成功者の体験談は役に立たない…仕事の悩みをこじらせる人がハマる「自己啓発書」の落とし穴
プレジデントオンライン / 2022年4月23日 10時15分
※本稿は、神保拓也『部下・同僚・チーム、あなたの心に火を灯す新常識 悩みは欲しがれ』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■悩みをすぐに解決しようとしてはいけない
私はあらゆる人のお悩み相談に乗ることを仕事にしています。ビジネスパーソン、経営者をはじめ、フリーランスや、主婦、フリーター、高校生、大学生など、これまで1000人以上の方の悩みに向き合ってきました。
そこから見えてきたことは、多くの人は悩むことを嫌っていて、悩みを抱えるとその状態からとにかく抜け出したいと考えること。すぐに解決しようとしたり、消し去ろうとしたりする、という事実です。
そのため、世間ではどうしても「解決策」ばかりに注目が集まります。
手っ取り早く答えを得られそうな書籍や講座、テレビ番組がいつの時代も人気で、最近ではYouTubeや音声メディアなどに解決策を求める人も増えています。
しかし、悩みに向き合わずに、安易に解決策を自分の外側に求めてばかりいると、結果的に解決が遠のくことや、時には悩みがより複雑になってしまうことがあります。
■ハウツー本は万能ではない
たとえば、職場での人間関係について悩みを抱えているAさんという方がいるとしましょう。会社に行くことが憂鬱(ゆううつ)になっているAさんは、一刻も早くこの状態を脱したいと考え、書店に走ったりAmazonで検索したりして、正解が書かれていそうなハウツー本(例:人間関係が劇的に改善する○○の法則、相手から信頼されるために必要なたった△つの習慣)を購入します。
もちろん、そのような本に書かれている解決のためのスキルやテクニックを実践することで、心が軽くなったり、状況が改善したりすることもあるでしょう。
しかし、ハウツー本も万能ではありません。そこに書かれた内容がいかに素晴らしいものだったとしても、それが今悩んでいることに本当に適したものでない限り、大きな効果は見込めません。
Aさんは、ハウツー本だけではあまり効果がないと感じ、藁(わら)にもすがる思いで今度は話し方を変えてみたり、資格を取ってみたり、スキルアップのコミュニティに参加してみたり……。様々なことに手を出して、とにかく「解決策」を見つけようともがきます。
ですが、職場に戻るとどうもうまくいかない……。そこで今度は、一世を風靡(ふうび)しているキラキラ系キャリアの人や、インフルエンサーが出した本を手に取り「自分もこんな風に人生を楽しめたらいいなぁ」と物思いにふけり、悩みをほったらかしにして、どんどんこじらせていきます。
■悩みの根本原因を突き止めることが最優先
でもある日、「さすがにこのままじゃダメだ!」と、Aさんは知人のBさんに悩み相談をすることにします。でも、相談されたBさんもまた、Aさんの悩みに向き合うことはせずに、過去の自分の体験談を「解決策」としてそのままAさんに押しつけてしまいます。
もちろんBさんに悪気はありません。
その結果、AさんはBさんに、相談に乗ってもらった感謝を述べつつも、心の中では「Bさんのアドバイスはちょっと今の私の状況には当てはまらないんだよな……」「でも、今の状況を正確に伝えられなかった自分も悪いし……」などと思ってしまい、「Bさんの時間を使わせちゃって悪かったな。今後はこういった悩みを誰かに相談するのはやめておこう」となってしまいます。
……こうして、Aさんの悩みは誰からも向き合ってもらえず、居場所を失うのです。
AさんもBさんも、Aさんの悩みと向き合わずに、悩みを解決することを急ぎ、すぐに正解を求めてしまいました。けれども、違うのです。正解とは、正しい問題設定があって、初めてその対として出てくるものなのです。
問題をよくわかっていないのに正解を出そうとしても、うまくいかないのです。良い結果になることもたまにはあるかもしれませんが、それは単なるまぐれ当たりで再現性や持続性はありません。
だから、正解を求める前に、まずは問題が何かを明らかにする必要があります。つまり悩みに向き合い、悩みの根本原因を突き止める。これがとっても重要なのです。解決策を考えるのはそれからです。
![オフィスビルで外を見ているビジネスマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/b/1200wm/img_0b4b8b5e6e4111d7e32b7ec63aab237e393932.jpg)
■悩みの根本原因を解き明かす糸口
悩みの根本原因を突き止めるために必要なこと、それは、常日頃から「自分は何者なのか」を把握しておくことです。
自分はどういう人間で、何に喜怒哀楽を感じ、どんな強みと弱みを持ち、何を大切にして生きていきたいと思っているのか。そのように「自分らしさ」を深く理解してこそ「なぜ自分はそのことについて悩むのか」と考えることができ、悩みの根本原因を解き明かす糸口が見えてくるものです。
……ですが、そんな人がいるのでしょうか?
