マスクやワクチンに怒り、会話が成り立たない…夫を陰謀論集団「神真都Q」に奪われた妻の慟哭
プレジデントオンライン / 2022年5月7日 12時15分
■メンバー逮捕後に「相談メール」が急増した
「1カ月以上前から夫が出勤しなくなり、一日中ずっと陰謀論仲間と連絡を取り合っています。たぶん会社を解雇されたか辞めたのだと思います。今は私の収入でやりくりしていますが、これからどうなるのかわからず不安です」
陰謀論集団「神真都Q(ヤマトキュー)」の本部に公安部の家宅捜索が入った4月9日、筆者が運営するブログにそんなメールが届いた。差出人はある地方都市に暮らす、神真都Qの構成員の妻を名乗る人物だった(構成員の名を仮にAさんとしておく)。
新型コロナワクチンの接種を妨害するため東京・渋谷区のクリニックに侵入したとして、神真都Qの構成員4人が現行犯逮捕されたのは4月7日。20日にはリーダー格のイチベイ(岡本一兵衛)こと倉岡宏行容疑者も、建造物侵入の疑いで逮捕された。
以前から筆者のもとには、同団体の関係者やその親族からの相談が寄せられてきたが、メンバーの逮捕後はその数がいっそう増えている。今回はその中から、相談者に了承をいただいた分について、本人特定を避ける形で、お伝えしたい。
■反ワクチンデモに参加して達成感を得た
夫が神真都Qに入れ込むようになった背景には会社での立場の変化があったと、Aさんの妻は考えている。仕事ではやり手だったが、あるときパワハラでトラブルを起こした。その結果、閑職に追いやられたうえ、後輩が上司になった。家庭内での態度は、見る見るすさんでいった。
「パワハラでつまずいた後は、階段を転げ落ちるような感じでした。新型コロナがらみの自粛、マスクやワクチンにもいらだっていました。そんな中、あるとき神真都Qのデモに参加し、ひさしぶりの達成感があったみたいで、そこから何もかも変わっていきました。夫にとって、神真都Qが『職場』になったのだと思います」
■反論や注意をすると暴力を振るう
神真都Qの構成員になったAさんは、イチベイのファッションをまねしはじめ、まるで自分自身を新しく作り直しているかのようだった。会社で失脚して以来口にしがちだった卑屈な言葉が減り、顔つきまで変わったが、やがて会話が成立しなくなっていた。
![雨の道路に反射する人のシルエット](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/e/1200wm/img_beb699262298b82db72488ad8de88d8b399201.jpg)
出勤しなくなったAさんに妻が働いてほしいと言うと、「もっと大事なことをしている。邪魔をするな」と怒鳴り、スマートフォンに没頭したり、どこかへ出掛けたりしてしまう。さらに、妻の見ていないところで陰謀論を子供にまで吹き込もうともしていた。反論や注意をすると、髪をつかまれるなどの暴力を振るわれる。
「何カ月もこんな感じなので、精神的に限界です。いつ死ぬか、どうやって死ぬかしか考えられません。離婚したいのですが、同意してもらえるとは思えません」(Aさんの妻)
警察の介入を受け、神真都Qという組織が今後どうなっていくのかはまだわからない。だがたとえ神真都Qがなくなっても、変わり果てた夫の人格はもとには戻らないだろうと、Aさんの妻は言い切った。
■「被害者とは言いませんが、食い物にされていると思います」
もう1人、やはり神真都Qの構成員になった独身女性(仮にBさんとする)のケースを紹介する。筆者にはまず、彼女の親族の1人から相談が寄せられた。「悪いのは神真都Qと信者なので、彼女も批判されて当然だと思います。でもわかっていただきたいことがあるのでメールを送ります。被害者とは言いませんが、食い物にされていると思います」
一人暮らしをしているBさんは、以前から仕事や生活の中で微妙な「生きづらさ」を抱えてきた。ゴミ出しの細かい仕分けルールや曜日指定をうまく理解できず、近隣トラブルを起こす。スーパーの値札に表示されている「30%引き」などの意味が理解できず、金額を計算しようと考えるだけで頭がいっぱいになり、いつも買い物に失敗する。
職場でも製品名や作業手順が覚えられず、病院で検査を受けたところ「境界知能」と診断された。障害者支援の対象外だが、コミュニケーション能力や事務処理能力の要求レベルが高い現代社会ではさまざまな困難を抱えがちで、日本人のおよそ7人に1人が相当するとされる。
■世の中のすべてが生きづらい場所だった
コロナ禍発生直後の不織布マスクの品不足が解消されていた2020年の冬、Bさんはだまされて5枚5000円相当のマスクを買ってしまい、周囲の人々にとがめられた。買い物とマスクが怖くなった。マスクを使い果たした後に次のマスクをなかなか買えず、ノーマスクで仕事場に出てひんしゅくを買ったが、口ごもって理由を説明できなかった。
![大都市の線路のモノクロ空撮](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/f/1200wm/img_cf3ceada2ad039badd93e04bf3c6e7db408290.jpg)
ワクチン接種のお知らせが届いたときは、書式が見るからに複雑で、コロナ禍の何もかもが嫌になった。こうした経験が、神真都Qの前身集団にBさんが親近感を覚えるきっかけになった。
「Bはイチベイが大好きです。叱(しか)らないし嫌なことを言わないからだと」(Bさんの親族)
相談を寄せてくれたBさんの親族は、神真都Qを憎んでいる。だが、イチベイを大好きだと言うBさんの気持ちには理解を示している。Bさんにとっては物心がついてからずっと、世の中のすべてが生きづらい場所で、イチベイがいる神真都Qがやさしさを感じられる居場所になったのではないかと言う。
