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給料は下がるのに、物価は上がる…これから経済大国・日本を待ち受ける"最悪の未来"

プレジデントオンライン / 2022年4月25日 9時15分

首相官邸に入る岸田文雄首相=2022年4月21日、東京・永田町(写真=時事通信フォト)

■「約20年ぶりの円安水準」の深刻な背景

足元の外国為替市場で、急速な円安が進んでいる。4月20日の東京時間朝方には、1ドル=129円台までドル高・円安が進行した。約20年ぶりの円安水準だ。アジアや欧米、さらにはロシア・ルーブルなどの通貨と比較しても、円の弱さは際立っている。今回の円安の直接の原因は、欧米諸国との金利差の拡大だ。金利の高い通貨は、磁石で引きつけるように資金が集まるため、どうしても通貨が強くなる。一方、円のように金利の低い通貨は敬遠されるため、弱含みになりやすい。

ただ、金利差拡大の背景に、日本経済の凋落が深刻化していることを忘れてはならない。1990年代初頭の“資産バブル”崩壊後、わが国は資産価格の急速な下落や不良債権問題の深刻化などに直面した。経済と社会全体で過度にリスクを恐れる心理が高まった。企業や個人が新しい取り組みを能動的に進めることが難しいと感じる雰囲気がわが国全体に充満したといっても良い。その状況下、政府は労働市場の改革などを進めて潜在成長率を引き上げるよりも、基本的にはゼロ金利政策など金融緩和によって景気を支えようとした。

その結果として、わが国では成長期待の高い新しい産業が育たず、産業構造の転換が遅れた。近年では電気自動車(EV)シフトなどによって経済の大黒柱である自動車産業の競争力低下懸念も高まっている。エネルギー政策の転換も遅れている。当面、米ドルなどに対して円安は進むだろう。それによって輸入物価は上昇する。国内の消費は一段と減少する可能性が高い。企業のコストも増加し、経済成長率の低下懸念が高まる。やや長めの目線で考えるとわが国経済の実力はさらに低下するだろう。

■自動車、半導体、家電、金融…あらゆる分野で負けるように

円安が加速している最大の要因は、わが国経済の実力低下にある。1980年代のわが国は一時“ジャパン・アズ・ナンバーワン”と称されるほど経済の実力が高まった。自動車、半導体、家電、さらには金融など多くの分野で本邦企業の競争力が急速に向上した。その結果、1987年にわが国の一人当たりGDP(国内総生産)は米国を抜いた。

しかし、1990年の年初に株式のバブルが崩壊し、翌91年半ば以降は不動産の価格が下落して“資産バブル”が崩壊した。それを境に、わが国経済の実力は低下傾向に転じた。バブルの崩壊によって資産価格は急速に下落し、不良債権問題が深刻化した。不良債権処理の遅れから1997年には金融システム不安が起き、わが国経済は長期の停滞に陥った。

バブル崩壊と時をほぼ同じくして、わが国を取り巻く世界経済の環境も激変した。グローバル化の加速だ。わが国はグローバル化に取り残された。1990年代の米国ではIT革命が起き、情報通信分野の競争が激化した。企業のビジネスモデルは変化し、ハード(モノの生産)からソフトウエアの設計・開発に集中する企業が増えた。また、中国、韓国、台湾など新興国が経済成長を遂げ、製造技術面でのキャッチアップが進んだ。

■世界で広がる分業化にも対応できず…

2000年代に入ると、アップルは米国では新しい機器の設計・開発に集中し、その上で世界各国から優秀な部品を集めて台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下の中国企業であるフォックスコンにユニット組み立て型の生産を委託する体制を確立した。国際分業の加速は米国のIT先端企業の事業運営の効率性向上に決定的な影響を与えた。

また、中国は安価かつ豊富な労働力を武器にして世界の工場としての地位を確立した。一時は中国がデフレを輸出していると言われる状況も出現した。台湾では、米国のアップルやエヌビディアなどが設計・開発したチップの生産を台湾積体電路製造(TSMC)が受託し、世界最大のファウンドリーの地位を揺るぎないものにしている。その一方で、1980年代半ばに世界トップシェアを誇ったわが国の半導体産業は環境の変化に対応できず、競争力を失った。

