習近平を美少女アニメで侮辱して逮捕…中国反体制ネット民が仕掛ける「おっぱい肉まん作戦」の真の目的
プレジデントオンライン / 2022年5月1日 12時15分
■中国で「クマのプーさん」がヤバい理由
すこし前の話だが、フィギュアスケートの名選手・羽生結弦の演技後にファンが「クマのプーさん」のぬいぐるみをリンクに投げ込むパフォーマンスが、北京冬季五輪の際に関心を集めたことがあった。恒例であるはずの「プー投げ」は結局、北京ではおこなわれなかった。
中国側はその理由としてコロナの感染対策問題を挙げていたのだが、背後では違った見方も囁(ささや)かれた。すなわち、「クマのプーさん」は習近平と外見が似ているため、中国当局はプーさんを表に出すのを嫌がったのだ──。というのである。
バカバカしい仮説に思えるかもしれないが、実際はあながち的外れでもない。なぜなら、中国のアングラ的なインターネット空間において、プーさんが習近平の隠喩として使われているのは事実なのだ。
中国では厳しいネット言論統制がおこなわれているが、反体制派の中国人ネットユーザーが作ったプーさんコラージュやこれに類するジョークは、その気になって探せばすぐに見つかる。
![ウクライナ戦争の開戦後、反体制派中国人のTelegramチャンネルに投稿された中露関係を皮肉るコラージュ。明らかに習近平の象徴として「クマのプーさん」が用いられている。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/5/1200wm/img_453622c2e4be154bc7f4cb807dc4a69f669760.jpg)
それらのなかでも興味深いのが、中国当局の統制を受けない海外メッセンジャーアプリ「Telegram」に開設されているチャンネル『VoP』(維尼之声、Voice of Pooh)だ。
チャンネル名はアメリカの国営放送『VOA』(Voice of America)をもじったものらしく、日本語に訳せば「プーの声」である。
■登録者は2.6万人程度…「プーの声」が流す反体制娯楽情報
「プーの声」は、中国共産党体制に不都合な情報をやや不謹慎な調子で紹介したり、体制風刺的な意味を持つ「バカ画像」を紹介したりする娯楽ニュースチャンネルだ。
閲覧登録者の数は2.6万人程度と、現代世界のウェブコミュニティーの人数としては決して多くないのだが、Telegramを使いこなせる在外中国人の反体制派と、中国国内のネット規制を技術的に突破して海外サービスに接続できる中国人たちの絶対数が限られていることを考えれば、無視できる数でもない。
Telegramはセキュリティー機能が高いとされ、特に中華圏の利用者はアングラ色のあるクローズドなオンライングループを多く作る傾向がある(2019年の香港デモでもしばしば活用された)。ゆえに「プーの声」以外にも、「学習牆国」や「某科学的一個頻道」「三戦快報」など、参加者数が1万~1.5万人程度の中国語反体制チャンネルがいくつも存在している。
ただ、「プーの声」はそれらのなかでも最大手で、ネタの切り口や笑いのセンスと、情報の質のバランスがいい。後述する反体制的な娯楽サークル「乳透社」とも深い協力関係を結んでいる。
![「プーの声」のTelegramチャンネル。一見かわいいアイコンだが、ウクライナ国旗を背景に「翠」の字が書かれた演台で喋(しゃべ)るプーさんという攻めたデザイン。ちなみに「翠」の漢字は分解すると「?卒」(習近平死す)と読むことができる。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/6/1200wm/img_c605c0e12534404b7629c0ec5debb0dc161266.jpg)
一連の中国語反体制チャンネルは、私が過去の記事で取り上げた「悪俗圏」や「浪人(大翻訳運動)」などのネットコミュニティーとも、かなり近いメンタリティを持つ。
いずれも悪ふざけ的でオタクっぽい傾向を持つ若い中国人男性が中心で、従来の中国民主化運動や人権擁護運動(維権運動)とほとんど接点を持たずに活動している、独立性の強いアングラ・ネットカルチャーだ。
近年、こうした中国語圏のネット民の動きはアメリカのRFA(ラジオ・フリー・アジア)やVOA、ドイツのDW(ドイチェ・ヴェレ)、フランスのRFI(ラジオ・フランス・アンテルナショナル)など西側各国の政府系メディアの中国語版が相次いで報じており、国際的にも注目されつつある。
■習近平のパロディー化は「犯罪行為」である
「プーの声」の編集担当者に連絡を取って尋ねたところ、彼らのチャンネル成立は2019年6月14日。開設の動機は「フェイクニュースの横行に反感を持ったから」だったという。以下、インタビュー形式で運営側の声を紹介していこう(回答者名は「プー」)。
——「プーの声」のコンセプトを教えてください。
【プー】中国国内のSNSやメッセンジャーソフトなどでやりとりされている政治的に敏感なやりとりを、観察・記録・収拾して「時代の浮世絵」を作ることだ。ほぼすべてが政治的な内容だから、娯楽が7割、(マジメな)政治的な性質が3割ってところかな。
——運営スタッフはどんな人たちなのですか?
