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「知床遊覧船」社長を追い回し、無断録音を公開…なぜそんな取材が許されるのか

プレジデントオンライン / 2022年5月9日 15時15分

2022年4月27日、北海道斜里町で、記者会見する「知床遊覧船」桂田精一社長 - 写真=時事通信フォト

■追い回すマスコミと無言で逃げ去る社長

4月23日(土)に知床観光船の遭難死亡事故が起きてから2週間が経つ。

事故を起こした観光船「KAZU I」を運航していた有限会社「知床遊覧船」の桂田精一社長(58)をテレビや新聞などのカメラが追い回し、逃げるように足早に去る映像が連日、放送されている。

事故の後も乗客の家族の前に現れて誠実に説明しようとしない。そのことに家族はいら立ちや不信感を隠さない。たまに姿を現しても立ち止まることなく去っていく社長。その背中に向かって報道陣が「社長、遺族に対する説明はないのですか?」「社長、海保とはどんな話を?」などと問いかける。

こうした事故では真っ先に記者会見して乗客の家族に詫びるべき運行会社の社長が終始無言で逃げ回る構図がテレビで放映された。社長が4月27日(水)に記者会見して土下座した後も、この構図に変化はない。報道陣の前を逃げるように走って事務所に入る。逃げるように車を運転して去っていく。

そんななかで、5月2日に日本テレビ系の“スクープ報道”が波紋を広げた。

■“風評被害”記者会見前日の通話内容がスクープされた

5月2日(月)、日本テレビの「news zero」が独自のニュースを報じた。

桂田社長の電話での通話記録が公開されたのだ。

「風評被害ですね」
「事故の原因がわかってないから、あまり言ってもしょうがないんで、謝るだけになっちゃうと思うんですけども」

記者会見をした前日に関係者と電話した時の音声だとして有働由美子キャスターが紹介した。

「もしもし、どうもすみません。今お聞きのようにですね。テレビで流れているように、うちの船で事故しちゃってますんで結構対応が大変で……」

映像を見ると「Seiichi Katsurada」という人物と通話するスマートホンをスピーカー状態にして撮影した動画が映し出されている。

記者会見した前の日に彼が語っていたと報道されたのが以下の内容だ。

「基本的には(遊覧船と宿は)別会社なので宿の方は問題ないと思います。船はもう見つかりかけてて、揚がって事故の原因究明できればまた変わってくるような形だと思うんですけども風評被害ですね」(桂田社長)

桂田社長の電話相手(つまり通話を録音した人物)は知床の観光業関係者であろう。桂田氏が地元で観光旅館と観光船の両方を経営していることから、経営は大丈夫なのかを話す流れでこの“風評被害”という言葉を出したと思われる。

■「報道はおおかたウソ」社長が電話相手に語った中身

事故が起きたことについては以下のように話している。

「実際、普通はあの辺で座礁しないっていうのと帰りは遠くを回っているので基本的には……。行きにクマとか断崖絶壁とか見るんですけど、帰りは速度出すために大きく深い方回ってくるんですよ。ですんで水が漏れるような座礁なんかはないんですよ。基本的に。ただ心配されるのは、こっちはクジラがいるので、クジラに当たったり、底から突き上げられると穴あいちゃう可能性もなきにしもあらずで」

「JCI(日本小型船舶検査機構)というすごい厳しい検査を受けて、今いろいろマスコミで流れてるのっておおかたウソで結構捏造されてるんですよ。あした僕も会見、やっと、弁護士から止められていたけどしますけども、事実関係はまだはっきり事故の原因がわかってないから、あまり言ってもしょうがないんで謝るだけになっちゃうと思うんですけども、とりあえず謝罪の方はもちろんするんですけど」(桂田社長)

この音声の後にナレーションで「記者会見に臨む前日の段階で『報道はおおかたウソ』『捏造されている』と主張していました」と説明が入った。

■同業者に漏らした本音…“無断録音”は許されるのか

安全管理の問題には触れなかったとしつつ、保険の話になったと以下の音声を流した。

「それでまあ、保険の方もですね。まあ24名ですから、えーっと1人最高1億とか出してもまだ余るような形なので、そちらの方は問題ないかと思いますけど」(桂田社長)

桂田社長と電話で話した男性はこう話していた。

「印象に残っていることはすごく他人事のような感じだった。自分の非を認めないというか。『(事故は)不可抗力によって起きたもの』とおっしゃっていましたし」

実はこの通話記録は日本テレビ系列(NNN)の札幌テレビが夕方の道内ニュースで放送した素材だった。

記者会見で釈明した桂田精一社長が同業者に漏らした「本音」が透けて見え、悪天候で出航したことが事故の原因ではなくクジラとの衝突を疑い、日頃の安全管理体制のあり方を疑うマスコミ報道は捏造ばかりだと考えていることもわかる。

一方、この通話記録は他人の電話を無断で録音したものだ(※)。こういうケースで無断録音しても構わないのだろうか。もしも記者など報道機関側が録音したものであれば、取材だと相手に断ることをせず録音した音声を報道で使用することの是非が問われる。それに準じる形で考えるべきだろう。

実は、日テレ系が報じた翌日5月3日(火)にはフジテレビの夕方ニュース「イット!」が同じ録音データを入手して後追い報道している。フジ系列(FNN)の北海道文化放送が入手した音声素材である。

※公開された通話記録のうち一部については、地元の北海道新聞が「関係者」からの情報として、4月30日の朝刊ですでに報じている。同じ音声素材を基に報じた可能性はあるものの、推測の域を出ないため、本稿では、この音声素材を入手していることが明らかな報道に着目して話を進めていく。

