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「接待漬け」のエリート官僚は一掃されたが…IT企業の巻き返しを止められない岸田政権の大失態

プレジデントオンライン / 2022年5月4日 13時15分

2022年4月28日、繰上げ閣議に臨む岸田文雄首相(中央)ら=首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■ネット利用者保護より「金儲け」が優先される日本

ネットの利用者情報が広告会社などさまざまな事業者に垂れ流しになっている事態を規制しようとする初めての法案が、今国会で成立する運びだ。

だが、当初、総務省や有識者が描いた利用者保護の枠組みは、土壇場になって、利用者のデータを使って「金儲け」に奔走するIT企業や応援団の自民党の猛反発で「骨抜き」となり、「保護」より「カネ」を重視する形ばかりの規制策となってしまった。

利用者保護の強化は世界的な潮流で、欧州や米国ではIT企業への締め付けが一段と強化されつつある。それだけに、日本でも、利用者保護に向けて、初めて本格的な規制がかけられると期待されたが、「大山鳴動してネズミ一匹」のお粗末な結果になり、日本の利用者を守るネット政策は世界の周回遅れになってしまった。

■接待問題で主要官僚が一掃…雲散霧消した経済界や自民党とのパイプ

実は、そんな顚末(てんまつ)になった遠因は、1年余り前に総務省で起きた前代未聞の一大接待事件にあった。

次期事務次官を有力視された谷脇康彦総務審議官以下、これまで情報通信政策を担ってきた主要官僚が軒並み事件に関与して総務省を去ったため、経済界や自民党を水面下でつなぐ人脈が枯渇してしまっていたのだ。

後任に座ったのは、接待事件とは無縁で、通信・放送事業者との癒着が懸念されそうにない面々ばかり。だが、それは、長年にわたって培ってきた経済界や自民党との太いパイプが雲散霧消してしまったことも意味する。

その悲喜劇が、ネット利用者の保護をめぐって、ビジネス優先のIT業界に寄り倒されてしまう「大失態」を生んだといえる。

どんどん進むネット社会で、利用者の情報やデータが本人の知らないところで「金儲け」に活用されているというおぞましき実態を正せなければ、ネット空間はますますゆがみかねない。

■「ターゲティング広告」で莫大な収益を上げるIT企業

今国会で成立が見込まれるのは、ネット利用者の情報を守る新しいルールが盛り込まれた総務省所管の電気通信事業法改正案。

総務省の正面玄関
※写真はイメージです(写真=iStock.com/y-studio)

ネット上には、利用者がどんなウェブサイトを見たかという閲覧履歴、どんな商品を購入したかという購買履歴、どこに行ったかという位置情報といったさまざまな情報が「クッキー」などオンライン識別子に記録され蓄積される仕組みがある。

こうした利用者情報は、本人が知らない間にサイト運営者から広告会社などに自動的に送られ、ネット利用者に個別に広告を表示する「ターゲティング広告」などに活用されている。

たとえば、温泉に行きたくなってネットで宿を検索すると、その後、どのサイトを開いても旅館やホテルの広告ばかり表示されるようになったり、一度でもネットで書籍を購入すると、類似の書籍の広告が次々に表示されるようになる。

いわゆる「オススメ広告」で、ネット広告市場が急成長するエンジンとなってきた。ネットの利用者データを基に、利用者とは無関係のIT企業や広告会社が莫大(ばくだい)な収益を上げている構図だ。

■欧米は個人情報保護を強化する法的規制が進む

「ターゲティング広告」は、場合によっては役に立つこともあるが、自分の興味や関心が見知らぬ事業者に筒抜けになっていることに不安や気味の悪さを覚え、不快に感じる人は少なくない。

このため、個人情報やプライバシーの保護を重視する欧米では、自分の情報を自らコントロールできる「自己決定権」に着目し、個人情報の定義を幅広く捉え、法的規制を相次いで導入している。

