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「イベントワクワク割」のセンスのなさは意図的…政府のネーミングが恥ずかしいほどダサい本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年4月17日 12時15分

経済産業省「お知らせ|イベントワクワク割」オフィシャルページより

■「呆れを通り越して悲しい」「ノリが狂ってる」

政府が検討している「イベントワクワク割」が炎上している。

「ワクチン接種者又は検査陰性者を対象にイベントチケットの2割相当分(上限2,000円)の割引支援」(経産省HP)をするということから、GoToキャンペーン時のように、感染者数が高止まりしている中で税金をかけてやることかという批判が多く寄せられているのだ。4月13日に岸田文雄首相が「ただちに始めることは考えていない」と述べるなど、政府も火消しに奔走している。

ここまでボロカスに叩かれているのは、政策の中身もさることながら「ネーミング」の影響も多い。SNSを覗いてみるとこんな書き込みが目に留まる。

《ノンキぶっこいているが、恐ろしい感染症が大流行している設定どこいった?》
《GoToも酷かったけど、これもそれ以上にひどい》
《名前もふざけてるし、ワクチン後遺症の人はどう思う? そういうノリが狂ってる‼》

また、社会学者の古市憲寿氏もこうツイートしている。

《日本のコロナ対策があまりにもとんちんかんなのは知っていたが、「イベントワクワク割」のセンスのなさには呆れを通り越して悲しくなってしまった。やるべきはひどい名前のキャンペーンではなくて、医療体制含めて社会を元通りにする準備ができました、と宣言し、人々を安心させることでは。》

■一大キャンペーンの背後には大手広告代理店

こうした悪評を受けて、岸田首相は「中身は知っていたが名前までは知らなかった」などと周囲に漏らしているとTBSが報じた。こういう情報が官邸からリークされるということは、この「センスのないネーミング」に関して、「トカゲの尻尾切り」が始まったということだ。

さて、そこで皆さんは、なぜ「イベントワクワク割」などというセンスのないネーミングになってしまうか、と不思議に思うことだろう。

政府の政策やキャンペーンの情報発信には、巨額の予算がつくので大手広告代理店が請け負うケースが多い。職員たちが知恵を出し合って名前を決めるような小さな自治体と異なり、話題のテレビCMや、おしゃれな広告キャンペーンを手がけてきたコピーライターやクリエイターも参加をする。

にもかかわらず、出来上がったものは「イベントワクワク割」というクオリティなのだ。

もしや大手広告代理店が「手抜き」をしたのではないか。何かの手違いでセンスの悪いクリエイターが起用されてしまったのではないか。そんなふうに感じるのは当然である。

だが、報道対策アドバイザーとして、政府や行政の情報発信の内情を少なからず見てきた経験から言わせていただくと、真剣に考えていないとか、センスがどうこうという次元の問題ではない。

■バズる仕掛けやセンスのいいワードはむしろ迷惑

一般の方はあまりご存じないかもしれないが、政治や行政の世界でつけられるネーミングやキャッチコピーというものは、「ダサくてベタなほうが正解」という暗黙のルールがあるのだ。

民間企業のマーケティングやPRでよく言われる、「バズるようにユニークな仕掛けをする」とか「世間の評価が上がるようなセンスのいいワードをチョイスする」とか「若い世代にアピールできるように時代や流行をうまく取り入れる」なんて発想はまったくない。

むしろ、そんなことをやろうとしたら政府の担当者から「あ、そういうのいらないんで」と迷惑がられてしまうだろう。なぜかというと、ヘンに若者ウケを狙ったり、世間の注目を集めたりしようとした政府のネーミングというのは、目も当てられないほどスベって、関係者が吊し上げられるという大惨事に発展しているからだ。

■若者ウケを狙い、大炎上した苦い過去

わかりやすいのが、旧民主党政権時代に行われた自殺対策強化キャンペーンの「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズである。

