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「プーチンは帝政ロシアの幻影に取り憑かれている」時代錯誤の金本位制を復活させたロシアの狙い

プレジデントオンライン / 2022年4月21日 17時15分

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

プーチン大統領は「帝政ロシア」の幻影に取り憑かれているのかもしれない。ウクライナ侵攻のツケは、いずれプーチン氏、そしてプーチン大統領を支持するロシア国民の生活に跳ね返ってこよう。欧米による「経済制裁」は表現こそ穏当だが、実質的な「経済封鎖」に等しい。市場経済から切り離された金融・経済は、さしずめ「鎖国」を思わせる様相を呈しつつある。

「悪い冗談ではないのか」。3月下旬、市場関係者からこんな驚きの声が聞かれた方針がロシア中央銀行から発出された。ロシア中銀は3月25日、金を固定価格で購入すると発表したのだ。

3月28日付けで、ロシアの通貨、ルーブルを金にバウンド(結合)したという内容だ。レートは1グラムにつき5000ルーブルと決められた。同時に、ロシアのチタ州にあるクルチェフスコエ金鉱床の開発について、SUN GOLD Ltd、中国国営金集団公司、ロシア政府投資基金、極東・バイカル地域開発基金、ブラジルおよび南アフリカのパートナー5社と金採掘の協定を結んだ。

この一連の発表について、市場関係者は「ロシアは金本位制を復活させるようなものだ」と指摘した。世界の基軸通貨である米ドルに対する対抗措置というわけだ。プーチン氏は時計の針を戻そうとしているようだ。

■過去の遺物「金本位制」で欧米に対抗?

1971年、米国のニクソン大統領は突然、金と米ドルの交換を停止すると発表した。いわゆる「ニクソンショック」だ。第二次世界大戦後に確立した米国中心の為替安定メカニズム「ブレトンウッズ体制」が崩壊した瞬間であり、金という実物資産と兌換(だかん)が担保されていた米ドルは以降、ペーパーマネーと化した。世界の為替制度は変動相場制へと変貌していく契機となった一大事件だ。

その「ブレトンウッズ体制」崩壊から半世紀あまり、ウクライナ侵攻に伴う経済制裁から米ドルの調達が事実上、断たれたロシアは、いまや過去の遺物となった金本位制で欧米に立ち向かおうというのか。

ロシアはウクライナのNATO加盟問題が先鋭化しはじめた2019年に金地金の輸入を開始した。当時、日本国内でも金価格が高騰した。国内の販売価格は19年9月末に1グラム5700円台と40年ぶりの高値まで上昇。また、金に連動する上場投資信託(ETF)が保有する金現物の残高も9月末時点で2808トンと過去最高を記録した。

■2019年ごろには侵攻を計画していたか

そもそも金は金利が付かないことから投資商品として妙味は乏しいはずなのだが、なぜ、これほど金価格が世界的に高騰したのか。当時は「米中の貿易戦争に起因する世界経済の不透明感が高まるなど、経済の先行きが不安視される中、安全資産として金に需要が高まった」(大手商社)と説明された。

だが、その裏で進んでいたのは世界の中央銀行による金の購入だった。19年上期の中央銀行による金の買い増しは374トン(約170億ドル)に達した。金・ドル兌換制度が廃止された1971年以降最高だった18年を上回る水準。とくに目立ったのはロシアや新興国の中央銀行の買いだった。このロシア中銀による金購入は、米ドル依存からの脱却を目指すプーチン大統領の指示と見られた。

ロシアは金産出国で、輸出国でもあるが、2018年にはロシア中銀の金購入量は国内産出量を上回り、以降増加していった。22年1月の外貨と金の保有は過去最高の6300億ドル(約74兆円)。世界4番目の外貨準備額高に達している。これに伴いロシアがドル建てで保有する外貨の比率は5年前の40%から約16%へと比重が低下している。プーチン氏の念頭には、すでにこの時点からウクライナ侵攻があったとみていい。

しかし、実際の侵攻に伴う欧米の反発は予想を超えた。戦闘は長期化し、経済・金融制裁は厳しさを増していった。侵攻を境に通貨ルーブルも急落した。

■100年たち、再びデフォルトの危機を迎えている

ロシア財務省は4月6日、4日に償還期限を迎えたドル建て国債21億ドル(約2580億円)について、自国通貨ルーブルで支払い手続きを行ったと発表した。米財務省が経済制裁としてロシア中銀の外貨準備から米金融機関を通じて支払うことを認めなかったことへの対抗措置だが、ドル建て国債を他国通貨で償還することは契約違反。格付け会社は、部分的なデフォルトと見なす「SD(選択デフォルト)」に引き下げ、格付けの付与そのものを取り下げた。

ロシアは事実上、国債発行を通じた外貨調達の道を閉ざされたに等しい。救済措置として30日以内に契約通りドル支払いに切り替えればデフォルト認定は取り消せるが、ロシアにその意思はないだろう。

