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どの会社でもうまくいかない…ひきこもりになった発達障害の24歳女性が、仕事探しを再開できたワケ

プレジデントオンライン / 2022年4月18日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

50代の両親は20代の長女と同居している。長女は大卒後、正社員として働き始めたが、電話応対や上司への報告・連絡・相談などがうまくできない。いくつかの企業に勤めたが、結局退職。受診すると発達障害と診断され、現在はひきこもり状態だ。親亡き後に娘ひとりで生きていけるのか。両親から相談を受けた社会保険労務士でFPの浜田裕也さんの回答は――。

■親亡き後、子供の生活費の目安は「月13万円程度」だが

筆者は、ひきこもりの子供を持つ家族向けの講演会でお金の話をすることがあります。その内容は、親亡き後の子供の生活設計や公的年金(老齢年金や障害年金)といったものが中心になっています。講演会では筆者が作成した資料を使用しており、講演会に参加できなかったひきこもりの子供が自宅で読んでも分かるような内容にしてあります。

資料の中には、親亡き後、子供の生活費の目安として「月13万円程度」といった記載があります。もちろん金額はあくまでも目安なので、必ず13万円が必要というわけではありません。しかし、金額を明記することにより「将来に向けて今からどのような行動をするべきか?」といったことを親子で話し合うきっかけにしてもらいたい。そのような筆者の思いが込められているため、あえて金額を記載するようにしています。

講演会に参加した、ある父親(58)は資料を持ち帰り、ひきこもりの長女(26)にも読んでもらうことにしました。父親ももうすぐ60歳で定年退職を迎えるので、長女も交え家族でお金の話をしておきたいと思ったからです。

しかし、資料を読んだ長女は「仕事で月13万円を稼がなければ生きていけない」といった思い込みにとらわれてしまい、両親に向かって「今の私じゃとても仕事をして月13万円も稼ぐことはできない。もう駄目だ。おしまいだ!」といったことを訴えるようになってしまいました。それを心配した両親は筆者に相談することに。相談当日、筆者は両親から事情を伺うことになりました。

父親は長女のことについて話し始めました。

「長女は一度自分で『こうだ』と思ってしまうと、なかなかその考えを変えることができないようなのです。講演会の資料を読んだ後、親亡き後の生活費の目安として『月13万円』といった金額に強くこだわるようになってしまいました。しかも長女は『自分自身の収入で月13万円を達成しなければならない』と思い込んでしまったようなのです……」
「なるほど、それは心配ですね。それでは、まず現状から把握させていただいてもよろしいでしょうか」

筆者はそう言い、家族構成や家計収支などを伺うことにしました。

■親の資産は6000万円、長女は3000万円相続できるが……

■家族構成
父 58歳 会社員
母 56歳 パート
長女 26歳 ひきこもり当事者
長男 28歳 最近結婚し、父親家族とは別居。
■家族の収入
父 手取り 年収 約600万円
母 手取り 年収 約70万円
■家族の支出
基本生活費など(固定資産税や車関係の費用を含む)月額 約32万円
住宅ローン 月額 約10万円
■家族の財産
現金預金 3800万円
自宅土地 1600万円
父の生命保険 1000万円
父の退職金 1700万円(父が60歳になった時に支給)

財産について父親は次のような説明をしました。

「2年前に祖母(父親の母)が亡くなり約1800万円の現金を相続したので、現在の現金預金は3800万円くらいになります。また、私が60歳になると退職金も支給されるので、退職金の一部で住宅ローンの残債約500万円を一括返済する予定です。私の生命保険を加味すれば、およそ6000万円になります。長男にはいずれ話す予定ですが、万が一のことを考え、長女には3000万円くらいのお金を残そうと思っています」

1万円札
写真=iStock.com/Asobinin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Asobinin

仮に長女へ3000万円のお金を残せるようであれば、月13万円の収入が達成できなくてもそれほど悲観しなくてよさそうだ。筆者はそう思いました。しかし、どうやら事態はそう簡単にもいかないようです。

父親はさらに続けました。

「いくら私たち両親が『あなた(長女)のために財産はしっかり残す予定』と言っても、まったく聞き入れてくれませんでした。長女が言うには、頭の中に『月13万円の収入を得なければならない』といったことがこびりついてしまい、自分でもどうしようもなくなってしまったようなのです……」

筆者は念のため次のような質問をしてみました。

「ご長女様は20代でお若いですし、まだまだ挽回できる年齢です。就労支援などを受けてお仕事で月13万円を稼ぐのはやはり難しいのでしょうか?」

この質問に両親は顔を曇らせました。

しばらくして、母親は「実は長女は会社で仕事をしていたことがあるのですが、なかなかうまくいかなかったようで……」と前置きをしてから、当時の状況を語りだしました。

■なぜ、正社員として内定が出たのにうまくいかないのか

大学卒業後、長女は正社員として事務の仕事をすることになりました。しかし、職場では緊張してしまうためか、仕事がまったくといっていいほどうまくいきませんでした。電話対応では、お得意様からの話を聞いていてもその内容が頭に入っていかず、何度も聞き返してしまう。受け答えができず「あー、えー」といった発言ばかりを繰り返してしまう。その結果「これじゃあ仕事にならない。あなたじゃなくて別の人に変わって!」といったクレームを何度も受けてしまったそうです。

