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あえて"地元産のゴリ押し"はしない…神奈川の道の駅で「ウニとろ牛めし」がバカ売れするワケ

プレジデントオンライン / 2022年4月22日 13時15分

相州牛を使った「ウニとろ牛めし」価格は3480円 - 筆者撮影

全国1194カ所に広がる「道の駅」は、ドライバーの休憩所であるだけでなく、地元産品を扱う「地産地消」の拠点としても知られている。だが、神奈川県南足柄市の道の駅では、北海道産ウニと地元産牛肉を組み合わせた「ウニとろ牛めし」が人気だという。なぜ神奈川の道の駅でこれが売れるのか。フリージャーナリストの姫田小夏さんがリポートする――。

■3480円の「ウニとろ牛めし」を求め長蛇の列

3月の休日に初めて訪れた「道の駅足柄・金太郎のふるさと」(金太郎のふるさと)の食堂は、昼の1時を過ぎても長蛇の列だった。数多くの道の駅を訪れてきた筆者だが、これほどの活況は珍しかった。人気メニューは、地元の相州牛を使った「ウニとろ牛めし」。そのお値段はなんと3480円、道の駅にしては驚くほど高額だが、これを目当てにする訪問客は少なくない。

「ウニとろ牛めし」に見る商品開発は、どこかプロっぽさがあった。メニュー開発のみならず、土産物や農産物を販売する「売り場づくり」もうまい。調べてみると、ここは自治体ではなく、民間会社による運営であることが分かった。

全国の道の駅の「設置」は市町村によるものが多いが、「管理と運営は民間に委託」というケースが主流だ。道の駅は1993年に登録制度が始まり、1000駅の大台を突破した2013年は、自治体による運営・管理は158カ所(約15.7%)、第三セクターは312カ所(約31.1%)、指定管理者は445カ所(約44.3%)となっており、指定管理者制度を使った民間企業の参入が増えていることが分かる(数字は内閣府「第4回地域経済に関する有識者懇談会」)。

■成功のカギは「地域の特色」と出会えるかどうか

指定管理者制度とは、公の施設の管理・運営を、株式会社や財団法人・NPO法人・市民グループなどに委託させるもので、“ハコ”は得意でも経営は苦手とする行政から切り離し、事業を収益化させる狙いがある。つまり、「餅は餅屋」という発想だ。「赤字の道の駅も、自治体が手放し民間がテコ入れしたら人気の道の駅になった」といった事例もあり、南足柄市の場合も、公募にて民間企業の株式会社TTC(本社:静岡県熱海市)に業務を委託している。

TTCが力を入れているのはコンテンツ開発だ。もともとあった地元のお土産も、“外部の視点”で見た目や売り方を変えたところ、たちまち息を吹き返したという事例もある。「金太郎のふるさと」で駅長を務める松本裕太さんは、「道の駅の成功のカギとなるのは、地域の特色と出会えるかどうかにあります。『金太郎のふるさと』の場合は、相州牛が集客の核になっています」と語る。

昼の1時を過ぎてもランチ目当ての長蛇の列は続く
筆者撮影
昼の1時を過ぎてもランチ目当ての長蛇の列は続く - 筆者撮影

■なぜ「3480円」もの値段がつくのか

筆者はさっそく、相州牛の生産者である市内の「長崎牧場」を訪ねた。3代にわたって経営が続く牧場はなだらかな丘陵地帯にあり、菜の花が咲き乱れる抜群の環境の中で、牛たちが元気に動き回っていた。乳牛は放牧が基本だが、肉牛を放牧するのは珍しい。牧場主の長崎光次さんによれば、生後7~8カ月ぐらいの牛を2カ月間にわたり運動させるのだそうだ。

長崎牧場では、和牛と交雑牛あわせて約500頭の牛を飼育しているが、半世紀以上にわたって肉牛飼育に携わる長崎さんがこだわるのは、餌の配合だ。市内のアサヒビール神奈川工場から出される搾りかすや、地元豆腐店のおから、ふすま、糖蜜、コメや麦、稲ワラなど、10種類もの餌を与えている。なるほど、「ウニとろ牛めし3480円」の裏には、こうした生産者のこだわりがあったのだ。

餌にこだわれば、確かに消費者が喜ぶおいしい牛肉ができるが、長崎さんが強く意識するのは、「地域で循環する地元の餌」だ。その理由は11年前の東日本大震災で遭遇した苦い経験にさかのぼる。当時、長崎さんは茨城県から餌を調達していたが、震災の影響で供給の道が途絶した。かろうじて手に入った別の餌で代用したところ、「半年後から肉質が変わってしまった」というのだ。長崎さんはその教訓を今に重ねる。

