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「子のリコーダー隠しを調査委員会で調べて」そんな親の一方的な申し立ては、むしろ子を苦しめてしまう

プレジデントオンライン / 2022年4月24日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

子供のいじめを早期に解決するにはどうすればいいのか。NPO法人「プロテクトチルドレン」代表の森田志歩さんは「親は学校側にいじめ問題の調査を求めることが多いが、法律の定義と当事者の認識にズレがあるため、すれ違いが起きやすい。すれ違いを放置したままでは、いじめ問題は解決しない」という――。(第3回)

■いじめ報道ではわからない「すれ違い」の実態

前回は、学校や教育委員会がいじめを認めることに対して消極的であることについて、アンケート結果を踏まえて、根本的な原因はどこにあるかを紹介しました。

その中には、いじめ問題の解決に取り組んできた者として「さもありなん」と感じる回答がいくつかありました。

たとえば、「いじめ問題への対応が遅れるケースが多いが、原因はなんだと思うか?」という質問への答えとして最も多かったのが、「保護者との話し合いが難航し、関係がこじれてしまう」(43%)でした。これは、私の実感と非常に近い結果です。

そこで今回は、「なぜ保護者との話し合いが難航し、関係がこじれてしまうのか」という点にフォーカスをして、その原因を探ってみたいと思います。そこから見えてくるのは、いじめの報道からは決して知ることのできない、学校・教育委員会と保護者の「すれ違い」の実態です。

まずは、私が受けた膨大な数の相談の中から、学校・教育委員会と保護者との話し合いが難航してしまった典型的なケースをご紹介してみましょう。

■1年以上もいじめを認めない学校の対応に苦しむAさんのケース

「もしもし森田さんですか。実はうちの子どもがいじめに遭っているのですが、もう1年以上も学校・教育委員会と話し合いを重ねているのに、学校・教育委員会はいまだにいじめの存在を認めようとしないんです」

いじめの相談は私の携帯に直接かかってくることもあるし、Protectチルドレンのホームページに寄せられることもあります。

「お子さんは、どんないじめを受けているんですか」
「Aという子から仲間外れにされて、学校に行くのがつらいと言っています」

いじめの約80%が「悪口」と「仲間外れ」。暴力を伴うような激しいじめは10%もなく、SNSを使ったいじめが増えているのが最近の傾向です。

階段に座り込んで泣いている女子小学生
写真=iStock.com/Hakase_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

「お母さんとしては、その状況をどうしたいんですか」
「とにかく、加害者と保護者に謝罪をしてほしいんです。子どもは傷ついているわけですから」
「でも、学校も教育委員会もいじめを認めていないわけですよね」
「そうですよ。もう、私が直接話をしてもらちが明かないので、森田さんに入ってもらって、直接、学校・教育委員会に話をしてもらえないでしょうか」
「わかりました。では、私が学校と教育委員会に連絡を入れて一度面談をしてみて、その結果をお伝えしますね」

こういう場合、教育委員会に連絡を入れるとたいてい校長先生も呼んでくれるので手間が省けるケースが多いです。

■典型的な学校・教育委員会の対応

約束の時刻に教育委員会に向かうと、会議室にはすでに校長先生も来ていました。

「初めまして、Protectチルドレンの森田です。私はあくまでも中立の第三者の立場でこの問題にわらせていただきます」

こう自己紹介をすると、最近は「ああ、あの森田さん」という反応が多くなりました。先日、参加した文科省の「いじめ防止対策協議会」に教育委員会の方も大勢来ていたので、私の活動を理解してくれている学校・教育委員会が増えてきたためです。

「先日、××中のBさんの保護者から相談がありまして、BさんがAさんという生徒から仲間外れにされているのに、学校・教育委員会がそれを認めようとしないとおっしゃっているんですが」

校長先生が口を開きました。

「保護者の方からそういうお話をいただいて、学校としても当該生徒がそのような行為をしたのかどうか確認をしましたが、当該生徒はやっていないと言うし、クラスの生徒たちの証言を得ることもできないのです」
「つまり、仲間外れにしている事実はないということですか」
「いや、いじめを認めろ、認めろと言われても、教員が現場を目撃したわけでもなく、周囲の生徒たちの証言もなく、動画や音声の記録があるわけでもない。つまり、何の証拠もないのに、当該生徒に向かって『お前、やっただろう』と決めつけることはできないのです。学校には捜査権もありませんから、これ以上調べることもできません」

典型的な学校・教育委員会の対応です。やっぱりマスコミが言う通り、学校や教育委員会はいじめの解決に対して消極的で、しかも隠蔽(いんぺい)体質なんだと感じた読者が多いのではないでしょうか。

しかし、真実は必ずしもそうではないと私は思うのです。

■法律上は行為を確認できないと「いじめ」認定できない

私の考えをお伝えする前に、「いじめ防止対策推進法」がいじめをどのように定義しているかをおさらいしておきたいと思います。

この法律において「いじめ」とは(中略)当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものを言う。(第一章第二条)

注目してほしいのは、「当該行為」という言葉です。いじめ防止対策推進法では当該行為によって児童等が心身の苦痛を感じた場合にそれをいじめと言うと定義しているのであって、「苦痛を感じていれば即いじめ」ではありません。「当該行為」が確認できなければ、いじめがあると認定することは困難です。

