女性3人から1500万円以上を騙し取った結婚詐欺師が、裁判所で「私も被害者だ」と訴えたワケ
プレジデントオンライン / 2022年5月6日 12時15分
■自称薬学博士がPRする「宝永石」の効果
事件の数年前のことである。岐阜県各務原市で健康食品会社を営んでいた橋本純(49)は、『不思議な波動の石で、もう病など怖くない』という本を読んだ。監修者は京大医学部卒の薬学博士を名乗る久郷晴彦。「ゲルマニウムを含有する『宝永石』はミネラル成分100%で、ガン細胞の増殖を抑えるインターフェロンを体内で産出させる」という内容だった。
橋本は興味を持ち、本の巻末に記載されていた研究所に連絡を取り、静岡県で開かれたセミナーに参加した。そこにはガンに苦しむ人たちが大勢いた。
「本来、人間には自然治癒力がある。現代医学や健康食品に対する考え方を見つめ直して、自分の病気は自分で治すんだという気持ちを持っていただきたい」
橋本は感銘を受け、そのセミナーで配られたサンプルを服用してみたところ、子どもの頃から悩まされていた目の病気が治ったような気がしたのだ。
これはおそらく「プラシーボ効果」といわれるもので、医者が「この薬は非常に効果がある」と言えば、患者はさも薬が効いたような気になって、実際に調子が良くなることがあるというものだ。だが、橋本はそうは考えなかった。
「これはすごいものだ。商品化したら飛ぶように売れるだろう。自分が代理店になれないだろうか?」
■客からは苦情が寄せられ、行政からは警告も
橋本は再びセミナーの事務局に連絡を取り、その旨を申し出ると、宝永石からゲルマニウムを抽出する専門家として、「東大卒の工学博士」を紹介された。「ある程度まとまった量でないと、ゲルマニウムを抽出できない」という説明から、宝永石の粉末80キロ分をまとめて購入する契約を結んだ。その粉末は「宝永石ミネラル」と名付け、5グラム3万5000円で売り出すことにした。
〈この宝永石ミネラルはガン、肝硬変、糖尿病の特効薬となるものです。薬学博士が実証済みです。驚異の治癒力を体感してください〉
ところが、購入した客から「効果がない」「お腹を壊した」という苦情が寄せられるようになった。その相談を受けたという医師からは「この粉末にはゲルマニウムは含まれていない」と指摘された。岐阜県薬務課からも「これは医薬品に該当します。薬局の開設許可がないなら、販売をやめるか、HPを閉鎖するか、どちらかにしてください」という警告を受けた。
慌ててセミナーの事務局に連絡したが、関係者への連絡は一切つかなくなっていた。騙されたのだ。橋本には不良在庫だけが残った。
■不良在庫を売りさばくために結婚詐欺を仕掛ける
橋本はそれを売りさばくために、自らが「東大出身の医師」に扮(ふん)し、出会い系サイトで再婚相手を探す40代の女性たちにターゲットを絞って、結婚詐欺を仕掛けていくことになった。
〈私は東大卒の外科医でしたが、自分の仕事を優先するあまり、妻の病気にも気付かず、先立たれてしまいました。その懺悔から私は医師をやめ、人間の自然治癒力を高めるための研究に没頭し、現在は健康食品会社を経営しています。残りの人生の伴侶として、お付き合いくださるような同世代の女性を探しています〉
この書き込みに興味を持ったのが、小学校講師をしていたA子さん(44)だった。A子さんは夫と死別し、小学生の娘を一人で育てていた。
「あなたなら私の苦しみを分かってくださるかもしれませんね。妻は子どもを授かることを望んでいたのに、私はその望みさえ叶えてやれなかった。あなたの子どもを自分の子どもだと思って大切に育てていきたい」
A子さんはこんなふうに言い寄られて、橋本と結婚前提で付き合うことになった。
■3人の女性から騙し取った金額は1500万円以上
「結婚する人には自社株を持ってほしいんだ。必ず儲かるから、株主になってくれないか?」
その後、A子さんは橋本の言いなりになり、カードローンを組んだり、娘の預貯金を取り崩すなどして、1000万円以上も貢ぐことになった。
それと同時に並行して付き合っていたのが、キャリアウーマンのB子さん(43)だった。「生活には不自由させない」「子どもを産んでほしい」などと言い寄り、B子さんの年老いた両親にも会った。
その場で自分が販売する「宝永石ミネラル」をすすめ、病に苦しむ知人のお年寄りたちを紹介させ、次々と「宝永石ミネラル」を売りつけた。
B子さんは勤務先にも橋本を紹介し、「宝永石ミネラル」の販売に一役買ったほか、自らも「乳ガン検査キットの販売権を買収した。必ず儲かるから、権利を買ってほしい」などと持ちかけられ、計350万円を騙し取られていた。
