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意識不明になるほど重症化した人も…2000人以上に小麦アレルギーを発症させた"ある日用品"

プレジデントオンライン / 2022年5月6日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NickyLloyd

食品などの摂取によって起こる「食物アレルギー」を発症する人が増え続けている。国立病院機構相模原病院臨床研究センターの福冨友馬さんは「食物アレルギーは食べ物だけで発症するわけではない。もともと食物アレルギーのなかった人が、小麦の成分が入った洗顔石けんを使用したために、深刻な症状に陥ることもある」という――。

※本稿は、福冨友馬『大人の食物アレルギー』(集英社)の一部を再編成したものです。

■「もはや国民病」日本人の2人に1人はスギ花粉症

アレルギーと聞いて、すぐに連想する疾患といえば何でしょうか。おそらく大多数の人が、花粉によるアレルギー、花粉症と答えるに違いありません。

毎年毎年春先になると、くしゃみ・鼻水・鼻づまり、目のかゆみ・充血、喉のかゆみといったお決まりの症状に悩まされているからです。例えば、東京都内のスギ花粉症の推定有病率を見ると、1983~1987(昭和58~62)年度の第1回調査では10.0%でしたが、その後年ごとの調査でも約10%ずつ増え続け、最新の2016(平成)年度の第4回調査では48.8%と、ほぼ2人に1人がスギ花粉症にかかっている実態が明らかになっています(『花粉症患者実態調査報告書[平成28年度]』東京都福祉保健局、平成29年12月)。

花粉症は今や、日本人の国民病といってもいいかもしれません。

■食物アレルギーは「子どもの疾患」とは限らない

ところが、この花粉症と並んで患者数が想像以上に増え続けているのが、食品などの摂取によって起こる食物アレルギーです。

食物アレルギーというと子どもの疾患というイメージが強いのですが、成人の患者さんの数も少なくありません。特に近年は、病院のアレルギー科に来院する成人の食物アレルギーの患者さんが増えています。今では、成人の食物アレルギーも「ありふれた病気(common disease)」となりつつあるといっても過言ではありません。

しかも、食物アレルギーは、とてもやっかいな疾患です。というのも、食物アレルギーは、生命を維持するための生理的欲求の1つ、食欲に基づく行為によって症状が引き起こされてしまうからです。食物アレルギーを怖れて、すべての食物摂取をやめてしまうというわけにはいかないのです。

■重症になれば意識を失い、死に至る場合もある

何を食べていいのか、何を食べてはいけないのか、食べていいとしてもどのくらいの量だったら差し支えないのかをはっきりさせなければいけません。

原因となる食物も多岐にわたりますし、原因が1つとは限らず複数の場合もあります。食物アレルギーという名前でありながら、食物以外のものが合併して生じることもあります。あらわれる症状もさまざまです。影響は皮膚や消化器、呼吸器など多様な臓器に及び、重症になれば意識を失い、死に至る場合もあります。検査でも、その結果と症状が一致せず、診断の確定がむずかしく、治療に時間がかかってしまうこともあります。

また、成人の食物アレルギーを専門に研究したり診療したりする医師の数も少なく、裏付けとなるエビデンス(科学的根拠)も十分とはいえません。こうしたさまざまな要因が関係する食物アレルギーは、医師にとって一筋縄ではいかない疾患なのです。

■顔を洗っただけなのに…発症者2000人超えの社会問題に

今から約10年前、アレルギー内科専門医の私が経験したことのない、成人の食物アレルギーの集団発生という大事件が発生しました。それが、“旧茶のしずく石鹸事件”です。

福岡県の会社が販売していた“旧茶のしずく石鹸”を使ったために、2000人を超す人が小麦アレルギーを発症し、一時は意識不明になる重篤な人が出るなど深刻な社会問題になりました(現在も“茶のしずく石鹸”は製造販売されていますが、原因となった加水分解小麦は含まれていません。そこで本書では、2010年月7日以前に販売された石けんは“旧茶のしずく石鹸”と記述することにします)。

それまで日本人の成人小麦アレルギーの90%以上を占めていたのは、(通常の)小麦依存性運動誘発アナフィラキシーといわれるもので、その典型的な症状は全身性の膨疹(蚊に刺されたような赤みを持った皮膚のふくらみ)でした。

ところが、2008(平成20)年のある日、小麦を使った食物を食べた後に運動をすると、主に眉間のあたりから瞼の腫れが広がり(眼瞼腫脹)、目と顔面にかゆみの症状が出る女性の患者さんが受診に訪れました。この患者さんはもともと食物アレルギーはなかったのですが、半年前ぐらいから小麦アレルギーになってしまったというのです。