繰り返しになりますが、「自分はどういう人間で、何に喜怒哀楽を感じ、どんな強みと弱みを持ち、何を大切にして生きていきたいと思っているのか」を常日頃から考えている人なんて……いると思いますか?
そういったことを「考えている人」はいるかもしれませんが「正確に言語化できている人」は、ほとんどいないのではないでしょうか。
人は、「願望」や「こうあるべき」という名の小さな嘘を自分にも周囲にもつき続けて生きています。今どきの言い方をするのであれば自分らしさを「盛っている」と言えるのかもしれません。
■等身大の自分を把握しておくこと
たとえば先ほど例にあげた、悩みをこじらせてしまったAさんが「私ってこういう人間なんです」と話してきたとします。もちろん、Aさん自身はその「自分評」が正しいと思っています。
ところがAさんを取り巻く環境には、上司や同僚や部下、友人知人、ネットやテレビで話題になっている成功者や著名人など様々な人がいて、Aさんは無意識のうちにそういった周囲の影響をたくさん受けています。
すると、Aさんの本当の等身大は「Aさん」なのに、誰かの影響を受けてAさんが思い描く自分らしい姿は「A'さん」となります。さらに、それを人に伝える時はもっと理想的な「Cさん」になることも往々にしてあります。
中には「憧れのDさんこそ自分らしい生き方の見本」「成功者のEさんのようになれれば、私も自分らしく生きられるのに……」と思い込んでしまっているかもしれません。
つまり人は、「自分らしさ」をいくらでも盛ってしまうことができるのです。
皆さんも「自分が本当にやりたいことは何だろう……?」と考えているうちに、いつの間にか自分を盛ってしまい、自分の等身大の姿がわからなくなってしまった経験はありませんか。
もちろん理想や願望を込めた「自分」をつくることを、否定するつもりはまったくありません。情報社会に生きていれば、外部からの影響を受けない人のほうが少ないでしょうし、理想の自分を追い求めて努力すること自体は尊いことだと思います。
![階段を登る男性のシルエット](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/0/1200wm/img_3057a8e5b6ebaf2825d7efed8b4c8c15398916.jpg)
問題は、「等身大の自分と正直に向き合う機会」が、日常生活の中にほとんど存在しないことです。それでは「自分は何者なのか」を正確に把握することはできません。当然ですが、今自分を苦しめている「悩みの根本原因」を突き止めることも叶いません。
■悩んだ時は、むしろチャンスである
では、悩みの根本原因を突き止めるために、私たちはどうすればいいのでしょうか?
安易に解決策を求めるのはダメ。自分と向き合おうにも、その向き合おうとした自分は盛られた自分であって、等身大の自分ではない……。もう、八方塞がりなのでしょうか。
大丈夫です。
「答えは、悩みの中にある」というのが私の考えです。
先ほど、私たちの日常生活には「等身大の自分と正直に向き合う機会」が“ほとんど”存在しないとお伝えしました。しかし、まったくないわけではありません。私たちにもその機会が訪れる時はあります。
それは「悩んだ時」です。
人は悩んでいる時も、見栄を張ることはあります。「自分」という存在を大きく見せたいと思い、悩んでいるけど悩んでいないふりをする、といったことです。
ですが、わざわざ「悩んでいる自分」を大きく見せようとする人はいません。悩んでいる時、人は自分を盛ることができないのです。
■悩みは嘘をつかない
たとえば、私はよくマッサージに行くのですが、施術前に必ずマッサージ師の方から「今日はどこが一番お疲れですか?」と聞かれます。マッサージに行ったことがある方にはお馴染みのセリフですよね。
ここで、皆さんに質問です。
この時、嘘をつく方はいらっしゃいますか?
