「離乳食に10倍粥は必要なかった」小児科医が離乳食に手間をかけなくていいと断言するワケ
プレジデントオンライン / 2022年5月14日 15時15分
■「手作りだからいい」「買ってきたからダメ」とは言えない
子供の食事に、大変さを感じている親は多いものです。日本の保護者は総じて真面目で、大人だけなら「まあ適当でもいいか」と思えても、子供がいるときちんと用意しないと、と思ってしまいがちですね。しかも「子供のために手作り料理を出さないと」「美味しくて栄養のある食事をしっかり食べさせないと」という世間からの無言の圧力を感じることがあるからだと思います。
特にその重圧は、お母さんに向けられがちです。いまだに手作り料理こそが「愛情」の点でも「栄養」の点でも最良だと信じられていたり、さらにそういった個人的な価値観を押し付けられる場合があるのです。実際に少し前、幼児を連れた女性がスーパーかどこかの惣菜コーナーでポテトサラダを手に取ったところ、見知らぬ高齢男性から「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と言われて俯いたのを目撃した人が、その状況をツイッターに投稿して、ひどい話として話題になりました。本当にあり得ない言動でしょう。
こういった世間からの圧力があると、親は忙しかったり疲れていたりして料理をしたくないときに罪悪感を持ってしまいがちです。時間や体力、気持ちなどに余裕があって、お父さんでもお母さんでも本人がしたければ、料理をしたらいいと思います。手作りなら自身や家族の好みにできるし、家庭の味ができるのはいいことですし、塩分や油分なども控えめにできるかもしれません。
でも当然ですが、お弁当やお惣菜、冷凍食品などを買ってきても問題ありませんし、外食しても構いません。手作り料理でも、買ってきた料理でも、それぞれに栄養バランスや材料などがいいかどうかは異なりますが、どの種類だからダメということはないでしょう。手作りだと栄養価がより高かったり、より安全だったりするというものでもありません。
■生後5〜6カ月からは離乳食が必要
子供の食事(離乳食)は、生後5〜6カ月にスタートする必要があります。母乳は赤ちゃんにとって、シロップで補うビタミンK(※1)を除き、ほぼ「完全栄養食品」です。でも、生後5〜6カ月頃になると必要な栄養が増えることで、母乳だけでは補えなくなります。
※1 ビタミンKが不足すると、消化管から出血する「新生児メレナ」や頭蓋内出血を起こしやすくなるため、1カ月検診までにビタミンK2シロップを3回飲ませます。
ですから、離乳食が進まないと、例えばビタミンD、カルシウム、鉄分が不足して、ビタミンD欠乏症、低カルシウム血症やくる病になることも。これらの病気は、栄養状態の悪かった過去のものと思われていたにもかかわらず、近年報告が相次いでいます。また「母乳性貧血」という言葉があるように、離乳食が進まずに母乳だけを飲んでいる場合は貧血になることもあるのです。ですから、まずは正しい時期に離乳食を始めることがもっとも大事です。
■離乳食にすごく時間や手間をかける必要はない
さて、離乳食について調べると、大変そうに思えるものが多いですね。すごく手のこんだ「離乳食レシピ本」、10倍粥から始めて徐々に濃いお粥にするという「育児書の解説」、子供用の食材は特別なものを使い、特に魚は刺身用の柵を買ってきて外側を切り落としたものを使うなどと教える「離乳食教室」……。私は離乳食ももっと気軽に、普通の食事の延長線上にあるべきだと思います。
離乳食だからといって、すごく手間や時間をかける必要は特にありません。生モノや消化のよくないキノコ、ハチミツなどの年齢的に食べられない食材を避け、大人と同じ食事を味付けする前に取り分けて切ったり潰したりして食べやすくしたらいいのです。もちろん市販の瓶詰めやレトルトを使ってもいいでしょう。
離乳食の基本については、ママサイトや離乳食のレシピ本などを見るよりも、厚生労働省のホームページにある離乳スタートガイド別添「離乳食ざっくりスケジュール」がわかりやすく、内容も的確です。
![離乳食を食べる赤ちゃん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/4/1200wm/img_f44a18c08a05367e923359443c85a3c6389563.jpg)
