「ロシアは34歳以下が人口の43%を占める若い国」当局が抱える"若者がウソを暴く"というリスク
プレジデントオンライン / 2022年5月11日 12時15分
※本稿は、河東哲夫『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。
■農奴の貴族に対する憎悪が、心の底に残っている
開戦後、プーチンの支持率は少し上がった。調査元によって違いはあるが、だいたい80%弱といったところ。2014年のクリミア併合の時は一時90%に迫ったが、西側による制裁と原油価格の下落で収入が下がると、支持率も60%程に下がった。
今回はクリミア併合のような成果はない。ロシア国内では、ウクライナで民間人を殺戮していること、ウクライナではプーチンの言う「ナチ」はほんの少数で、社会が団結してロシアを敵と思っていることは隠されている〔プーチンは今回の戦争をあくまで「特殊軍事作戦」と呼び、その目的をウクライナの「非軍事化」と「非ナチ化」だと説明している〕。
後で言うようにウクライナにネオ・ナチは本当にいるにはいるが、ウクライナ軍全部ではぜんぜんない。そういうことがわかってきた時に、隣の家の息子が戦死して遺骨となって帰ってくる……。そうなれば、ロシア人の怒りは怖い。言ったように、もともと農奴の貴族に対する憎悪が、心の底に残っているからだ。
■「本当のこと」を知ろうとしているインテリは多い
宇露戦争の真実を、知る人はもう知っている。別に大学を出ていなくとも、本能でかぎつける天然インテリは多い。そして、教育水準の高い者はリベラルであることが多く、インターネットで本当のことを知ろうとしている。ここでのリベラルは日本でのリベラルとは少し意味が違い、自分の自由、他人の自由を大切にするという意味だ。
だから開戦早々、「みんな怖がってる。息子たちをまた戦場に送り出すことになるんじゃないかと」と、僕に言ってくるロシア人がいた。ショイグ国防大臣の娘婿やペスコフ大統領報道官の娘はSNSに、「戦争反対」のハッシュタグを表示させたと報道されている。1991年8月保守派のクーデターに抵抗して、街の広場でアジ演説をやった男は、僕がSNSにアップした、「国連からロシアを除け」という日本語論文を自動翻訳でもして読み、「いいじゃないか」というコメントを書き込んだ。よく知っているある古手(ついこの前まで若手だったのだが)の有識者は、「プーチンが、まさかここまでやるとは。自分はロシアの前向きの発展のためにやってきた。それが彼らは自分たちだけのために……。自分は今、落ち込んでいる」とインタビューで語っている。そうした人たちは、一生かけてやってきたことを、いとも簡単に否定されてしまったのだ。
■「私たちはプーチンの辞職を求めます」
極めつけはレオニード・イワショフ退役大将である。彼は現役時代、総参謀本部で旧ソ連諸国との連絡などを務め、ものすごく切れる戦略家だった。しかし、その極右的な言動が災いしてか2001年には国防省から体よく追い出され、共産党(ソ連崩壊後は反プーチンの野党)とともに、プーチンの辞任を求める将校の団体を立ち上げている。団体はその後、「全ロシア将校集会」と名乗り、イワショフはその議長を務める。2月初め、まだ戦争は始まらず、ロシア軍が国境に集結していた時点で、次の趣旨の公開書簡がイワショフ名で「集会」のサイトに掲載された。
「この戦争は、プーチンとそれを囲む公安・石油関係者の狭いサークルが、自分たちの地位と権益を守るためだけにしかけるものです。ロシアは世界での居場所を失い、悪くすると国家が消滅してしまうことになるでしょう。私たちはプーチンの辞職を求めます」
■「プロパガンダ信じないで」テレビ番組で掲げた女性
これを別のサイトで目にした僕は最初驚いた。イワショフはすぐ、「これは自分の書いたものではない。言っていることも文体も違う」と言って関与をいちおう否定した。イワショフがその後、当局に摘発されたという話は聞かない。この書簡を「集会」のサイトに見つけることはできなかったが、いろいろなサイトではまだ平然と引用されていた。
3月14日には当局きってのプロパガンダ・マシン、第一チャンネル・テレビ、夜のプライム・タイムのニュースで、騒ぎがあった。ウクライナでの「特殊軍事作戦」を報道するアナウンサーの背後に、プラカードを掲げる若い女性がいきなり立ったのだ。