「今日はどこが一番お疲れですか?」と聞かれて、本当は腰が疲れているのに足裏が疲れていると答えたり、背中が張っているだけなのに背骨が折れそうと症状を盛ったりする人はいないですよね。
なぜなら、疲れている症状を変に盛って伝えてしまうと、施術内容が変わってしまい、自分の疲れが解消されない可能性があるからです。「背骨が折れそう」なんて伝えたら、おそらく背中のマッサージはやってもらえないですよね(笑)。
「疲れている症状を前にして、嘘をつく人はいない」。この事実を、私は「悩みを前にして、自分を盛る人はいない」と読み換えて考えるようにしています。
医師に対して、自分の病状をごまかして伝えては、適切な治療が受けられないのと同じことです。悩みを吐露する時は、その人の等身大の姿が表れます。悩みを相談するのであれば、ありのままの自分を相談相手に伝えないと、自分がその悩みから逃れられないからです。
人は、悩んだ時に嘘をつけない。言い換えれば、悩みは嘘をつかないのです。
![ベイエリアを歩くビジネスウーマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/b/1200wm/img_4bce6eadf28d0800bc19f222973fe097392352.jpg)
■悩みは可能性を引き出す「情報の宝庫」だ
「我思う、故に我在り」。この言葉をご存知でしょうか。
今から約400年前、著名な哲学者のデカルトが発した言葉で、「自分を含めた世の中のすべてのものの存在を疑ったとしても、それを疑っている自分自身の存在だけは疑うことができない」という意味です。
少し話が飛躍してしまいますが、私はデカルトに倣(なら)って「我悩む、故に我在り」との考え方を提唱しています。「自分を含めた世の中のすべてのものの存在を盛ることができたとしても、悩んでいる自分自身の存在だけは盛ることができない」という意味においてです。
……それだけ悩みは「リアル」で、嘘をつかないものなのです。そのように悩みを解釈し直すと、悩みとは、その人を理解する上での「情報の宝庫」と言えるでしょう。
「悩み」という言葉を聞くと、それをネガティブなものだと捉える方が多いかと思います。しかし私は、ネガティブでもポジティブでもなく、ニュートラルな「データの集まり」だと捉えています。
そして、多くの方は、本来はニュートラルなデータの集まりである悩みから「自分は何者なのか」を知るための情報をうまく引き出せないために、悩みをネガティブに捉えてしまっているのだと考えています。
■「答えは悩みの中にこそある」
ここまでお話ししてきたように「答えは悩みの中にこそある」のです。
悩んだ時は「等身大の自分と正直に向き合う機会が訪れた」と考えましょう。普段向き合えていない、一番近くて一番遠い存在である自分。そんな自分を理解するきっかけを悩みは与えてくれます。
![神保拓也『部下・同僚・チーム、あなたの心に火を灯す新常識 悩みは欲しがれ』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/9/1200wm/img_c9406a0751a52040747d12fc145863f3193742.jpg)
冒頭に挙げた、自分を盛ることで悩みをこじらせてしまったAさんの事例で言えば、「いつから職場の人間関係に悩み始めたのか?」「きっかけは何だったのか?」「昔から人間関係には苦労してきたのか?」「人間関係がうまくいっていない理由を自分ではどう考えているのか?」「職場の他の人の目にあなたはどう映っていると思っているのか?」といった質問を通じて、悩みの正体に迫っていく必要があります。
このように悩みに向き合っていくことで、ようやく「自分はどういう人間で、何に喜怒哀楽を感じ、どんな強みと弱みを持ち、何を大切にして生きていきたいと思っているのか」が少しずつわかってくるのだと思います。
しかしながら、悩みの中に詰まっている、自分を深く理解するためのヒントには見向きもせず、手っ取り早く悩みを消し去るための解決策を自分の外側へ求めてしまう人が多いのが現状です。
悩みをすぐに解決しようとする行為は、「自分はどんな人間なのか?」「なぜこんなにも自分はこの問題について悩むのか?」といった、本質的な問いについて考えるチャンスを放棄することに他なりません。
■勇気を出して自分の悩みを掘り下げてみよう
悩みをじっくり掘り下げていくと、不安や不満の出どころや、なんとなく感じている居心地の悪さや違和感の原因が、少しずつわかってきます。
自身の性格はもちろん、仕事、人間関係、家庭環境、失敗や成功体験の他に、これまでに読んだ本や著名人の影響など、すべての物事が絡み合って悩みが生まれていることが明らかになってくるのです。
それらを一つひとつ解きほぐし、悩みの正体を明らかにして、悩みの原因となっている芯に辿(たど)り着くまで、根気強く深掘りしていかなければいけません。
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トーチリレー代表
1981年生まれ。大学卒業後、三菱UFJ銀行、外資系コンサルティング会社を経て、ファーストリテイリングに入社。グローバル人材の採用や、社内経営者育成機関の立ち上げの実績を評価され、35歳で史上最年少の執行役員に抜擢される。課題山積みだった物流の構造改革を、業務未経験ながら、わずか2年で実現。その後、2020年に「人に寄り添い、悩みに向き合う」をコンセプトとした人材サービス会社・トーチリレーを設立。悩める個人や企業に対し、講演会や、心に火を灯す「トーチング」という面談サービスを展開している。
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(トーチリレー代表 神保 拓也)
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