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虫けら扱いしていたが…中国の富裕層がさすがに同情するようになった「出稼ぎ配達員」の過酷すぎる日常

プレジデントオンライン / 2022年4月26日 12時15分

2022年4月23日、中国上海で、ロックダウン(都市封鎖)下の住民のための食料を運ぶ人。 - 写真=EPA/時事通信フォト

■「私たちの生活は彼らのサポートで成り立っている」

3月末からロックダウンが続いている上海市で、あまりに残酷な格差問題が相次いで報じられ、多くの中国人も愕然とする事態になっている。

4月18日、上海市在住の女性が、SNSにデリバリーの配達員の動画をはりつけ、「私たちの便利で快適な生活は彼らの影のサポートによって成り立っているのだということを、今回思い知りました。ありがとう。配達のお兄さんたち!」というメッセージを添えていた。同じ動画は私のSNSの友人だけでも3人シェアしており、「彼らこそ真の英雄だ! 感謝!」「このメディア、いい報道をしたね!」などと書かれていた。

その動画とは、4月17日の夜11時過ぎに撮影されたもので、上海人民ラジオというメディアで流れた約3分半の映像。上海市の武寧路橋という橋の下にあるやや広い空間に、デリバリー配達員の男性たちが寄り集まり、吹きさらしの野外の床で寝泊まりし、配送の仕事を続けているという内容だ。

■そのほとんどは地方出身の出稼ぎ労働者たち

インタビューに対し、ある配達員は「家をいったん出たら(ロックダウンになったので)もう解除になるまで戻れないといわれた。たとえ陰性証明があっても、ホテルにも泊まることができないので、ここで雑魚寝しながら仕事を続けている」と話す。別の配達員は「今日の稼ぎは60元(約1200円)だった。注文を受けて、開いている店を探し回って、リンゴや調味料などを買って、お客さんに届けるまでに1時間くらいかかった」と話す。

動画を見る限り、彼らの寝床は、冷たい地面に直に薄い布団を1枚敷いただけで、ほぼ「野宿」といえるような状態。橋の下とはいえ、強い雨でも降れば濡れてしまいそうで、4月とはいえ寒さが身に染みるようなところだ。

配送の仕事をしているのは、上海の地元民ではなく、ほとんどが農民工と呼ばれる、地方出身の出稼ぎ労働者たちだ。ここ数年、デリバリーの需要が爆発的に増え、彼らの月収も5000~9000元(10万~18万円)くらいにまで増えたが、収入は不安定で、体力を使う厳しい仕事。ロックダウンになった当初、彼らの仕事も一時減少したが、毎日PCR検査を実施し、このような野外に宿泊スペースを作って配送に出かけており、何とか食いつないでいる人が多い。

■「欲しいものが届かない」とブチ切れていたけど…

この動画に限らないが、上海がロックダウンになって以降、高齢者の悲惨な食料事情、自殺した人の家族の赤裸々な告白など、中国国内では社会の弱者に関する報道が増えた。中でも、前述したように、厳しい条件で働く出稼ぎ労働者たちの存在が、中間層以上の上海人の心を強く揺さぶり、SNSでシェアする人が増えている。

前述の動画をシェアした女性はいう。

「これまではとにかく自分の仕事が忙しかったし、デリバリー配達員たちのことを気にかけたことなど一度もなかったんです。ただ料理や食材を運んでくる人というだけで、彼らの生活や人生になんて、何の興味もなかった。自分はただもっと上昇したい、金持ちになりたいと望んでいた。でも、家に閉じこめられて、食料確保さえままならない今、配達員さんの縁の下の努力で私たちの毎日が成り立っているのだと知り、何だか申し訳なくて、感謝の気持ちがこみ上げてきました。そして、彼らの境遇に泣けてきました」

さらにこう続ける。

「ロックダウンの後、しばらくの間は『あっちのマンションのほうが、うちより配給が早いじゃないの? 不公平だよ』とか『朝6時からネットで注文しているのに売り切れ。一体どうなっているんだ?』とか、いちいちブチ切れていたのですが、私は家のパソコンで仕事をしていて、給料はちゃんと振り込まれている。SNSの悲惨な投稿をたくさん見て、私はこの広大な上海でかなり恵まれているほうなんだと、初めて気づかされたのです」

■出身地、学歴の格差が日本以上に大きい

確かに、日本のメディアで報道される上海の人々の様子も、ほとんどが中間層か、それ以上の人々を対象としたものだ。政府の食料配給が滞っていて、あちこちのマンションで苦情や殴り合いなどトラブルが起きていること、団体購入(ネットでの共同購入制度)で食材がやっと買えたことなどが話題の中心だ。それ以外、下層の人々の生活ぶりについて報道されることはあまりないし、あってもネガティブな視点から捉えたものだけだ。

だが、物質的に非常に豊かな上海人の生活を支えているのは、まぎれもなく、彼らのような出稼ぎ労働者たちだ。日本では、どのような職業であっても、地元の人と地方出身者の両方が混ざっていて、そこには学歴や出身家庭の経済力の差などはあるものの、他に大きな差はない。

だが、中国社会は日本とは大きく異なる。とくに上海や北京、広州などの大都市では、地元の人は単純労働などの仕事に就くことは少なく、外来の人が末端の仕事を担うという社会構造になっており、それが定着している。

■進学や就職、マンション購入でも待遇が全然違う

背景にあるのは、中国独特の戸籍制度だ。上海で生まれ育った人々は都市戸籍(上海の個人戸籍と呼ばれるもの)を持つことができ、進学や就職、マンション購入などでも常に優遇されているが、地方出身者は基本的にそれを持つことができない。

