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「肥満で不健康」では就職すらできなくなる…現役医師がマイナ保険証に深い懸念を示す理由

プレジデントオンライン / 2022年4月30日 11時15分

記者の質問に答える岸田文雄首相=2022年4月26日午後、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■カード普及のために行われた「理不尽な値上げ」

トイレットペーパーや紙オムツ、乳製品や冷凍食品など多くのモノが値上げした4月。その背景にはウクライナ情勢があるとも言われているが、それとはまったく無関係の、そして極めて理不尽な値上げもいつのまにか行われた。私たちが医療機関の窓口で支払う医療費の自己負担分のことである。

政府は昨秋、マイナンバーカードに保険証としての機能を持たせる、いわゆる「マイナ保険証」を導入した。なかなかマイナンバーカードの普及が進まない状況のなか、マイナ保険証の導入によって多くの人にマイナンバーカードを持たせたいとの意図が政府にあったのだろうが、そもそもマイナ保険証を使える医療機関が少ないことから、こちらの普及も遅々として進まない。そこで医療機関に診療報酬上の手当てを行うことで、対応しようする医療機関を増やそうとしたわけだ。

マイナ保険証が使える医療機関に対して診療報酬を加算するということは、すなわちその医療機関を受診した患者が窓口で支払う自己負担分も、それに応じて加算されることになる。例えば今回の加算によって、3割負担の人は初診料に21円、再診料に12円が上乗せされることになったのである。

■ひっきりなしに政府がアピールする裏の事情

このところ政府は、大物俳優や話題のプロ野球監督などをマイナンバーカードのコマーシャルに続々と登場させ、その利便性をさかんに訴え続けている。そんな映像をTVや電車内ビジョンを通じてひっきりなしに見せられていれば、「そんなに便利になるなら、そろそろ私も」と思う人も少しずつ増えてきているかもしれない。そしてマイナ保険証によって利便性が高まり、より幸せな生活を享受することができるというのであれば、多少の負担増くらいは受け入れても構わないと考える人も出てくるかもしれない。

しかしちょっと待ってほしい。なぜ政府はここまで多額の費用を投入してマイナンバーカード、そしてマイナ保険証を普及させようと躍起なのか。私たち国民の健康管理・健康増進のためだけに一生懸命になってくれているのだろうか。

いや、政府が推し進める政策を一生懸命にPRするときには、その裏に必ず何らかの意図があると思っていい。それをしっかりと見極めておくことが重要だ。窓口負担の自己負担増ももちろん腹立たしいが、そもそもマイナ保険証は私たちの生活と人生にいかなる影響をおよぼし得るものなのか。そこをまず冷静に考えることから始めたい。

■カード1枚で済むなら楽なように思えるが…

政府はマイナ保険証のメリットについて、以下のような事項を列挙している。

●就職・転職・引越をしても健康保険証としてずっと使える!
●マイナポータルで特定健診結果や薬剤情報・医療費が見られます!
●マイナポータルで確定申告の医療費控除がカンタンにできます!
●窓口への書類の持参が不要になります!

たしかにカード1枚あればずいぶんと楽になるようにも思える。とくに保険者が変わった場合に新しい保険証の発行を待たずに医療機関や薬局を利用できる、書類の持参が不要になるなど、魅力を感じる人もいるかもしれない。ただこれらは、そうそう頻繁に発生する事態ではない。わざわざマイナ保険証にせずとも、現行の保険証のままでいいのではないか。

自分の健診結果や薬剤情報、医療費を見ることができる、という“メリット”はどうだろうか。一元管理された情報をすぐに閲覧できるというのは便利といえば便利かもしれない。しかしそもそもこれらの情報は私たち固有のものだ。健診結果もお薬手帳も、医療機関から出された領収書も自分でファイルに保管しておけばいいだけの話だ。わざわざ“第三者”にまとめて管理してもらう性質のものではない。

■個人の医療情報が誰かに利用される可能性もある

たしかに医師としては他の医療機関での処方や過去の健診結果が患者さんに紐づけされていたほうが診療を行う上では便利であるし、患者さんにとっても有益ではある。電子健康記録や電子医療記録の普及によって、医療機関のみならず介護施設でも情報が共有できれば、その便益は非常に大きい。

もちろん私たち医師がそのデータや個人情報を診療の目的以外に悪用するということも常識的にはまずあり得ないし、政府も現時点では個人の医療情報はマイナンバーに紐づけされるものではないとしていることから、マイナ保険証を作ったからと今すぐ自分の診療情報等が広範囲に漏洩してしまうということもないだろう。

しかしそれはあくまでも現時点での話だ。将来は分からない。マイナンバー、被保険者番号、医療情報と紐づけが想定される医療等ID、これらの関係によっては、今後個人の医療情報が一元管理されることで、それが医療機関以外の“第三者の誰か”に「利活用」される可能性がないとは言えなくなるのだ。