自殺対策では、悩んでいる人に気づき、声をかけるなどの支援をする「ゲートキーパー」という人々の役割が非常に大きい。しかし、日本ではこれまでゲートキーパーという言葉自体ほとんど浸透していなかった。

そこで当時、社会現象になるほど人気となっていたアイドルグループ「AKB48」に便乗して、「ゲートキーパー・ベーシック」の頭文字である「GKB」を47都道府県に広めたい、とこのキャッチフレーズを考案したのである。

当然、この後付け的な苦しい説明は炎上する。自殺対策に取り組む団体からは「自殺問題をバカにしている」と批判され、「GKB47」は撤回に追い込まれ、最終的にキャッチフレーズは「あなたもゲートキーパー宣言!」へと変更された。

責任者である岡田克也副総理(当時)は国会で厳しく追及され、このキャンペーン決定時に自殺対策をしていた蓮舫参議院議員もマスコミに追いかけ回された。ということは、それらの下で働く、官僚たちもその火消しに追われて、中には「こういう批判を想定できなかったのか」なんて感じで、責任を追及された人もいたということだ。

■保身に走る官僚は無難なネーミングを選び続ける

こういう事態を最も嫌がるのが、官僚である。彼らは「国民に奉仕したい」という高い志をもってこの世界に飛び込んでいる。その一方で、定年退職まで平穏無事に勤め上げて、高収入の天下り先も確保したいという欲もある。つまり、こんなしょうもないネーミング騒動などに巻き込まれて、キャリアに傷をつけたくないのだ。

なので、大手広告代理店から「これはバズりますよ」とか「すごくいいコピーです」なんてものを大量に提案されても、安全パイしか選ばない。必然的に当たり障りのない、どこかで聞いたことがあるような「ダサくてベタ」が「正解」になるのだ。

つまり、先ほどのケースでいえば、最初から「あなたもゲートキーパー宣言!」というマスコミに取り上げられることもない、無難なネーミングが選ばれるのだ。実際、GKB騒動以降、「ゲートキーパー」が世間の注目を集めることはほとんどなかった。

資料を指さすビジネスマンの手元
写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yagi-Studio

さて、このような話を聞くと、不思議に思う方もいるだろう。

関係者の保身のためにもネーミングが「ダサくてベタなほうが正解」になってしまうのは、保守的な大企業などでも見られる現象なのでそれは理解できるが、「イベントワクワク割」というのはさすがに酷すぎないか。ダサいとかベタという以前に、何を言っているのかよくわからないではないか。

■政治の鉄則は「大事なことはぼやかす」

それは、政治や行政の世界にあるもうひとつの「暗黙のルール」で説明できる。一言で言えば「批判される恐れもある内容は、できるかぎり元気にぼやかす」というものだ。

いったいどういうことか。政治家のポスターやホームページで掲げられているキャッチフレーズを見てほしい。「美しい国」とか「国民のために働く」とか、非常にザックリとした表現で、何を具体的にどうするということはあまり語られていない。

政策もそうだ。「誰もが笑顔になれする社会を目指します」とか「子育て支援と医療で安心を実現」など、ふわっとした内容ばかりが羅列されている。

あれは意図的にやっている。政治家個人が「減税をします」とか具体的な政策を掲げたところで、日本は派閥政治で党議拘束などがあるので、ほとんど実現できない。なので、政治の世界では、具体的な目標や詳細な公約は自分の首を絞めるだけなので、「できるかぎりぼやかす」のが鉄則である。

■鉄則を守らなかった旧民主党政権の末路

筆者も十数年前、ある政治家のキャッチコピーや政策集に関わったことがあるが、当時はこの鉄則がわからなかったので、有権者にわかりやすいように、その政治家の政策を詳細にまとめてしまった。すると後日、政党スタッフから「党内でもいろいろな意見があるので、具体的なことは言わないように」と訂正を求められたことがある。