戦乱に起因するロシア国債のデフォルトは、1918年の帝政ロシア時代にまで遡る。ボリシェビキ政権によるデフォルト宣言だ。当時、ロシアは第一次世界大戦に連合国の一員として参戦していた。この戦費の調達を国債発行と海外からの融資に頼っていた。戦争の拡大に伴い調達戦費は増大し続け、財政を圧迫した。この帝政ロシア時代からほぼ100年で、ロシア国債は再びデフォルトする可能性が高い。

ロシア中銀は2月末に政策金利をそれまでの9.5%から一気に20%に引き上げ、ルーブル防衛に走った。欧米による外貨準備への制裁で、為替介入が難しくなるとの観測から、ルーブルが暴落したためだ。だが、その後の政策金利の引き上げが功を奏し、4月上旬にはウクライナ侵攻前の水準に回復した。

ロシア roubles
写真=iStock.com/ArtemSam
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ArtemSam

■ドルから人民元へ…外貨準備の中身が様変わり

だが、これでルーブルの暴落が解消されたとみるのは早計だろう。1日あたり2000億~2兆円とされる戦費はロシアの財政を蝕む。ウクライナ侵攻直前の2月18日に6432億ドルあった外貨準備は4月1日時点では6065億ドルと急減している。

その一方で、外貨準備の中身では大きな変化がみられる。今年1月時点のロシアの外貨準備高は、約6300億ドルで、クリミアを併合した14年から1.6倍に増加した。原油や天然ガスなど豊富な資源を海外に輸出して稼いだ外貨を、プーチン政権はせっせと積み上げていたわけだ。

問題はその内訳にある。1月時点でドルの占める割合は1年前の21%から11%へ半減した。対照的に人民元は1年前より4ポイント比率を高め17%に上昇し、ドルの比率を上回った。ロシア中銀は中国人民銀行とスワップ契約を結んでおり、ロシアの資金繰りを支える余地はある。だが、それも外貨準備に占める割合からみて限界的(=限定的?)だ。

かつてロシアの外貨準備に占めるドルの割合は4割強もあった。しかし、ロシアのクリミア併合後の米国の制裁を受け、ドル依存の解消が進み、20年に金の比率を下回り、今回、人民元とも逆転した。

外貨準備は金などを除き通貨の種類ごとに、当該通貨を発行する中央銀行に置かれることが一般的だ。ロシア中銀が公表している地域別の資産分布は、最も多いのが自ら管理している金で全体の22%を占める。次いで多いのが中国の17%、ドイツ16%、フランス10%と続き、米国は6%にすぎない。通貨別ではユーロが最大の34%を占める。

■真綿で首をしめるようにロシア国民を苦しめていく

ロシアの経済はすでにマイナス成長に陥っている。欧州復興開発銀行によると、2022年の国内総生産(GDP)成長率はマイナス10%で、23年もゼロ成長が予想されている。ソ連崩壊直後の1992年にマイナス14.5%のマイナス成長率を記録した時に次ぐ落ち込みだ。2月時点の失業率は2%強だが、22年末には7%まで悪化するとの予想もある。

ロシア経済は急速に収縮し始めている。ロシアの国富はそがれ、貧しくなっていく。ロシアのインフレ率は侵攻直前の8%程度から15%強に倍増している。物価上昇は真綿で首をしめるようにロシア国民を苦しめよう。まだ、物資不足に陥ってはおらず、ソ連崩壊直後やルーブル危機時のような物不足には至っていないが、砂糖や生理用品など一部の商品は品薄で買えない状態となっている。

ロシア政府は小麦などの穀物は6月末まで、砂糖は8月末まで国外への輸出を制限するなど、買占めによる商品不足に備えている。ロシア国民の生活は徐々に悪化してこよう。

■これまでの危機とは性格が異なる

雇用の減少による失業率の上昇も懸念される。外資系企業はロシア国内で数十万人の雇用を生み出しているが、すでに西側諸国の有力企業がロシアから撤退を表明・実行している。現地の感覚では、外資系企業は「撤退」と報道されているが、実際は「一時休業」のようなものとの甘い見方もあるが、予断を許さない。

ロシアでは企業側の理由で従業員を解雇する場合、最大3カ月間は給与を支払わなければならないと法律で定められている。外資系企業の撤退に伴う雇用への悪影響はこれから本格化する。安易な見方は“現状では”というカッコ書きの見立てでしかない。インフレ率も制裁の拡大、侵攻の長期化に伴い20~30%へ上昇する可能性も指摘されている。

2014年のクリミア併合直後もロシア経済は停滞を余儀なくされたが、今回のウクライナ侵攻はこれまでの危機とは性格が異なる。ロシアは「異質な警戒すべき国」と認識されている以上、外資の経済活動はこれまでのようにはいかない。侵攻の代償は重い。

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森岡 英樹(もりおか・ひでき)
経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学卒業後、経済記者となる。1997年、米コンサルタント会社「グリニッチ・アソシエイト」のシニア・リサーチ・アソシエイト。並びに「パラゲイト・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年4月、ジャーナリストとして独立。一方で、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。

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(経済ジャーナリスト 森岡 英樹)

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