欧州連合(EU)は2018年、「一般データ保護規則(GDPR)」という法律で、「クッキー」などの個人関連情報も「パーソナルデータ」と位置づけ、事業者が活用する場合は本人の同意を得ることを義務づけた。

米国のカリフォルニア州でも、「消費者プライバシー法」が20年に施行され、オンライン識別子を個人情報と明記し、「クッキー」を利用する企業はどのように利用しているのかを開示しなければならないと定めた。

これに対し、日本の個人情報保護法は、個人情報の範囲を、名前や住所のように個人を直接特定できるデータに限定しており、きわめて狭くとらえている。

オンライン識別子を個人情報とみなしていないため、サイト運営者が本人に無断で利用者データを広告会社などに提供しても違法にはならず、野放し状態になっているのだ。

そこで、総務省は、個人情報保護の枠組みを世界的な潮流に合わせようと、法的規制に乗り出したのである。

■「総務省接待事件」の最中に有識者会議立ち上げ

検討の中心となった有識者会議「電気通信事業ガバナンス検討会」(座長・大橋弘東京大学公共政策大学院長)が立ち上がったのは21年5月。

衛星放送関連会社の東北新社やNTTによる「総務省接待事件」で、総務省ナンバー2の総務審議官から情報通信部局の課長級まで軒並み更迭されるという総務省始まって以来の大混乱の最中だった。

情報通信行政に精通したメンバーを欠く中、いわば「素人集団」ともいえる舵(かじ)取りに、有識者会議の先行きを不安視する声もあったが、接待事件の嵐が収まるのを待っている余裕はなかった。

「検討会」はもともと、直前に起きた「LINE」の利用者情報が中国の関連会社から閲覧可能になっていた問題への対応を検討するためにスタートしたこともあって、後々、総務省を揺るがす重大事態に発展するとは予想していなかった節がある。

ところが、「検討会」の議論は、次第に「デジタル時代の個人情報のあり方」というそもそも論にシフトしていった。

新聞に「個人情報」の見出し
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■総務省は規制策を「密室」の議論で進めたが…

そして11月、「検討会」は、これまでの個人情報保護のルールを抜本的に変えてしまう画期的な報告書案をとりまとめた。

まず、規制対象とする個人情報の範囲を、「クッキー」などのオンライン識別子に紐(ひも)づけられる通信履歴や閲覧履歴、位置情報、アプリ利用歴などを含め、幅広く定義。そのうえで、EUと同様に、「クッキー」など直接個人の特定につながらない情報を第三者に提供する場合、事前に利用者本人の同意を得るか、事後でも利用者の求めにより情報提供を停止できる仕組み(オプトアウト)を義務づける内容を骨子としたのである。

この間、「検討会」は基本的に非公開で、議論の詳細が外部に伝わることはなかった。「密室」の議論だったのである。それは、ネット利用者保護の大転換にあたって、利害関係者の口出しを封じ込めようとの思惑があったからにほかならない。

だが、「検討会」の議論を伝え聞いた国会担当者は「内容が内容だけに、自民党関係者にはきちんと伝えておかなければ、法案になったときに通るものも通らなくなる」と危惧。夏の終わりごろには「一刻も早く経過報告をした方がいい」と警告していたという。

■経済界、自民党から大反対で形ばかりの「利用者保護」に

案の定、報告書案が出回るやいなや、経済界から「データの収集が制限され、ビジネスの制約になる」と反対する声が一斉に上がった。

国内のIT企業を中心につくる新経済連盟(代表理事・三木谷浩史楽天グループ会長兼社長)は「経済活動の活性化や生活の質の向上の妨げとなりかねないこうした過剰規制への方向性は見直す必要がある」と強い懸念を表明。経団連や経済同友会も同調した。さらに、グーグルやアマゾンが加盟する「在日米国商工会議所(ACCJ)」も「米国企業が狙い撃ちされている」と批判の声を上げた。

経済界から陳情を受けた自民党からも、強烈な横やりが入った。中には「体を張ってでも止める」と息巻く議員もいたという。

あわてた総務省は、予定になかった「検討会」の追加会合を12月と1月に続けてセットし、IT企業の言い分を聞かざるを得なくなった。

国会議事堂周辺のパノラマ写真
写真=iStock.com/fotoVoyager
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fotoVoyager

経済団体から口々に規制強化反対をまくし立てられた結果、1月14日に示された事務局案は、当初の報告書案の中核部分がすっぽり抜け落ちたものになってしまった。

最大のポイントだった利用者情報の第三者提供については、サイトに説明を記載する「通知・公表」だけでOKとなったのである。既に、多くのサイトがプライバシーポリシーのような目立たないページに同趣旨の文章をチラッと載せているため、これでは現状を追認したにすぎない。

「消費者が安心安全に利用するために規制は必要」という消費者団体や市民団体の声はかき消され、新しいルールとうたった「本人同意の義務化」は名ばかりとなってしまった。

パブリックコメントを踏まえて2月に最終報告書がとりまとめられ、3月にはそのまま反映した改正案が閣議決定された。

経済界の言い分が全面的にまかり通ってしまったのである。

■根回しもできなければ、抗戦もできず

積み重ねた議論をひっくり返された「検討会」の委員は、口々に「じくじたる思い」「もともとの問題意識が貫かれず残念」「もう少し押し返せなかったのか」と落胆の色をにじませる。「別の場を設けて、もう一度検討すべきだ」と腰折れした総務省への恨み節も聞こえてくる。

総務官僚は「利用者保護のルールが法案になっただけでも、一歩前進」と自賛するが、強がりにしか聞こえない。「しかるべきところに対し、説明不足だった」という自責のつぶやきこそ本音だろう。

土壇場の逆転劇が起きた背景について、事情に詳しい総務省OBは「IT企業が反発するのはわかっていたのに、まったく根回しをしていなかった」と指摘する。もっとも、「根回しをしようにも、財界と腹を割って話ができる役人がいなくなってしまった」とため息もつく。接待事件の汚名返上に向けて威儀を正そうとするあまり、情報通信業界とは縁の薄い人材ばかり起用したことが裏目に出たというわけだ。

結局、事前の根回しもできなければ、後の逆襲にも抗し切れなかった。

電気通信事業法改正案の“挫折”は、まさに接待事件が招いた悲喜劇といえる。

■接待事件による人材枯渇が招いた悲喜劇

総務省の情報通信行政を担ってきたのは旧郵政官僚の系譜で、現在の陣容をあらためてみると、そのあたりの事情がよくわかる。

トップの竹内芳明総務審議官は初の技官で、接待事件で辞職した谷脇氏のような人脈づくりに精を出すタイプとはいえない。電気通信事業法を所管する二宮清治総合通信基盤局長は、国際畑で政策通だが内閣府の勤務も長かった。北林大昌電気通信事業部長は、郵便事業に精通しているもののIT政策とは縁が薄いといわれる。

何より、谷脇氏が総務省を去った後、総務省の事務次官を狙えそうな有望な人物は当面、見当たらないという。それは、経済界や自民党と渡り合えるだけの大物官僚がしばらく輩出しないということでもある。人材の層が薄くなってしまったことは一目瞭然だろう。

ネット利用者が安全にサービスを利用できる環境づくりは、今やデジタル社会の必須条件で、ますます重要性は高まっていく。

EUは4月23日、ネットに流れる偽情報など違法コンテンツの排除を巨大IT企業に義務づける「デジタルサービス法案(DSA)」の策定で合意したばかり。世界中から批判を浴びるグーグルやアップルは、「クッキー」の制限や廃止に舵を切ろうとしている。

総務省の接待事件の傷が癒えるには時間がかかりそうで、枯渇してしまった人脈は一朝一夕には築けない。だが、「ネット社会の番人」であるべき総務官僚は、これからのネット社会を担う優秀な人材を次々に育成し、情報通信行政のプロ集団として変貌することが求められている。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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