■政府の目的は本当に健康増進のためだけか

すでに政府は健診結果等の個人の医療情報、いわゆるPersonal Health Record (PHR)を「利活用」しようと着々と準備を進めている。医療分野のICT化、医療等IDの導入等により、個人ごとにデータを統合、誕生から死までの包括的なPHRを収集・活用するのだという。こうしたデータを基に適切な予防策を講じれば、健康寿命はさらに延伸、いわゆる「未病」の考え方がより重要視されるようになり、その流れの中で新しいヘルスケア産業の創出も期待されるというのだ。

もちろん個人の健康増進のためにPHRを用いて未病の段階から対策を講じるという点について異論はない。ただその情報はあくまでも個人が管理し、共有されるにせよ自分が利用する医療機関や介護施設だけに限定されるべきであろう。しかし政府が意図しているのはそれだけにとどまらない。むしろそれ以外の目的がメインではないかとすら思えるのだ。

厚生労働省がPHRを国民の健康増進のためだけに利用しようと旗を振っているだけであればまだ理解できなくもない。だが、クラウドやスマートフォンの普及に加えてアプリを通じて個人の医療・健康情報を収集・活用するサービスモデルの開発と普及展開を進める総務省、さらにヘルスケアIT分野への民間投資活性化に取り組む経済産業省までもがPHRの推進に名を連ねているとの事実を知れば、PHRが国民の健康増進だけのためではないことが容易に理解できよう。個人情報をビジネスや成長戦略のタネにしようといううさんくさい話が、一気に見えてきてしまうのだ。

病院の受付窓口
写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn

■そのためにはマイナンバーカードの普及が大前提

つまり私たち固有の医療・健康情報を、今すぐでなくともいずれは広く民間事業者で共有することで、ヘルスケア産業の活性化と投資活性化に「利活用」しようとしているのだ。その基盤となるのが、まさにマイナンバー、そしてマイナ保険証の普及を通じた個人の医療・健康情報の一元管理ということなのだ。

じっさい「新たな日常にも対応したデータヘルスの集中改革プラン」(2020年7月30日、厚生労働省データヘルス改革推進本部)によれば、以下の3つのACTIONを2年間で集中的に行うとしていた。

(ACTION1)全国で医療情報を確認できる仕組みの拡大
(ACTION2)電子処方箋の仕組みの構築
(ACTION3)自身の保健医療情報を活用できる仕組みの拡大

そしてACTION3では、本人の同意の上で健診結果等を医療専門職と共有し、さらに個人が健診結果や薬剤情報等の医療情報を閲覧するだけでなく、民間PHR事業者や健康増進サービス提供事業者によるサービスを通じた情報を利活用できるようになるとしている。もちろんこれらを実現するには電子医療記録等の構築が前提となるし、マイナポータルを使うことからマイナンバーカードの普及も大前提となるのだ。

■不正利用されるリスクを考えているのか

おそらく政府は「個人の医療情報の民間PHR事業者や健康増進サービス提供事業者への提供や二次利用は本人の同意によってのみ行われ、提供された情報は漏洩なきよう厳密に管理される」と説明するに違いない。しかし本人の同意というのも、もし「健康診断の結果を提供するだけで、さまざまな健康情報があなたの元に!」などとそそのかされれば、かなりハードルの低いものとなるだろう。そしていったん個人の手元を離れた情報は、第三者に渡れば次から次へと伝播していく可能性は否定できない。

じっさい「民間PHR事業者による健診結果等情報の取扱いに関する基本的指針」(令和3年4月、総務省・厚生労働省・経済産業省)によれば、健診結果は要配慮個人情報となるため第三者への提供については本人の同意が必要ではあるものの、その同意の上で情報を得た事業者が、委託、事業承継、共同利用によりこれらの情報を提供する場合には、改めて本人の同意を得る必要はないとしている。

さらにいったん自分の情報を提供してしまったら、もし目的外に利用されたり不正な手段で自分の情報が第三者に取得されたりしたと知っても、時すでに遅し。すでに取り返しのつかない事態となっている可能性も覚悟しておくべきだろう。じっさい「指針」では、当該データの消去や同意の撤回を申し出た場合でも、その消去等の対応に多額の費用を要したり、利用停止が困難だったりする場合は、代替措置で対応することも認めているのだ。

■医療情報が当たり前に共有されたら何が起きるか

ヘルスケア産業が個人の医療情報を手にすれば、彼らのビジネスチャンスは格段に広がる。健診で血糖値やコレステロール値が高かったあなたに、結果の出た翌日にはトクホやスポーツクラブのダイレクトメールがひっきりなしに届けられるかもしれない。それを便利と思うか、おせっかいと思うか、気持ち悪いと思うかは人それぞれだろうが、個人の医療情報が「利活用」されるとは、そういう世界になるということだ。

健康食品の広告が勝手に送られてくるだけなら害になるわけでもなし、問題ないと思う人もいるかもしれない。では個人の医療情報が「利活用」されることで、その個人に害がおよぶ可能性は皆無であると言えるだろうか。

