪費されるエネルギーは、FCV1台あたり、走行距離約100km分にもあたる、莫大なエネルギーです。水素燃料電池とは、それほど大きなエネルギーを無駄にする技術なのです」(村沢氏)
大きなロスがある水素燃料電池だが、もちろん発電においてもロスが生じる。
製品によって異なるが、そのエネルギー効率はおおむね60%。つまり、40%のエネルギーが無駄になってしまう。
すべてを総合すると、水の電気分解による場合には、元のエネルギーの70%以上が捨てられてしまうという。水素燃料電池車はそれほど非効率な車だと村沢氏は指摘する。
一方、EV(通常バッテリー車)のエネルギー損失は実用上の充放電合わせて10%程度。効率の面での勝敗は明らかだ。
■水素ステーションが近くにぜんぜんない
それでもFCVに期待する声は多い。特に、EVに比べて、FCVはガソリン車並みの航続距離が得られる点が、最大のメリットだと言われている。
しかし、この考え方すら「時代遅れ」(村沢氏)だという。
「航続距離では、テスラ『モデルS』など、EPA基準(実測に近い)で600kmを超えるEVも当たり前になってきています。
ルーシッド「エア」やNIO「ET7」のような高級車の航続距離は800kmを超えてきています。数年のうちには、200万円台の大衆向けEVでも、航続距離400km超が『常識』となるでしょう。そうなれば、水素燃料電池車の航続距離は、大きなメリットではなくなるでしょう」(村沢氏)
しかも、水素技術にはさらなる「致命的な欠陥」があるという。
「肝心の水素ステーションが少ないのです。日本全体でも、いまだに約150カ所しか存在しません。水素燃料電池車を所有しても、水素の補充には非常に手間がかかるでしょう」
しかも、水素ステーションの増設は今後も難しいと村沢氏は言う。
■ガソリン値上げが業界の構図を変えつつある
「現時点の計画では、2025年までにたった320カ所。日本全体をカバーするには到底足りません。
水素ステーションの建設には、1カ所あたり5億円もの費用がかかります。日本全国をカバーするように、水素ステーションを建設するとしたら、兆円単位の投資が必要になるでしょう。実現可能とは到底思えません」
実際、日本車メーカーも水素燃料電池車の普及は諦めているという声も聞こえてくる。
EVの進化が加速する中、FCVの存在意義が薄れつつあることは間違いない。ガソリン価格の高騰は、EVシフトを一挙に進める好機となるのか。それとも、「亡国の技術」にこだわり、戦略ミスによる自滅のはじまりなのか。
今後の展開が注目される。
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フリー編集者
経済・ビジネス・ノンフィクション書籍編集のほか、ビジネス系Webメディアの編集を経てフリーに。SNS、YouTubeを活用して情報発信する新時代の才能を取材している。
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(フリー編集者 落合 龍平)
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