被害者の3人に2人はまったく気づかない…アップルの"AirTagストーカー"の対策が困難であるワケ
プレジデントオンライン / 2022年5月9日 11時15分
■GPS端末で600回居場所を確認しても「無罪」
スマホの位置情報を知ることができるGPS機能は、地図やゲームなどさまざまなアプリで活用されている。ある女性はこんなふうに使っているそうだ。
「夫が嫉妬深くて、いつも『どこに行ってたの』『誰といたの』って質問攻めにされるので気が重くて。それくらいならと思って、Zenlyで居場所を共有するようにしたら、質問が減って気が楽になった。いつもいるところをチェックされていると思うと微妙だけれど、質問攻めよりはまし」
「Zenly(ゼンリー)」は利用者同士でGPSの位置情報を共有できるアプリだが、当然ながら相手との信頼関係や同意が不可欠だ。家族や恋人同士などは利用できても、一方的に思いを寄せている場合は利用できない。勝手に相手の位置情報を確認する行為は、ストーカー規制法違反に問われる可能性があるからだ。
しかし、ほんの数年前まではSNSでしつこくメッセージを送ったり、GPS発信機等で無許可に居場所を確認する行為が同法の規制対象ではなかったことをご存じだろうか。
実際、長崎県の男(53)が2016〜17年に元交際相手の車にGPS発信機を取り付け、約600回にわたって位置情報を取得した行為は、最高裁でストーカー規制法違反に当たらないと判決が出されている。同法が禁じる「見張り」は相手が普段いる場所の近くで動静を観察する行為であり、車の位置を知ることは該当しないと判断したためで、この最高裁判決が出たのは2020年7月のことだ。
■位置情報の無断取得が規制対象となり、摘発が相次ぐ
法律がストーカー被害の実態に追いついていないことが問題となり、ストーカー規制法は時代に合わせて改正された。
2017年にはSNSでのつきまといが新たに規制対象に追加。2021年8月には、さらに「GPS機器等を用いた位置情報の無承諾取得等」が規制された。これによりようやく、ひそかに他人の持ち物にGPS機器を取り付けたり、位置情報を取得する行為が規制されたのだ。
2022年4月には、会社員の男(52)が20代のタレント女性の乗用車にGPS装置を取り付けたとして、ストーカー規制法違反の疑いで逮捕されている。男は女性のファンであり、活動場所に姿を現したり、SNSでやり取りしていた。男はそれまでに30回にわたり、無断で位置情報を取得していた。
2021年9月には、元交際相手の40代女性の車にGPS発信機をつけて位置情報を把握したとして48歳男が書類送検された。男は約90回位置情報を確認し、女性に対して「行動を把握している」とメッセージを送りつけていた。女性が車を調べると、車の下に発信機が仕掛けられているのを発見、通報に至ったのだ。
男は動機について「女性の行動を知りたかった」と語っているが、自らメッセージを送っていなければ位置情報を把握していることはわからないままだったかもしれない。
■女性のバッグにいつの間にか入っていたAirTag
GPSを悪用したストーカーが摘発される中、新たに問題となっているのが、AppleのAirTagだ。米国在住の20代女性は不可解な出来事があったと話す。
「自宅に帰る途中、iPhoneに『AirTagが見つかりました』と表示が出てパニックになった。慌ててあちこち探したら、バッグの中に知らないAirTagが入っていた。レストランで椅子にかけていたときか、通勤電車で入れられたのかもしれない。覚えがなくて怖い」
無断で入れられていた意図は明らかではないが、おそらくAirTagを悪用したストーカー被害と考えられるだろう。
女性は警察に届けたが、iPhoneの通知のみでは十分に証拠にならず、誰かが自宅に訪れないとストーカーとは証明できないのではないかと言われてしまったという。警察に届けても、このように満足な対応をしてもらえない例は少なくないそうだ。
■500円玉サイズのタグで現在位置が特定できる
AirTagとは、紛失・盗難防止のために鍵や財布、自転車などにつける紛失防止タグのことだ。500円玉より一回り大きいサイズ(直径約3センチ、厚さ8ミリ)で、Appleが2021年4月に発売した。
AirTag自体にはGPSは搭載されておらず、Bluetooth通信でiPhoneと通信し、「探す」アプリで位置情報がわかる仕組みだ。自分のiPhoneだけでなく、周囲にある他人のiPhoneを介して情報が渡される。
位置情報については、「あのビルにいる」程度までわかるくらいの精度。多少ズレはあり、更新頻度はリアルタイムではなく数分間のラグはあるものの、自宅などその場にとどまる時間が長くなれば特定は容易だろう。
■悪用した犯人を特定しにくく、検挙には高いハードル
本来は紛失防止タグだが、以前から子どもの見守りなどにも使われている。居場所が正確にわかる専用の見守り端末は多数あるものの、たとえば「みてねみまもりGPS」や「GPS BoT」などはそれぞれ端末代5280円の他に月額料金528円がかかる。それ故、何かと物入りの子育て世代の中には、3800円の端末代だけで済むAirTagを利用する家庭があるのだ。
