スマホ充電器レンタルで業界最大手の社長が「日中英の3カ国語を操るラッパー」だった必然的な背景
プレジデントオンライン / 2022年4月28日 17時15分
■スマホのバッテリー残量ゼロは死活問題
現代社会で欠かせないツールとなったスマホ。容量やスペックは年々向上し、今や生活のほとんどをスマホに依存している人も珍しくない。それにともないわたしたちを悩ませるのが、バッテリーの消耗だ。SNSにうつつを抜かし、ちょっと長電話をしたら、気がつけば残量はわずか。モバイルバッテリーを自宅に忘れたときの気持ちをなんと例えたらいいことか。
最新機種が登場してバッテリーの性能がよくなると、さらにそれに耐えうるゲームやアプリが登場して消耗を促進する。その様子はまるでいたちごっこだ。
「日本人の85%が1日1回充電するというデータがあります。おかげさまでサービスは順調に伸びています」
そう語るのは、スマホ充電器のシェアリングサービス「ChargeSPOT(チャージスポット)」を展開するINFORICH代表の秋山広宣。
■インフォリッチが4年で大躍進できたワケ
秋山によればスマホのバッテリーの最大容量は2年で70%まで落ちるという。ケータイの買い換え平均年数は4年。そう考えると常に誰かがバッテリーの消耗に悩んでいるともいえる。
「私たちのビジネスがここまで数字を伸ばしたのは、生活必需品となったスマホと『癒着』しているからでしょう」
ここ数年で私たちの身近になったスマホ充電器のシェアリングサービス。中でもチャージスポットは圧倒的設置数を誇り、人気タレントのフワちゃんを起用したCMを流すなど、若者からの認知度は格段に高い。現在、日本、台湾、香港、中国などでサービスを展開し、フランス上陸も目前に迫っている。
2018年のサービス開始からわずか4年でここまで業績を伸ばした理由を理解するには、代表の秋山のルーツを知る必要がある。
■香港と母の実家がある福島県を行き来した少年時代
「僕はもともとラッパーなんです」
秋山の広東名は陳日華。香港人の父と日本人の母の間に生まれ、2007年に「日華」としてメジャーデビュー。日本語、英語、広東語でラップをするスタイルで人気を集めた。
1980年、秋山は香港で生まれた。香港に古くから根を下ろしていた陳一家は金融などを手掛けていた。香港の100万ドルの夜景を作った人たちはみんな知り合いという裕福な家だった。
「香港はアジアの金融の中心。そして、常に変化を続ける刺激的な街でした」
香港で不自由なく育った秋山は10歳で日本にやってきた。父親の手がける事業がうまくいかなくなったのが大きな理由だという。母の実家があった福島県のいわき市に居を移し、日本に来てからは父の貯蓄で暮らした。
父親は日本でのんびりした隠居生活を送っていたようだが、福島の片田舎に少年の気持ちを動かすものはほとんどなかった。夏休みのたびに帰る香港で、インターナショナルスクール時代の友人が教えてくれる最先端の情報に触れるのが楽しみだった。その中で出会ったのがヒップホップだった。
■英語に日本語、広東語を取り入れたラップを操るように
「いわき市内に売ってるお店がないから、常磐線に乗って上野のディスクユニオンまで行ってました。お店でもらえるレジ袋が誇らしくてボロボロになるまで使っていましたね」
通販で買ったターンテーブルでスクラッチの練習をし、やがてマイクを持つようになる。最初は英語が中心だったが、15歳の頃には日本語、広東語を取り入れたラップを操るようになった。
「父が日本語が話せなかったので、家の中では英語、日本語、広東語が飛び交っていました。陳一家は香港でゲームセンターを運営したり、ビリヤード文化を香港で流行らせたりと幅広くエンタメにも関わっていました。僕が音楽に興味を引かれたのも無関係ではないと思います」
■ラッパーデビューを果たすもコンサル業に転身
マルチリンガルラッパーとして活動しながらも、更に本場でヒップホップを体感したいと思った秋山は、高校を卒業しニューヨークの大学に進学する。1年後に大学を中退して日本に帰ってきた秋山は、広告印刷を手掛ける小さなベンチャー企業に入社した。高性能商業プリンターを中国で作るビジョンを描いたその会社は、秋山の持つ語学力を必要とした。
「当時の中国は価格の魅力はもちろん、技術力も伸びていました。しっかりブループリントを出せば、日本と変わらないものができることも知ったことは大きな収穫でした。チャージスポットのバッテリーも中国で作っています」
