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「ネットで売れるのは目立つ商品と安い商品」"五月人形"が直面するかつてない大きな困難

プレジデントオンライン / 2022年5月5日 9時15分

久月の横山久俊代表取締役社長 - 撮影=小野さやか

5月5日はこどもの日だ。近年の五月人形の売れ行きはどうなのか。人形の製造問屋大手である久月の横山久俊社長は「少子化や職人の高齢化は以前からの課題だったが、コロナ禍で今まで直面したことのない困難に立たされた」という――。

■コロナ禍で「今まで直面したことのない困難」に立たされた

久月は天保6年(1835年)に創業し、日本の人形文化の伝統を受け継いできた。長年にわたって五月人形やひな人形の販売を手がけ、業界を代表する人形の製造問屋としての地位を築いている。

その一方で、近年では少子化や住宅環境の変化も起きている。五月人形の売上はどう変遷しているのだろうか。

久月の横山久俊代表取締役社長は「コロナの影響でお客様の流れが激変し、一時期に比べて売上が大きく減少している」と苦境に立たされている心境を語った。

「売上に関して、長期的には微減傾向にありました。ただしそれは、想定の範囲内のものです。大きな変化が起きたのは、2011年の東日本大震災と2020年から続く新型コロナパンデミックでした。前者の場合、関東では落ち込んだものの、関西は通常通りに売れていたこともあり、売上は割とすぐに持ち直したんです。それが今回のコロナ禍は、全国規模の感染症だったため、今まで直面したことのないような苦難を経験しました」

5月5日の「端午の節句」の際に需要が高まる五月人形は、平時であれば3月中旬~4月にかけて購買のピークを迎えるそうだ。

しかし、2020年4月に発令された緊急事態宣言により、百貨店や量販店が休業や営業縮小せざるを得ない事態に陥ったことで、「予想だにしなかったパンデミックで大きな痛手になってしまった」と横山社長は言う。

■ECの販売が伸び、2021年以降の売上は回復基調に

そのころ、久月の直営店には「何時に行ったらすいているのか」「感染症対策は大丈夫なのか」といった問い合わせが相次いだ。店頭への来店ハードルが高くなってしまったことも、売上減少の大きな原因になったという。

こうした危機的状況を打破するため、これまでの店頭販売からECヘ一気にシフトし、新たな販路確保に乗り出した。

「コロナ禍の直前に始めていた自社の直営ECサイトのほか、百貨店や量販店もECを強化する流れが生まれたことで、想像以上にネット販売が堅調に推移しました。こうしたECの伸びが幸いし、2021年は2020年の売上を上回り、2022年も同じ見込みです。ですが、まだまだ2019年と比べると下回っている状況ですので、どう復調させていくかが課題になっています」

■五月人形に求める「色の好み」が多様化している

ライフスタイルの多様化やコロナ禍で新しい生活様式が根付いたことで、顧客のニーズはどう変化しているのか。

横山社長は「ここ10年間でカラーバリエーションの好みが多様化している」とし、次のように説明する。

「以前は、金や黒色の鎧飾りが主流でしたが、コロナ禍では木目調のものが好まれる傾向があります。また、若大将飾りの見た目については、可愛らしいものやキリッとしたお顔のものの人気が高まっています。重厚感を求めるシニアのお客様に対し、今の家族世代は部屋のインテリアに合わせることを重視されます。ニーズは確実に変化しており、商品のラインナップを増やさないと、お客様からのいい反応は得られないと感じています」

久月の横山久俊社長
撮影=小野さやか
コロナ前は親子三世代での来店が多かったが、現在は祖父母のみや、夫婦と子供だけでの来店が中心だという - 撮影=小野さやか

加えて、鯉のぼりに関しては直近の20年で相当ニーズが変わっているという。

「ひと昔前までは、1.2mや1.5mの鯉のぼりをマンションのベランダに出す家庭が多かったのですが、騒音問題や高層マンションの増加に伴い、需要がかなり縮小したんです。代わりに、今では家の中で飾れるタイプの鯉のぼりを買い求めるお客様が増えています。我々も、従来の素材に加えて、ぬいぐるみで使用するちりめん素材の鯉のぼりを用意したり、室内で飾れるサイズの商品を用意したりと、ニーズに応えられるように工夫しています」

