スタンフォード大学の研究で判明、将来の「働かないおじさん」を見分ける"意外な着眼点"
プレジデントオンライン / 2022年5月5日 12時15分
■30代に「給料泥棒」扱いされる50代…
「50代の社員の扱いには、うちの会社でも手を焼いてますよ。でもね、30そこそこの若造が、まるで給料泥棒みたいに言うもんだから、無性に腹が立っちゃいまして」
こう話すのは700人の従業員を抱える企業の社長、高野さんだ(仮名、62歳)。
会社では50代社員を批判する側の社長さんが、家で若造=息子(某大手企業勤務、32歳)の辛辣(しんらつ)な物言いに憤った。勢いあまって、「若手にはない底力がベテランにはあるんだ!」と擁護(ようご)したものの、ついぞ息子を納得させることができなかったという。
ベテランにしかない底力──。
確かに、ある。
私自身、そう繰り返し訴えてきた。「50代をなめるなよ」と。一方で、若い社員たちがベテランを毛嫌いする気持ちも、痛いほどわかる。なにせ、生まれた時代がちょっとだけ違うだけで、就職できる会社も、稼げるカネも、雲泥の差がある。
■若手の本音「シニア社員は辞めてくれ」
“底力”の詳細は後ほどお話しするとして、まずは息子の圧勝だった、高野さん親子のやりとりからお聞きいただこう。
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「久しぶりに息子と酒を飲みましてね。上司の愚痴をこぼす息子を、笑いながら聞いてたんです。会社員にとって、上司批判は最高に旨い酒の肴(さかな)ですから。ああ、こいつもやっと一人前になったなあ、なんて思ったりしてね。
ところが、シニア社員の文句を言い始めた。“働かないおじさん”っていうだけなら聞き流せたんだけど、『コミュ力が低い』だの、『エクセルもまともに使えない』だの、『役職定年になっても、会社にいるとか意味あるのか』だのと、けちょんけちょんです。
挙げ句、なんて言ったと思います?『シニア社員が異動してくると迷惑だから、辞めてほしい』って」----------
■「ベテランの底力がある」とは言ってみたものの…
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「うちの会社でも役職定年になった途端、やる気を失うシニア問題は頭痛の種です。でもね、目の前でまるで給料泥棒みたいに言ってるの聞いてたら、無性に腹が立っちゃいましてね。
そもそも“役定”は、後進に道を譲るためのものでしょ。年齢で区切るのは、若手にチャンスを与えてるわけです。年上部下をどう使うかも、若手管理職の腕の見せどころです。
なのに、おっさんたちのせいばかりにするので、つい、『若手にはない底力があるんだぞ』って言ってしまったんです」----------
■50代、本当は何ができるんだろう
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「そうしたら、『いい時代に入社しただけでしょ。英語もまともにできない人ばっかで、50代は退職金もがっつりもらえるし、甘やかされすぎ。だいたい会社の中だけで生きてるから、視野が狭い』って反論してきた。
いやあ、参りました。
会社では私も、安心だけを求めるやつはいらない。自分で決める、動く、まわりを動かせって、50代社員に喝(かつ)を入れてるんですが、面と向かって言われると案外しんどいもんですな。自分のこと言われてるみたいでね。
実際のところ、50代社員の強みってあるじゃないですか。底力が。でも、息子を納得させられなかった。そんな自分も情けなくてね。本当、どうなんですか?」----------
■想像以上の若手社員の50代アレルギー
……さて、いかがだろうか。
会社で50代に喝を入れている“社長さん”が、息子との応酬に悪戦苦闘したとは笑うに笑えないお話である。が、“上”=社長が考える以上に、現場の若手社員の“50代アレルギー”はとんでもなく強い。
なにせ、“働かないおじさん”ほど、
・「これからは楽させてもらうよ~」と平気で言い放つ
などの“老害”を撒き散らし、“過去の栄光をちらつかせるおじさん”ほど、
