1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「偏差値70→40の順番で連絡する」採用通知をする電話オペレーターが感じた"学歴社会のリアル"

プレジデントオンライン / 2022年5月11日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AndreyPopov

コールセンターの業務には「学生に内定を伝える」という仕事もある。元オペレーターの吉川徹さんは「私の勤務先では『大学の偏差値が高い順にかける』というきまりがあった。中には、相手の学歴によって態度を変える同僚もいた」という。実録ルポ『コールセンターもしもし日記』(三五館シンシャ)より紹介しよう――。(第3回)

■採用通知の電話オペレーター、軽い気持ちで応募すると…

ネットの求人サイトで10日間の仕事を見つける。時給1300円で9時半から17時まで。1日働いて8450円。10日間で8万4500円もらえる。

時給は決めている額より下がるが、場所が近いので交通費がたいしてかからない。長期の仕事が見つからない今やるにはちょうどいい。応募するとすぐに採用された。

勤務先は駅から10分ほど歩いた住宅地にあった。アウトソーシングでコールセンター業務を請け負っているところで、仕事は外資系証券会社の就職試験を受けた大学生に、内定の連絡をすることだった。採用されたのは私と女性の2人だけのようだ。

腰かけて待っていると、ミーティングを終えたらしいおばさんたち数人が現れ、近くの席に座る。彼女たちも同じく内定の連絡をするらしい。愛想のなさに嫌な予感がした。

「上から順番に電話していってください」

研修はないらしい。コールセンターの社員でもあるSVの男性が渡してくれたリストには、面接日らしい日付、名前、電話番号、学校名が横一列に記されている。学校名のところにはずらっと慶応大学と記載されている。どうやら大学でカテゴライズされているようだ。

「これがスクリプトです」もう一枚には話す内容が書かれている。マイペースでできそうだと感じた。

ヘッドセットをしてリストの番号に電話する。呼び出し音が聞こえ、そのまま留守番電話になる。スクリプトには「留守番電話の場合はメッセージを残して切る」とある。

「慶応大学の福沢さまでいらっしゃいますでしょうか。メリルガン証券と申します。あらためさせていただきます」

スクリプトどおりにメッセージを残し、リストにチェックを入れる。メッセージを聞いて折り返しかかってきた電話は、同じフロアの別の部署につながるようになっている。こちらはひたすら発信だけを行なう。

■一生を左右するかもしれないのに…笑い混じりの軽い返事

午前中は留守番電話になるばかりだったが、午後になると本人が出るようになった。

「メリルガン証券採用担当・吉川と申します。先日は面接にお越しいただきまして、ありがとうございました。採用させていただきます。今後のスケジュールにつきましては別途お話しさせていただきますので、ご都合のよろしいときに、これから申しあげる番号にご連絡いただけますでしょうか。番号は、03–55××–××××、です。それではご連絡、お待ちしております」

折り返しの電話番号はメモしやすいようゆっくり言った。それがおかしかったのだろうか、学生が笑った。

次につながった学生は社名を言うと、

「ああ、はい、はい」

と軽く答え、

「これから申しあげる番号にご連絡いただけますでしょうか。番号は03–55××–××××です」

電話番号のところを丁寧にゆっくり言うと、

「わかりましたぁ」

笑い混じりに明るく返された(※1)

※1:明るく返すのはいいことだと思うが、就職の内定連絡を受けたときには真摯(しんし)さも必要ではないか。私が新潟の会社に内定を断ったときは担当者に会って話した。担当者は冷えたブドウを出し、「東京で働いても新潟県人の心を失わないようにしてください」と言ってくれた。その人の名前は今でも覚えている。こんな私は古い人間なのだろうか。

それからは留守番電話になったり本人につながったりしたが、その中のひとりが、

「は〜い、わかりましたぁ〜」

と、また笑い混じりの軽いノリで答える。

一生を左右するかもしれない内定の連絡に、なぜこんなにもリラックスしているのだろう。内定の連絡を受けるときは緊張し、自然と言葉づかいも丁寧になるのではないのか。それとも私の話し方に問題があるのか。わからないまま初日は終わった。

