「102歳の要介護者も笑顔で働く」車をピカピカに洗う、弁当を100食作る…介護施設で"みるみる元気"の奇跡
プレジデントオンライン / 2022年4月20日 11時15分
■要介護者=お世話される人ではない“すごい仕掛け”
埼玉県上尾市にユニークなデイ・サービスがある。
高齢の利用者などがボランティアとして仕事ができる場を提供しているのだ。名称は「アクティブキッチン一歩」。“キッチン”という名が示す通り仕事は弁当づくりである。
デイ・サービスを利用しているのだから、ここに参加している人は要介護者だ。「要介護者が仕事?」と思う人もいるだろうが、「そう決めつけること自体、よくないと思うんです」と語るのがこの事業所を運営する阿部裕一さん(50)だ。
「要介護者は家族や介護職員から“お世話をされる人”と思われています。でも、なかには、そこに甘んじていられない人もいらっしゃるんです。まだまだ自分はできる、世話されるだけの存在にはなりたくない、と。そんな方の思いを満たすには何が必要か、と考えた時、頭に浮かんだのが働く場でした。働くというのは誰かのためになることであり、役割が与えられ自分が必要とされることでもある。それは喜びや生きる活力につながると思うんです」
通常、デイ・サービスの利用者は受け身の存在だ。朝、時間がきたら職員が迎えに来て、施設に着いたら健康チェックや体操などをする。お昼になれば食事をし、午後は入浴やレクリエーションなどをして夕方になると帰宅する。
事業者が決めたスケジュール通りに与えられるサービスに身を任せていればいいわけだ。もちろん、これに満足する人もいるだろう。が、「それとは違う喜びを求めている人もいる」と阿部さんは言うのだ。
■自動車販売店のクルマを洗う仕事をする要介護の人々も
ある日の午前11時。「アクティブキッチン一歩」を訪問すると、6人の高齢者が、テーブルいっぱいに並べられた弁当の容器に向かっていた。調理は調理師の資格を持つスタッフは行うが、出来上がった料理を弁当容器に詰める仕事をしているのだ。
役割分担があり、この日の主菜である照り焼きチキンを盛りつける人、そこにソースをかける人、つけ合わせのニンジンやブロッコリーを添える人、副菜のマカロニサラダや煮豆などを紙カップに量をそろえて詰める人……とそれぞれ与えられた役割を手際よくこなしていく。
「お弁当づくりの仕事をされている方は30人ほどいらっしゃいます。デイ・サービスに来る曜日が人によって異なりますので、曜日ごとに6~7人の方に、キッチンに来ていただくようにしています。その中には認知症の方も含まれているんですよ」(阿部さん)
阿部さんがアクティブキッチンを思いついたのは、デイ・サービスの利用者の様子を見ていた時のある“気づき”がきっかけだ。
「私は2011年に『リハビリホーム一歩』というデイ・サービスを開設しました。電車に乗る練習をしたり、買い物に行ったりというリハビリを重視していますが、形態としては通常のデイ・サービスです。そこで利用者さんの様子を見ていたところ、受け身でサービスを受けるだけでなく、自ら動こうとしておられる方が何人かいらっしゃったんです。お昼ご飯を食べ終わったら、食器を片づけようとしたり職員の手伝いをしようとされたり。自ら積極的に動きたい、できることはしたいという思いを持っている方が多いことを実感しました」
阿部さんは理学療法士だ。デイ・サービスの事業所を開設する以前は病院でリハビリを担当していた。
「リハビリは機能回復のための運動はもちろん、ご本人の“よくなりたい”という前向きな気持ちが大事です。そうした意欲を自然にかき立ててくれるのは“仕事ではないか”、と思ったのです」
とはいえ、デイ・サービスの利用者に仕事をしてもらうなどといったことは阿部さん自身、イメージできなかった。
「そんな時、東京・町田市に利用者に仕事をしてもらう試みをしているデイ・サービスがあることを聞いたんです。早速、連絡を取って見学させてもらいました。そこで利用者さんがしていた仕事は隣接する自動車ディーラーが販売するクルマの洗車です。みなさん、生き生きと働いておられました。時間はかかりますが、クルマがピカピカになるまで丁寧に仕上げるのでディーラーの方も喜んでいましたし。働かれた方は体を動かすことでリハビリの効果があるし、対価としての謝礼を受けられる。ウィン・ウィンの関係にあったわけです」
実例を見て意を強くした阿部さんは、自分のデイ・サービスにも利用者に仕事をしてもらう場を設けることにした。仕事として選んだのが弁当づくりだ。