別の会社員のC子さん(46)も同じように口説き落とされ、計150万円を支払わされていた。
■「久郷博士に騙されたのがきっかけだった」
橋本が逮捕されたきっかけは、A子さんとの些細なトラブルだった。A子さんが海外旅行の土産として、橋本にハチミツをプレゼントしたところ、「食べた従業員が食中毒を起こし、入院した。見舞金がいる」と言われ、66万円を要求された。その後、「従業員が死亡した。香典がいる」と言われ、さらに77万円を渡した。
A子さんは「その方の遺族に会って、一言お詫びがしたい。連絡先を教えてほしい」と頼んだが、橋本はその従業員の名前すら教えようとしなかった。
A子さんは不信感を募らせ、「株主をやめさせてほしい」と言ったが、解約を断られ、金も返してもらえなかった。
そこで警察に相談。ここから一連の詐欺行為が発覚し、橋本に妻子がいることも判明した。警察がA子さんに対する詐欺容疑で摘発に行った際、橋本の自宅から大量の「宝永石ミネラル」が見つかった。
橋本は3人の女性に対する詐欺容疑はもとより、薬事法違反容疑でも逮捕された。妻は激怒して離婚を言い渡したが、橋本は「自分も被害者だ」と訴えた。
「元はと言えば、久郷博士のセミナーに出席し、騙されたのがきっかけだった。みのもんたの『おもいッきりテレビ』(日本テレビ系列)に出ている映像などを見せられて、頭から信じ込んでしまった。私を摘発するなら、その人たちも摘発してほしい」
だが、裁判所は「悪質な詐欺行為を正当化する理由にはならない」と断罪し、橋本に懲役3年6カ月の実刑判決を言い渡した。
■150冊以上の本を監修していた久郷晴彦という人物
警察は橋本が読んだという本をもとに久郷のことも調べたが、架空の経歴の人物であることが分かった。
だが、久郷監修による本は150冊以上もあることが判明。『サメの軟骨がガンを撲滅する!』『気がつけばメシマコブでガンが消えていた!』『ガンは生プロポリスで治る!』『ガン、ボケはヤマブシタケが治す』『奇跡の健康フルーツ「マンゴスチン」』など、数カ月に1冊のペースで本を出版し、その都度セミナーを開いて、特定の健康食品を売りさばく。しばらくすると、連絡先は音信不通になり、また別の本を出版する。典型的な“バイブル商法”だ。
多くの食の専門家は、「どんなに栄養的に優れた食品であっても、それを食べるだけで、それまでの不摂生が帳消しになるようなものは存在しません」と断言している。
■食べるだけで健康を保証するマジックフーズは存在しない
特定の食品が健康や病気に与える影響を誇大に評価したり、信奉することを「フードファディズム」という。この概念を日本に紹介したことで知られる群馬大学の髙橋久仁子名誉教授は、著書『「食べもの神話」の落とし穴 巷にはびこるフードファディズム』(講談社ブルーバックス)の中で次のように指摘している。
しかし、「それ」を食べさえすれば健康が保証されるというマジックフーズはありません。あるのは「健康の維持・増進に効果的な食事のしかた」や「病気になりにくい食生活の営み方」です。
多忙な生活に起因する疲労や睡眠不足は、十分な食事や休息を取らなければ改善できません。体調の不良はその原因を探し、それを解決しなければ健康回復は望めません。根本的な解決を後回しにして、食だけで何とかできると思うのは誤りです。
■架空の経歴に引っかかってくるカモを待つ手口
健康食品の「薬効」を強調し、特定の症状に「効きます」と表示すれば、薬事法違反にあたることから、業者は巧みな宣伝文句で消費者の目を引き付ける。
さしずめ久郷グループが巧妙なのは、実在するかどうかもはっきりしない“体験者の声”を大量に載せて、「自分たちが言っているわけではない」という体裁を整えていることだ。あとは著者の架空の経歴に騙され、自ら引っかかってくるカモを待つのである。
人倫にもとる行為だが、明らかな健康被害が出ていないため、久郷グループは摘発されていない。
■事件後、連続結婚詐欺師の実家を訪ねると…
それにしても、なぜ橋本はまんまと騙されてしまったのか。前出の髙橋名誉教授は次のように話す。
「食と健康は深く関わりますが、食さえ良くすれば万病解決と考えること自体もフードファディズムです。そこそこの健康を求めて、ほどほどに食べる程度でいいのではないでしょうか。ほどほどに食べるとは、米飯、汁、肉か魚の一皿、野菜の一皿、あるいは主食としての穀類、主菜としての動物性食品、副菜としての植物性食品を献立として考えます。