■「慶応大学の学生さんですよ」学歴コンプおばさん登場

翌日も午前中は留守番電話になったが、午後からは本人につながりだした。スクリプトどおりに話し、折り返しの番号を言うと、また笑う者がいる。何がおかしいのだろう。メモしやすいように速度をゆるめて話すことが変なのだろうか。それとも慶応大学の学生にとってメリルガン証券は、一笑に付す会社なのか。

そんなことを考えながら発信を続けていると、隣の席のおばさんが口を出してきた。

「そんなゆっくりした話し方じゃ失礼でしょう。相手は慶応大学の学生さんなんですよ」

メモしやすいようにゆっくり話すことが失礼になるのだろうか。慶応大学の学生には早口で話すほうが丁寧なのだろうか。言い返してやりたかったが、相手にせず電話を続けた。するとまた口を挟んでくる。

「失礼だって言ってるでしょう。相手は慶応大学の学生さんですよ」

この人はきっと学歴に対するコンプレックスを持っている。伝統があって偏差値が高い慶応大学の学生はすばらしいとでも思っているのではないだろうか。

■伝え方次第で受け手の印象はがらりと変わる

だが、そんなことより、二度も言われて黙っているわけにはいかない。私も伝統ある大学のひとつを卒業している。こんな人には効果があるかもしれない。慶応には負けるが、このおばさんを黙らせるぐらいはできるだろう。

「慶応の学生に失礼とはどういうことですか? 私はこれでも明治を卒業してるんですけどねえ。明治のOB(※2)が慶応の学生にゆっくり話すと失礼になるんですか?」

※2:大学の卒業式後、飲み会があった。その日に卒業式をした大学はほかにもいくつかあり、新宿コマ劇場前の広場ではいくつもの若者グループが騒いでいた。われわれが校歌を歌うと、「明治卒業していきがってんじゃねえぞ!」という罵声とともに石が飛んできた。石を投げた人間がどこの大学の出身かはわからないが、彼もその後、大学などで人生が決まるわけではないことに気づけただろう。

少々強引な理屈だが、そう言ってやろうとおばさんに体を向けたそのとき、いつからそこにいたのかSVがタイミングよく入ってきた。

「自分の仕事をしていただいていいですよ。私が見てますから」

おばさんに向かって諭すように言う。

「だって慶応大学の学生さんにあんな話し方じゃあ……」
「私が見てますから、いいですよ」

おばさんは不満そうな顔をしながらも仕事に戻った。

私も発信を続けた。すると後ろで私の話し方を聞いていたSVが、笑みを見せながら柔らかに言ってきた。

「丁寧でこちらとしても嬉しいですが、もうちょっと速くてもいいかもしれませんよ。リズムも大事ですから」

言っていることはおばさんと同じなのに、言われたほうの受け取り方はまるで違う。アドバイスをもらったという気持ちになり、従ってみようと思える(※3)。コミュニケーション能力とはこういうことをいうのだろう。

※3:無理やり従わせるのではなく、従ってみようと思わせる。これができれば、うつ病をやむ社員は減り、パワハラで訴えられる上司も少なくなるのではないか。サラリーマン時代を振り返って、そう実感する。

■偏差値が下がれば下がるほど高まる「真剣度」

電話は偏差値の高いところから順にかけていくらしく、慶応大学が終わると中央大学や法政大学になり、それが終わると日本大学や駒沢大学になった。

それにともない笑われることもなくなった。それが話し方を速めたせいなのか、偏差値の違いからくるものなのかはわからなかったが、これが採用連絡における受け答えの本来の姿だろう。学生の中には採用を保留する者もいる。