【プー】詳しくは公開できないけれど、少人数で全員がボランティアだよ。中国国籍を放棄したか、近く放棄する予定の、中国国外在住者が大部分だ。配信するニュースについては、チャンネル参加者の一般投稿を受け付けるbotがある。こちらへの書き込みを、スタッフ側で精査・編集してからリリースしている。
——運営スタッフが中国の国家安全部などの脅しを受けたりした事例はありますか?
【プー】現時点では起きていない。ただ、当局関係者はチャンネルを監視していると思う。「プーさん」みたいに習近平を直接パロディー化する表現は、連中が絶対に容認できない“犯罪行為”だからね。
——「プーの声」の閲覧者たちはどんな人が多いのでしょうか?
【プー】データを見る限りはUTC+8……。つまり中国標準時のタイムゾーンにいるアカウントが圧倒的に多い。おそらく閲覧者は、中国国内から「壁超え」(注:当局のネット閲覧規制を技術的に突破すること)で接続している若者が多いんじゃないかな。現代の中国で、国家や共産党に異論を持つ人間は決してメインストリームの人間じゃないんだけどね。
■日本から米中に飛び火した「2ちゃんねる」不謹慎文化
過去15年ほどの経緯を観察する限り、中国のネット上のアングラ反体制カルチャーと日本のオタク的なインターネットカルチャーは、かなり長期間にわたる接触と交流が存在している(なお、私はゼロ年代末に中国のネット掲示板の翻訳ブログを運営しており、2010年に中国ネット世論についての著書を書いてデビューしているので、この分野には一家言ある立場だ)。
往年、日本のゼロ年代のネット文化を牽引していた2ちゃんねる(2ch。現「5ちゃんねる」)や、それと空気感が近いサイト(ふたばちゃんねる、ニコニコ動画など)は、やがてアメリカに影響を及ぼして「4chan」や「8kun」などの大規模掲示板群を生んだ。
本家の2ちゃんねらーたちが持っていたオタク的な雰囲気、悪ふざけやブラックユーモアを好む傾向、萌えアニメ文化との親和性とホモソーシャル気質、強い政治に対するサブカル的な関心などの特徴も、アメリカの掲示板文化に伝播(でんぱ)した。やがて独自の進化を遂げた「4chan」からアノニマス、「8kun」からQアノンが生まれ、世界を騒がせることになった。
だが、実は中国についても似た構図があった。習近平政権が成立する前(2012年以前)の、ネット言論の自由が比較的存在していた時代に、中国の大規模掲示板群『百度貼吧』の一部のカテゴリーは、上述した2ch系文化の影響をかなり濃厚に受けていたのだ。前出の「悪俗圏」や「浪人(大翻訳運動)」などのコミュニティの母体も、そうした空気感のなかから成立している。
■習近平のパロディー動画、再生回数は100万越えも
「プーの声」と関係が深い娯楽サークル「乳透社」は、日本のオタク文化の影響をかなり強く受けている人たちでもある。彼らの主要な活動は、習近平をターゲットにした侮辱的なパロディーコラージュ画像や映像を作成して、SNSや動画共有サイトで拡散することだ。
「中国をバカにする言説」は中国語で「辱華」(rǔ huá)といい、「乳」(rǔ)と同音だ。乳透社はこれを踏まえた上で、アメリカの通信社ロイターの中国語名(路透社:lù tòu shè)をもじって「乳透社」と名乗っている。なお、彼らが配信する習近平パロディー作品は「乳制品」(rǔ zhì pǐn)と呼ばれる。
乳透社の関係者がいかに日本の影響を受けているかは、実例を見れば明らかだろう。たとえば以下は、日本の音楽系Vtuber(人魚の歌姫)の海月シエルがフリー配信している「#Vtuber一問一答自己紹介」という日本語の萌え系音声に、習近平の演説シーンを切り貼りして作成された「もし習近平がVtuberだったら」という衝撃のネタ動画だ。
![乳透社の広報スタッフおすすめの乳制品「【??】【辱包】Vtuber?近平的一?一答自我介?」https://youtu.be/Btzsgqln7f8 正直、日本人のわれわれでもついていきにくい独自のオタクノリである。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/d/1200wm/img_ad8f1b7a737a5b63a9570e3904bfa8aa542859.jpg)
一部の「乳制品」動画は100万PVを上回る再生回数を記録しており、乳透社は中国のアングラ的なネット民の間で広く知られる存在だった。だが、2021年2月に系列下の2つのチャンネルがYouTube運営によって削除されている。
事態を報じた2月11日付けのRFA中国語版の記事によると、乳透社側は突然の削除について、中国当局による嫌がらせ通報が理由だとみているようだ。だが、仮に実際にそうだったにせよ、「乳制品」には削除されても当然ではないかと思えるほど悪ノリが過ぎた作品も多い。
現在、乳透社は新規のYouTubeチャンネルをスタートさせているが、いまや活動の主戦場はRumble(アメリカの右派系ユーザーに人気だという動画共有サイト)に移りつつあるという。
■「乳制品」動画職人の大多数は逮捕歴あり
習近平には、「プーさん」のほかに「包子」(bāo zi:肉まん)というあだ名がある。ゆえに習近平のパロディーをおこなう行為は「辱包」(rǔ bāo:肉まん侮辱)や、中国語で同音である別の漢字に置き換えた「乳包」(rǔ bāo:おっぱい肉まん)などと呼ばれている。
今回、私は乳透社の広報スタッフのStephanie(20代、カナダ在住)と連絡を取り、彼らが「おっぱい肉まん作戦」をおこなう理由について話を聞いてみた。以下、「プーの声」と同じくインタビュー形式で紹介していこう(回答者名は「乳」)。
——乳透社の運営体制について、差し支えない範囲で教えてください。
【乳】運営スタッフはすべてボランティアで、人数は十数人。現時点では全員が中国国外にいる。過去に「乳制品」を投稿してくれた職人には、中国国内の人たちもいたんだけれど、彼らの大多数は国家安全部から逮捕や脅迫を受けて、創作活動ができなくなったんだ。現在の「乳制品」職人たちは、基本的に中国国外の在住者だ。
——なぜパロディーの形で戦うんです?
