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目標は「打倒大阪桐蔭+グラウンドのボールパーク化」大阪府立高校野球部のすごい試み

プレジデントオンライン / 2022年4月26日 11時15分

撮影=清水岳志

大阪府立香里丘高校野球部(枚方市)が面白い試みをしている。球児あこがれの甲子園を目指しつつ、野球人口減少に歯止めをかけて部員を集めるため、近隣の小さな子供たちを自校グラウンドに招待し、野球に親しんでもらう企画を定期的に実施中だ。フリーライターの清水岳志さんが取材した――。

■マジで甲子園を目指す野球部が近隣の子供と遊ぶワケ

「ネット裏に近所の子供たちが見に来るねん。そしたら、席を空けてくれへんか」

3月下旬の日曜日、大阪府立香里丘高校野球部(枚方市)のグラウンドには小さな子供たちが集っていた。

それまでバックネット裏でスコアブックをつける準備をしていた部員たちに向けて、同校の岡田泰典監督(44歳)が声をかけた。

その後、小学生の男の子4人と引率した男性がやってきて、子供たちはパイプ椅子に座った。

4人の男の子
撮影=清水岳志

「お菓子食べたい。それと、ジュースも」

男の子の一人が男性(父親)にねだっていた。

この日、同校は同じ府立の牧野高校と練習試合をした。甲子園では春のセンバツ大会の真っ最中。出場できなかった両校は「夏の甲子園」大会の試金石となる春の公式戦に向けてトレーニングし、対外試合が解禁されて試合をすることになっていたのだ。

そのネット裏で子供たちがお菓子を食べながら観戦していた。

どういうことなのか。

高校野球を近隣の人に身近に感じてもらいたい……。実は、部員減にストップをかけたい公立校の方策のひとつだ。

この日の午前中、子供がネット裏の特等席で試合観戦できるのとは別に、「OSAKA BASEBALL PLAZA」と銘打ったイベントを行った。小学生までの子供たちを集めての野球体験会だ。「(他校のアイデアを引き継ぎ)今回が通算5回目の実施です」と岡田監督が説明する。

小学生が中心だが最年少は3歳の幼児もいて26人が集まったという。グラブ、ボール、バットなども準備したので、子供たちは手ぶらで来られる。

■「野球ってこんなんなん」とわかってくれればいい

まずは、しっぽ鬼ごっこで体を温める。高校生の部員が腰に赤ヒモをつけて逃げる役で、子供たちが追いかける。

次は、ゴムボールを使ったキャッチボールだ。子供たちが着けたグラブは大人の手のひらサイズ。未経験の女の子は下から投げてタイミングが合わず、自分の頭の上に投げ上げてしまったり、高校生のお兄さんの待つ方向とは45度違ったり。でも、お兄さんたちは懲りずに付き合う。

キャッチボール
撮影=清水岳志

「よし、上手くなってきたぞ」

そんな声がだんだんと増えてきた。

それから、ポケモンキャラクターなどが書かれたターゲットめがけてボールを投げるストラックアウト。1メートルほどの距離から投げても当たらない。でも、子供たちは楽しんでいる。

そしてティーにボールを置いてバッティング。数球ずつ打って数カ所を回ることができる。経験者の小学生はさすがに、鋭い打球を飛ばした。

バッティングする小学生
撮影=清水岳志

最後は2チームに分かれてゲームを行った。攻撃側はティーのボールを打ってダイヤモンドを走る。守る側はボールを追いかけて囲んで座る。みんなで座ればランナーはそこまでに走った塁で止まるのがルールだ。

「ベースを踏まな、あかんよ(笑)」

ところが、ランナーはお構いなしに止まらずにホームインするから、高校生も父兄も爆笑だ。

「園児なんかは何をやっても結局、ルールまでは理解できないから、打って走って楽しかった、でいいのかなと思います」

■少年野球人口がどんどん減っている

岡田監督は子供たちが「野球ってこんなんなん」となんとなくわかってさえくれれば、それが将来につながると信じている。

野球界の誰もが抱く根底にある危機感。それは、少年野球人口の減少だ。全日本軟式野球連盟によれば、約40年前に3万近くあった学童野球チームは、1999年度に1万5000を下回り、2020年度はついに1万強にまで減少した。

この野球教室の狙いも、本音を言えば幼少期から野球に興味を持ってもらうところにある。

「野球界はぶつ切りされています。他の競技と違って、制約があって高校は中学校と繋がれない。垣根をとっていく形ができないかと」

中学生が硬球に触れたり、高校生から技術指導を受けられたり、流れで試合ができれば……。今はそういう状況にはない。

ならば下の世代、小学生以下の子供たちがターゲットになる。

「香里(香里丘)のお兄ちゃんたち、優しいなと思ってもらえればうれしい。何年後かにあそこに入学して野球部に入る、となれば最高。でもまあ、野球をやってください、と力まずに、サッカー部に入るならそれでもいいし(笑)」