「ウチでは2つのデイ・サービス事業所を運営しており、昼の食事は外注していたんです。料理は高齢者向けに塩分や脂分は控えめにする必要があるのですが、外部の業者では要望通りにはいかないこともあります。だったら食事は自前で作ってしまおう、そのお手伝いを希望する利用者さんにしてもらえばいいのではないか、と思ったのです」
■86歳の老人性うつの女性「働いて病気が治った」
当初は調理もしてもらうつもりだったが、大量の料理をつくるのはやはり難しく、盛りつけや洗いものに従事してもらうことにした。ここに参加している方は、朝9時半にデイ・サービスに到着。健康のチェックや体操などをする。その間に専門のスタッフが仕込みをし、調理開始、利用者は10時半にキッチンに来て12時まで盛りつけの仕事をするという。
「つくるお弁当は約100個。その盛りつけをする1時間半ほどの立ち仕事をしていただくことになります。盛りつけは少しずつ場所を移動しながら行いますからバランスを取る必要がありますし手も使う。また、分量を均等にして、おいしそうに見せるために頭も使います。その一つひとつの動作や気づかいが良いリハビリになるんです。また、認知症の方もおられると言いましたが、問題なく仕事をされています。認知症だから何もできない、と決めつけるのがよくないのであって、ここにこう盛りつけてくださいと言えば、ちゃんとできるんです。うまくできた時は本当にうれしそうな笑顔になられます」
もちろん転倒事故などがないように細心の注意は払っている。フロアはフラットで無理なく動けるようにしているし、専門の介護スタッフが常につき添い、体調の異変などないかチェックしている。
100人分の弁当の他に自分たち用の弁当もつくり、それを一緒に仕事をした人たちと食べるのも楽しみのひとつだという。食事を終えると通常のデイ・サービスに戻り、レクリエーションや散歩などをして過ごす。なお、ボランティアではあるが無料奉仕ではなく、ささやかな額ではあるが謝礼が支払われる。その報酬は月に1度、仲のよい人たちで外食する費用に使われることになっているという。
ひと通りの仕事が終わった後、参加していた人に話を聞くことができた。
86歳の南雲淑子さんはアクティブキッチンが開設された2017年から参加しているという。
「私は仕事をリタイアした後も、ボランティアで折り紙の講師をしていました。働いていないといられない性質なんです。でも、主人が亡くなって七回忌が済んだ頃、老人性のうつ病になって家から出られなくなり、要介護になってしまいました。そんな私を救ってくれたのが、このアクティブキッチンです。ここには仕事という目的になるものがありますし、みなさんに交じって役割を果たすことがうれしい。ふさぎ込んでいた気分がいつの間にか晴れました。たぶん、お世話されるだけの普通のデイ・サービスに行っていたらうつは治らなかったのではないでしょうか。アクティブキッチンのおかげで本来の自分に戻れたと思っています」
■102歳女性「(立ち仕事も)楽しい、私の生きがい」
この日、盛りつけに参加された6人の中にはなんと102歳の方もいた。下出こうさんだ。
「1時間半も立ち仕事をして疲れませんか?」と聞くと、
「大丈夫です。みんな優しく気づかってくださいますし、楽しいから時間があっという間に過ぎます。ここに来るのが私の生きがいです」と笑顔で話してくれた。
「思い切った試みでしたが、アクティブキッチンを始めて本当に良かったと思います」と阿部さんが続ける。「それは参加されたみなさんの笑顔が多くなったことです。自分がつくったお弁当を食べる人がいる。自分が必要とされているという意識が元気や笑顔につながっているのではないでしょうか」
どんなに高齢になっても社会に参加している気持ちが必要であり、それが生きる活力を生むのだろう。
「もちろん、すべての利用者さんが当てはまるわけではありません。心身の状態はもとより気持ちがそちらに向かない方もいますからね。そういう方は当社で運営する他のデイ・サービスを利用されています。ただ、ここに参加されている方々のように働くことが心身に好影響を及ぼし、笑顔と元気を取り戻される方もいる。こうした試みをするデイ・サービスがもっと増えてもいいのではないか、と思っています」
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フリーライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。
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(フリーライター 相沢 光一)
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