見守り端末は充電の必要があるが、AirTagなら電池が約1年持続するため鞄に入れっぱなしでもいいという楽さもあるようだ。
この便利な機能を、他人の持ち物や乗り物に仕込んでストーカーや盗難に悪用するケースも出てきている。対象者の自宅や居場所を確認したり、目をつけた高級車のナンバープレートやバンパーの裏などにつけてひと目のない時に盗んだりという被害が続いている。たとえば、カナダの地方警察は2021年9月以降、AirTagが使われたとみられる高級車の盗難事件が相次いでいると注意を呼び掛けている。
日本でもAirTagを使ったストーカー被害の相談などが警察に届けられているが、ストーカー規制法は現時点では「GPS機器等」を対象としており、Bluetoothを用いるAirTagが規制対象となるかはグレーゾーンだ。その上、持ち主の特定や意図の特定が難しく、検挙が困難な状態だという。
■アップルの防止策は5つの手動操作が必要
Appleはこうした悪用への対策として、自分のものではないAirTagと30分以上一緒に移動すると、iPhoneに「あなたが所持中のAirTagが見つかりました このAirTagの所在地は所有者が見ることができます」と表示させる変更を加えている。
この通知を受け取るには、①「位置情報サービス」と②「Bluetooth」をオンにした上で、③「設定」→「システムサービス」→「iPhoneを探す」をオンにする。ここで、自宅など特定の場所に着いたときに通知してもらうには④「システムサービス」→「利用頻度の高い場所」もオンに。続いて⑤「探す」Appを開き、「自分」タブをタップしてトラッキング通知を有効にする必要がある。
一定時間後にはAirTagが音を出して存在を知らせる仕組みもある。以前は3日間で音が鳴る仕組みだったが、8時間から24時間の間のランダムな時間に変更になっている。
不審なAirTagの存在に気づいた場合、通知をタップするとAirTagに関する情報(シリアル番号、登録者の電話番号の下4桁など)が表示される。スクリーンショットなどで保存してから警察に届けよう。Appleの公式サイトでも詳しい手順を紹介している。
電池を抜き取れば音を停止させることも可能だが、自宅付近で抜き取ると最終発信地点に自宅があると伝えてしまうことになる。自宅から離れた場所に移動してから抜くと安心かもしれない。
■被害者の3分の2はAirTag犯罪に気づいていない
このような表示が出るのはiPhoneユーザー限定なので、Androidユーザー向けに「Tracker Detect」アプリもリリースされている。しかし、こちらもユーザーが自らアプリを起動して手動でスキャンする必要があり、実効性に乏しい。
米テックメディアMotherboardのレポートによると、米国で直近8カ月に報告されたAirTagによる犯罪は150件に上る。そのうち全体の3分の1に当たる50件は、iPhoneの通知によりAirTagで居場所を追跡されていることに気づき、警察に通報。そのうち25件は被害者の元パートナーや夫、上司など身近な男性が加害者だった。
つまり、残りの3分の2に当たる100件は気づくことができていないのだ。
■正しく使えば盗難・紛失防止に効果的だが…
AirTagによって窃盗犯が逮捕される例も起きている。2022年3月、沖縄県恩納村の民家に忍び込んで現金17万円入りの財布を盗んだとして、18歳の無職少年が逮捕された。被害者が財布にAirTagをつけていたため、位置情報を基に容疑者の自宅を捜索し、逮捕につながったという。
兵庫県警によると、60代男性が車上狙いに遭ったケースでは、ゴルフバッグにAirTagをつけていたおかげで、盗まれたゴルフクラブ13本のうち12本が男性の元に戻ってきたという。
AirTagを正しく使えば、このように盗難防止や紛失防止に役立つ。しかし、前述のように悪用による事件も多発している。また、AirTagがストーカー規制法の対象となるかも判然としていない。
新しい技術やサービスは便利だが、悪用する人も出てくる。まだ対策は十分とは言えない状態であり、メーカー側でもっと対策すべきだろう。また、被害が増え続けるようであれば、GPS情報を悪用したストーカーを規制対象だと明示したように、法改正などの対応も必要なのではないだろうか。
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成蹊大学客員教授
ITジャーナリスト。書籍、雑誌、webメディアなどの記事の執筆、講演などを手掛ける。SNSや情報リテラシー、ICT教育などに詳しい。著書に『ソーシャルメディア中毒』『できるゼロからはじめるLINE超入門』ほか多数。「あさイチ」「クローズアップ現代+」などテレビ出演多数。元小学校教員。
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(成蹊大学客員教授 高橋 暁子)
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