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キーウ電撃訪問はウクライナのためではない…英ジョンソン首相の英雄的行動のウラにある残念な事情

プレジデントオンライン / 2022年4月26日 13時15分

2022年4月9日、ウクライナの市街地を歩くボリス・ジョンソン英首相(左)とウォロディミル・ゼレンスキー大統領 - 写真=dpa/時事通信フォト

■電撃訪問は世界中で賞賛を受けているが…

あまたの奇抜な言動で、常に物議を醸している英国のボリス・ジョンソン首相。先には、ロシアからの侵攻で危機の最中にあるウクライナの首都・キーウを電撃訪問し、メディアの度肝を抜いた。

さすがG7の盟主的存在たる英国首脳が成せる業、と世界中で賞賛を受けているが、そもそもジョンソン首相には「違法行為で処罰された初の現職首相」という汚名がある。

英国で最も信頼されている世論調査機関のひとつYouGovによる「ジョンソン氏は首相として適任か?」と尋ねた支持率は、1月13日に22%まで落ち込むダダ下がりぶりで、「普段ならとっくにクビ」のはずだが、ジョンソン氏はなおも颯爽と首相の座に収まっている。もっとも、キーウ訪問直前に発表された4月7日付調査は29%まで回復している。これで次の調査で一気に支持率を上げたら「訪問の成果は上々」となるのだろう。

それにしても、なぜジョンソン首相は突然キーウを訪問したのか。異常ともいえる英国の現状について考察したい。

■コロナにまつわる法的規制をすべて撤廃

まずは、英国の感染状況から見てみよう。日本でも猛威を振るっているオミクロン株の変異株「BA.2」はもともと英国が由来とされている。しかし、当の英国ではもはや、コロナについて深刻に捉える人は急速に減っている。オミクロン株の感染流行は確かにショックだったものの、ワクチンを打っていればほぼ重症化しないと分かってきたことで、1月にはマスク着用義務が撤廃された。人々はコロナの感染リスクについて気にせず、より自由に暮らすようになっている。

さらに、ジョンソン首相は2月24日をもって、新型コロナ感染者に対する隔離撤廃など、「新型コロナとの共存戦略」を発表。コロナにまつわるすべての法的規制を終了した。これにより英国は、水際対策を完全撤廃するとともに、検査で陽性になろうが、濃厚接触者と認定されようが、隔離は一切行われなくなった。これは、3回目のワクチン接種を徹底的に促したことで、感染者数の減少と重症化率の低下が着実に達成できたことによる。

ジョンソン首相が打ち出した「新型コロナとの共存戦略」は、全世界に先駆けて発表されたものだ。共存でも良いから、一日でも早く元の生活に戻りたい、と考える人々から拍手喝采を浴びた首相は、一般市民から改めて大きな支持を受けたかのように見えた。

■「官邸パーティー疑惑」で支持率が急降下

しかし、先進的なコロナ政策を打ち出しても政権支持率は一向に上向く気配がない。これは、2020年12月のロックダウン中に官邸で大規模なクリスマスパーティーを開いていたことが世間にバレてしまったことがやはり大きい。当時の英国では、コロナ感染防止のために厳しい行動制限がかかっていたにもかかわらず、官邸スタッフが大笑いしたり、ジョークを飛ばしたりしながらパーティーを楽しむ様子が暴露動画によって広く知られることになったのだ。

官邸が開いたパーティーはこのほかにも10件近くに上ると報じられており、中にはエリザベス女王の夫フィリップ王配の葬儀前夜に開かれたものもあった。当然国民の怒りを買い、支持率は一時、就任以来最低の20%を記録。2019年に欧州連合(EU)からの離脱=「ブレグジット」を看板政策に掲げて首相に就任し、同年末に行われた総選挙で大勝、60%台後半という高支持率に支えられ政権運営をスタートさせた当時を思えば、その凋落ぶりはすさまじい。

ブレグジット後、物流コストの増加や関税の発生などで英国の物価は上昇を続け、そこへコロナ禍というさらなる逆風が吹き荒れた。20年春に打ち出した感染対策の失敗で高齢者を中心に多数のコロナ死者を出し、長期にわたるロックダウンによる大規模な不景気もあいまって、国民から大きなブーイングを浴びた。

■世論調査で「首相はウソをついている」が7割近くに

物価高騰をめぐっては、コロナの感染対策に起因する物流の担い手の減少、あるいは作物の収穫に当たる人材不足など、さまざまな原因が複合的に重なり、政策の迷走ぶりはより顕著となった。そこに官邸パーティー疑惑が政権に決定的な打撃を与えたというわけだ。

英国の新聞界は、官邸周辺での数々のパーティー疑惑について、その昔、ニクソン元米大統領が起こした「ウォーターゲート事件」をもじって、「パーティーゲート事件」と報道。ジョンソン政権に対し、徹底的な事実追及を進めた。

当初、官邸自体はこうしたパーティーの存在自体を否定していたが、結局はなし崩し的に認めざるを得なくなった。「すでにシャンパンの空き瓶が官邸近くに捨てられている証拠まで撮られているのに、ボリス(・ジョンソン首相)は往生際が悪い」と近所の主婦がグチっていたことを思い出す。

言い訳に言い訳を重ねた結果、2021年12月にはついに、労働党に支持率を抜かれる異常事態となった。基本的に二大政党制で議会運営されている英国にあって、政権与党が野党の支持率を下回るケースはほとんどない。

当時の報道を読むと、「官邸でコロナ規制に反したクリスマスパーティーがあったと信じる国民」は全体の4分の3に達し、アンケートに応じた人々の7割弱は「首相はウソをついていると考える」と報じられている。