■「10倍粥は薄すぎる」と小児科では言われてきた
そもそも、意外に思われる人がいるかもしれませんが、公の資料には離乳食の開始は「10倍粥から」などとは一切書かれていません。母子手帳を見てみましょう。「つぶしがゆから始める」と書いてありますね。小児科ではずいぶん以前から言われてきましたが、10倍粥では薄すぎるのです。母乳や育児用ミルクしか飲んでいなかった子にあげるものなので、同じくらいのカロリーがないと栄養不足になってしまいます。
じつはWHOの「補完食」(※2)についてのガイドを見ても、その国ごとに主食になっているものを柔らかくして食べさせます。そのペースト状に柔らかくしたものの濃度は、スプーンですくって容易に落ちない程度の濃さです。母乳や育児用ミルク以外の味を体験させるために、少し10倍粥をあげるのはいいでしょう。でも、水っぽいお粥でお腹が一杯になってしまってはいけません。ちなみに、WHOの『補完食』を見ると、日本の離乳食の固定観念から自由になったり、食事を嫌がる子にどうアプローチしたらいいのかのヒントが見つかることもあるでしょう。
※2 補完食とは、母乳に足りない栄養を補うための食事のこと。離乳食も大人のような食事を食べられるようになる前に食べさせる、母乳と普通食の間の食事ですね。離乳食も母乳で不足する栄養を補いますから、同じものとしてここでは離乳食という言い方に統一します。
■幼児と児童の食事は「1週間単位」でバランスをとる
1歳頃に離乳食を完了したら、幼児食です。幼児が食べられる量は大人に比べて少ないので、食べやすくしても、栄養がバランスよくギュッと詰まったものにしてください。ただ大人食と幼児食の2種類を作るのは大変ですから、無理せずに味付けだけ変えるとか、加熱時間を変えて柔らかくするだけなどの工夫をしましょう。「栄養バランスのよい食事」がどういう食事かがわからない場合は、以下を参考にしてみてくださいね。
![厚生労働省「食事バランスガイド」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/0/1200wm/img_80ce8ab878bedd466aa6e711eb3db721334346.jpg)
さらに大きくなって、育ち盛りの児童の食事はどうしたらいいでしょう。乳児期は人生で一番の成長期ですが、第二の成長期もやはり鉄分、カルシウム、タンパク質などの体を大きくするための栄養素が大事ですね。子供は大人のミニチュアではない、つまりサイズが小さいだけではないので、大人の食事を少量にするだけではダメなのです。管理栄養士さんが考えてくれる学校給食はとても助かります。
でも、同じように家庭で毎食バランス良く食べるというのは難しいですね。ですから、幼児にしても児童にしても1週間単位くらいで、必要な栄養を摂れるようにしましょう。栄養バランスを考えたミールキットもありますし、もちろん買ってきてもいいのです。
子供自身が大きくなってくると、なぜ様々な栄養素が必要なのか、それが体の中でどのような働きをするかなどを理解できます。学校でも習ってくるでしょうが、農林水産省が出している「子どもの食育」を親子で一緒に見るといいでしょう。
■「子供が食べない」悩みはとてもよくある
子供の食事が大変な大きな理由の一つは、「食べない」ことにあるでしょう。「子供が食べない」という悩みは、とてもよくあります。乳幼児健診をやっていると、数人に1人の保護者から、そういう相談をされるほどです。外国にルーツのある親子を診ることもありますが、海外の親御さんたちも日本の親と同じように「子供が食べない」と苦労しているようです。
まったく飲食をしないという子はほとんどいないのですが、離乳期には「母乳(育児用ミルク)しか飲まない」「食べることに全く興味がない」、それ以降には「食べるものが偏っている」「同じものしか食べない」「食べムラがある」「ほんの少量しか食べない」などと様々で、同じ「子供が食事を食べない」にしてもディテールはいろいろです。
