プーチンの嘘を次々に打ち砕く…ロシアの軍事機密を丸裸にする「民間衛星会社マクサー」の超技術
プレジデントオンライン / 2022年4月28日 13時15分
■グーグルマップでロシアの「軍事施設」が丸見えに
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から約2カ月。当初、2日以内に首都キーウ制圧を目指したプーチン大統領だが、思い通りにいかなかった。4月21日には、南東部マリウポリを制圧したと宣言したが、ウクライナ側は認めず、苦戦が続く。そんなプーチン大統領の焦りと苛立ちを加速させているのは、21世紀に飛躍的に発展した「衛星画像」「SNS」という2つのテクノロジーだ。
「ロシアの軍事施設がはっきり見える」「OSINT(オープンソースインテリジェンス、オシント)しよう」――。4月下旬、こんなツイートと衛星画像がまたたく間に世界に拡散した。
オープンソースインテリジェンスとは、公開された情報を突き合わせて分析すること。衛星画像をもとにロシアの軍事能力を皆で分析しようというSNSの呼びかけは、ロシアにとってはさぞ腹立たしいものだっただろう。
きっかけとなったのは、ウクライナ軍を名乗るツイッターアカウントによる投稿だ。グーグルの地図サービス「グーグルマップ」で「誰もがさまざまなロシアの発射装置、大陸間弾道ミサイル」などを「約0.5メートルの解像度で見ることができる」とツイートし、戦闘機や艦船が鮮明に写った高解像度の画像とともに公開した。その後、このアカウントは停止されたが、くっきりとした画像のインパクトは大きかった。
■衛星の威力がプーチン氏の狙いを打ち砕いている
衛星画像とSNSは、ロシアにとって大きな脅威になっている。
ウクライナへ向かうロシア軍の車列、キーウ近郊のブチャ路上に放置された多数の遺体などの画像が次々と公開され、ロシアが何をしようとしているか、あるいは何をしたのか、どれほど残虐なことをしているのか、などが目に見える形で人々に示される。
この多数の遺体をめぐってロシアは、ウクライナ側の「挑発だ」と応酬。「ロシアがブチャを掌握していた時に、地元住民が暴行を被るようなことはなかった」と主張した。
だが米メディアなどが衛星画像の撮影日時を分析し、ロシア軍がブチャを占拠していた時にすでに遺体があった、と判定。ロシアの主張が虚偽であるという見方が世界に広がった。
4月21日には、マリウポリの市長顧問が、「死亡した住民が大量に埋められた場所を長い時間をかけて捜索・特定した」と通信アプリ「テレグラム」に投稿。メディアも衛星画像つきで、多数の墓と見られる穴が発見されたことを報じた。ロシアが民間人攻撃を隠蔽(いんぺい)するために、ここに埋めた可能性があることが分かった。
宇宙から地上を監視する衛星の威力と、それを世界に拡散するSNSが、プーチン大統領の狙いを次々と打ち砕いている。
ロシア海軍黒海艦隊の旗艦「モスクワ」がウクライナ沖で沈没した、と14日にロシアが発表したのも、隠していてもいずれ衛星画像付きで報じられると考えたためとみられている。
■侵攻がきっかけでかつてない“特需”に
ロシアの軍事侵攻後、衛星画像ビジネスはこれまでになかった特需を経験している。
長い間、衛星画像は安全保障上の機微な技術と考えられてきた。宇宙から撮影することで、その国の重要施設や地形が分かる。一方、衛星画像の精度から衛星の性能や、衛星を保有する国の技術力も推察されてしまう。撮られる側、撮る側、どちらもリスクを伴うからだ。
米国など各国政府は、詳細な画像を軍事機密として扱い、販売や公開を制限してきた。その結果、軍事や政府関係者以外の一般の人の目に衛星画像が触れることは少なく、ビジネスとしても成立しなかった。
1990年代に入ると、米政府は規制を緩和し、軍事用の詳細な衛星画像以外は、商用化を進めた。だが、なかなか市場は成長しなかった。それが変わったのが2000年代だ。IT(情報技術)の進展や、衛星の撮影能力向上など、技術の進歩が後押しした。
宇宙ベンチャーも多数誕生し、ITやAI(人工知能)を活用した画像処理が進み、衛星画像ビジネスは飛躍的に成長する。
■「マクサー・テクノロジーズ」の一人勝ち状態
かつては地上の3~5メートルの物体を識別できるレベルの画像が軍事機密になっていたが、今では商用でも数十センチの物体を識別できる。ひと昔前なら軍事機密レベルのものが、商用画像として世界の人々の目に触れる。米国家地理空間情報局は、少なくとも200の商業衛星の衛星画像を使用しているとしており、膨大な数の衛星画像が毎日生まれている。