■「西洋式の生活スタイル」が課題になっている

「日本古来の生活スタイル」と、現代に根付く「西洋式の生活スタイル」の発想の違いが、「マーケティングの観点で非常に鍵であり、同時に課題でもある」と横山さんは話す。

「かつての日本は、手狭な家の中で『どうスペースを確保するか』を考えながら生活していました。例えば、ちゃぶ台や布団は使う時に出して、使い終われば片付けていましたよね。そのため、ひな人形や五月人形を飾る季節になると、家具をどかして人形を置く場所を作っていたんです。しかし、今はベッドやテーブルが主流になっていて、そもそも『物をどかして飾る』という発想がありません。難しいところではありますが、少し家具の位置をずらすだけで希望の商品を置けることもあるため、物をどかして飾ることを認識してもらい、ニーズをどのように掘り起こしていけるかが、今後のビジネスで肝になってくると考えています」

さらに、一度ネットで調べてから店頭に訪れ、購買するまでの滞在時間をできるだけ短く済ませる人も増えてきたという。

■ネットでは「目立つ商品」「安い商品」が売れやすい

こうしたなか、リアルとネットでは「お店の方が、平均単価が高くなる」と横山さんは語る。

「ネットだと、オーソドックスな商品よりも目立つ商品が売れやすい傾向にあります。というのも、ネットは写真ありきで購買につながり、かつ安いものほど売れやすいからです。ただ、ネットではアルミと真鍮の素材による違いは実感できません。お店に来ればもっと多様なバリエーションを知ることができ、職人の匠の技や素材のこだわりが、見て取るようにわかるんです。ネットで商品を訴求しつつも、いかにリアルの場へ来てもらうかが、とても大事なことだと認識しています」

久月浅草橋総本店で長年売れ続けているという「彫金仁王大鎧木製二段飾り」
撮影=小野さやか
久月浅草橋総本店で長年売れ続けているという「彫金仁王大鎧木製二段飾り」 - 撮影=小野さやか

■職人の高齢化と資材の高騰化が深刻

ニーズの多様化に伴い、さまざまな商品を供給していくことが求められる一方で、生産者の高齢化が大きな課題として重くのしかかっているという。

横山社長は「年々、職人の高齢化問題は加速しているため、久月も大きな使命感を背負って向き合っていかなければならない」と襟を正す。

「職人の高齢化によって、商品の生産能力は下がってきています。さらに、昨今の資材の高騰化によるクオリティや値段の維持が年々難しくなっているのも、追い打ちをかけています。今後どのようにして次世代へ受け継ぎ、伝統文化を維持していくかが、我々の果たすべき役割であり、大きな使命だと感じています。商品の数が売れなければ、生産者もいなくなってしまう。職人を守っていくためにも、世の中のニーズを汲みつつ、職人へ継続的に仕事を与えていくことが我々に課せられているものだと思っています」

久月の横山久俊社長
撮影=小野さやか
店舗での顧客の様子も変化している。かつては五月人形を購入する際の発言権は男性が中心だったが、最近では女性になってきたという - 撮影=小野さやか

■かつては「丁稚の若手」「内職さん」に支えられていた

機械やテクノロジーでは代替できない職人技だからこそ、世代交代が重要になってくる。

現在、五月人形をつくる職人の平均年齢は50~60代。平均年齢が60~70代のひな人形と比べると、後継ぎの育成は進んでいる方だという。

それでも、世代交代へのハードルは高い。その背景には労働環境の変化がある。いわゆる丁稚(でっち)制度があった時代は、たとえ若手が人形づくりに失敗しても材料費だけで済んだ。それが、現在の最低賃金が保証されている時代では、どうしても人的コストの増加につながってしまう。

加えて、職人を支える「内職さん」が激減していることも「職人の高齢化が急速に進んでいる要因になっている」と横山社長は説明する。

「人形づくりに必要な細かな作業を行う内職さんが絶滅危惧状態になっていて、内職さんに依頼していた作業の内製化を余儀なくされている現状があります。伝統産業は、内職さんの存在があってこそ成り立っているようなものなので、この状況は極めて重要な課題と認識しています。資材の高騰化はもとより、内製化が進めば進むほど価格が上がってしまうので、中長期的に考えても解決していかなければならない問題だと捉えています。

このように、さまざまな逆風が吹いていますが、我々は日本の伝統を担っている自負を持っています。『人形は心の和を創造する』という信念を貫き、これからも時代の変遷に合わせた商品を提供できるよう、創意工夫をしながら尽力していきたいと考えています」

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古田島 大介(こたじま・だいすけ)
フリーライター
1986年生まれ。ビジネス、ライフスタイル、エンタメ、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている。

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(フリーライター 古田島 大介)

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