【乳】ここ数年の習近平と中国共産党の急激な暴走のなかで、普通の人間ができる戦いかたは限られている。党の政策への不満や習への反対を吐き出す方法は、パロディー動画を作ってバラ撒(ま)くくらいしかないんだ。ただ、この方法をやっているうちに「乳包文化」のファンが生まれてきて、ネット発のサブカルチャーみたいになった。ちょうど、日本のニコニコ動画の「野獣先輩」みたいな感じになってしまった。
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/6/1200wm/img_36e5f5efea3a7564afdc6aaa2fb09f07627976.png)
——乳透社の活動で、遊びの部分とマジメにやっている部分の比率はどのくらいですか?
【乳】50%対50%という感じかな。僕たちの目的には、娯楽もマジメな部分もあるんだ。チャンネルを開設してから、フォロワーが増えて影響力が大きくなったことで、僕たち「おっぱい肉まんマン」(乳包人士)は一種の使命感を覚えるようになった。これらのパロディー作品を通じて、中国国内で強い圧力に晒(さら)されている体制に批判的なネット民たちに、ちょっとした楽しみと希望を届けられればうれしいよ。
おこなっていることは不謹慎極まりないにもかかわらず、彼らは思ったよりも本気の反体制運動として「乳制品」の制作や拡散に励んでいるようだった。
■「陽キャ政党」中国共産党への反乱
近年、中国では厳しいネット統制が敷かれている。中国国内からは、TwitterやLINEのような国外の大部分のサービスには接続できず、中国国内のSNSでは、少しでも敏感な内容の投稿であれば削除される。
![街路の人々のシルエットと影](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/f/1200wm/img_8ffccbc4ae99d272193552d49763d8671131238.jpg)
しかも最近は管理側の技術が洗練され、大部分の中国人は自分たちが統制を受けていることすら自覚せずにネットを使うようになっている。ニュースについても、常にポジティブな切り口でのみ体制や社会の問題に言及せよという「正能量」(正しきパワー)が強く求められている。
現代中国のプロパガンダはくだけた文体の文章や動画が個人のスマホに飛び込んでくる形であるため、往年の新聞や国営テレビ放送を通じたお堅いプロパガンダと比べても、情報の受け手に違和感を持たれにくいようだ。
ゆえに、たとえば新型コロナはアメリカ発の伝染病であるとする陰謀論的な認識は、中国ではかなり広まっている。現代の中国が「歴史上で最も偉大な時代」で、中国の政治体制はアメリカや日本よりも優秀であると無邪気に信じる人も、若い世代を中心に多い。ポジティブ志向の「正能量」は爽やかな「いい子」と相性がいいため、世間で評判のいい感心な若者ほど、プロパガンダの世界観を自然に受け入れる傾向が強い。
逆に言えば現代中国において、「陽キャ政党」である中国共産党にわざわざ反発するような若者は(体制による被害の直接的な当事者以外は)オタクでひねくれ者が多くなりがちだ。「プーの声」や乳透社を担う人たちの姿からも、そうした構図は透けて見える。
とはいえ、国家指導者を侮辱するだけで拘束されてしまう国では「習近平のあだ名を冠した娯楽ニュースチャンネルにアクセスする」「パロディーコラージュを作ってバラ撒く」といった行為すら、状況次第では命懸けのレジスタンス行動になり得る。彼らが厳しい状況で戦いを続けていることも、やはり確かなのである。
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ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員
1982年生まれ、滋賀県出身。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞。他の著作に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)、『八九六四 完全版』(角川新書)など。近著は2022年1月26日刊行の『みんなのユニバーサル文章術』(星海社新書)。
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(ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員 安田 峰俊)
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