なぜ日本企業は自社だけでDXを進められないのか…人的投資を怠ってきたツケが回っている
プレジデントオンライン / 2022年5月13日 10時15分
※本稿は、八子知礼『DXCXSX』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■日本ではIT人材の7割がITベンダー企業に集中している
企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する上で大きな課題となっているのが人材の問題です。
IPA社会基盤センターがまとめたIT人材白書によると、日本ではIT人材の72%がITベンダー企業、28%がユーザー企業に属していると記されています。その一方で、米国では35%がITベンダー企業、65%がユーザー企業に所属しているとあります。
つまり、米国ではソフト開発などのIT化を内製で進めている企業が多いということを表しています。その反対に、日本では外部へ開発を委託する事例が多く、かねてより「ITベンダー依存体質」という言い方で、日本企業のITが抱える課題として指摘されていました。つまり、この依存体質がDX推進の阻害要因の1つであるという見方があるのです。
では、依存体質の何が問題なのでしょうか。ここで、DXの本質を考えることが大切です。
■外部のIT人材ではうまく「全体最適化」できない
DXは「デジタル技術を活用した変革」です。変革を進めるには、デジタル化を行なうだけではなく、組織のあり方やビジネスの根幹を変える覚悟が求められます。つまり、デジタル化の進展とともに、組織のパフォーマンスを最も発揮できる形に「全体最適化」を行なう必要があります。
とはいえ、一口にデジタル技術を駆使すると言っても、DXの本質は組織やビジネスの変革にあるわけですから、社内のあらゆる場面や場所(部署や現場)の構造や考え方にも手をつける必要があります。
たとえば、「生産現場に導入するIoTのシステムは、○○が最適でDX推進の要になる。ただし、そのシステムを導入して全体最適化を進めるためには、組織構成や業務フローを変えなければならない」となった場合、果たして外部のITベンダーがそのような業務知識を前提とした内部環境の機微までくみ取らなければならないレベルの提案ができるでしょうか。
仮に、提案できたとしても、多くの場合はユーザー企業側の現場の猛反発に直面することは必至でしょう。「現状、うまく機能しているのに手をつける必要があるのか」「業務フローを変えると再教育が大変だ」「仕事がなくなってしまう。配置転換はごめんだ」といった具合に、です。
そうするとITベンダーとしては顧客を失うわけにはいかないので、ユーザー企業の要求どおりにシステムを構築します。すると、全体最適がなされないまま旧態依然とした非効率な組織構成や業務フローが維持され、デジタル化は進んだものの部分最適化された状態にとどまり、前述の本質的なDX推進からはほど遠い状況になりかねません。
■依頼された側も「知見がないから」と尻込みする
実際問題、私もとあるシステムインテグレーターと巨大な製造業の課題解決を持ちかけられた際に、製造業の領域が得意なはずのそのインテグレーターは話を安易に断ろうとしていました。その顧客の製造に関する業務ナレッジがないため、課題解決につながる提案は自分たちでは難しいと感じたのでしょう。「上司を通じてお断りしようと思う」と伝えてきました。
とは言え、そのインテグレーターにとっては大きなチャンスであるとともに、その顧客企業の取り組みとしても大きなチャレンジでした。そこで、当該業務に多少の土地勘があったことから私がいったん巻き取り、仮説で課題を書き出して先方企業と討議し、先方との課題認識合意を経て提案機会を獲得した、という経験があります。
■社内のIT人材で「聖域なき改革」を実行する方法
こうした事例に見ることができる日本のIT化事情が抱える構造的な問題もあり、DXがブームになって以来、「内製化」というキーワードにこれまで以上の関心が集まるようになりました。DX推進を担当するリーダーを置き、社内のIT人材でデジタル化を進め、組織形態や業務フローの改善が必要になれば、リーダーの下で聖域なき改革を実行しようというわけです。
内製化にも幾つかのパターンがあり、業種業態によっても取り組みのレベルは大きく異なります。プログラムが書ける人材を抱え込むパターンは、ECなどのオンラインビジネスも内包する小売・流通や金融などの企業が多かったり、市場にはあまり出てこないIoTのフルスタックエンジニア(デバイス側からクラウド側までの複数のレイヤーをまたいだ知識を持つエンジニア)を抱える製造業もいたりします。
一方、プログラムまで書けなくてもIT導入が担当できるレベルの人材が要求される現場施工業界などもあります。
弊社の例では、私たち自身が企業のDX推進室をいったん丸ごと請け負って、その後、DX人材の採用支援や社内DX人材の育成を行ないながら徐々に内製化を進めていくという現実的なアプローチを取っているケースも複数あります。
■約600人のITエンジニアを抱えるトライアルHD
内製化の事例として、九州を中心に小売・流通業を全国展開するトライアルホールディングス(以下、トライアル)をご紹介しましょう。