すでに健診結果は「事業主健診情報の活用」として事業者から保険者(企業)に情報提供されるシステムができている。保険者は被保険者の医療費を負担する側だから、加入者の医療費は少ないに越したことはない。ゆえに医療費のかかる加入者は保険者にとっては好まざる存在、“お荷物”ということになる。つまり健診結果の悪い、将来なんらかの疾病を引き起こすリスクの高い人は、保険者にとっては「要注意人物」とみなされる可能性が高いということだ。

■「生活習慣病は自己責任」という意識が広まる危うさ

現行の健診では、いわゆる「生活習慣病」をターゲットに検査項目が組まれている。肥満度や血圧、コレステロールや血糖値など、これらの数値を基にして将来生じうる疾病の予測と予防につなげようという意図だ。そしてこれらの数値に異常がある人については、その人の「生活習慣」に問題があるとされ、その個人に生活習慣の是正が求められることになる。つまり数値の異常をすべてその人の生活習慣に帰するという考え方だ。

このように言うと「生活習慣病は不摂生な人がなるものだ。医者のクセにそんなことも知らないのか」と言われてしまいそうだが、生活習慣病をすべて個人の不摂生そして自己責任に帰するべきでない、というのが私の医者としての持論だ。このことについては拙著にて詳しく解説しているので納得できない方はぜひご覧いただきたいが、仮に不摂生で病気が悪化した人であっても、それがその個人の怠惰や意識不足だけが原因かというと、そうでないこともじっさいに診療していると気づかされることが少なくないのだ。

暗い部屋でノートパソコンを使用する人の手元
写真=iStock.com/dusanpetkovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dusanpetkovic

■過労、深夜帰宅、貧困…努力だけでは健康になれない

例えば過労。いわゆるブラック企業で労働している方などは、生活が極めて不規則だ。食事も定時に摂ることができず、深夜に帰宅しそこで束の間の休息。いけないと分かっていながら就寝直前に“まとめ食い”、つい食べ過ぎてしまう。このような「生活習慣」をも個人の責任だけに帰されるべきと言えるだろうか。

そして貧困。収入が少ない場合、バランスの取れた食生活を維持することは困難となる。消費税も上がり、さらに昨今の物価高。かつて自由民主党の片山さつき議員はある雑誌の対談で「本当に生活に困窮して、三食食べられない人がどれほどいると思う? ホームレスが糖尿病になる国ですよ」と述べたが、生活に困窮している人の食生活こそ糖質などに偏りやすく、肥満になりやすいことは私たち医師の間では常識だ。

つまり「健康」とは労働環境や自然環境、住環境や家庭環境といった個人の独力ではいかに努力しようとも解決できないものに多分に影響され得るものなのだ。すなわち、その人の置かれた状況や背景を見ずして、データだけを見て「不摂生者」「生活習慣不良者」と決めつけて自己責任を追及したところで問題はまったく解決しないのである。

■就職活動で不利になる未来がやってくる

保険者が個人の健診結果を把握して、データのみで個人を選別する社会となれば、個人が思わぬ不利益を被る可能性も出てくる。個人の健康情報が保険者から保険者へと引き継がれることとなれば、「生活習慣不良者」とのレッテルが転職するたびにつきまとうかもしれない。企業にとってみれば、それは願ったり叶ったり。仕事の能力もさることながら、同じ能力ならばより健康リスクの低そうな人を採用したいと思うのが経営者というものだ。

しかしデータのみでプロファイリングされてしまう社会が日常となれば、自己責任に帰されるべきでない疾患を抱えた人、どんなに努力しても生活環境が変えられないばかりにデータが改善しない人、経済的余裕がなく食事療法も医療機関への受診もままならないという人が、十把一絡げに「不摂生者」との烙印を押されて排除されてしまうことにもなりかねない。

「健康」が絶対視されることになれば不健康と見なされた人が排除されていく社会につながる。それは優生思想とも親和性の高い危険な社会とも言えるだろう。

■そもそも今の保険証でなんら不便はない

そもそも今、あわててマイナ保険証にする必要などあるだろうか。現行の保険証は将来的に使えなくなると聞いたから不安、という方もいるかもしれない。だがもしマイナンバーカードに一本化されると、紛失してしまった場合、非常に不便になってしまうことから、政府は現行の保険証を完全廃止することはないだろう。つまり現行保険証のままでも何ら不便は生じないのだ。

もちろん「医療におけるDX」が不要とか無意味とか有害などと言うつもりはない。だが、政府がもし医療にデジタル技術を積極的に取り入れ、医療機関相互の情報交換を円滑に進めることを本気で目指すというなら、マイナ保険証の推進より何より、いまだに中小病院や診療所での普及率が6割以下という電子カルテの普及率を100%にすることが、どう考えても先だ。やることなすことがチグハグなのだ。

窓口負担の上乗せだけで怒っている場合ではない。「マイナ保険証」の利便性の裏に隠された「危険」にこそ私たちは十分に警戒し、なりふり構わぬ政府からの押しつけに怒りを示さねばならないのではなかろうか。

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木村 知(きむら・とも)
医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。著書に『医者とラーメン屋「本当に満足できる病院」の新常識』(文芸社)、『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)がある。

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(医師 木村 知)

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