■「アンフェアな取材」が例外的に許される理屈

日本テレビやフジテレビなどが加盟している日本民間放送連盟の「報道指針」には、「1 報道姿勢」で「(1)視聴者・聴取者および取材対象者に対し、常に誠実な姿勢を保つ。取材・報道にあたって人を欺く手法や不公正な手法は用いない」とあり、「3 人権の尊重」の(1)に「名誉、プライバシー、肖像権を尊重する」、(4)で「取材対象となった人の痛み、苦悩に心を配る」としていることからも、「隠し撮り(録音)」は原則許されない取材方法なのは明らかだ。

原則禁止だが、例外的に「他に有力な取材手段がなく、取材内容に重大性と緊急性があり、その取材目的が社会的に正当と認められる場合などに許される」ケースがあるとそれぞれの社がマニュアルで決めている(たとえば、フジテレビの報道局「報道人ハンドブック」2007にこうした無断録音の例外規定があり、BPO(放送倫理・番組向上機構)で議論された案件が2012年にあった)。

今回の桂田精一社長については、その後に海上保安庁が業務上過失致死の容疑で関係先を家宅捜索して明らかなように、重大性、緊急性などが高いケースと見ていいだろう。刑事事件として立件されるのかどうかという段階で桂田社長が航行の危険性をどのように認識していたのかは重大な要素だ。

日テレ系やフジ系による通話音声の放送は桂田社長に対してフェアな取材とはいえないとしても重大性から見て十分に意義があり、妥当性があるものだった。それが報道機関として既存メディアが疑うことがなかった「報道の理屈」である。テレビや新聞の記者たちはこの理屈を基に他社よりも一歩先の素材を入手して報道するためにしのぎを削ってきたと言っても過言ではない。

ボイスレコーダー
写真=iStock.com/Bluberries
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bluberries

■「報道の理屈」に無条件に納得できる人ばかりではない

ところが……である。この「報道の理屈」に対して、ネットメディア全盛の現在では視聴者や読者がもろ手を挙げて拍手喝采してくれるわけではない。

むしろ逆の受け止め方をする人たちが相当数いる。社長の通話記録の報道は日テレ系もフジテレビ系でもヤフーニュースでその都度報道されたが、コメント欄を読むと「通話を録音した人」の責任やそれを報道したテレビ局の責任を問う批判的なコメントが相当数、投稿されていることに気がついた。

つまり、従来の「報道の理屈」を逐一説明されないと納得できない人たちがかなりいるのである。

実は従来の「報道の理屈」を押し通して、読者らに「そんなことは当然知っているでしょ?」という前提で説明もなく、報道の成果だけをいきなり投げつけようとしても、「そんなフェアじゃない手法で入手した報道は許されるのか?」と、報道そのものを疑問視してしまう人たちが存在する時代なのだ。

■“報道機関への不信感”はZ世代で特に根強い

このことは現在、大学で「報道」つまり「ジャーナリズム」を教えている筆者にとっても切実な問題でもある。「新聞学科」というジャーナリズムを自ら学ぼうと入学してくる若者たちでさえ、「報道の理屈」や「ジャーナリズムの論理」を疑問視して、報道機関への不信の姿勢が根強いのである。特にZ世代と呼ばれる、生まれた時からネット環境がある中で育った世代は不正なものに対するアレルギーは他の世代以上に強いと感じる。

そうなるとそうした人に向けて、なぜこうしたアンフェアな報道でもする必要があるのかをいちいち説明していくほかはない。桂田社長をカメラが追いかけ回して問いかけるのも、無断で録音された音声を放送して報道するのも、彼が乗客の安全性をどこまで考えていたのか、あるいは考えていなかったのかは重大な要素だと考えるからだし、それに対して行政などの規則や指導がどこまで効果があったのかという再発防止にもつながっていく問題でもあるからだ。それは明日の全国各地のどこかの遊覧船の安全を守ることにもつながるはずだ。

■高まる“マスコミ批判”大手メディアが気づくべき現実

今年3月、既存メディアである新聞やテレビ各社が加盟する日本新聞協会が「実名報道」についての考え方をホームページに掲げた。

3年前の京都アニメーションの放火殺人事件でも明らかになった「実名報道」への強い反発や抵抗。いくら「実名が原則」だという「報道の理屈」や「報道の常識」を押し通そうとしても、今のSNSの時代には通用しなくなっている。

そろそろ、そのことに大手メディアの関係者も気づくべきだ。せめて報道のたびにキャスターらがスタジオで「報道の理屈」を前提にした報道をするのではなく、「この音声の入手はフェアとは言えないもので本来は使ってはいけない素材だけれども、○○人の命にかかわる重大事故の責任に関係するため、今回はあえて報道することにしました」などと説明すべきではないのか。

一定以上の年齢層にとっては当然の常識だと思うようなそうした「報道の理屈」も、丁寧に説明してこそようやく理解してもらえる時代になってきたことを私たちは認識すべきだろう。それを説明しないままで放り出すだけなら「既存メディア」の傲慢とか、「マスゴミ」への批判として不信感を生んでしまうだけだろう。

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水島 宏明(みずしま・ひろあき)
上智大学文学部新聞学科教授
1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー「母さんが死んだ」や准看護婦制度の問題点を問う「天使の矛盾」を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。「ネットカフェ難民」の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。著書に『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)、『想像力欠如社会』(弘文堂)など多数。

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(上智大学文学部新聞学科教授 水島 宏明)

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