書類の整理も苦手で、たくさんある書類をどのファイルにわけたらよいのかを考えるとパニックになってしまい、その場でオロオロしてしまう。その様子を見た上司からは「そんな単純な仕事もできないのか!」と叱られてしまう始末。

ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)も苦手でした。何をどう報告したらよいのか?  そもそも何を相談したらよいのか? といったことが理解できず、上司から何度も指摘を受けているのにできませんでした。

その他にも、長い説明になると理解できない。耳から聞いた情報を一時的に頭の中にとどめて考えることが難しい。メモを取ろうとしても書くスピードが遅く、説明をどんどんされるとメモが追いつかない。そのようなことで悩んでいました。

アジアの若いビジネスウーマンが真剣に考える
写真=iStock.com/K-Angle
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/K-Angle

長女が一番苦しんだのは、仕事を素早く正確にこなすことができず、作業を終えるまでにとても時間がかかってしまうこと。通常作業量とされる量の半分以下しかできなかったそうです。そのため、上司や先輩社員からは「努力が足りない」「もっとまじめにやりなさい」「給料泥棒」といったことを毎日のように言われてしまいました。もちろん長女はふざけているわけでは決してなく、まじめに取り組んでいます。しかし、周囲にはそれが理解されることはありませんでした。毎日のように叱られたり馬鹿にされたりしてしまう状況にいたたまれなくなり、数カ月で退職してしまいました。

長女は「仕事をしなければ生きていけない」といった思いが強く、すぐに再就職をしました。しかし、新しい職場でもまったくうまくいきません。そして数カ月で退職。その後、再就職。そのようなことを何度も繰り返していきました。

長女は仕事が休みの日は一日中家にこもることが増え、母親に向かって職場での愚痴や自分のふがいなさを何時間でも話していたそうです。

長女が24歳の頃。毎日のように職場で叱られたり馬鹿にされたりすることで、すっかり自信を失い抑うつ状態に陥っていきました。「このままじゃまずい」そう思った長女は、会社員の時(厚生年金に加入中の時)に心療内科を受診しました。

心療内科の医師に職場での様子を話したところ「専門病院で発達障害の検査を受けたらどうか?」といったアドバイスをもらいました。アドバイスに従い検査を受けた結果、長女は発達障害であるということが判明。しかし、職場でカミングアウトをすることがどうしてもできず、やむなく退職。その後、長女は再就職をすることなく自宅にひきこもってしまいました。

■「障害年金+就労で計月13万円」を目指せるか

現在の長女は、食事は調子が良い時は一日2回。調子が悪くなるとほとんど何も口にしないこともあるそうです。お風呂に入ることも面倒くさがるようになり、身だしなみもあまり気にしなくなってしまいました。掃除、洗濯、買い物などはほとんどすることがなく、母親に頼る生活を送っています。月1回の通院も一人ではできず、母親が運転する車で通っています。

母親の話から、長女は仕事や日常生活にかなりの支障が出ている様子が伺えました。ただ、長女自身が「このままではまずい」と自らを震い立たせ、心療内科を受診したことが吉と出ます。

筆者は次のような提案をしてみました。

「就労だけで月13万円を稼ぐのではなく『障害年金と就労を組み合わせて月13万円を目指してみる』といったことも検討してみてはいかがですか?」

オフィスで仕事をする女性たち
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

この提案に両親も同意を示したので、筆者は障害年金について説明をすることにしました。

「ご長女様は会社員の時(厚生年金加入時)に初めて病院で受診(発達障害)をされたとのことなので、障害厚生年金を請求することになります。障害厚生年金は3級から1級まであり、より障害状態が重い方が1級となります。仮に障害厚生年金の2級に該当すると、障害基礎年金の2級および障害年金生活者支援給付金も併せて受給することができます」

その説明を受けた父親は疑問を口にしました。

「長女の場合、障害年金はいくらくらいになるのでしょうか?」
「障害基礎年金および障害年金生活者支援給付金は定額です。一方、障害厚生年金の金額は人によって様々です。なぜなら、厚生年金加入時の給与や賞与の額によって変わるからです。ご長女様の当時の年収が大まかに分かれば大体の年金額は試算できます。それでもよろしいでしょうか?」
「金額はだいたいでかまいません。長女は会社を転々としていたのですが、年収は200万円を少し超えるくらいだったと思います」

■「障害厚生年金2級なら月9万4400円、残り4万円です」

その情報をもとに筆者は試算し、用紙に次のような金額を書いていきました。

■障害厚生年金3級に該当した場合
障害厚生年金3級 月額 約4万8600円
■障害厚生年金2級に該当した場合
障害厚生年金2級 月額 約2万4600円
障害基礎年金2級 月額 約6万4800円
障害年金生活者支援給付金 月額 約5000円
合計 月額 約9万4400円

