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ソフトバンク、日本航空、防衛省…「就職にめっぽう強い」地味な国立大学の"ある新設学部"

プレジデントオンライン / 2022年5月4日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MF3d

いままで算数・数学教育のわき役だった「統計」や「データ活用」の分野の扱いが学習指導要領改訂によって大きくなった。なぜ重要視されるようになったのか。小学校から大学までその学びの現場を3人の専門家が解説する――。

※本稿は『プレジデントFamily 2022 春号』の一部を再編集したものです。

■日本は統計教育の後進国!

情報技術の進展により、社会が大きく変わりつつある。そんななか、数字を扱う能力が重要性を増している。小学生の教科で言うと、これまで以上に算数の力が大切になる。

そのなかでも特に注力しておくべき分野は何なのだろうか。それは「統計」だ。

平成29年からの学習指導要領改訂によって、いままで算数・数学教育のわき役だった統計やデータ活用の分野の扱いが、大きく重要視されるようになったのだ。

こんなに変わる“統計”教育
『プレジデントFamily 2022 春号』より

「数と計算」「図形」などと並ぶ五つ目の領域として設定されるようになった。また、算数・数学以外の教科でもデータ活用を扱うことが決まっている。

統計学者で子供向けの統計ドリルの執筆もしている立正大学データサイエンス学部教授、渡辺美智子氏は次のように語る。

「平成20・21年の改訂学習指導要領以前は、日本の統計についての教育内容はOECD(経済協力開発機構)のなかでも最下位クラスではないでしょうか。小学校では、3年生で棒グラフ、4年生で折れ線グラフ、5年生で円・帯グラフの作り方を学び、6年生で平均値の計算を習ったらおしまいという教育でした。統計グラフを組み合わせて身近な問題解決に活用するという経験学習の機会が乏しく、中学では、データの統計分析処理は何も学習しないという状況でした。2003年PISA(OECD生徒の学習到達度調査)の数学的リテラシーでは、全体レベルは2位でも、『不確実性(とデータ)』の内容では8位と、データから推測をし、情報を批判的に読むという、統計やデータに対する読解力が低いという結果が出ています」

■欧米の学校での統計を使った授業の実態

アメリカやドイツの学校では、統計に関する指導が身近な問題解決を事例に探究型学習として行われている。

「他の先進国では、30年以上も前から、身の回りの物事を統計的な数に置き換える、必要なデータを集める、データを批判的に分析するといった能力を育てるという大目標を掲げ授業を行ってきました。

社会で広がる“統計”の活用
『プレジデントFamily 2022 春号』より

ドイツの小学校の統計の授業では、統計数値の比較で議論させる際に、“公平な比較か?” を教師が問いかけるように指導されています。たとえば、児童たちに“バスケットボールのフリースローの成功率は、男女どちらが高いのか”といった簡単な実験をさせ、“女子のほうが成功率が高かった”という結果が出たとしましょう。そうしたら、教師は“女子のほうがフリースローがうまいと結論付けてよいか”と疑問を投げかけ、児童たちに議論をさせます。するとクラスのなかから、“女子のほうが背の高い子が多かったんじゃないの?” “スポーツのできる女子がたまたま多かったんじゃないの?” と意見が出ます。

このように、授業を通じて、実験をする、比較をする、結果を批判的に検証するというプロセスを行うことで、“比較の仕方は正しいのか”“母集団に偏りはないのか”といった統計の基礎的な考え方が徐々に身に付いていくのです」

前述のように、日本も新学習指導要領では、「データの活用」領域を設けて統計の指導を厚くしていく予定だ。

「小学1年生から高校3年生まで、各学年で必ず統計やデータ分析などに触れる形に教育課程が変わりました。小学生から、平均値に加え中央値や最頻値も学び、グラフはドットプロットやヒストグラムも習います。これまで高校で学んだ箱ひげ図は中学校で学習します。

また、探究の思考過程を明示したPPDACサイクルも学びます。PPDACサイクルとは、問題の発見(Problem)、調査の計画(Plan)、データの収集(Data)、分析(Analysis)、結論を出すこと(Conclusion)の繰り返しのことで、より深い調査やデータ分析ができるようになります」

また、大学入試でも、共通テストの数学Ⅰ・Aのなかの「データの分析」に加えて、新課程対応として、25年以降には新教科「情報」のなかでも「データの活用」の出題が決まっている。

「大学受験でも重視されることで、生徒たちも真剣に学ぶことにつながるのではないでしょうか」

■駆け足改革の裏に経済界の焦り

今回の大幅な改革の背景には、経済界の焦りがある。

「1990年代後半以降、アメリカ政府リポートで問題解決型の実データに基づく統計教育の重要性が指摘されてから、アメリカ以外の先進国もデータ分析・活用についての授業を戦略的に行ってきました。その教育を受けた人たちがGAFA(Google、Amazon、Facebook〔現Meta〕、Apple)などの超大手IT企業を支えています。日本はこうした産業構造の変化に対応できる人材育成で完全に後れを取ってしまっています」(渡辺氏)

もう一つの要因は、ビジネス全般がデータの分析結果を基に動くようになったことだ。

「インターネット社会になり、ビジネスのさまざまな場面でデータが取れるようになりました。そのデータをうまく活用できる人材がビジネスの場で欠かせなくなったのです。適切なデータを集める力、データを基に対策を考える問題解決力、データから得られる結論に対する批判的思考力が必要になってきました」