トライアルは、グループをあげて小売業のデジタル化/スマート化を推進しており、グループ内に社員として約600名を超えるITエンジニアを抱えています。この会社は、AIカメラとスマートレジカートを活用した店舗「スーパーセンタートライアル アイランドシティ店」を2018年にオープンしました。
このお店では、AIカメラで客の属性や購買行動を分析すると同時に、レジカートでの決済と商品レコメンドを実現しています。AIカメラで、顧客が店内でどのような動線をたどり、どのような商品を手に取って棚に戻したか、といった顧客の行動を分析可能な仕組みを構築しています。
スマートレジカートは液晶モニターに関連商品を表示することで、買い忘れ等を防止しつつも追加購入を促す形で客単価の向上にもつながっています。また、レジに並ぶ必要がないことから利便性が高く、高い顧客満足度によるリピーターの増加も見込めます。
![AIカメラ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/8/1200wm/img_98528a3ec4a3ecba51bc9786204ed230406768.jpg)
■顧客の行動データから売れやすい商品陳列を分析
さらに、顧客の行動データを解析することで、様々なマーケティング上のシミュレーションが可能です。たとえば、同じメーカーの商品でパッケージが赤、青、緑、黄といった色違いが並んでいる場合、赤の横には黄色を置いた方がよく売れる、といった分析と検証が可能になります。
![八子知礼『DXCXSX』(クロスメディア・パブリッシング)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/3/1200wm/img_d37c12b248a0da8ba9fed369e61e0e07236852.jpg)
場合によっては、納入業者やメーカー側と分析データを共有し、パッケージの色や柄を変更した方が売れる、といった施策を行なうこともあります。
このように、納入業者とデータを共有することで、同種の商品で競いあうライバルメーカーが、互いに切磋琢磨(せっさたくま)し、売れる商品、売れる方法を考える基盤として活用しています。
納入業者側もディスカウント勝負の消耗戦からの脱却を図ることができるメリットがあります。
トライアルは、グループ内に抱えるITエンジニアを中心に、このように極めて先進的な仕組みを構築し、独自のDXを推進しているのです。
■IT投資に関する日本の経営者の最大の過ち
ただ、内製化を阻む要因の1つとして、労働関連法の制約を口にする経営者もいます。現行法下には、労働者の解雇を制限する様々な規定があります。「ITエンジニアを雇って、システム開発が終了しても、彼らを簡単に解雇することができず、人件費が重くのしかかる」というわけです。その発想は、今後起こりうるデジタル技術の進化の速度を無視したものにほかなりません。
日本の経営者のIT投資に対する考え方の最大の過ちは、「システムの減価償却が終わったんだから、徹底的に使い倒してコスト削減に努める」という認識にあります。減価償却が終わったということは、そのシステムには価値がないという意味になっているのです。
そもそも、そのようなシステムを使い続けていれば、そこがボトルネックとなってDXが進まなくなるでしょう。これは、日本企業のDXにおける大きな課題の1つでもあります。
■内製化できるかできないかは企業のやる気の問題
デジタル技術の進化は、目を見張るものがあります。今後、その進化スピードは、加速度を増すでしょう。その進化をキャッチアップしてDXを推進するためには、社内にITエンジニアを抱えて内製化を進める必要があります。前述のトライアルのような事例を見ていると、内製化を実現してDXを推進することは、その企業にやる気があるかないかという問題でしかないことがわかります。
もちろん、内製化に向くか向かないかが問われる業態もあり、一概にすべて正社員で内製化しなければならないとは言い切れません。
ここで伝えたかった重要なポイントとしては、「ITベンダーに丸投げするのではなく、自社が主体的にコントロールすることを前提に、IT人材を抱えてDXを推進する必要がある」ということなのです。
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INDUSTRIAL-X代表取締役、ビジネスコンサルタント
1997年松下電工(現パナソニック)に入社。2007年からデロイト トーマツ コンサルティング、シスコシステムズなどでビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、バリューチェーン再編等を多数経験。2019年4月にINDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任。2020年10月より広島大学AI・データイノベーション教育研究センターの特任教授就任。著書に『図解クラウド早わかり』『モバイルクラウド』(中経出版)など。
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(INDUSTRIAL-X代表取締役、ビジネスコンサルタント 八子 知礼)
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