自社の保有する衛星で地表を撮影し、その画像を販売している会社は多数あるが、今回、圧倒的な強さを見せているのが、米マクサー・テクノロジーズ社(本社・米コロラド州)だ。地上30センチの物体を識別できるといい、商用としては最高レベルの画像を誇る。メディアの話題をさらっている衛星画像のほとんどは同社のもので、一人勝ち状態になっている。
![宇宙から見た地球](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/1/1200wm/img_d1db154982ac5b29e7092b69a59e1baf280384.jpg)
同社は、「通信、地図作成から防衛や諜報(ちょうほう)まで、世界中の数十の業界にサービスを提供している」「米政府の不可欠なミッションパートナー」などと自社の業務を説明している。
1992年にデジタルグローブ社として発足し、合併などを経て、2017年に現在の社名に落ち着いた。ダニエル・ジャブロンスキーCEOは、宇宙関連シンポジウムで、ロシアの軍事侵攻後、米政府機関からの衛星画像の需要が倍以上に増えたことや、報道機関からも1日に約200件の需要がある、と語った。
■米国の“援護射撃”にプーチン氏は苛立っている
今回、米国は衛星画像が拡散することを望んでいるようだ。
ステイシー・ディクソン米国家情報長官代理は4月、「米政府は商業画像を細かく管理していない」「世界で起きていることをもっと共有したい」と発言した。ウクライナへの支援、民間企業振興に加え、21世紀の新しい「武器」という意識があるのだろう。
かつては軍事機密レベルだった詳細な衛星画像が公開され、宇宙から丸見えになるリスクを伴う時代に行われたウクライナへの軍事侵攻。そのもたらしたものに、プーチン大統領は苛立っていることだろう。
当然ながらウクライナ側の動きも衛星で見られている。4月上旬にポーランドが保有する旧ソ連製戦車などが、ウクライナに向けて車両で運ばれる様子を撮影したとされる映像がSNSで出回った。
一方、衛星は地上のすべてを絶えず撮影できるわけではない。北朝鮮は、米国などの衛星が自国の上空を飛行する時には、ミサイルや発射台などに覆いをして衛星から見えるのを防止しているという。宇宙からの目をだますこともできるのだ。
相互監視ともいえる時代。どのように衛星画像を活用、あるいは宇宙から丸見えになることを防御していくか。戦略が重要になっている。
■合成や改竄…「偽写真」を見抜くには?
さらに心配なのは偽情報だ。
AIの「深層学習」の手法を利用して、写真や動画の一部を合成して偽画像や偽動画を作る「ディープフェイク」が問題になっているが、衛星画像もその問題を抱えている。
昨年、米ワシントン大の研究者が、AIを使って、都市の衛星写真を改竄できる、という論文を発表。衛星画像というだけで信じてしまうことの危険性を指摘した。
ディクソン米国家情報長官代理も、膨大な量の衛星画像について、ずさんな分析も可能だと指摘。厳格な分析をせずに、衛星画像をもとに、見通しやさまざまな主張を述べることへ警鐘を鳴らした。
偽画像だけでなく、昔の画像や直接関係ない画像がいかにも現在のもののように使われている可能性もある。衛星画像ビジネス企業に、偽物を作ろうという悪意のある人間が入りこめば、さらに問題は深刻化する。
偽情報をチェックするためには、SNSの真偽を判断する時と同様の方法が考えられる。誰がその情報を発信・拡散しているかを確認したり、グーグル画像検索や、「ティンアイ」などの画像検索サイトを使って、どこでこの画像が使われてきたかを調べたりすることもできる。だが確実に答えを得られるわけではない。
宇宙の目は威力を発揮する一方で、危険とも隣り合わせている。
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ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。
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(ジャーナリスト 知野 恵子)
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