印刷ベンチャーをはじめ色々な仕事を掛け持ちして生活をやりくりしていた秋山だが、25歳で自主制作のCDを発売し、ようやく音楽だけで食べていけるようになった。日本でもじわじわとファンが増え、2007年にユニバーサルレコードからメジャーデビューも果たしたが、結婚して長女が生まれたのを機に香港に帰ることを決意する。
「僕の『日華』という名前には日本と中華の架け橋になるという親の思いがこめられています。音楽で生かしたコネクションをもとに、香港で日本のサービスを誘致したら、僕の強みが活かせると思ったんです」
2012年、香港に戻った秋山は日本との橋渡しをするコンサルタントとして活躍する。大手代理店よりもフットワークが良く、良心的な価格を提示する秋山の会社は、日本企業が香港で事業展開する際の足がかりとして重宝されるようになり、名だたる大企業から仕事を受注するようになった。
■中国で巨大市場となっていたバッテリーシェアリング
転機が訪れたのは2017年。数多く携わったプロジェクトのうち1社が2014年にマザーズで上場すると、秋山はその原資をもとにして次なる事業展開を狙った。その一つがモバイルバッテリーのシェアリングサービスだった。
2015年に中国でスタートしたこのビジネスは、秋山が着目した2017年時点で、数百万台を超える市場となっており、インフラ化していた。
「参入企業がどんどん増えていく様子は、まるで中国全土で行われる壮大なマーケティング実験を見ているようでした」
■「まずは黒字化」を求める一部の投資家を説得
事業への勝算が見えたのは、自身の経験も大きく後押しした。仕事柄スマホを操作する時間が多く、毎日のようにバッテリー不足に悩んでいた秋山は直感的にビジネスの伸びしろを感じた。不便を商売にするのはビジネスの鉄則だ。香港でモバイルバッテリーを展開する会社を買収した時には、すでに日本展開が視野に入っていた。
「当時、日本にこのビジネスはありませんでした。勝算はありましたよ」
同時に大きなチャレンジも必要だった。シェアリングのメリットは利便性。そのためには点ではなく、広い面を押さえる必要がある。一斉に大きな規模まで展開しないと結果が出ない。
「スピーディーに設置を増やしていくことが大事なのに、一部の投資家は『まずは黒字化』と言う。沢山意見もぶつかりました(笑)」
シェアリングの肝は返せる安心感。つまり一定量を投下しないと、絶対に結果がついてこない。設置のスピードをあげるために何度も資金調達を行ったが、そのたびに投資家を説得してきた。
秋山の言葉通り、インフォリッチが達成した全国への普及のスピードは驚異的だった。キーとなったのは、秋山のバックボーンでもあるヒップホップの縁だった。
■ヒップホップの仲間たちと一気に全国へ
「20代の頃日本中をライブでまわったときに知り合った仲間の多くが、起業してなにかしらの事業を手がけていたんです。そんな彼らと代理店パートナーシップを握って一気に動きました。ストリート出身の彼らはフットワークが軽いんです」
インフォリッチは全国にある200の代理店とつながり、一気に全国に営業攻勢が始まった。
すぐに設置を許諾してくれたのが渋谷109と向かいにあるツタヤ。2カ所で若者がバッテリーを借りて返却する様子はビジネス番組でも特集され、シェアリングの利便性訴求に一役買った。抜群の知名度を誇る109とツタヤはいいフラッグシップになり、地方の設置台数は急速に伸びた。
「営業に行くとどれだけの量が設置されているか聞かれます。いいアカウントにアプローチが成功しても、量がないとどうにもなりません。いいアカウントと量は両輪。どちらもないとシェアリングは成立しないんです」
■とことんローカライズにこだわった理由
中国では一般的なサービスとなったバッテリーのシェアリングだが、海外と日本のサービスでは決定的な違いがある。海外はデポジットが前提だが、日本はそれがない。デポジットなしのほうが借りやすいし、利益につながるという判断である。
「リスクヘッジのためには必要かもしれませんが、デポジットは日本的ではありません。開発費用はかかるし、利益を考えるとやらなくていいことかもしれないけど、日本で広く展開する上で大事だったんです」