こうした社会の変化に対して、データに強い人材を輩出し続けているのが、滋賀大学のデータサイエンス学部だ。統計学やビッグデータを専門的に研究する学部として、2017年度に新設され、企業からの評価も高いことで知られている。

『滋賀大学』HPより
『滋賀大学』HPより

同学部の河本薫氏のゼミでは、AIとデータを社会に出てからも活用できる学生の育成に力を入れている。

「これまでの日本企業の活動は、ベテランの勘に支えられている部分が大きかったんです。“今年の夏にアイスをどれくらい生産すればよいか”“ある部品の在庫をどれくらい持てばよいか”といったことは、社員の長年の勘頼りでした。しかし、ITの進歩によってデータ収集がしやすくなったことや、AIなどの分析技術の向上によって、ビジネスの現場で数字に基づいた計画が立てられるようになりました」(河本氏)

河本ゼミでは企業から課題を聞き出し、データをもらい、分析をするという実践的な形式で学習を進めているそうだ。

「小売業や工場から解決したい問題とデータを提供いただき、リアルなビジネスの課題を解決させるようにしています。小売なら売り上げを上げる方法、工場ならラインの故障予知など、仕事により課題はさまざまです。最終的には企業の担当者を前にプレゼンをさせます。分析結果が改善につながる場合もあれば、厳しいダメ出しで落ち込む学生もいます。自分で課題を見つけて解決まで進めていく経験を何度も繰り返すので、卒業までにはデータ活用のできる立派な人材になりますよ」

就職先は、コンサルから金融、ゲーム、小売までと幅広いそうだ(※)

※編集部註:同大データサイエンス学部のHPによれば令和3年3月卒業の就職先は、ソフトバンク、NTTドコモ、富士通、江崎グリコ、花王、京セラ、帝人、三菱重工業、日本航空、防衛省航空幕僚監部など。

「いまやデータ活用のできる人材は、どの分野でも欲しい存在です。そのため、一見ITとは関連のなさそうな企業からも多数の求人が寄せられています。一般的な総合職のほかに、データサイエンスの専門家枠で採用される学生も多く、中には起業をする学生もいます」

■データをもっと身近に

社会で必要とされる人物像が変わってきたことを受けて、中学受験も少しずつ変化の兆しを見せている。

開成中学校や筑波大学附属駒場中学校、渋谷教育学園幕張中学校などの名門校に合格者を輩出する算数塾「あるこ塾」代表の中村明弘氏は次のように語る。

「中学受験の算数は、関東・関西の上位校を中心にやや難化の傾向が続いています。その要因の一つとして、複雑な情報や条件をその場で整理して考えさせるタイプの問題の増加が挙げられます」

こうした出題の背景には、学校側が求める生徒像の変化が透けて見えると中村氏は言う。

「これらの問題は、お決まりの解法だけでは太刀打ちできません。出題を通じて、その場で対応できるような理解力を持った生徒を学校側も欲しているのではないでしょうか」

AIの進歩により、パターンに当てはめて解くような社会課題の多くは自動で処理できるようになった。その半面、データをどう捉えるか、どう生かすかといった部分を考えられる思考力や状況判断力を持った人材の重要性は増すばかりだ。

「こうした広い意味での思考力を問うような問題は、過去10年ほどで難関校だけでなく、中堅校でも出題されるようになってきました。AIが高度な処理を行えるようになった時代だからこそ、思考力の礎となる算数・数学への深い理解が、これからの時代にますます重要になるだろうと感じています」

2人の教授が共通して強調するのは、課題を見つける力の重要性だ。

「統計は課題を自ら探して使うものです。そのため、与えられた問題を解くことを主軸としたこれまでの算数・数学教育と異なる力が必要になると言えるでしょう。“この数字とこの数字って関係あるのかな”“これってどういうことなんだろう?” という批判的思考を鍛えることが重要になってきます」(渡辺氏)

河本氏も、専門的な分析技術の習得だけでは足らないと語る。

「データ分析手法はソフトの進歩で習得のハードルは下がりました。それに独学用の教材やオンライン講座が充実してきたこともあり、分析手法の勉学の機会は増加しています。一方で、“課題は何か”“どの数字が必要か”を考えるための課題設定力を勉強する機会は少なく、自ら意識して鍛えなければなりません」

難しく考えず、自分の興味から生じた“なんでだろう?” という気持ちを大切にすることが、課題を見つける力につながるという。

「たとえばプロ野球選手は本当に四番が一番打率が高いのかな? と思ったら、全チームの打率を調べてもいいし、テーマパークはいつが一番混むのかを知りたければ、月別来場者数を調べてもいい。“データ×疑問”を考える経験を積むことで誰でも身に付きます。学校の授業でも、文章題の練習を積んで、言葉の意味を理解して数式に起こすことは、良い訓練になると思います」(河本氏)

渡辺氏は算数に苦手意識を持っている子でも、統計の授業は楽しめるはずだと断言する。

「学校でも“給食の余りはどういう状況だと増えるのか”“地域の飲食店を盛り上げる方法を考える”といった身近な事例を取り上げる学習を行います。統計という、具体的で応用範囲の広い数学を学ぶことになるので、きっと楽しいと感じてくれるはずです。学校の学習の延長線として、統計の力を発揮する“統計グラフ全国コンクール”のようなコンテストもあります。授業で得た知識を家庭でより大きく育ててチャレンジしてほしいですね」

給食
写真=iStock.com/Milatas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Milatas

(プレジデントFamily編集部 文=土居雅美)

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