長崎牧場を経営する長崎光次さん
筆者撮影
長崎牧場を経営する長崎光次さん - 筆者撮影

■ウクライナ情勢、円安…飼料が確保できない

「実は最近、牧草を含めた輸入飼料の価格が高騰していて、輸入飼料については1トンあたり約2万円近く上昇しました」

現在、長崎さんが直面しているのは「飼料の高騰」だ。円安やコロナ下での海上輸送の混乱、輸出国の中国国内に旺盛な需要が生じていることなどから、飼料価格が高騰しているのだ。日本は飼料のほとんどを輸入に頼るため、ひとたび国際情勢が変化すると、安定的な生産が妨げられてしまう。

国産の稲ワラの利用もある。幸い、国産ワラの価格はまだ上がっていない。しかし、長崎さんは「東北から運ぶ稲ワラはガソリン代の上昇が運賃に反映され、早晩、値上がりするはずです」と警戒する。昨年、近隣の市や町で同業者が撤退したが、「後継者問題以外に、飼料価格の高騰が理由でした」(同)

元気で好奇心旺盛な長崎牧場の牛たち
筆者撮影
元気で好奇心旺盛な長崎牧場の牛たち - 筆者撮影

そこで目を向けるのが地元・南足柄産の稲ワラだ。現在すでに調達に乗り出しているが、これをもっと本格化させたいという。

田んぼに農業機械を入れられる東北と違い、小規模農家が多い南足柄市で稲ワラを集めるのは至難の業だ。稲ワラをロールにする機械や、それをストックする場所の確保も必要になってくるため、とても自力ではできない。

■肉、野菜、コメ…相州産で利益を生むサイクルを作る

「だからこそ、地元で循環させたいのです。稲ワラや余ったコメや野菜を、うちが農家さんから頂き、うちからは農家さんに堆肥を提供する。肉、野菜、コメで『相州ブランド』を築いて、これを南足柄市内で高額消費が見込める飲食店や旅館に使ってもらいたいと思っているのです」(長崎さん)

これは「完全な地産地消の形」だ。国際情勢の見通しが悪化する中で、日本の小規模生産者が生き残るには、こうした「循環型生産へのシフト」は待ったなしだろう。

長崎さんは「稲ワラと堆肥の循環で、牛・コメ・野菜の相州ブランドを発展させたい」と話す
筆者撮影
長崎さんは「稲ワラと堆肥の循環で、牛・コメ・野菜の相州ブランドを発展させたい」と話す - 筆者撮影

他方、「道の駅」で野菜を売る農家からも、このところの燃料費高騰で「野菜の価格をどう設定していいか分からない」という悲鳴が上がっている。そこには肥料価格も影響する。窒素、リン酸、カリウムは、高収穫を目指す農家に欠かせない複合飼料の3大成分だが、日本はリン鉱石と塩化カリウムも全量輸入に頼っている。塩化カリウムの主な産地はカナダ、ベラルーシ、ロシアだ。海外市況に左右されない農業を目指し、昨今、農林水産省も堆肥などの循環利用を訴えるようになった。

飼料にせよ肥料にせよ、輸入に依存し続ければ、その結果として地元経済を動かすプレーヤーたちを失いかねない。そうなると、せっかく動き始めた「道の駅経済」も成り立たなくなってしまう。すべてはつながっているのだ。

もちろん、行政の力も必要だ。これまでは「民間の努力でやってください」と言えただろうが、耕作放棄地が年々増加する中、もはや座視することはできなくなった。

■「住民も驚くくらいの活況です」

「金太郎のふるさと」に話を戻そう。今でこそ、地元のみならず広域から来訪者を集める同駅だが、その道のりは平坦ではなく、開業は2020年6月とコロナ禍に産声を上げた。だが幸いにも緊急事態宣言が解除されたタイミングと重なり、久しぶりの行楽を求めて多くの人が足を運んだ。テレビでも報道され、南足柄市の知名度は一気に高まった。それから2年たった今もにぎわいが続いている。「これでも落ち着いたほうですが、今では住民も驚くくらいの活況です」と南足柄市の広報担当者は語っている。

他方、同駅が開業するまで、地元住民の「道の駅」に対する見方は複雑だった。コロナ禍が住民の心理に影を落とし、「こんな状況でお客は来るのか」「無駄な箱モノを作ってどうするんだ」「赤字が出たら税金で補塡(ほてん)するのか」といった悲観的な声も少なくなかったという。