■辞任要求の中、突然のサプライズ訪問

英警察当局は4月12日、ロックダウン中に官邸をはじめとする政府機関でパーティーが複数回開催されていた件をめぐり、ジョンソン首相およびリシ・スナク財務相に罰金を科すと明らかにした。英国で首相が在任中に違法行為で罰を受けるのは史上初めてとなる。

罰金対象となった行為は、大きく報道されたクリスマスパーティーについてではなく、同年6月のもっとも厳しいロックダウン規制が敷かれていた最中に行われた首相の誕生会だった。首相夫人のキャリー氏も同じく罰金を科されている。

3人はこうした事実についていずれも謝罪してはいるものの、首相も財務相も共に「辞任せよ」との声には応じず、あくまで職務をまっとうする考えを述べた。これに対し、野党は強く批判。自治政府が存在するスコットランドとウェールズの首脳はいずれも首相と財務相に対して辞任を要求した。

国会議事堂とビッグベン
写真=iStock.com/BrianAJackson
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrianAJackson

ここまで不祥事で追い詰められると、たとえ首相であっても普段ならとっくに更迭というレベルに達している。ところが、コロナ禍中に日本も訪問したエリザベス・トラス国際貿易相(外相)をはじめ首相に近い閣僚らの間では、「辞めるのではなく、職務をまっとうせよ」という声が不思議と強い。英国が直面するさまざまな問題解決に向けた現状打破に全力をもって邁進しろ、とむしろ強いエールを送っていた。

そんな時だった。ジョンソン首相が突然ウクライナの首都・キーウを訪れ、ゼレンスキー大統領と会談したのだ。

■身をもって「ロシア軍の劣勢」を裏付ける周到ぶり

電撃訪問は、「パーティーゲート事件」で警察当局から罰を受けるわずか3日前の4月9日に行われた。これは事前にどこからもまったく報道されず、駐ロンドンウクライナ大使館が同日夜、キーウ滞在中の首相が映った写真をツイートしたことで発覚した。

これまでキーウには、ポーランド、スロベニア、チェコの3首相が3月15日、そろって訪問したのを皮切りに、4月8日にはフォンデアライエン欧州委員会委員長とEU外交のトップを担うボレル外務・安全保障政策上級代表が共に訪問している。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻開始以来、主要7カ国(G7)の首脳がキーウを訪れるのはジョンソン首相が初めてだった。

英官邸は「ウクライナへの連帯を表明した」と説明しているが、これには布石がある。首相訪問前に、英国防省はキーウ周辺からのロシア軍完全撤退を確認したと公表していた。キーウ陥落を目指したロシアのもくろみが不調に終わったことを、西側社会の軍事強国として英国が先駆けて明確にした点においても、ジョンソン首相自らによるキーウ訪問は意義深いものだ。

英高級紙ガーディアンは「外交的な成果が乏しいジョンソン氏のキーウ訪問」と冷ややかながらも、首相とゼレンスキー大統領2人にとっては象徴的な勝利だったと伝えている。これはなぜか。

■お互いの立場を守るいい機会だった

これまで述べたように、ジョンソン首相はパーティーゲート事件をめぐり、辞任の瀬戸際に立たされてきた。ロシアのウクライナ侵攻がなければ、首相の辞任要求は保守党内からも湧き上がり、沸点を超えていたかもしれない。あるいは侵攻が起きた頃、英国は臨時首相がかろうじて政権運営するという外交的に厳しい立場に立たされていた可能性もある。何とかして国民の支持を取り戻さなければ――そんな思惑がジョンソン首相にあったのではないか。

今回のウクライナ侵攻は英国が直接関与している戦いではないし、まして「クレムリンの上に英国旗を掲げたら終わり」という状況が期待されているわけでもない。だが、ロシアに数々の制裁を科している英国で政権交代が起きては、ゼレンスキー大統領にとってもたまったものではない。ガーディアン紙が指摘するように、キーウの電撃訪問はお互いの立場を守るいい機会だったのだ。

こうした状況についてガーディアンは、ジョンソン首相が「ウクライナ危機に重要人物として登場する可能性はまだある」としながらも、「国外で現地の人々から受ける歓声は、危険なほど魅力的で、はかないものになる」と指摘。その上で「戦争は認識と視点を変える」という示唆に富む一言が添えられている。

■ヒーローになってこれまでの失態を「白紙清算」したい?

実際、英国内では「戦争を止めに行くより、物価上昇を止めてほしい」という声が庶民から上がる一方で、「いやいや、首相がウクライナまで行って戦争を止めれば、いずれ物価上昇も止まる」と英国の軍事的プレゼンスを期待する向きも出てきた。ジョンソン首相は今後、国内世論とはまったく異なるアプローチでいきなり世界的なヒーローとなり、これまでの失態をすべて「白紙清算」するつもりかもしれない。

ロンドン市長時代からジョンソン氏のファンだという男性は「本来なら潔く辞めるべきだが、ウクライナ危機と物価高騰という課題が大きな壁となっている今、新首相の選出で政治的空白を作るくらいなら、ボリスと心中してもいい。現在の危機は、戦後の英国史上、最悪の状況かもしれないのだから」と熱っぽく語った。

だが、ジョンソン首相に対する疑念に白黒を付ける時は刻一刻と近づいている。

英国下院は21日、同首相が議会で”ウソ”をついたか否か調べる動議を承認。院内の特権委員会に調査を委ねることとなった。この動議では、与党・保守党議員の一部も賛成に回ったことから、退陣への圧力がより強くなったという見方もできよう。

第2次大戦末期に英国をナチズムから救ったウィンストン・チャーチル元首相をジョンソン首相はこよなく敬愛している。コロナ禍を「これは戦争だ」と言い続けたジョンソン首相は、本物の戦争に直面する中、どう立ち回るつもりなのか。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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