1円でも多く稼いだ方がいいという意見もあった。だがローカライズすることにこだわった。バッテリースタンドにセットアップされたサイネージは日本でパッケージ化され、売り物になった。
「その地域のチャンピオンケースがありますが、もちろん日本のいいところを押し付けるだけでなく、世界中のいいものをマージして、通用するなら吸収する。情報は共有した上でその地域で独自の進化を遂げていく。多様性をもたせることが大事なんです」
■ポケモンGOとのコラボが売り上げアップに寄与
そして、秋山の根幹をなすエンタメとのつながりも、ビジネスの可能性を広げてきた。街中を歩き回るスマホゲーム「ポケモンGO」ではゲームの地図上にインフォリッチのチャージスポットが出てくる。ポケモンGOはスマホの位置情報を使うためバッテリーの消費が激しい。このためゲームを遊ぶため外出先で充電器を借りるというニーズが多いという。
「ポケGOがイベントをやる時は、ぼくたちも20%売り上げが上がります。技術だけでないトレンドとの融和が僕たちの強みなんです」
商品の利便性の次に大事なのは付加価値とトレンド。その企業理念にはエンタメ、文化に造詣が深かった秋山の生き方が投影されている。
「中国市場でサバイブしたものを、香港でメトロポリタン仕様にして、日本できめ細やかさを足す。インフォメーションをリッチに商品をブラッシュアップしていく。私たちの会社名にはそんな想いも込められているんです」
■コロナ禍もプラスに変え、ユーザー開拓を目指す
台湾、香港、タイ、日本、中国国内、そして2022年度にはフランス進出を目指すインフォリッチ。コロナ禍で人流が減った分、利益も減ったが、それさえも明るい材料だと捉えている。
「中国では同業者が苦戦しています。それは最適配置のデータ分析がきっちりできていなかったから。私たちも2万台を設置するまでその時間がありませんでしたが、緊急事態宣言期間中でも、コンビニには設置し続けることができた。その3カ月でじっくりとデータを解析できたんです」
現在、国内で展開しているのは3万台超。「2026年度までに10万台」というプランをひき、チャージスポットのアプリ利用者は右肩上がりを続けている。
「どれだけ新しいスマホやアプリが出てもバッテリーが切れたらおしまいです。最近はペイメントもスマホ頼り。バッテリーはその肝となる部分なんです。ターゲットにしているユーザーの大多数にまだまだリーチアウトできていません」
■「音楽という手段だけでなくビジネスで世界をつなげたい」
最初に広い面で設置したことは、後発事業者の参入の抑止力となる一面もある。ある意味、オセロの角を押さえたようなものだ。集められたデータをもとにサービスをカスタマイズして、テーラーメイドしていく。それは設置してくれた場所のさらなる利便性にもつながる。
今後はインフラという文脈でバッテリーを位置づけ、バイク、傘、駐車場などのシェアリングサービスを一つのアプリで完結できることを目指すという。まだまだ高みを目指す秋山の鼻息は荒い。
彼自身を形作ったラップと、ビジネス、どちらが楽しいかという質問に秋山は静かに笑った。
「困難にぶつかった時の突破の仕方は一緒です。結果が出るまでは苦労するもの。でも、コロナという逆風さえもどうオプティマイズするのかは自分次第。昔は音楽で日本と香港をつなげたかった。守るべき家族ができた今は、音楽という手段だけでなくビジネスで世界をつなげたい。自分の中では目指す方向は変わらないですね。この先もどんな新しい価値を提供できるか、探し続けていきたいと思っています」
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INFORICH代表取締役社長兼CEO
1980年香港生まれ。2007年にラッパー「日華」として日本でメジャーデビュー。2012年に香港へ移り、エンターテインメント業界を中心に、日本と香港のクロスボーダービジネスを手掛ける。2015年にINFORICHを設立。現在、チャージスポットをグローバルにサービス展開している。
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(INFORICH代表取締役社長兼CEO 秋山 広宣 文=キンマサタカ)
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