このいじめの定義に立ち帰って、先ほどの保護者と学校・教育委員会の言い分を比較してみると、保護者と学校が「こじれる」理由がはっきりと見えてきます。

保護者の方は「うちの子がいじめられているのを認めろ」と訴えているわけですが、学校・教育委員会の方は「当該行為があったかどうか調べてみたが、わからなかった」と言っています。

つまり、保護者は「いじめと認定すること」を問題にし、学校・教育委員会はいじめの前提である「当該行為」を問題にしている。ここが決定的にズレている。そして、このズレこそ保護者と学校・教育委員会が「こじれる」最大の原因なのです。

保護者の多くは「行為を確認できなかった」という学校・教育委員会の言葉を、「学校・教育委員会は、いじめはなかったと言っている」と翻訳して怒りを爆発させてしまうのですが、このズレを認識しない限り、保護者と学校・教育委員会の話し合いは、何年たっても平行線のままということになってしまうのです。

■リコーダーがなくなって不登校になったケース

こうした事態に法律自体が拍車をかけている面もあります。

かつて私は、こんな相談を受けたことがありました。

子どものリコーダーがなくなり、教室のゴミ箱から見つかった。それがショックで子どもが不登校になったので、「不登校重大事態」(※)として調査委員会を設置してほしいと学校に頼んだ。ところが、学校が動いてくれないのでなんとかしてほしい、という相談です。

リコーダー
写真=iStock.com/MiniMoon Photo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MiniMoon Photo

学校に問い合わせをしてみると、調査をしたのだが、リコーダーを捨てたのが誰だかわからなかったといいます。実際に捨ててあったのかも誰も見ていない。子どもたちに聞いても、いじめられていたというような話も出てこない。事実は本人のみぞ知ることで、客観的に「行為」を確認することができなかったのです。

学校はそのことを伝えていたのですが、保護者は「学校はいじめを認めてくれない」と不信感を募らせ、「不登校重大事態として調査委員会を立ち上げるように『申し立て』を行う」と言って全面対決も辞さない構えです。

実は、不登校重大事態については、平成25年の6月の参議院文教科学委員会で以下のような付帯決議がなされています。

重大事態への対処に当たっては、いじめを受けた児童等やその保護者からの申立てがあったときは、適切かつ真摯(しんし)に対応すること。(いじめ対策推進法に対する附帯決議 五)

つまり、行為を確認できなくても、児童か保護者から「申し立て」があれば、学校・教育委員会はいや応なく調査委員会を設置するなどの対応を取らなくてはならない、ということになります。

※いじめ法第28条第1項は「重大事態」について、「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認める」事態(自殺等重大事態)および「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認める」事態(不登校重大事態)と定義している。

■「申し立て」がいじめ被害者の親の間で流行

そして今、いじめ被害者の保護者の間で、「学校・教育委員会がこちらの言うことを聞いてくれなかったら、とにかく申し立てをすればいい。そうすれば学校・教育委員会はなんらかの対応をせざるを得なくなる」ということが広まりつつあります。

要するに、申し立てという“飛び道具”を使えば、学校・教育委員会に言うことを聞かせることができるというわけですが、こうしたやり方は保護者と学校・教育委員の溝を深めるばかりでなく、決していじめ問題の解決につながることもありません。なぜなら、ここで大切にされているのは「親の感情」や「親の正義」だけであって、子どもは置き去りにされているからです。

実はこのリコーダーのケースでは、子どもは調査委員会の立ち上げを望んでいませんでした。「親が毎日のように学校に文句を言っているから、学校に行きにくくなってしまった。僕がやられたことを友達に知られるのがイヤだから、調査委員会なんか立ち上げないでほしい。森田さん、親をなんとかしてください」と言うのです。私は子どもの気持ちを親に伝えて、「申し立てについては子どもの意思を尊重してほしい」と話しました。

■校長の定年退職前は要注意

いじめの事実を把握しながら、「いじめはなかった」と言い張る悪質な学校・教育委員会が実在することも把握しています。

校長がその年度末に定年退職を迎える場合、いじめを認めようとしないケースが多いです。実際に私がかかわった事案でも、なぜか校長が「来年度になったら調査委員会を設置しますから」と何度も言うので、不審に思って調べてみると、校長がその年度末で定年退職することがわかりました。

「あなた、来年度来年度って言うけど、来年度は学校にいないじゃありませんか!」と思わず叫んでしまいましたが、そうまでして経歴にキズをつけたくないなんて、教育者としてあるまじき姿だと言うほかありません。

定義に該当しているにもかかわらず対応しない学校や教育委員会の場合は、私はむしろ「申し立て」という最終手段を使うことを相談者に勧める場合もあります。ただし、こうした本当に悪質なケースは100件のうち1割にも及びません。

問題の解決改善に時間をかけることは決して子どもたちにとって良いことではないので、学校・教育委員会、保護者は法律やガイドラインを正しく理解したうえで解決に向けた話し合いをしていただきたいと思います。

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森田 志歩(もりた・しほ)
特定非営利活動法人Protect Children~えいえん乃えがお~代表
息子がいじめで不登校になり、学校や教育委員会と戦った経験から、同じような悩みを持ついじめ被害者や保護者の相談を受けるようになる。相談が殺到し、2020年に市民団体を、2021年にはNPO法人を立ち上げる。いじめ、体罰、不適切指導、不登校など、さまざまな問題の相談を受けているが、中立の立場で介入し、即問題解決に導く手法が評判を呼んでいる。相談はHPから。

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(特定非営利活動法人Protect Children~えいえん乃えがお~代表 森田 志歩 構成=山田清機)

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