・へたに動けば動くだけ問題を起こすだけ
と、周囲の足手まといになる。
■自分を錯覚した“おじさん”たち
若手だけではなく、同世代のシニア社員たちの中にも、
「“オレ様”社員の配慮に欠けた言動は、百害あって一利なし」
「追い出し部屋を作りたくなる気持ちもわかる」
と嘆く人は少なくない。
日本経済が右肩上がりだった時代に生まれた“会社員”たちは、若いときから自分のサラリーでは行けないような場所で、“接待”という甘美な経験をしたり、滅多に接することができない大物と会えたり、名刺を出すだけで、下請け会社の年上の社長さんや部長さんから、「うちの商品よろしくお願いしますよ」などと頭を下げられた人たちである。
自分が「何者かであるかのような錯覚」に陥ったとしても、いたしかたない。
■本当は孤独で、アウェーに弱いんです…
しかし、普通はある程度年齢を重ね、自分を客観的に見られるようになると、勘違いに気づく。
が、つい、本当につい、過去の属性に身を委ねると、どっぷりと、どこまでもどっぷりと、とことん属性の底なし沼にハマっていくことも。
小さなプライドを守るために自慢話ばかりしてしまったり、本当はがんばりたいのに、何を、どうしたいいのかがわからず、不機嫌な態度をとってしまったり。
会社という組織に長年身を置いていると、他者との競争心だけにとらわれがちなので、自己を見つめるという単純な作業が難しくなる。
また、アウェーに弱い“おじさん会社員”ほど、自分から話しかけるのもめんどうくさいので孤立し、孤独感に苛(さいな)まれ、切ない末路を余儀(よぎ)なくされてしまうのだ。
■シニアだけが持つ「2つの暗黙知」
とはいえ、目に見える仕事だけが仕事ではないし、50代に冷ややかなまなざしを注ぐ若手にはない力が、シニアにはある。それは、体を通じて蓄積した「暗黙知(tacit knowledge)」だ。
人間が習得する知識は、大きく2つに分けることができる。
1つは、視覚または聴覚を通じて習得する知識で、これは「情報知」と呼ばれている。2つ目が自分の感覚を通じ実際に体験して習得する「経験知(身体知)」だ。
■「情報知」では若手には勝てないが、しかし
たとえばラジオ、テレビ、新聞、SNSなどのメディア、あるいは人から聞いた情報として知り得た知識は「情報知」。
情報過多社会に生きる若い世代に、シニア世代は情報知で勝つことができない。彼らの情報網は実に多彩で、常に情報をアップデートし、中には歩く「Yahoo!ニュース」のような若者もいる。
一方、経験知は、音の聞き分け方や顔の見分け方、味の違いなど「言葉にされていない知識」として身につくもので、自転車の乗り方を練習し乗れるようになった時の感覚なども「経験知」だ。
このような「経験知」の中に「暗黙知」がある。暗黙知には、その人の勘やひらめきなどの主観的な知識が含まれ、言葉にするのがきわめて難しい。
■想定外の出来事に強い「アナログ・パワー」
暗黙知は「難しい相手との交渉」や「部下の心をつかむ」など特定の目標を達成するための手続き的な経験に加え、読書や映画鑑賞などで言語能力を高めることで飛躍的に伸びる。
仕事だけじゃダメ、勉強だけでもダメ。よく学び、よく遊び、よく働いた経験が暗黙知を豊かにする。そして、暗黙知が豊かなほど、想定外の出来事にうまく対処できるようになる。
“いい時代”を経験した50代会社員は、仕事も遊びも存分に満喫した世代だ。彼らの暗黙知はきわめて高い、と考えられる。と同時に、彼らは、上司のパワハラにも耐えた「たたき上げ世代」だ。
今ほど細かいマニュアルはなかったし、上司が丁寧に手取り足取り教えてくれることもなかった。このときの非効率でアナログな経験こそが、「おじさんの切り札」になる。
■人生後半生は「人格的成長」が10割
しょせんどんなに詳細なルールやマニュアルを作ったところで、そこに「人」がいる限り、網の目からこぼれ落ちる事態や事件が起こる。
そんなときに、現場の対応次第で、小さな事件がとてつもなく大きな問題になってしまったり、大問題になりそうな事件が意外にもすんなり片づいたりする。