■構造改革よりも雇用の保護を優先した結果…

本来であればバブル崩壊後に政府は迅速に不良債権処理を進め、成長期待の高いIT関連などの先端分野にヒト、モノ、カネの生産要素がダイナミックに再配分される経済環境を整備しなければならなかった。しかし、わが国ではそれが難しい。政府は構造改革の推進よりも雇用の保護を優先し、1997年度までは公共事業関係費を積み増した。

しかし、インフラ整備が一巡したわが国において公共事業を積み増したとしても、波及需要の創出効果は限られる。ハコモノの建設や道路の整備といった公共事業の増加は、潜在成長率の持続的な回復にはつながらなかった。その後は現在に至るまで、一時的に政策金利が引き上げられた時期を挟み、ほぼ一貫してわが国はゼロ金利政策をはじめとする金融緩和によって景気の持ち直しを目指している。

金融緩和の本質は、需要の前倒しにあるといえる。金利低下によって消費者や企業経営者の心理は一時的に上向き、モノやサービスの購入や設備投資は増える可能性がある。それによって政府と日銀は、いずれ景気は回復すると考えた。

東京タワーの見える東京の街並み
写真=iStock.com/ASKA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ASKA

■構造改革を怠った“つけ”が顕在化している

別の目線から考えると、労働市場の流動性向上など抜本的な改革は先送りされ、経済の実力向上が難しい状況が続いている。特に、金融システム不安の発生後は国内経済の停滞が深刻化した。企業は生き残りをかけてコストを削減しなければならなくなった。

その一つとして雇用が削減された。雇用喪失の受け皿として企業は非正規雇用を増やした。正規、非正規雇用者の所得格差などは拡大し、内需は落ち込んだ。2004年には人口がピークをつけ、その後は少子化、高齢化、人口減少が3つ同時に進み経済の縮小均衡化が加速している。さらに近年ではコロナ禍の発生によって動線が寸断されて経済成長率が下押しされた。

コロナ禍によって、わが国のデジタル化の遅れが深刻であることも明確になった。その上にウクライナ危機が発生して天然ガス、原油などのエネルギー資源や、木材、小麦や魚介類などの食料品などの価格が上昇している。それによって企業のコストは増加する。その一方で、個人消費は弱く、販売価格へのコスト転嫁は難しい。構造改革を先送りしたつけは大きい。

■“悪い円安”が進むと何が起きるのか

さらなる円安の進行によって、わが国経済への負の影響は増えるだろう。わが国経済の実力凋落を深刻に考える主要投資家は増えている。そのため、外国為替市場では円の先安感が高まり、政府・日銀の口先介入にもかかわらず129円台までドル高・円安が進んだ。日米の金融政策の方向性の違いから内外の金利差が拡大していることも円安圧力を強める補完的な要素だ。当面は不安定な動きを伴いつつ、円安の流れが一段と鮮明化する可能性が高い。

世界経済の供給制約の深刻化を背景とする資源や食糧などのモノやサービス価格の上昇と、円の先安感の高まりが掛け合わされることによって、わが国の輸入物価はさらに上昇するだろう。資源がないわが国にとって、その打撃は過小評価できない。

一つのシナリオとして、企業はエネルギー資源や化成品などの価格上昇に直面する。企業のコストは増加基調をたどり、収益は圧迫される。徐々に価格転嫁を余儀なくされる企業が増え、国内の個人消費は追加的に落ち込む展開が予想される。需要創出のために新商品の開発体制を強化する企業もあるが、そうした動きは一部にとどまる。

■「給料は下がるのに物価は上がる」最悪の展開に

それよりも、過去の発想から脱却できず、稼ぎ頭となる事業の確立が難しい企業は多い。本邦企業の業績は悪化し、経済成長率は低下するだろう。内閣府によると2021年10〜12月期の需給ギャップはマイナス3.1%と推計され、需要不足の状況が続いている。円安による輸入物価の押し上げによって日用品などの価格は上昇し、需給ギャップのマイナス幅は拡大するだろう。その展開が現実となれば企業業績はさらに悪化し、潜在成長率が低下する。

経済の実力が低下すれば、国内の給料は減少するだろう。世界的な供給制約の深刻化によってモノやサービスの価格が上昇し、それと同時に給料が減少する展開は、家計にとってかなり苦しい。円安の進行によって支出を見直して生活の防衛を余儀なくされる家計は増えるだろう。その結果として日本経済の凋落ぶりが鮮明化し、円の先安感も追加的に上昇するという負の連鎖が懸念される。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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