地方出身でも、上海でホワイトカラーの職に就いている人は、上海人とは異なる都市戸籍(団体戸籍と呼ばれるもの)に入ることができ、社会保障もあるが、出稼ぎ労働者の場合、それもないため、病院にかかることすら難しい。彼らはただ、上海人がやらない仕事をして、お金を稼ぐためだけに、上海に住んでいるのだ。

上海の人口約2500万人のうち、外地から来た人々の人口は約1030万人。さらにそのうちの半数以上が出稼ぎ労働者だといわれている。デリバリーの配達員は約2万~3万人いると推定されており、その他、家政婦や店員、清掃員、工場労働者、建設現場の作業員などがいる。彼らは近隣の省をはじめ、遠くは四川省、東北地方などから来ている場合もいる。

2021年2月、コロナウイルスを防ぐためにフェイスマスクを着用し、混雑した南京路を歩く人々
写真=iStock.com/Robert Way
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Way

■仕事がないのに、農村に帰ることも許されない

彼らの給料は配達員とほぼ同じくらいか、やや低いこともあり、店員や工場労働者の場合、勤務先が手配した社宅のような場所で共同生活を送っている。家賃は安く、職によっては無料で1日2食提供してもらえるなど、少ない給料でも生活をする上で問題はないが、困るのは自分が病気になって働けなくなったときや、今回のロックダウンのような非常時には何の保証も受けられず、すぐクビになる可能性もあることだ。

ロックダウンで飲食店や工場の稼働が止まっている今、一部の企業では給料も支払われないのに交通がストップし、上海を出て農村に帰ることも許されないため、狭い社宅に閉じ込められているという、がんじがらめの悲惨な状態に置かれている。

中国ではトップ20の大学を卒業した新卒者の初任給が2021年に初めて1万元(約20万円)を超え、20代の会社員で月収3万元(約60万円)以上という「中間層」も大勢いるし、有名企業ともなれば、さらに多い。中国国家統計局の2020年の統計では、都市部と農村部の収入格差は約20倍といわれているが、実際にはもっと大きいだろう。

■収入だけでなく「情報格差」も深刻

それに問題は収入面の格差だけではない。彼らの多くは中学校卒業などの学歴で、若者ならばスマホをある程度使いこなすことはできるものの、上海に住んでいても上海人に「友人」と呼べる人はほぼいない。田舎の友人や家族とSNSでつながってはいるが、上海の人々と同レベルの情報を入手したり、きちんとした情報を検索したりすることも難しい。

収入格差だけでなく、情報格差が非常に大きいので、その結果、雇い主からの厚意でもない限り、ネットを駆使して食料確保をするという点でも、地元の人々とは大きな差がついてしまうという問題が起きている。

ロックダウンに入って以降、印象的な出来事があった。私の上海の知り合いが誕生日を迎え、豪華なバースデーケーキを家族で囲んでいる写真をSNSに投稿していたのだ。その人もとくに富裕層というわけではなく、中間層よりやや上の層に入るくらいだと思うが、高い配送料(一説には1000元以上=2万円以上ともいわれる)を支払って、有名パティシエが作ったケーキやワインなどを入手していた。だが、その一方で、政府の配給以外に、食材を購入できず、飢えと戦ったり、感染リスクがありながら、肉や野菜を配送したり、ゴミ収集をする労働者もいる。

そんな人々と中間層以上の人々は、これまでは店員と顧客、正社員と工場労働者といった関係で、ほんの二言三言の会話がある程度で、ほとんど「別世界の人間」だった。

■「虫けら」を見るような目で眺めていたが…

上海にはいわゆる貧民街のようなエリアはなく、富裕層が住むエリアと下層の人々が住むエリアについて明確な区分けはない。どちらかといえば富裕層はこの区に多く住んでいるといった、大まかな区分けがある程度だ。そのような富裕層、中間層、下層の人々が入り混じる生活環境で、中間層以上の人々は、労働者がどのような住居に住み、どのような暮らしをしているのか、これまでは前述のように興味も関心もなかったし、中には出稼ぎ労働者に対して「虫けら」を見るような目で見ていた人もいた。

だが、ロックダウンという未曽有の経験により、自分たちが置かれている状況を客観視したり、自分たちの国の格差に疑問を持ったりして、SNSで動画をシェアしたり、同情したりする人が増えた。また、それだけでなく、彼らに手を差し伸べる人も増えてきた。

■「ロックダウンで唯一よかったことは…」

冒頭で紹介したデリバリー配達員が同じインタビューの中で、こんなことを語っていた。

「今日、いいことがあったんだ。配達に行ったら、お客さんが『何か困っていることはないか』と聞いてくれたので、『橋の下に寝泊まりしているので充電ができない。モバイルの充電器を貸してもらえないか』といったら貸してくれた。すごくうれしかった」

また、4月18日の動画を見たという女性から、橋の下に150個の“思いやり弁当”が届けられた。温かい食べ物が恋しいだろうということで差し入れられたようだが、これに対し、配達員からは段ボールの切れ端にお礼の言葉と、一人ひとりのサインが入れられ、差し入れした女性に届けられた。紙がなかったから、手元にあった段ボールをちぎって書いたという。

SNS上には「デリバリーのお兄さん、お疲れさま。ありがとう」と呼びかけて、配達員のためにパンと牛乳を差し入れする動画などもたくさん投稿されている。上海のSNS上には「ロックダウンで唯一よかったことが、上海人が社会の弱者に対して目を向けられるようになったこと、誰かに思いやりの気持ちを持つことができるようになったことだ」という書き込みもある。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』(日経プレミアシリーズ)などがある。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)

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