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なぜ週刊誌は不倫報道を続けるのか…アカの他人をとことん追い詰めようとする「道徳感情」の厄介さ

プレジデントオンライン / 2022年4月21日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

なぜ週刊誌は有名人の不倫報道を続けるのか。国際政治学者の三浦瑠麗さんは、「怒りや恨みを持った人の思いの受け皿になっているからだ」という。脳科学者の中野信子さんとの対談をお届けしよう――。(第1回)

※本稿は、中野信子、三浦瑠麗『不倫と正義』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■赤の他人の不倫を責め立てるのは人間特有の感情

【三浦】不倫に対する反発というのは、あるカップルの間で確固とした関係ができ上がっているにもかかわらず、そのほかで同じようなことをしてしまうことに対する抵抗感でしょう。では、なぜ他人の痛みが自分の痛みとして感じとれてしまうのか。

人間とは、そもそも絵に描いたような利己的な存在ではなく、他人に共感(コンパッション)を持つことができる高度に社会的な生き物なんだと思うんです。人類学者の長谷川眞理子さんが書かれてましたが、あるフィールドスタディによると、公正さを求める感情は、人が原始的社会においてすでに持っているものだそうです。

【中野】あいつはバナナを2本もらえているのに、自分は1本しかもらえていない! ひどい! という感情ね。あるいは、バナナを全部独り占めするのはやめておこう、というような。

【三浦】そうです。公正さを求める気持ちと高いレベルでの共感が結びつくと、道徳感情になる。会ったこともない赤の他人が不倫問題を起こした時に、寄ってたかって責め立てるのはこの道徳感情の発露ですね。

18世紀の思想家アダム・スミスは、この人間特有の共感がもたらす道徳感情について丸々考察した本を著しています。スミスは、物理的な痛みとは違って、愛の喪失のような想像力を大きく搔き立てる精神的な痛みは終わりなくつきまとうのだと述べています。これがまさに人間ですよね。

【中野】確かにね。

■勝ち負けを知らない子供には共感力は育たない

【三浦】共感する力は幼児も持っていますが、他人の気持ちを敏感に察し、そこにある不公正さを認識する所からこの力は生まれます。ママがかわいそう、おもちゃの取り合いに負けた子がかわいそう、と思うから共感が育つ。

逆に言えば、大人が介入しすぎて勝ち負けを知らなければ、共感力も育たないんです。つまり、人間社会においてしょっちゅう不倫と愛の破綻が繰り返されてきたからこそ、より強い道徳感情が生まれて不倫バッシングが起こるのではないかと。

【中野】それは面白い。

■人間にとっては集団であることが武器

【中野】数理社会学の研究で、どうしてルールを破る人にみんながサンクション、制裁を加えるのかというのがあるんです。

罰が軽いと、ルールを破った方が見かけの利得が高くなる。そうするとみんながルールを守らなくなる可能性が出てくる。ルールを守らない方が得だったら、みんなでルールを守らないようにしようぜという圧力が出てくる。そうすると、集団が壊れる。集団である意味がなくなりますから。

でも、集団であることを重視するというのが哺乳類の特徴というか、弱い者を守るために集団である必要があるんですね。我々、強力な外骨格とかないし、逃げ足も遅い。子供を育てるのに20年近くかかっちゃう。そういう相当脆弱(ぜいじゃく)な構造を持っている種なので、集団であることそのものが武器なわけです。

この武器を壊してはならんということで、逸脱した個体に対してみんなでちょっとそれは困りますというふうにサンクションを加えるというのが構造としてあるんですよね。

【三浦】そういう研究があるんですね。

■「オーバーサンクション」を加えている側には快感が生じる

【中野】ただ、その構造そのものがひとり歩きしてしまうことがある。

本当にルールを逸脱しているわけじゃなくて、ただその人が楽しんでいるだけに見えるとか、そういうことで攻撃を受けることがあるんです。全く何の落ち度もなく、ただ集団の中で目立っちゃったというだけで。

【三浦】ありそう。

【中野】そういう「オーバーサンクション」と言われる現象があるんですが、面白いことに、オーバーサンクションを加えている側には快感が生じているんですね。制裁というのは他者への攻撃なので、元来はリベンジのリスクがあるわけです。

でも、リベンジのリスクを怖れて制裁を加えないと集団が壊れちゃう。だからこういうときは攻撃に快感を持たされているわけなんです。この攻撃の快感をエンタメとして形にしたのが週刊誌と言っていいんじゃないですかね。