こういう「大事なことほどぼやかす」というルールを軽視すると、政治家は致命的なダメージを負う。わかりやすいのは、やはり旧民主党政権の失敗だ。これまでの自民党政治との差別化のために「マニフェスト」として具体的な政策目標を掲げたのである。

しかし、イデオロギーが違うだけで派閥政治という構造は何も変わらない。当然、マニフェストはほとんど実現できなかった。それが「口だけ」と激しいバッシングを引き起こし、政権転落を招いてしまった。

■安倍政権が「日本を、取り戻す。」を打ち出したワケ

ただ、ぼやかしているだけだと歯切れが悪くて印象も悪い。そこで必要となってくるのが「勢い」だ。具体的なことはほとんど何も言っていないのだが、勢いのある言葉を元気よく訴えるのだ。

現在の自民党のキャッチコピー「新しい時代を皆さんとともに。」とか、安倍政権時代の「日本の明日を切り拓く」「日本を、取り戻す。」なんていうのはその典型例だ。

この「批判される恐れもある内容は、できるかぎり元気にぼやかす」という暗黙のルールは、政治家の下で働く官僚たちにも適応される。

それを踏まえて、「ワクチン接種者又は検査陰性者を対象にイベントチケットの2割相当分(上限2,000円)の割引支援」という政策に、政治家や官僚がどんなネーミングをつけたがるのかということを想像していただきたい。

■各方面から批判や不安が集まるリスキーな事業

コロナワクチンに関してはいまだに安全性を疑う声が多い。ネットやSNSでは、「コロナ死」よりも「ワクチン死」のほうが深刻だということを主張して、子どもへの接種や3回目接種に強く反対をしている人もかなりいらっしゃるのだ。

また、イベントチケットの2割相当分を税金で負担するということに抵抗のある人も多い。特定の事業ばかりが優遇されるのではという不満もあるし、かつてGoToキャンペーンが感染を拡大させたと大炎上したように、この取り組みによってさらに感染が広がるのではないかと不安に感じている人もいる。

つまり、この政策は「批判される恐れがある」のだ。そのため本来ならば「正解」のはずの「ダサくてベタ」も避けなくてはいけない。「ワクチン打ってお得に遊ぼうキャンペーン」とか「GoToワクチン」なんて感じで、なんのひねりもない、わかりやすいネーミングをしてしまうと、政策の狙いがより生々しく浮かび上がって、かえって批判を呼び込む恐れがあるからだ。できることなら「ワクチン」という言葉さえも使いたくない。

コロナワクチン接種のために長蛇の列をつくる人々のイラスト
写真=iStock.com/zubada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zubada

そうなると、この世界のもうひとつの暗黙のルールが発動をする。そう、「できるかぎり元気にぼやかす」である。

■名前が炎上してもワクチン接種が進めばOK

ワクチンの「ワク」に引っ掛けた「ワクワク」という元気で前向きなワードを前面に押し出すことで、「金をチラつかせてでも若者にワクチンを打たせたい」という政府の本音をかなりぼやかすことができる。

「ワクワク割」なんてちっともおしゃれな響きではないし、日本語としても意味不明なのだが、そのセンスのなさ、支離滅裂具合に注目が集められる。「政策のリスキーさ」から人々の目をそらさせたい政府としては、こちらの方が理想的なシナリオなのだ

重要なのは、あくまでこの制度を利用して1人でも多くワクチンを接種させて、ついでに経済振興もできたらいいよねということなので、今回のケースでは極端な話、ネーミングなど「記号」でいいのである。

政治の世界では、後ろめたいことがあればあるほど「できるかぎり元気にぼやかす」という力学が働くので、語る言葉があやふやになって、根性論のようになりがちだ。

これから夏の参院選へ向けて、政府も自民党も、そして野党もさまざまな政策やキャンペーンを仕掛けていく。その時のひとつの判断基準に、ぜひネーミングというものにも注目してみてはいかがだろうか。

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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。

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(ノンフィクションライター 窪田 順生)

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