「たいへん光栄なのですが、お返事は少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「さきほどお伝えした番号におかけいただき、そのようにおっしゃっていただければ大丈夫です」
「じつは連絡を待っている会社がほかにもありまして。そちらの結果が出てから、きちんとお返事したいと思います」
「わかりました。お電話お待ちしております」

言葉によどみがない。練習していたかのようだ。今はインターネットでなんでも調べられる。第一志望でない会社から内定(※4)の連絡を受けたときの返事の仕方などもネットにあるのだろう。

※4:私にも経験がある。食品メーカーで、その会社はオーストラリアへの赴任を考えていると言ってくれていたが、内定を辞退した。今、スーパーでその会社の名を見かけると、ここに就職していたらどうなっていたかなと考えることがある。

電話を受けるビジネスマン
写真=iStock.com/jyapa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jyapa

■「正直すぎる」少し心配な受け答えも…

「先日は面接にお越しいただき、ありがとうございました。採用させていただきます」
「ありがとうございます。たいへん嬉しいのですが、大事なことですので、親と相談してからお返事させていただきます」

親と相談するのは当然だが、それを前面に出して大丈夫なのだろうか。親から自立していないと思われることはないのだろうか。それともこれも決まり文句で、こう言われたら会社のほうでも見当がつくのだろうか。

「先日は面接にお越しいただき、ありがとうございました。採用させていただきます」
「そうですか。どうしようかな。外資ですよね。英語話せないと仕事にならないですよね。でもTOEICで500点以上あれば大丈夫なんですかね? それだったらなんとかなりそうなんですけどね」

もちろん、こんな質問に答える立場にない。相手は証券会社の採用担当者だと思っているが、私は一介の電話オペレーターだ。

「さきほどお伝えした番号におかけいただいて、そこで相談していただけますか?」
「それでいいですか。了解です」

内定を受けたときの言葉とは思えない軽さだが、型にはまらないこういう人間のほうが大きな仕事をするのかもしれない。

■リストもついに終盤へ…偏差値40台の学生たち

連絡も終わりに近づくと、大学の偏差値は50を切り、40台になった。

そのレベルの大学の学生は電話を待ち構えているのか、午前中でも留守番電話(※5)になることは少なかった。

※5:電子メールが普及する前は、電話で用件を伝えることがふつうだった。番号を直接ダイヤルするので間違い電話もよくあった。私の留守番電話にも「高橋さん、先に行ってますよ。場所わかるよね?」といったものや、「食堂の丸藤ですけども、パン粉袋とマヨネーズといつもの油、お願いします」というメッセージが入っていたことがある。

「凸凹大学の殿岡さまでいらっしゃいますでしょうか?」
「はい……」

この時点では内定の連絡とわからず、何かの勧誘の電話ではないかと疑っている。

「メリルガン証券採用担当・吉川と申します。先日は面接にお越しいただき、ありがとうございました」
「あっ、はい、いえ、こちらこそありがとうございました」

慌て方に緊張の度合いがわかる。

「採用させていただきます。今後のスケジュールにつきましては別途お話しさせていただきますので、ご都合のよろしいときに、これから申しあげる番号にご連絡いただけますでしょうか?」
「ちょっ、ちょっと待ってください。今、筆記用具を出します。すみません。ちょっとお待ちください。すみません。はい、大丈夫です」
「番号は03–55××–××××です。それではご連絡をお待ちしております」
「どうもありがとうございました!」

携帯電話を耳に当てたまま頭を下げている姿が見えるようだ。

■「こちらの方が嬉しくなる」ホームで大喜びの内定者

電話したときに電車に乗っていた学生もいた。

「卍卍大学の兵動さまでいらっしゃいますでしょうか?」
「あとで折り返します。今、電車の中なので」
「メリルガン証券採用担当・吉川と申します。折り返しの番号は……」
「あっ、しょ、少々お待ちください。もうすぐ駅に着きますので」