【三浦】いじめもきっと同じ構造ですよね。

■人間がいる限り週刊誌的なものは消えない

【中野】そう考えると、人間社会がある限り、必ず週刊誌的なものというのは生き残ると思うんです。でも、攻撃そのものが快感というのは、そんなに美しいとは見なされない。だから週刊誌をやる人はなかなか大変だろうなあとは思う。

【三浦】女性というのは、もともと幅広くコミュニティーに関する噂話をしますよね、割と。男性も集団内の関係性に関する噂と情報の収集を通じて権力を行使しようとする。女性にしても男性にしても、我々はそういうコミュニティーの細かい情報とか、噂とかをすごく重視するというのが本能としてまずあると思うんですよ。

例えば子供の小学校でPTAに入っていれば、やっぱり観察はしますよ、どの子がしっかり髪を洗えていなさそうだとか。アザがあったりするのを見つけたら知らせますもん。児童虐待を見つけるというのはコミュニティーとしてとても大事な機能ですし、噂話が一概に悪いとは思わないんです。

【中野】そういう機能もあるか。

■公益性ではなく本能として不倫が求められている

【三浦】ただ、誰それが誰それと寝ているとか、誰それの家はどうなっているみたいな覗き見趣味みたいなことを、日本という国のサイズまで拡大されたコミュニティーで話題にすべきなのか? とは思いますけどね。

週刊誌が全国民に某タレントの不倫を知らしめたり、あるいはもう既に政治家を退いている某氏の夫であるというだけで、人の不倫をばらすほどの公益性はないんじゃないのと。公益性というより、本能としてそういうニュースが求められてるというのは仰るとおりだと思うんですけど。

【中野】公益性を求めるんだったら、あんな形でやっていないよね。単純にエンタメなんだと思う。

ゴシップ雑誌
写真=iStock.com/mattjeacock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mattjeacock

■不倫報道の背後には誰かがいる

【三浦】週刊誌の人と話すといつも、オレたちはああいうふうに報道しているけど、だからって芸人や俳優業までやめなくていいんだよと。好感度やCM、スポンサーなどに累が及んじゃうのはしようがないにしても、という言い方をするんですよね。

『週刊新潮』とか『週刊文春』級の媒体になると、そもそも、相当程度証拠があって、しっかり裏をとったものじゃないと載せてないわけですよね。裏をとれるようなものというのは、つまるところ、誰かが背後にいる。妻だったりその友人などの第三者だったり捨てられた愛人だったり、そういった人たちの強い怒りや恨みがあって、初めて記事として外に出るんだと。

【中野】確かにねえ。変な別れ方をしたとか、変な扱いを受けたかして……それでも相手に何かしらの思いがあるかどうかが、スキャンダル記事になるかどうかの大きな原因の1つなんでしょうね。

■社会的制裁に見せかけた私的制裁

【三浦】ただ、彼らはそういう言い方をするんですけど、その思いは単に私怨ですよね。公憤と言うより。週刊誌という公器がその私怨を晴らすための場になってしまっているということでもあって、私たちはそこは引いたところから見なきゃいけないなとは思うんです。これはリベンジなのね、ふむふむなるほどっていう程度で見ないと。

【中野】社会的制裁に見せかけた私的制裁の面があると。

【三浦】そうなんですよ。週刊誌記事って、社会的制裁と私怨が入り混じっているのに、読者が混同してしまっているところがある。誰かの私怨を晴らすお手伝いって見方もできる。

【中野】クレーム窓口みたいなね。

中野信子、三浦瑠麗『不倫と正義』(新潮新書)
中野信子、三浦瑠麗『不倫と正義』(新潮新書)

【三浦】民事訴訟がすごく面倒くさい手続なのに対して、編集部にタレ込むだけでいいわけですもんね。取材に応じさえすれば、私怨が晴らせて、自分は匿名の「A子さん」という形で身分を守られる。そういう安心感で機能しちゃっているところもあるんだと思うんですね。

よくもめごとの相談を受けてきた経験もあるから言うんですけど、相談内容にそれ、本当に法的に訴えられると思っているの? って思うことも多い。何らかの裁きが下されるべきだという信念持ってる人って、意外と多くて……でも、その「自分が嫌な思いをした」というのと法的な措置とは必ずしもつながらない。

そこで満たされない人々の思いの受け皿が週刊誌報道になっちゃっている面はある気がするんですよね。私が嫌なのは、それが社会にリンチを呼びかけるものになってしまうから。

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三浦 瑠麗(みうら・るり)
国際政治学者
1980年、神奈川県生まれ。神奈川県立湘南高校、東京大学農学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。著書に『21世紀の戦争と平和』(新潮社)、『日本の分断』(文春新書)など。

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中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)などがある。

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(国際政治学者 三浦 瑠麗、脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)

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