■国内で400万人以上が使用した大人気の商品だった

以前に、小麦由来の成分が入っていたトリートメント剤が目や鼻に入るとくしゃみが出て、その後小麦アレルギーを発症した美容師を診たことを思い出し、この患者さんも何らかの化粧品が目に入ったのではないかと疑いました。

さっそく、患者さんの家で使っているすべての化粧品の成分を調べたところ、洗顔用の“旧茶のしずく石鹸”にだけ、トリートメント剤と同様に加水分解小麦という小麦由来の成分が含まれていることを突き止めました。つまり、もともと食物アレルギーのなかった患者さんが、小麦の成分が入った洗顔石けんを使用したために、小麦に対して新しくアレルギーになってしまったと考えられたのです。

ところが、患者さんはこの女性1人では終わりませんでした。命にも関わる重篤なアナフィラキシー反応など全身性のアレルギーを含め、似たような症状の患者さんが次々とやってくるようになりました。詳細な問診(病歴聴取)の結果、すべてに共通していたのは“旧茶のしずく石鹸”の使用でした。

その後の研究で、この石けんに含まれていたグルパールSという名前の加水分解小麦成分がアレルゲンであると明らかになりました。それが眼球結膜や皮膚を介して体内に入り、その後に食べた食品に含まれていた小麦アレルゲンたんぱく質との交差反応によって即時型小麦アレルギーを発症したのです。

この石けんは、テレビCMの効果もあって、国内で400万人以上が使用した大人気の商品だったのです。この事件は、生活にごく身近なものが、思わぬ理由とメカニズムによって食物アレルギーの大量発生に関与し得るものであると私たちに認識させたという意味で、とても衝撃の大きいものでした。

■パン、ケーキ、パスタ、うどん、ラーメン…すべてダメ

これまで食物アレルギーになったことがない人にとっては、この“旧茶のしずく石鹸事件”のことを聞いても、「まあ、小麦を食べないようにすればいいんだよね」程度にしか感じないかもしれません。

しかし、小麦のようなとても身近な食物の場合は特に、それを食べないようにするのは想像以上に大変なことです。小麦アレルギーを発症し、小麦の摂取を禁じられると、パン、ケーキや、パスタ、うどん・そば・ラーメンといった麺類など、数え上げればきりのないほど多くの食物が食べられなくなります。

そのために思う存分食事が楽しめなくなり、友人と気軽に食事に行けなくなって孤独感、疎外感を味わった人、重篤になり仕事をやめて治療するなど将来の夢を閉ざされてしまった人もいたほどです。日常生活に大きな支障をきたす可能性があると告げると、当院の待合室で泣き出す患者さんもいました。単に小麦を食べられないというだけでなく、さまざまな社会的活動までが制限されてしまうのです。

木製ボード上の生麺
写真=iStock.com/niuniu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/niuniu

■アレルギーの既往歴がまったくない人でも発症している

今では、多くの患者さんの小麦アレルギー症状はかなり軽くなっています。しかし、この集団アレルギー事件は、メンタルの面においてはまだまだ現在進行形に思えます。被害者が受けた心の傷、悩み、苦しみ、またいつか別の食物でアレルギーが出てしまうのではないかという不安はそう簡単に拭いきれるものではありません。

福冨友馬『大人の食物アレルギー』(集英社)
福冨友馬『大人の食物アレルギー』(集英社)

この事件の被害者には、もともと小麦アレルギーがあったのではないかと思われがちですが、それは間違いです。アレルギーの既往歴がまったくない人でも発症していますし、体質など発症しやすい傾向があったわけでもなく、誰にでも起こり得る、誰も予想しなかったことが起こっています。成人になってから初めて発症するという事実は、多くの人にとって衝撃でした。

アレルギーが集団で発生するのはごく稀ではありますが、個々人誰にでも新たに起こり得る成人の食物アレルギーが、とてもやっかいな疾患である一面を、この事件は教訓として示しています。

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福冨 友馬(ふくとみ・ゆうま)
国立病院機構相模原病院臨床研究センター アレルゲン研究室長
医学博士。1979年山口県生まれ。2004年広島大学医学部卒業。沖縄県立北部病院を経て2006年から相模原病院アレルギー科に勤務、2009年同臨床研究センター研究員。2012年より現職。著書に『臨床現場で直面する疑問に答える成人食物アレルギーQ&A』(日本医事新報社)、『大人の食物アレルギー』(集英社)などがある。

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(国立病院機構相模原病院臨床研究センター アレルゲン研究室長 福冨 友馬)

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