![ロシア国営テレビのスタッフが生放送中、「戦争反対」のメッセージを掲げた=2022年03月15日](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/0/1200wm/img_20997ad9add26a33d2c10fe924634b40513738.jpg)
「戦争やめて! プロパガンダ信じないで。みんな、ウソ言われてんのよ」
女性は番組スタッフの一人でウクライナ生まれ、父親がウクライナ人だという。彼女はすぐ当局に拘束されたが、スタジオの仲間の支持がなければこんなことはできなかっただろう。第一チャンネルの報道局では、1991年8月クーデターの時、僕の友人だった故ラトネル次長もクーデター一味を暗にあざ笑うニュースを流して、流れを変えたことがある。
■ニュースを見るのは老年層、若い世代はSNSをチェックする
第一チャンネルのニュースを見ているのは主に老年層。若い世代はSNSで情報をチェックする。そして老年層(と言っても、1991年のソ連崩壊前後はまだ若く、「民主化」を叫んでいたはずなのだが)は保守的で、このニュースを見ていても若者の「いたずら」に怒っただけだろう。その後CNNのサンクト・ペテルブルク街頭からのルポを見ていたら、きちんとした身なりの老女が言っていた。「プーチンを支持しているかですって? もちろん。100%、いえ200%」。
![河東哲夫『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/0/1200wm/img_705675a9d575345f6d6dca1f6793d75b251562.jpg)
本気ではないかもしれないが、こういう保守層もまた、ロシアには多い。ソ連が崩壊した前後にも、こういう体制派の老女はいたものだ。幹部として特権層用の特別マンションに住んでいる連中。特権を自分の権利だと勘違いして、死守しようとする者たちだ。許せない。
戦争が起きて以来、ロシアのいろいろな都市では週末、反戦デモが行われている。3月6日だけでも全国で4300名余が拘束されている。僕は革命前夜を想定した。でも、現地にいた人の話では、小規模で、何をやっているのかわからないデモだったということだ。3月末にはデモは下火になった。
■当局のウソがばれ、生活が苦しくなると、ロシアの大衆は怖い
しかし、ロシアは平均寿命が短くて、老年世代が少ない。34歳以下の若年人口が全体の43%を占める「若い国」だ。若い世代が老年世代のウソをあばいて、戦争の犠牲になることを拒否する。こうなったら、当局も手を焼くことだろう。当局のウソがばれ、しかも生活が苦しくなってくると、ロシアの大衆は怖い。
こういう時西側が気をつけないといけないのは、西側、特にアメリカが前面にしゃしゃり出てくると、ロシア国民は一丸となってプーチンと、その戦争を支持するだろうということだ。ロシア人はアメリカが好きだが、アメリカ人たちに「何々をこうしろ」と言われるとむきになって反発する。制裁で物価が上がっているのも、アメリカのせいだと思っているだろう。加えてアメリカ兵がウクライナに現れたら怒りに火がつく。だから、バイデン大統領が「ウクライナに米軍を送ることはしない」と言っているのは、賢明なことなのだ。
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外交評論家、作家
1947年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業後、1970年、外務省入省。ソ連・ロシアには4度駐在し、12年間を過ごしてきた。東欧課長、ボストン総領事、在ロシア大使館公使、在ウズベキスタン・タジキスタン大使を歴任。ハーバード大学、モスクワ大学に留学。2004年、外務省退官。日本政策投資銀行設備投資研究所上席主任研究員を経て、評論活動を始める。東京大学客員教授、早稲田大学客員教授、東京財団上席研究員など歴任。著書に、『遙かなる大地』(熊野洋の筆名によるロシア語小説、日本語版、草思社)、『意味の解体する世界へ』『新・外交官の仕事』『ワルの外交』『米・中・ロシア虚像に怯えるな』(いずれも草思社)、『改訂版 ロシアにかける橋』(かまくら春秋社)、『ロシア皆伝』(イースト新書)、『よくわかる大使館』(PHP 研究所)他。
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(外交評論家、作家 河東 哲夫)
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