「すべてのジャンルはマニアが潰す」新日本プロレスのオーナーが大反発されてもこの言葉にこだわった理由
プレジデントオンライン / 2022年5月9日 8時15分
※本稿は、木谷高明『すべてのジャンルはマニアが潰す 〜会社を2度上場させた規格外の哲学〜』(ホビージャパン)の一部を再編集したものです。
■なぜ「すべてのジャンルはマニアが潰す」と言ったか
すべてのジャンルはマニアが潰す。これまでの私の発言の中で最も物議を醸し、また最も広く知られている言葉です。一部の熱狂的なファンの要望を受け入れ続けると、新規ユーザーが入りづらくなり、その結果ジャンルは衰退してしまう、ということを指摘しました。
一番初めにこの言葉を使ったのは、新日本プロレスがブシロードのグループ会社になったときでした。当時は新日本プロレスを、前向きに大きく変化させなければいけませんでした。そのために外野の声をいったんシャットアウトしたかったのです。
ある程度の反発は予想していましたが、要はコアなファンに「しばらくは口出ししないで見守っていてほしい」というお願いだったわけです。
その頃は新日本プロレスに限らず、すべてのプロレスファンが「このままでは日本のプロレスはなくなってしまうかもしれない」という危機感を持っていました。ですので、今振り返ると、わざわざこんな挑発的な言葉を使わなくてもよかったのかもしれません。ともあれファンの方々は、これ以降の新日本プロレスの改革を温かく見守ってくれました。その後の新日本プロレスの大躍進は、皆さんがご存じの通りです。
■誰よりも詳しいからこそ供給サイドはマニア化しやすい
何かを大きく改革したいときには、いろんな声があると邪魔になります。声を聞いているうちに角が取れてしまって、「それは改革ではなく多少の改善でしょ」といった結果になってしまうことはよくあります。特に政治の世界では、残念なことですが頻発していますよね。
最近は「すべてのジャンルはマニアが潰す」という言葉は、商品を買ったりサービスを受ける側だけではなく、商品やサービスを提供する側にも言えることだと強く感じています。
商品やサービスを提供する側は、仕事として取り組むわけですから、その商品やサービスにずっと向き合っているわけです。だから必然的に誰よりも詳しくなります。
「こうすればもっと便利になる」「こうしたほうが面白い」「こうすれば使いやすくなる」といったアイデアも、すでにマニアの考え方になっている可能性があります。ユーザーからしてみたら、初めて見るサービスかもしれないわけです。それなのに過剰機能・過剰サービスが起こってしまうのは、供給サイドがマニア化してしまうからです。商品やサービスを受ける側の気持ちを忘れて、提供する側が自己満足に陥っているのです。
ですから常に大事なのは、商品やサービスを提供する側の人間が、商品やサービスを受ける側の立場に立って考えることです。
■「自分たちは正しい」という前提に立っていないか
新日本プロレスに関しても、まったく同じことが言えます。自分たちはマニア化してはいないか、そして自分たちがやってきたことが正しいという前提に物事を組み立ててはいないか、改めて考え直さねばなりません。
これまでやってきたことが正しかったとしても、10年前にその正しさが100だとしたら、今は50になっているかもしれない。マニア化せずに検証を続け、常に改革していく必要があります。新日本プロレスにとっては、現在は過去の10年を見つめ直し、新しい次の10年に向かうための生みの苦しみの時期と考えています。
今は特に変化が激しい時代ですから、マニア化が致命傷になる可能性もあります。マニア化してしまったら、まったくズレたものを世に送り出してしまうかもしれない。供給サイドのマニア化は、ユーザーのマニア化よりも怖い時代になりました。
すべてのジャンルはマニアが潰す。これは商品やサービスに限らず、多くのことに妥当できる現代の真理であると確信しています。
■「面白いこと」を追求するのは自分と周りを巻き込む力になる
常に「面白さ」を最優先することを心がけてほしいと、社員にはことあるごとに言っています。これまで私自身が「面白さ」を第一に考えて生きてきました。面白いことは自分と周りを巻き込む力になると、常日頃から思っています。
33歳で山一證券を辞めて最初の起業をしたときも、「会社を辞めたいから始める」のではなく、まず、「面白そうだからやりたい」が先にありました。その後も、ブシロード設立後のさまざまなことも、常に「面白い」を優先してきたからこそ今があります。
だから社員にも一番に求めるのは面白いかどうかです。常に面白い人生を歩んでいたら、その「面白さ」は周りにきっと伝わるはずです。面白くないクリエイターやリーダーには誰もついてきません。さらに詳しく言うと、「面白い」と「楽しい」は似ているようでまったく違います。
「楽しい」を追い求めると、苦労ができなくなります。文字通り「楽」な方向に流れるからです。経営者になればつらいことだらけ。「楽しい」を追求する人は、毎月給料がもらえるサラリーマンを辞めて、借金を背負ってまでして起業したりはしないでしょう。
「面白い」を追求していれば、話は違ってきます。休みもろくに取れず、月々の支払いに首が回らないような状況でも「大ピンチ! でもこんな体験めったにできないぞ」と苦労ですら心のどこかで前向きにとらえることができます。
■前向きな退職者とはその後も協力的な関係を築ける
ただ、そうやって「面白さ」を追い求めて生きていると、新しく面白いことができたとき、それが社外でしかできない場合がある。そうすると会社を辞める人も出てきます。私もそうでした。
そういった場合は、気にせず前向きに辞めるべきです。そうすると、会社としても、自然に循環ができていく。人がまったく辞めない組織はいい組織ではありません。ポテンシャルが高い人が辞めても、また新たな面白い人が必ず入ってきます。