私の子供も、離乳食は食べたがらなくて困ったので、そういった相談をされると、とても共感します。一生懸命手をかけて作っても、選びぬいて買ってきても、子供が口を開いてくれず、拒否されるととても悲しいものです。手作り離乳食よりも、市販のどこにでもあるレトルト食品を好まれたりすると挫折感を感じることもありました。
■「離乳食を食べない」への新しいアプローチ
離乳食をあげても食べないという悩みは、本当によく聞きます。「スプーンであげようとしても口を開いてくれない」場合、「目についた物を口に入れたがるかどうか」を確認してみてください。何でも口に入れたり噛んだり、舐めたりするようであれば、自分で口に入れるのなら大丈夫かもしれません。
大人に置き換えて考えてみましょう。もしも誰かが急に何なのかわからない食べ物をスプーンで口に入れようとしてきたら、嫌ではないでしょうか。子供だって差し出されたものをよく見る、触る、舐めてみる、口に入れるけどまた出してみるなどして確かめたいのでしょう。最近の離乳食の進め方には「Baby-Led Weaning(赤ちゃん主導の離乳)」(参考:一般社団法人日本BLW協会『BLW(赤ちゃん主導の離乳)をはじめよう!』原書房)といって、子供にペースト状のものを親がスプーンであげるのではなく、赤ちゃん本人の意志を尊重して食べることを促す方法があります。ぜひ試してみてください。
そうやって自分で食べさせると、食品が間違って気管支のほうに入ってしまう「誤嚥(ごえん)」を心配する方がいるかもしれません。従来の食事のあげ方とBLWでは窒息のリスクは変わらないという海外の研究があります。とはいえ、泣いている最中には食べさせないようにしましょう。スプーンでも手づかみ食べでも、誤嚥してしまった際の対処法、背部叩打法と胸部突き上げ法は母子手帳にも書いてあります。一度見直しておきましょう。
![赤ちゃんの手](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/d/1200wm/img_8d27dc5a8bde5bc2292d72d36ce108db401039.jpg)
■大きくなっても「食べない」理由は様々
大体の場合、子供は成長するにしたがって、よく食べるようになってきます。でも、もしも食べてくれない場合はどうしたらいいでしょう。その理由はそれぞれ違うので、よく観察してみるといいと思います。
例えば、私の娘は少食でしたが、食べるのがゆっくりでした。加えて保育園・小学校の先生が「30回は噛みましょう」と言うと、本当に30回噛んで食べようとする真面目さも持ち合わせていました。だから、あまり食べられなかったのです。時間が足りなくて食べられないのか、食べられないものがあるのかで大きく違いますね。娘は、その後みんなのスピードについていけるようになりました。
それ以外にも子供は、大人にはないような理由で食べ物を警戒することがあります。見た目が好きではない、匂いや色が嫌、テクスチャーがダメ、食べると不快になった記憶があるなど、食べない理由は様々です。なお、バランスよく栄養を摂れれば、特定の食品を嫌いでも問題ありません。牛乳が嫌いならヨーグルトでカルシウムを摂ってもいいのです。
■目的は「健康に成長すること」「楽しむこと」
中には、口の中や胃腸に外見からはわからない反応があり、実はアレルギーがあるという場合もあります。なぜ食べないのか、食べられないものがあるのかなど、本人に尋ねてみるといいでしょう。食べ物によって体の不調が出る場合、決まったものしか食べず極端に偏っている場合などは、小児科医に相談してみましょう。
子供の食事の目的は「健康に成長すること」、大人と同様に「食を楽しむこと」にあります。手段はそのお子さんやご家庭によって臨機応変であるべきだし、他人が口をだすことではありません。大人と同じものが食べられるようになるまでの期間、栄養不足や食中毒、誤嚥の危険なく、食べることを楽しんでほしいと思います。
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小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)
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