煮る、焼く、いためるなどして、生鮮食品を煮炊きした食事を適度な量で食べることです。これで必要な栄養素はほぼ過不足なく摂取できます。そして、季節やその人の生理的状況、し好に応じて柔軟に食べればよいのです。この程度を心がければ、食で得られるそこそこの健康は望めるでしょう」
橋本の両親が住む実家を訪ねた。ちょうど庭の縁側に橋本の父親とみられる男性が座っていたので、訪問理由を告げると、「わしは息子とはしゃべらんから分からん。寺に行ったんで、ここにはいない」ということだった。
「寺ですか?」
「坊さんになったんだよ」
「事件後のことですか?」
「ああ……」
■妻子に去られ、何もかも失った男は仏門へ
息子のことは妻にしか分からないというので、無理を承知で呼んでもらった。すると、品の良さそうな高齢の女性が玄関口に現れた。
あらためて訪問理由を告げ、橋本の現在のことを尋ねると、ポロポロと涙をこぼしながら話し始めた。
「もう迷惑をかけるから、ここにはいられないと言って、出家しました。比叡山に入り、日蓮さんに救ってもらったんです。『これからは人のために生きる』と言っていました。お母さんの顔を見ているのも辛いって……」
橋本には一人娘がいたが、妻は公判中に離婚して家を出ていった。実姉もいるが、事件を機に縁を切られたという。事件で何もかも失った男は、仏門に入るしかなくなったのだ。
「たまにお寺の行事で近くに来ると、家に寄ってくれます。今日も会いたいなァ……と思っていたところでした。ボランティアもやっていると聞いています。こちらから会いに行くことはできませんが……」
■罪を償う唯一の方法が出家することだった
橋本は公判の被告人質問で、妻子に与えた事件の影響について、こんなことを話していた。
「妻に対しては、本当に申し訳ないことをしたと思っています。娘は妻が引き取り、妻の実家で暮らしていると聞いていますが、あの子には一生消えないような苦しみを与えてしまった。どうやって償ったらいいか分かりませんが、自分が犯した罪を償い続けるつもりです」
また、事件の被害者に対してはこんなことを言っていた。
「人を騙し、お金を奪い、被害者に返さなければなりませんが、私には預金も財産もありません。できることといえば、罪を厳粛に受け止め、下される判決に従い、どうやって償ったらいいかをもう一度考え、被害者に償い続けたいと思います」
橋本の場合、自らの減刑のために反省の弁を述べていたのではなく、本気で償う方法を考えていたらしい。その結果が剃毛して出家することだった。それでも被害者に厳しく非難されるのは仕方ないかもしれないが、橋本が犯行に至った経緯を考えれば、あまりにも貧乏くじを引いてしまったと言えるのではないか。
橋本は阪神大震災のとき、現地入りし、3年ほどNGOで働いていたという。そのときに喉をやられ、健康問題に関心を持つようになったらしい。いわば、人を助けるために始めた事業が、とんでもない結果をもたらしてしまったのだ。
■久郷氏は死亡し、NPO法人はコンタクト不能に
「息子さんよりもっとタチの悪い連中がいるんです。そこまでする必要はなかったと思いますよ。もし、息子さんが帰ってきたら、こういう人間が訪ねてきたと伝えてもらえますか?」
「ありがとうございます。今日は胸のつかえがとれました。1人でも分かってくださる人がいて、嬉しいです」
橋本の母親の言葉を聞きながら、どうしても久郷グループを追いかけたくなったが、久郷は2019年に手掛けた月刊誌の監修記事を最後に、死亡していたことが関係先のNPO法人の発表により明らかにされた。このNPO法人の活動拠点も不明で、久郷の義理の息子が理事長を務めているらしいが、コンタクト不能だ。
久郷監修の最後の本は2017年5月に出した『大人の粉ミルク』と言われているが、発行元の主婦の友社に問い合わせたところ、「本の内容に関する質問以外はお答えできない」という返事だった。
久郷グループは雲散霧消したのだろうか。久郷監修の書籍は現在も多くの公立図書館に置かれている。
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ノンフィクションライター
1969年生まれ。三重県出身。ほとんどの週刊誌で執筆経験があるノンフィクションライター。別名義でマンガ原作多数。著書に『実録 怖い女の犯罪事件簿』『ルポ性暴力』(鉄人社)など。
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(ノンフィクションライター 諸岡 宏樹)
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