「水曜日のダウンタウン」をみて涙がでた…バラエティー番組を放送休止に追い込む「過剰コンプラ」を憂う
プレジデントオンライン / 2022年5月10日 17時15分
■コンプライアンスを逆手に取った「水曜日のダウンタウン」の好企画
4月27日放送のバラエティー番組「水曜日のダウンタウン」(TBS系)を見て思わず涙が出た。
その日の企画は「若手芸人、コンプライアンスでがんじがらめにされても従わざるを得ない説」の検証。「罰ゲーム」「下ネタ」「コロナ対策」「反社+α」という4つのテーマに応じて、不条理な自主規制について若手芸人の反応を試した。
このうち、お笑いコンビ・そいつどいつは、架空の番組「商店街ウォーカー」のロケとして、商店街の店員に「反社ではないですよね?」と確認させられたり、街を歩く際に「番組のスポンサー企業ではない自動販売機を隠しながら歩いてくれ」と頼まれたりする。そして鯛焼き店での試食では「頭から食べると残酷」「中身のあんこが残酷に見えるかもしれない」などと言われる。そいつどいつは、当初はスタッフの指示に従うが、最後には「これでは面白い番組にならない」と正面から反論するようになる。
私はよくできたドキュメンタリー番組だと思った。「水曜日のダウンタウン」のセンスによって見事にお笑いに昇華されていたものの、まさに今テレビマンたちが置かれている「番組の作りづらさ」を皮肉っているからだ。
思わず仲間のテレビマンたちとこの番組について話をした。やはり仲間たちも同じように感じていた。「これは明らかにBPO(放送倫理・番組向上機構)に対する悲痛な抗議の叫びだろう」「頑張れ! 水曜日のダウンタウン」などという声がテレビマンたちから上がった。
そう、近年バラエティー番組を作ることは、あまりにも不自由な作業となってしまった。
■なぜ日本のテレビはつまらなくなったのか
特にテレビマンから不満の声が上がっているのが、4月15日に発表された「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に対する見解だ。「視聴する青少年の共感性の発達や人間観に望ましくない影響を与える可能性がある」として、放送局に改善や配慮を求めたものだ。
BPOは「痛みを伴う笑いは、いじめを助長する」というのだ。ある民放キー局のバラエティー番組担当のプロデューサーはこう話す。
「いまバラエティーの現場的には例の『痛みを伴う笑いNG』っていうのが疑念を持たれています。BPOにそこまで言われる筋合いなのか、BPOが言ったからといってそのまま従う必要があるのかは率直に疑問です。ダウンタウンの年末特番で恒例だった「ケツバット」は放送そのものがなくなりましたが、それでいじめは減ったのしょうか」
BPOは「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」について去年8月から審議に入り、その結論としての見解が4月15日に出されたわけだが、去年8月の審議入りの頃からすでにバラエティーの制作現場はかなり萎縮してしまっている。
■「痛みを伴うことを笑い」がNGになった
日本テレビは「BPOとは直接的な関連性はない」としているが、結局2021年末の「笑ってはいけないシリーズ」は放送休止となった。そして、お笑い芸人たちの生活を脅かすことにもなってしまっている。ベテラン芸人が多く所属する芸能事務所の幹部はこう話す。
「うちの場合は、一部の芸人は淘汰(とうた)されてる感はありますね。テレビに一切呼ばれなくなりました。他の芸人も、芸風に気を遣わないといけないので、良さがそがれるのでやりにくいですね。テレビの制作側も気を遣いますし、お互い『コンプラ気にしている合戦』の中、日々現場を過ごしてる様な気がします。芸人たちはやる気を無くしてしまっている感がありますが、そんな中でもやらないと生きていけないので、必死で試行錯誤しているといった感じです」
このように、現場は死活問題だ。深刻な苦しみを味わっている。私はこのBPOの「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティーについての見解」は非常に大きな問題を孕(はら)んでいると思う。そして最近のBPOのあり方はかなりおかしいと思う。
ひょっとしたら日本のテレビ番組を殺してしまうかもしれない、とすら考える。そこで今回は、テレビマンの端くれとして「BPOのあり方」に異議を申し立てたいということで、この文章を書くことにした。
なぜ、私が「BPOはおかしい」と考えるのか。まず、BPOとはどんな機関なのか、というところから話を始めよう。
■「BPOの見解」が人気番組の命運を握る現状
BPOのホームページにはこう書いてある。
「放送における言論・表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理の問題に対応する、第三者の機関です。主に、視聴者などから問題があると指摘された番組・放送を検証して、放送界全体、あるいは特定の局に意見や見解を伝え、一般にも公表し、放送界の自律と放送の質の向上を促します」
「BPOはNHKと民放連によって設置された第三者機関です」
つまり、BPOは本来「テレビの表現の自由を確保し、不当な介入を受けないようにするためにNHKと民放連が作った機関」だ。視聴者からの苦情や放送倫理の問題について「第三者」が意見や見解を出すことで、視聴者の基本的人権を守り、放送局はその意見や見解に基づいて、問題に自主的に対応するのだ。
しかし、いまやBPOは実質的に放送業界の「思想警察」になってしまったと言える。「BPOが審議に入った」というだけで、制作現場は恐れおののく。「BPOの見解」は絶対的なもので、その内容によって簡単に番組は終了する。
いったいBPOの何が「放送における言論・表現の自由を確保」しているというのか。むしろ言論統制機関ではないのか、と現場に捉えられてしまっている。その「BPOのあり方」と「あまりにBPOの見解を忖度(そんたく)し、重く受け止め過ぎている放送局の姿勢」に問題はありはしないのだろうか。