いつでも「面白さ」を追求する人たちが集まる組織にすること。そう公言すると組織にへばりついていることが目的ではなく、常に楽しいこと、面白いことを求めている社員が増えるので組織の活性化にもつながります。年間、5%から10%の間ぐらいは人が入れ替わるのが理想です。新卒だけでも中途採用だけでもダメ。両方が同じくらいの人数が入ってきたほうがバランスがいい。
そういう社風になると、一度辞めた人がまた戻ってくるという選択肢も出てきます。面白いことを探して前向きに辞めたのなら、その人が移った会社との協力関係も生まれます。ただ業界によっては辞めた人の会社とあまり仲が良すぎるとそれはそれで角が立ったり、よく思わない人もいたりするので、そこは注意が必要です。
適度な付き合い方を保っていれば、後々、必ずプラスに働くはずです。
社風に「面白さ」を掲げるだけで、自然と面白い人材が集まる組織ができあがります。
■人の移動がまったく起きない組織はどこかおかしい
勤続年数の長い社員が多いことや、まったく人が辞めないことを自慢する会社がありますが、私はそれはおかしいと思っています。人によっては他にもやりたいことはあるだろうし、仕事をやりたいと思っていた人が、子供ができて自分の時間、家族との時間が欲しいと思うこともあるかもしれない。
もしくは、ある日突然やり甲斐は二の次で、とにかく給料がもっと欲しいと思うかもしれない。東京じゃなくて地方に住みたい、と考え始める人もいるでしょう。これまで仕事をバリバリやっていた人が、急に会社を辞めるということは多々あります。みんな人間なのですから時間と共に変わっていく。まったく人の移動が起きないという組織は逆にどこかおかしいでしょう。
会社は、年間5~10%くらいの離職率があってちょうどいいと考えています。ただ、15%を超えたらまずい。それ以上だと組織に問題があると思ったほうがいいでしょう。
■海外では社員がお互いの給料を知っている
もちろん、これは日本の場合で、海外では離職率はもっと高くなります。なぜ海外では離職率が高いかというと、基本的に転職しなければ給料が上がらないことが多いからです。仕事を変えて上がり、また仕事を変えて上がり……ということを繰り返すしか給料が上がらない仕組みになっています。ですから有名な会社ほど、その会社での社歴が短い人が多いんです。
意外に思われるかもしれませんが、外国人はすごくおしゃべりです。ブシロードのシンガポールの現地法人でも社員はみんなお互いの給料を知っていました。そうすると「自分の給料がこんなに低いなんて会社はおかしい!」という話になります。ですから日本のマネジメントと海外のマネジメントは違うものになります。
私は2014年~2018年の間、日本を離れ、拠点をシンガポールに置いていました。私が日本に帰国後、1年間シンガポールを任せた中山淳雄さん(現エンタメ社会学者)は、もともとリクルート出身でコンサル業務もやっていたので、そのあたりの交渉が上手です。人事的なマネジメントをテクニカルにやっていく。理論としてあるものをそのまま適用させる。これがシンガポールではとても有効でした。お互いの疑問点を晒しあったうえできちんとディスカッションをしてセオリー通りに進めるのです。
何事も淡々と感情を挟まないで行動するのが向こうでの常識です。日本の場合はどうしても情が残ってしまう。ここは日本の悪いところだと思う反面、良さでもあると私は思っています。ただ最近は、日本でも良い意味で人事的マネジメントはテクニカルになってきたと思います。
■3年から5年で所属部署を変えるのが望ましい
会社にとっても個人にとっても、転職することは悪いことではありません。人が辞めることで新しい人が入ってくる。もちろん、事業内容にもよるでしょうが、新しい人が常にいる環境が我々エンタメの分野では重要です。
ただ、経営の側から言うと、いつでも都合よく人が入れ替わるわけではありません。ではその新しい環境を保ち続けるためにはどうすればいいか。社員の異動はそのためにあります。
社員の所属部署は3年から5年の間で変えるのが望ましいでしょう。もちろん経理とか法務などの専門職であれば長めに在籍したほうがいい場合もあります。IPのプロジェクトもひとつのプロジェクトに最初から関わるなら3年から4年はやらないとダメです。
ブシロードの例を見ると、カードゲームの開発は長く在籍する人が多いですね。営業的な仕事であれば、ブシロードとブシロードのグループ会社の人間を定期的に入れ替えるような大掛かりな異動をやってもいいと思っています。
■5年間やってきたことを「さらに面白くしよう」とはならない
特に同じ部署に5年以上在籍している人はピックアップして異動してもらうようにしています。「5年間、同じことをやってるからもっと面白くしたいな」という発想にはなかなかならないものです。それを変えられる人であればいいですが、自ら今やっていることを、そこからさらに面白くできる人間は少数です。なので、ある程度こちらから環境を変化させてあげたほうが本人のためにもいいのです。
マンネリをなくすために異動はある。異動が決まった人は「また刺激に満ちた毎日が始まる」とプラスにとらえて楽しめば、人生はより楽しくなるはずです。
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ブシロード会長
1960年生まれ、石川県出身。山一證券を経て、1994年にブロッコリーを設立。2001年にJASDAQ上場を果たす。2007年ブロッコリーを退社し、ブシロードを設立。『ヴァイスシュヴァルツ』『カードファイト‼ヴァンガード』などヒット商品を立て続けに世に送り出す。2012年には新日本プロレスリングを子会社化し、2019年7月にはブシロードを東証マザーズに上場させた。
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(ブシロード会長 木谷 高明)
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