筆者は2級の合計金額のところを指さしました。

「仮にご長女様が障害厚生年金の2級に該当した場合、月に約4万円を就労で稼げるようになれば月額13万円に届きます。月4万円であれば就労支援なども視野に入ってきます」
「そうですね。2級に該当するとものすごく助かります。でも長女は2級に該当しそうでしょうか?」
「それは実際に請求してみないことにはわかりません。受給の可能性を高めるためには、書類の記載内容がカギとなります。特に重要な書類は診断書と病歴・就労状況等申立書の2点になります。診断書は医師が作成します。病歴・就労状況等申立書はご家族または代理人が作成します。ご長女様は発達障害をお持ちなので、病歴・就労状況等申立書はご長女様が生まれた時から現在までを記載する必要があります」

日本の福利厚生
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

それを聞いた父親は目を丸くしました。

「えっ? 生まれた時から? どうしてそんな昔のことから記載する必要があるのですか?」
「発達障害は生まれつきの脳の障害であり、その症状は通常低年齢において発現するものだと言われているからです。そのため、幼少の頃からどのような様子だったかをできるだけ詳しく記載するよう求められているのです」
「なるほど、理由はわかりました。しかし生まれた時からのことを書くなんて……。いったいどのようなことを書けばよいのでしょうか?」
「例えばご長女様が幼少期や小学生の頃、ご両親から見てちょっと気になったようなことはありませんでしたか?」

■娘が幼い時のエピソードを父と母は思い出していった

すると、困惑している父親の横にいた母親から次のようなエピソードが出てきました。

車のクラクションや花火の大きな音をものすごく怖がっていた。

家族旅行で海に行っても決して海に入ろうとしなかった。

幼稚園の頃、お遊戯会のダンスの振り付けをなかなか覚えることが出来ず、先生に怒られていた。

長女が小学校低学年の頃、ランドセルに何も入れずに帰宅したことがあり、母親がその理由を聞くと「ランドセルに教科書や筆記用具を入れて持ち帰るようにと先生から言われなかったから」と答えた。

また、長女は勉強でも苦労していたようです。漢字をノートに何度書いてもなかなか覚えることができない。時には「なんで私は覚えることができないの?」とあまりの情けなさに泣きながら書き取りをしていたこともあるそうです。計算もケアレスミスが多く、文章題になるとその内容が頭に入らず、とても苦労していました。

周りの状況をふまえてその場にふさわしい言動をする、いわゆる「空気を読む」といったことも苦手でした。例えば、学校の教室で級友がスポーツの話で盛り上がっているのに長女は興味が持てず、自分の興味がある芸能人のうわさ話を一方的に始めてしまう。相手の様子や反応を一切気にすることなく一方的にしゃべり続けてしまうといったこともあったそうです。

当時のエピソードをメモし終えた筆者は両親に告げました。

「今お話いただいたようなことを現在に至るまで病歴・就労状況等申立書に記載していきます。また、医師に診断書の作成をお願いする前に、ご長女様の現在の状況を参考資料としてまとめ、医師に見てもらう方が望ましいでしょう。ご長女様のご自宅での様子が医師にしっかりと伝わっていないと、ご長女様の状況がしっかりと反映されない内容の診断書になってしまう可能性もあるからです」

父親は自信なさげにつぶやきました。

「結構大変そうですね。果たしてそこまでできるかどうか……」
「もしよろしければ、病歴・就労状況等申立書や参考資料は私(社会保険労務士)のほうで作成しますよ」
「それは助かります。ぜひお願いします」

両親はほっとしたような表情を見せました。

その後も両親と何度も面談を重ね、必要書類を揃えた筆者は障害年金の請求をしました。

障害年金の請求をしてから4カ月が過ぎた頃、父親から連絡がありました。

「おかげ様で長女は障害年金の2級が認められました。長女も障害年金が受給できるようになって安心したようで、『月4万円を稼ぐのなら何とかなりそう。もう一度仕事を頑張ってみる』と言ってくれました。現在は親子で就労支援先を探しているところです」
「それはひと安心ですね。もしご長女様の承諾が得られれば、就労支援先でも病歴・就労状況等申立書や参考資料を読んでもらうとよいかもしれません。ご長女様の特性(発達障害の特徴)を理解してもらい、それに合うような支援を受けられる可能性もありますので」
「わかりました。長女にもそのように伝えてみます。この度は本当にどうもありがとうございました」

一度は絶望を抱えた長女ですが、それでも前に進むことができた。父親からそのような報告を受け、筆者はうれしい気持ちになりました。

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浜田 裕也(はまだ・ゆうや)
社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー
平成23年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本『第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え』を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことからひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりのお子さんをもつご家族のご相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりのお子さんに限らず、障がいをお持ちのお子さん、ニートやフリータのお子さんをもつご家庭の生活設計のご相談を受ける『働けない子どものお金を考える会』のメンバーでもある。

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(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田 裕也)

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