■地産多消のためなら「北海道のウニ醤油」だって売る

また、地元住民の間では「なんでウニとろ牛めしなの?」といった素朴な疑問も生まれた。もちろんウニは内陸の南足柄市の特産品ではないし、これでは地産地消にならないという見方もあったのだ。

「ウニとろ牛めし」だけではない。野菜や果物の直売所には土産売り場も併設されているが、確かに売り場には地元産とは脈絡のない商品も置いてある。筆者が訪れた3月には、棚に北海道産ウニを使った醤油などがずらりと並べられていた。土産菓子やせんべい類も豊富だが、地元産はなかなか見つからなかった。しかし考えてみれば、日本全国津々浦々、どの地域でも地元産商品だけでは棚を維持することができなくなっている。

実は、この道の駅が目指すのは「地産地消」を超えた「地産多消」だという。地産地消は「地元で生産し地元で消費すること」を意味するが、地産多消は「地元で生産したものを多地域で消費すること」を意味する。

筆者注:「他消」とする表記もあるが、「金太郎のふるさと」の実態をふまえ、あえて「多消」とした。

例えば、冒頭で紹介した「ウニとろ牛めし」は、地元産の相州牛と他県産のウニを掛け合わせることで、メニューの魅力を最大限に発揮することができる。「金太郎のふるさと」駅長の松本裕太さんは「地産多消の魅力を伝えるのが、私たちが手掛ける『道の駅』だと思っています」と語る。

明るい店内で農産物やお土産を買い物する利用客
筆者撮影
明るい店内で農産物やお土産を買い物する利用客 - 筆者撮影

■趣味が高じて「生産者」の仲間入りをした人も

野菜や果物の直売コーナーで出会った杉本智男さんは、定年してから農業の道に入った。ニンジン、ブロッコリー、シイタケなどの栽培を手掛ける杉本さんは「私の場合は家庭菜園の延長、収入以上に『おいしいものを食べてもらいたい』というその一心ですね」と語る。

この道の駅の特徴は、たとえホウレンソウ5束でも棚に置いてくれることだ。生産者として登録しさえすれば、庭先で採れた少量の野菜でも売らせてくれるし、他の直売所よりも高い値段で買い取ってくれる。そうすることにより、生産者の収入も増え、収入が増えれば就農が増えるという好循環が生まれる。“自分流のこだわり野菜”にファンがつけば、それこそ人生そのものの充実にもつながる。

「私たちが目指しているのは、生産者さん一人ひとりにファンがつくことです」と松本さんは言う。生産者の顔写真を壁一面に貼りだしているのはそのためだ。

壁に貼りだされる生産者の顔写真
筆者撮影
壁に貼りだされる生産者の顔写真 - 筆者撮影

■道の駅は「六次産業の未来」の縮図

残る課題は「若い人たちがどれだけ農業に参入してくれるか」だ。これについて松本さんは、TTCが手掛ける別のエリアの事例を掲げてこう話す。

「15年やっている『伊豆 村の駅』では生産者の2代目、3代目が会員になったり、30~40代の生産者の青年部が中心になってイベントをやったりしています。新規就農やゼロベースからの成功例さえあるのです」

「金太郎のふるさと」の運営は確かに「外からの資本」が行い、また地元の生産物でないものも置いてある。当初は違和感もあっただろう。「地元生産者の気持ちはどうなる?」というのは住民の偽らざる本音だ。

それでも次第に変化が生まれている。市内在住の男性は「お金は回っている、きっとこれが新しい商売の形なのだろう」と話していた。

休憩所にすぎなかった道の駅も今や「目的地」に
筆者撮影
休憩所にすぎなかった道の駅も今や「目的地」に - 筆者撮影

魅力ある道の駅を作るには「にぎわい」が必要であり、にぎわいをつくる手立てとしては棚を商品で埋める必要がある。その棚が「地元のオリジナル色」を失わない限り、「道の駅」は日本の農業や畜産業の未来を支え、生産者やメーカーと消費者を結び付ける循環経済のプラットフォームであり続けるだろう。

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姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
フリージャーナリスト
東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。1990年代初頭から中国との往来を開始。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊し、10年にわたり初代編集長を務める。約15年を上海で過ごしたのち帰国、現在は日中のビジネス環境の変化や中国とアジア周辺国の関わりを独自の視点で取材、著書に『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)など、近著に『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)がある。3匹の猫の里親。

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(フリージャーナリスト 姫田 小夏)

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