■本人からのメールに添えられた絵文字
「Bは障害者ではないので、福祉の恩恵を受けられません。一人暮らしをやめるよう説得したくても、Bの母親の体調がよくないなど、今すぐには実家には戻せません。自分たち夫婦が引き取るのも、あらゆる面で負担が大きすぎます」
そう言っていたBさんの親族だが、今はBさんを呼び寄せる準備を始めている。Bさんは神真都Qに退会届を出していないが、現在は親族のサポートもあり、集団とは距離を置いている。「私の妻からもやさしくされるうち、神真都Qはどうでもよくなってきたようです。でも、いつかまた社会に出て行かなくてはいけません」
Bさんは筆者に、「(神真都Qの活動は)テレビを見ている感じでした」と、親族の方経由でメールを書き送ってきた。メールには星と虹と女性像の絵文字が添えられていた。彼女が神真都Qで味わっていたのは、自分を主人公にした、輝かしく自信に満ちた体験だったのかもしれない。
■「居場所のない人」を受け入れてきた
先にあげた2つのケースで、構成員1万3000人とされる神真都Qのすべてを説明できるわけではもちろんない。しかし筆者に相談や報告のメールを送ってきた他の人々も、神真都Qが「居場所のない人」を受け入れてきたことを証言している。
子供が独立して人生の目的を見失っていたある女性は、神真都Qの活動に生きがいを見いだし、元気いっぱいに警官を挑発するようになった。定年退職したある男性は、神真都Qのオープンチャットにいると男らしさが倍増するように感じ、何時間もそこに張り付いていた。
いずれも、奇妙な人々のように見えるかもしれない。だがこの2人も、先に紹介したAさんの夫やBさんと同様に、自分を取り巻く世界の変化や複雑化にうまく対応できずにいたのではなかったろうか。彼らを「奇妙」と言っていられる私たちは、今のところ社会の求めについていけているだけという話ではないのか。
■ただ生きていくだけで高いリテラシーを求められる
「パワハラはNG」といった働き方のモラルや、ゴミの捨て方だけではない。社会はどうあるべきかについての基本的な考え方、セクハラやプライバシーといった概念は刻々と変化しているし、コロナ禍で改めて明らかになったように、日々の生活の中ですら高い情報リテラシーや科学的リテラシーが必要とされるようになった。
このような世の中で、社会観や倫理観や知的レベルのアップデートがうまくできなかった人は、しばしば居場所を失ってしまう。そんな彼らを笑顔で受け入れたのが、イチベイと神真都Qだった。
筆者は前回の記事「当初は人気ユーチューバーを囲むサークルだった…反ワクチン集団『神真都Q』が過激化した根本原因」で、神真都Qを「俳優経験のあるイチベイを主役に据えた観客参加型のエンターテインメント」と評した。イチベイのファンではない者から見れば、ばかげているだろう。
だがBさんが「テレビを見ているよう」と表現したようなきらびやかな演出で、自分も一つの役をもらってイチベイとともに戦い、新しい世の中で社会の主人公になれるというストーリーは、現代社会のペースに振り落とされた人々にとってとてつもない魅力なのだ。
■代表の逮捕後も陰謀論に囚われ続ける人々
代表のイチベイが逮捕された後、残された神真都Qの幹部は、過激な行動の禁止とデモの中止を構成員たちに通達した。神真都Qと関係が深い陰謀論ビジネスの主催者も、挑発的な態度をトーンダウンさせ、活動の一部を自粛するに至っている。
だが幹部以外の構成員たちは、いまだにイチベイが掲げた陰謀論を疑わず、陰謀論に基づいた新たなストーリーを生み出している。例えば、トランプ前大統領が開発したQフォーンと呼ばれるスマートフォンが構成員たちに無料で配られ、独自の電子マネーが全員に振り込まれるというのだ。さらに、前回の記事でも触れた「ピック(拉致して処刑すること)」などの独自の符丁を使って、物騒な願望を膨らませ続けている。
神真都Qの問題とは、神真都Qという虚構を自己肯定感が得られる居場所にしてしまい、そこから戻れなくなった人々がいるということだ。そして神真都Qが浮かび上がらせた問題とは、ある人が社会の変化のペースについていけなくなったとき、その人の居場所が社会の中になくなってしまうということだ。
Aさんのような人に神真都Q以外の居場所があるのかどうか。Bさんのような人の生きづらさを軽くできるのか。今はどうにか現代社会の求める基準についていけているあなた自身、あるいはあなたの身近な人が、病気や加齢、あるいはふとした失敗でそこから脱落するかもしれない。
神真都Qという組織が今後どのような経緯をたどろうとも、1万人以上いる神真都Q構成員の親族や友人が直面している悩みは続く。それはまた、私達の社会が日々の進化と引き換えに生み出し続ける悩みでもある。
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著述家、写真家
1964年北海道北見市生まれ。大学在学中から写真家として活動。広告代理店勤務の後、コピーライティングおよび著作活動に従事。東日本大震災後10年を契機に、日本と日本人を見つめなおすプロジェクトに改めて着手。noteにてハラオカヒサ氏と共同で、コロナ禍を記録する「コロナ禍カレンダー」ほか、反ワクチンや陰謀論、さまざまな社会運動などについての論考を展開している。
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(著述家、写真家 K ヒロ)
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