岡田監督
撮影=清水岳志

子供に同伴する父兄も多く、子供たちのはしゃぐ様をハンディカメラやスマホで撮っている。

「近所の子が多く、親御さんが一緒にくるんです。子供が楽しそうなら親も楽しいでしょう。家に帰って、『楽しかった?』『また、行く』と発展する。その延長線上で、大きくなったら野球する、となってくれればええかなと。システムづくりなんていう大仰なものではなくて、楽しい雰囲気を感じ取ってくれたら十分かなと思います」

こういうイベントはシーズンオフの冬にやることが多い。今回は3月の春休み中、練習試合が組まれたタイミングで相手の牧野高校も快諾してくれた。両校の部員の共同作業ということにも意義がある。

「6、7月のトップシーズンは難しいかもしれないですけど、2カ月に1回ぐらいはやってもいいかな。認知度も上がって身近に感じる人が増えていってくれれば」と岡田監督。

メニューや進行は、高校生に任せている。最後に行ったゲームは彼らが考えたもので発想力、想像力も試され、子供たちと触れ合って、逆に元気をもらえることもできるという。

■ボールパーク化の理想形は「楽天生命パーク宮城」

岡田監督がさらなる理想を語る。

「仙台にある(プロ野球の)楽天のベースボールパーク(楽天生命パーク宮城)は遊園地もあって究極かなと。うちは人工芝(一塁側ファールゾーン)があるんで、ネットを置いてボールが飛んで行かないようにして、こっちで試合をしますが、遊んでいてもいいですよ。ボールだけ、当たらんように気いつけてください、って。

関係者以外はダメや、ではなく公園みたいに利用できて、手の空いている高校生に、お兄ちゃん教えてくださいって。かまへんよ、なんてなればいい。

日曜日にあの高校に行ったら、野球やってるやん。いちいち野球教室を開かんでも、なんかプラッと来てね。お父さんお母さんも、1時間ぐらい遊べるらしいとなったら、公園みたいになって、そんなんが当たり前になったらいいなと思います」

グラウンドで鬼ごっこする小学生
撮影=清水岳志

それのひとつの例が冒頭の練習試合を子供たちがネット裏で観戦できる、というものだ。

■「ファーストペンギンになって野球への恩返し恩送り」

またこの日は、午前中の教室から残った兄妹の2人が、練習試合の最中、女子マネジャーを相手にネット裏のトランポリンで跳ねたりして遊んでいた。さらにゲーム中にベンチに入って高校生に交じって戦況を見つめる場面もあった。

「良いか悪いかわかりませんが、選手が何を話しているか聞けたりできる。うちがファーストペンギンになって試してみたい。野球への恩返し、恩送りをしていけば、いろんな価値が見出せるんちゃうかな」

香里丘の部員は3年生15人、2年生14人、新1年生が16人。府立としては比較的、安定した部員が毎年、入ってくる。それでも、昨年の3年生は35人いたというから、もう少し増えればお互いの競争心も激しくなるだろう。

2018年の強豪ひしめく北大阪大会でベスト8に入った。昨夏は4回戦で全国制覇を成し遂げたこともある履正社に1対2と善戦。府立の中では実力のある高校だ。正規の広さは取れないが自校のグラウンドで試合もできて、公立の中では環境はいいほうでもある。

片や、一緒に練習試合をした牧野高校も枚方市内の進学校。3年生が5人、2年生が9人でランナーをつけた練習は満足にできない。

新山佳太監督は昨年、中学生対象の学校説明会を8回もやって奔走したという。ただ野球教室は新鮮で、勧誘の基本を見つめることにもなったようだ。

「スポーツは楽しく笑って、というのが原点ですよね。人を集めるには、今日のような気持ちは忘れたらあかん、と高校生には伝えたいですね」

岡田監督は、野球の名門・桜宮高校出身で高校の監督歴19年のベテラン体育教師だ。練習試合の最中はバッターにブロックサインを出しながら、顔はベンチの選手にむかって、前のプレーの反省点を早口で伝えていた。野球を知り尽くした熱血漢だからこそ、今、大阪桐蔭や履正社といった私立に対抗できるようになるべく部員を少しでも増やそうと模索している。

午後、さっそく4月入部希望の中学生2人が練習試合を見学に来ていた。

「こんなところに入学するんだ、という雰囲気を見てってな」

岡田監督が彼らに声をかけた。

「うちがファーストペンギンになって試していきたい」

岡田監督の印象的だった言葉だ。ペンギンの親が子供のための食糧を求めて天敵が待ち構える海に飛び込むシーンが思い浮かぶ。

甲子園を目指しながら、ボールパーク化の夢を胸に勇気をもって飛び込む……。“香里丘パークグラウンド”で今後、大勢の子供たちが遊んでいたら、それは甲子園出場とは別の快挙といえるかもしれない。

集合写真撮影
撮影=清水岳志

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清水 岳志(しみず・たけし)
フリーライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。

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(フリーライター 清水 岳志)

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