沈黙が10秒ほど続き、ドアの開く音がしたかと思うと、ざわついた音や乗り換えのアナウンスに混じって、

「今、降りました!」
「よろしいでしょうか?」
「少々お待ちください! ホームのはじに行きます!」

ざわつきが次第に遠ざかる。

「はい! 大丈夫です!」
「先日は面接にお越しいただき、ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました!」
「採用させていただきます」
「ありがとうございます!」
「今後のスケジュールにつきましては別途お話しさせていただきますので」
「ありがとうございます!」
「ご都合のよろしいときに、これから申しあげ……」
「しょ、少々お待ちください!」

電車の通過する音が聞こえる。

「すみません! も、もう一度お願いします!」
「ご都合のよろしいときに、これから申しあげる番号にご連絡いただけますでしょうか」
「かしこまりました!」
「番号は03–55××–××××です。ご連絡をお待ちしております」
「ありがとうございます! ありがとうございます‼」

こちらが嬉しくなるほど喜んでいる。

■一流大を卒業したら本当に幸せなのか

この外資系証券会社は、慶応大学クラスの学生にとっては内定して当たり前の会社なのだろう。面接の雰囲気に慣れるためだけに受けている学生もいるのかもしれない。

私が就職活動をしていた30年前はバブルの時期(※6)で、内定をひとりでいくつも取るのがふつうだった。

※6:1980年代半ばから1990年代初めまでの好景気の時期。「ジュリアナ」などのディスコが賑わい、六本木には階建てのフロアのほとんどがディスコというビルもあった。金のなかった私は当時、入場料が半額になる22時や23時を待って入店し、無料の料理とウイスキーで空腹を満たしていた。

就職情報誌には「どこでもいいからまず1社内定を取る。それによって心に余裕が生まれ、本命の会社で緊張せずに力を発揮できる」といったようなことが書かれていた。大学の前で毎日のように会社説明会の案内を配り、学生から「これだけ配るってことは、よっぽど人が集まらないんだな」「練習のつもりで受けてみるかな」などと言われていた会社もあった。

しかし、偏差値で胸を張れない学生にとってメリルガン証券は、勝ち目がないと思っていた難関大学出身者と同じ土俵で競えるチャンス(※7)なのだ。

※7:以前、派遣会社から電話セールスの仕事を紹介された。私ともうひとりに獲得件数を競わせ、勝ったほうを契約社員として採用し、負けたほうには辞めてもらうと言われた。即座に「私にはできません」と断った。なんで見ず知らずの人と仕事を取り合わなければならないのか。勝っても負けても嫌な気持ちになるに違いない。どうやら私は競うことをチャンスと捉えられない性格らしい。

吉川徹『コールセンターもしもし日記』(三五館シンシャ)
吉川徹『コールセンターもしもし日記』(三五館シンシャ)

大手企業には学生を大学のランクで足切りして、試験さえ受けさせないところも多い。学歴社会という言葉もいまだ健在だ。

だが、一流大学を出て一流企業に入った人間が幸せかといえば、必ずしもそうではない。一流企業は給料も待遇も恵まれ世間的なイメージもいいが、仕事は厳しい。帰宅が連日夜中ということも少なくないだろう。それを考えると、給料も待遇もそれほどでなく、世間的に知られていない会社でも、自分のペースで働ければ、そっちのほうが幸せと考えることもできる。

今回の内定連絡で、鼻で笑った学生と大喜びした学生のどちらが充実した人生を歩んでいくのか、見てみたい気にさせられた。

太陽の光の中で街を見る女性の背面図
写真=iStock.com/AerialPerspective Works
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AerialPerspective Works

----------

吉川 徹(よしかわ・とおる)
元コールセンター従業員
1967年新潟県生まれ。大学卒業後、JAの全国連合会に就職するも、過度なストレスで体調を崩し、退職。その後、派遣社員として、ドコモの携帯電話料金コールセンター、プラズマテレビのリコール受付、iDeCo(個人型確定拠出年金)の案内コールセンターなどに勤務。

----------

(元コールセンター従業員 吉川 徹)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください