「夜回りに行ったら突然抱きつかれ…」全国紙初の女性政治部長が明かす永田町のセクハラの実態
プレジデントオンライン / 2022年5月18日 11時15分
※本稿は、佐藤 千矢子『オッサンの壁』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。
■私の記者人生で見てきた「セクハラ」
ハラスメントにはさまざまな種類があり、主なものだけでも、セクシャル・ハラスメント(セクハラ)、パワー・ハラスメント(パワハラ)、ジェンダー・ハラスメント(ジェンハラ)、マタニティ・ハラスメント(マタハラ)、パタニティ・ハラスメント(パタハラ)、モラル・ハラスメント(モラハラ)、票ハラスメント(票ハラ)などがある。
今回は、セクハラを取り上げたい。
2017年10月、米ハリウッドの大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏が長年にわたり女優らにセクハラや性的暴行を繰り返してきたことが米紙ニューヨークタイムズの記事で告発された。これをきっかけにSNS上に「私も」と被害体験を告白する動きが「#MeToo(私も被害者)運動」として世界に広がった。
ちょうどそのころ、Yahoo!ニュース特集編集部が、毎日新聞、日本テレビ、フジテレビの女性政治部長3氏の座談会を企画し、私も出席した。2017年12月のことだ。その中で、当然、セクハラもテーマになった。
司会役から「目下、日本でも世界でも職場などでのセクハラに対して声があがるようになっています。男性議員から女性記者へのセクハラはありましたか」との質問が投げかけられた。
当時、日本テレビの政治部長だった小栗泉さんが、フジテレビの政治部長だった渡邉奈都子さんと私を見ながら「小栗 昔は……(と2人を見つつ)、ありましたよね?」と言うと、「佐藤、渡邉 (沈黙ののち、笑い)」という書き出しになっている。
この時、私は内心「昔はあったが、今もなくなっていない……」と思ったが、ネットメディアの座談会で他の人のことを勝手に話すわけにはいかない。そこで、この場では自分が過去に経験した中から二つのセクハラのケースを紹介することにした。記事に採用されたのは、そのうちの一つで、次のような話だ。
■おっぱい好きな大物議員
もう亡くなった大物議員ですが、おっぱいを触るのが大好きな人がいました。彼は小料理屋に行くと、仲居さんの着物に手をつっこんで触っているような人だったんです。ある時、私がたまたま隣に座ったら、ふざけて「佐藤さんのおっぱいも触っていいかな」と手が伸びてきた。そこで「ちょっとでも触ったら書きますよ」と言ったら、電気に打たれたようにビビビッと手が引っ込みました。ペンの力ってすごいなというのと、毅然(きぜん)とした態度を取ることも大事なんだとつくづく思った記憶があります。
これは軽微なセクハラで、よくある話だった。実際には触れられていないし、自分としてはきちんと撃退でき、この議員から二度とセクハラめいた行動を取られることはなかったので、今では笑い話として振り返ることができる。一方、座談会の中で紹介したもう一つの経験談は、全体のバランスなどさまざまな点から記事として採用されなかったのではないかと想像する。そして、記事化されなかった次の話のほうが、私にとっては重いものだった。
![国会議事堂](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/4/1200wm/img_64b59c02d4d364e18b7415d8bcdb9901426197.jpg)
■セクハラ議員を止めない秘書
これも亡くなった別の大物議員の話で、もう20年以上前のことになる。その議員が住んでいた東京都内の議員宿舎の部屋には、夜回りの記者数人が毎晩のように詰めかけ、小一時間ほど懇談に応じていた。ある晩、たまたま他の記者が誰も夜回りにやって来ず、議員と私だけの一対一の懇談になった。最初はいつものようにリビングのソファの下に座り込む形で普通に話していたが、いきなりにじり寄ってきて、腕が肩に回って抱きつかれるようなかっこうになった。「やめてください」と何度か言った。それでもなかなかやめようとせず、最後は振りほどくようにして逃げ帰ってきた。その時、別室に秘書が待機しているのが見えた。秘書は慌てる様子もなく、普通にただそこにいた。
議員の行動はもちろんだが、秘書の行動もショックだった。秘書は明らかに議員によるセクハラという状況に慣れていた。「いったい何人の女性が私と同じような思いをしたのだろう」。想像せずにはいられなかった。
■周囲はどう対応したか
私はその夜のうちに男性の先輩記者2人に報告し、今後の対応を相談した。「そんな奴のところに、もう夜回りに行かなくていい。それで情報が取れなくなっても構わない」。2人は即座に言った。当時、この議員は放っておいていいような軽い存在ではなく、新聞社として情報が欲しかったのはよくわかっていたので、私はこの反応がうれしかった。
![佐藤 千矢子『オッサンの壁』(講談社現代新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/3/1200wm/img_435b1e41da60042f24092cd44aa068327815.jpg)
もしも「他の男性記者がいる時に行くようにして、気をつけて取材してはどうか」と言われたら、落胆しただろう。あるいは「担当を外す」と言われたら、当座はほっとしたかもしれないが、責任を感じ、自分を責めて、後々まで思い悩んだかもしれない。
「もう夜回りに行かなくていい」というのは、会社として情報を失う犠牲を払ってでも記者を守ろうとする姿勢がはっきりしている。しかし「気をつけて取材してはどうか」とか「担当を外す」というのは、一見、記者に配慮しているようでいて、情報入手のほうを優先している。この差は大きい。
先輩記者の反応がうれしくて、私は「いえ、明日からも夜回りに行きます。一対一にならないよう、他の記者がいる時に部屋に入るように気をつけます」と言った。その後も普通に夜回りに行き、無事に仕事をこなすことができた。議員も秘書も全く何ごともなかったかのように振る舞っていた。いや、振る舞っていたというよりも、全く気にかけていなかったというほうが近い。罪悪感など微塵も感じていないようだった。
■忘れるようにしても、深い傷になっている
座談会で20年以上前のこの話を紹介すると、同席していた男性のスタッフが言った。「セクハラというのは、どうしても防げないことがある。大事なのは、セクハラが起きてしまった後、周囲がどう対応するかなんですね」。そのひと言を聞いた瞬間、自分に予期しなかった反応が起きた。涙が出てきた。「もう忘れていたはずなのに、まさかこんなことが心の傷になっていたなんて……」と思い、戸惑った。先輩記者に深夜に報告して以来、このセクハラ経験を話したのは初めてだったため、自分でも気づかなかったのだ。
こんなふうに自分の気持ちに蓋をし、思い出さないようにしてやり過ごしている女性は多いと思う。ここでセクハラのことを書くにあたり、何人かの女性に話を聞いたが、「彼女も、私と同じように気持ちを封印することで何とか乗り切ってきたのだろう」と感じることが何度もあった。
■セクハラか判断がつかず、対応に困るケース
他の働く女性たちの話に入る前に、自分の話をもう少しだけ語っておきたい。政治記者としての自分のセクハラ経験で忘れがたいケースはもう一つある。政治部記者になって2年目の1991年、宮澤喜一氏、渡辺美智雄氏、三塚博氏の3人が争った自民党総裁選で、朝回り取材をしていた時のことだ。ある中堅議員の議員宿舎の部屋には総裁選の陣営情報を得ようと、毎朝、数人の記者が集まっていた。
この議員は、記者たちの健康を気遣い、「朝は味噌汁ぐらい飲まないといけないぞ」と言って、カップ味噌汁を大量に買い込み、一人ずつお湯を注いでふるまってくれる優しい人だった。
ある朝たまたま、他の記者が現れず、一対一の取材になった。いつものように台所で味噌汁を飲みながら話をしていると、「睡眠時間も足りていないんだろう。少し寝なさい」と言って、隣の和室に行って押し入れから布団を出し、畳の上に敷き始めた。私は遠慮して早々に帰ってきた。議員は高齢で、優しい人だったのと、朝という時間帯もあって、あれはセクハラなのかどうか私は混乱し、すぐに先輩記者に相談した。
先輩記者は「バカだなあ、疲れていてもそんなところで寝ちゃあダメだよ、当たり前じゃないか。あのオヤジ~。帰ってきてよかったよ」と笑っていた。後から思うと、明らかなセクハラのケースだが、私もまだ若く、記者としても未熟で、何よりも高齢で優しかった議員とセクハラが結びつかなかったため、「それではお言葉に甘えて少し仮眠を取らせていただきます」と危うく寝てしまいかねないところだった。
■「個室での一対一の取材」はアウトなのか
これもまた別のある大物議員との間で1990年代後半にあった話だが、込み入った取材のため、電話ではなく面会のアポイント(約束)を取ろうとしたところ、「資料を渡してきちんと話したいから滞在中のホテルの自室まで来てくれないか。部屋でゆっくり話そう」と言われた。信頼している議員だったので、かなり迷った。
男性の先輩記者に相談したら「絶対にやめておけ」と言う。その先輩記者は「仮に何も起きなかったとしても、ホテルの部屋に入るところを誰かに見られたら、言い訳ができない。完全にアウトだ」と理由まで丁寧にアドバイスしてくれた。確かにその通りだと思い、「部屋には行けません」と断ると、議員は「それじゃあ、部屋のあるフロアの廊下まで来てくれないか」と食い下がったが、これも断った。結局、相手は不承不承、ホテルの地下のレストランまで降りてきてくれて、無事に取材ができた。
その後も議員と記者として、緊張感と信頼のバランスを保った関係が維持されたので良かったが、仮に部屋に来るようゴリ押しされたり、先輩のアドバイスが異なったものだったりしたら、とその後も時々、考えることがあった。何ごともなかったかもしれないが、セクハラ被害にあい悲惨なことになっていたかもしれない。未だにあれはセクハラの意図があったのかどうかわからないでいる。
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毎日新聞社 論説委員
1965年生まれ、愛知県出身。名古屋大学文学部卒業。毎日新聞社に入社し、長野支局、政治部、大阪社会部、外信部を経て、2001年10月から3年半、ワシントン特派員。米国では、米同時多発テロ後のアフガニスタン紛争、イラク戦争、米大統領選を取材した。政治部副部長、編集委員を経て、2013年から論説委員として安全保障法制などを担当。2017年に全国紙で女性として初めて政治部長に就いた。その後、大阪本社編集局次長、論説副委員長、東京本社編集編成局総務を経て、現在、論説委員。
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(毎日新聞社 論説委員 佐藤 千矢子)
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