が、これがまたややこしいことに、どんなに豊富な暗黙知をもっていようとも、それを生かすも殺すも本人次第。「人格的成長(personal growth)」のスイッチを本人が押さない限り、暗黙知=底力が発揮されることはない。
人格的成長とは、「自分の可能性を信じられる思考」のこと。
国内外で実施された調査で「人格的成長の度合いは年齢とともに低下しやすい」という一貫した結果が得られている。一方で、いくつになっても人格的成長を維持できると、いつまでも若く、元気で、進化し続けることができる。
人格的成長は、人生後半生を幸せに生き抜くための大切な思考のひとつだ。
■「成長する思考態度」と「固定された思考態度」
スタンフォード大学の教授で、心理学者のCarol Dweck博士は、「成長できる人とできない人の違い」の謎を解くために、20年近く研究を続けてきた。その結果、成長する人には「学びたい」という「成長する思考態度」があり、逆に、成長できない人は「固定された思考態度」を持っていると結論づけた。
「成長する思考態度」の人は、「私の人生は、学んだり、変化したり、成長したりする、連続した過程である」と、“今”を成長への通過点ととらえていた。自分に対する批判、他人の成功、といった、普通だったら向き合いたくないことに出合っても、ありのままを真摯(しんし)に受け止め、吸収し、進化する。
喪失感に苛まれることがあっても、それらのストレスをむしろ自らの成長の糧(かて)にする人たちだった。
■「自分をよく見せたい」人が“終わった人”になる
一方、「固定された思考態度」の根底には、「自分をよく見せたい」という欲求があるため、自分に都合の悪い批判は退け、自分をよく見せたいがために、他人を蹴落とすような言動をとる。
常に「自分は失敗しているか、成功しているか?」「賢く見えるか、バカに見えるか?」「受け入れられているか、排除されているか?」「勝者か、負け犬か?」と、他者との比較世界で物事をとらえ、自分の優位性にこだわり続け、過去に手にしたリソースに固執する。
■とにかく「動け」
では、どうすれば「成長する思考態度」を持つことができるか?
私は、とにかく「動く」ことと、「誰かの役に立つことを無心でやってみる」ことだと考えている。
実際、役職定年になろうとも、不甲斐ないポジションに異動になろうとも、自分の立ち位置を受け入れた人たちは、謙虚に若い社員に教えを請うて、目の前の仕事を「少しでもいい仕事」にすべく努力していた。
周りが忙しそうにしているときには、「何か手伝おうか?」と声にする勇気を持つ人たちだった。彼らは「暗黙知」を半径3メートル世界の人たちのために生かすことで、若者たちの頼れる父親のような存在になっていたのだ。
ついつい競争社会で生きていると自分を大きく見せたくなるものだが、人は強さより弱さに惹かれ、どこか欠けたところのある人ほど魅力的だったりもする。
■スイッチを押すのはあなた自身
繰り返すが、「人格的成長」のスイッチは、ア・ナ・タにしか押すことはできない。
すべての人間に「人格的成長」の機能が常備されているけど、これだけはアナタ次第だ。
動きさえすれば、人格的成長のスイッチは完全にオンになる。たとえ危機に遭遇しても、脅威ではなく「自分に対する挑戦だ」と思えるので、「とにかく動け!」。その大切さに気づくか、気づかないかだ。
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健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。著書に『残念な職場』(PHP新書)、『他人の足を引っぱる男たち』『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』(プレジデント社)などがある。
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(健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士 河合 薫)
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