■可視化されるクレーム、敏感さを増すBPO
前出のバラエティー番組プロデューサーはこう指摘する。
「SNSの発達で一部の過剰なクレームが可視化されやすくなって、BPOがそれを無視できなくなっているように思います。特にいくつかある委員会のうち人権擁護委員会がかなり『視聴者の苦情寄り』なので、本来の設立コンセプトを離れて現場を規制する方向に進んでしまっている実感はありますね」
この指摘のように、SNSなどにより誰もが情報を発信できる現在、ネット上にはテレビに対するさまざまな感想が即座に投稿される。そうしたネットの声と現場はただでさえ日常的に向き合い、対応を余儀なくされている。そして、疲弊している。価値観の多様化や変化も著しい。
問題のある内容の番組が制作されてしまうことも、残念ながらままある。そんな時に「その番組のどこが問題だったか」を有識者たちが分析し、見解を出すのがBPOなのだろう。……と考えると、先日の「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティーについての見解」の大きな問題が見えてくると私は思う。
そう、実はこの見解には対象となる「具体的な問題番組」がないのだ。
BPOが見解を出した「対象」はあくまで「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」という、ぼんやりとしていて包括的な、「ジャンル全体」とも言えるものなのだ。
■BPOの曖昧な指摘が現場を萎縮させている
これは果たして、言論や表現の自由を守ろうとする者の態度だろうか? むしろ私には「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」全体について、一律に規制しようという意図しか感じられない。
もし、「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティーが健全なものとなり、青少年の発達に望ましくない影響を与えないようにしよう」と思うならば、個別具体的に番組の表現方法を検討するべきではないか。
例えば「Aという番組は、ここのシーンのこの表現が、青少年に悪影響を与える恐れがあるから、もっとこういう表現にするべきだ」とか、個別具体的に「どういう表現ならOK」で「どういう表現は問題がある」と言うべきだろう。
表現にはご存じの通り文脈がある。同じ痛みを伴う笑いでも、前後の表現によっていじめを助長するようなものにも、人に痛みを与えることがいかによくないことかを教えるものにもなりうる。
個別具体例を挙げ、改善するために見解を出すことによってしか表現の質の向上は図れないと私は思う。「痛みを笑いにするのはダメ」といった十把一絡げな見解は、「国家権力による包括的な規制」と何が異なるのか。それは言論の弾圧ではないのか。
■テレビ局の上層部には効果抜群
もちろんBPOの見解も、読んでみると「頭ごなしにダメ」と書いてあるわけではない。
「『他人の心身の痛みを嘲笑する』演出が、それを視聴する青少年の共感性の発達や人間観に望ましくない影響を与える可能性があることが、最新の脳科学的及び心理学的見地から指摘されていることも事実であり、公共性を有するテレビの制作者は、かかる観点にも配慮しながら番組を作り上げていくことが求められている」
とあくまで「科学的事実」を指摘し、「視聴者を楽しませるバラエティー番組の制作を実現するためには、番組制作者の時代を見る目、センスや経験、技術を常に見直し、改善し、駆使することが重要であることを改めてお伝えしたい」と自主的な改善を求めるような文面になってはいる。
しかし、実質的にこの見解は放送局の上層部に「痛みを伴う笑いは問題となるからNG」であると、絶対的なものとして受け止められている現実がある。それはBPOの委員の皆さんも先刻承知の上なのではないだろうか? その上でこうした「逃げ」を打って「私たちは規制や言論統制をしようとしているのではありませんよ」というポーズを取ったところで、現場にはそうは受け止められないだろうと私は思う。
■昭和の人気番組「俗悪番組」と呼ばれていた
あえて言おう。「僕たちは俗悪番組から人生を学び、オトナになった」と。
かつて有識者たちから「俗悪番組」とされた「8時だョ!全員集合」や「オレたちひょうきん族」がなぜ多くの人たちの心に今も残り、人生を変え、現在では「名番組」と評価されているのか?
その答えは実は上の「BPOの見解」の中にある。「番組制作者たちが時代を見る目、センスや経験、技術を常に見直し、改善し、駆使してきた」からである。
こんな面白い話を、前出の番組プロデューサーはしてくれた。
「かつてペット番組では、イヌが一番人気でしたが、今はネコが一番人気です。それはなぜか? 『ペットに面白い芸をさせる』のがかつては主流でしたが、それが『面白いリアクションや行動』に自然に流れが移り変わったからです。それに伴って『芸達者なイヌ』から、『かわいいネコ』に人気が移ったんです」
「それに気がついたのは、誰かに言われたからではなくて、スタッフたちが長年の試行錯誤の中で身につけたもので気がついたんです。視聴者が何を求めているかを常にアンテナはってた結果なんです。私たちテレビマンは社会の変化を拒んでいるわけではありません。お笑いの質の変化にだって気がついていくんです。『痛みを与える笑い』が時代にそぐわなくなっていけば、それにわれわれや芸人さんたちが気がついて淘汰されていくんですよ」
「BPOはクレーマー視聴者に配慮しすぎです。よほど人権侵害とかなら言われても仕方ありませんが、学者さんたちの『やった感』のために現場が息苦しくなるのは勘弁してほしいです。それで、『最近のテレビはつまらない』と言われてもな、と思います」
■ギリギリを攻めた「8時だョ!全員集合」「オレたちひょうきん族」
「8時だョ!全員集合」も「オレたちひょうきん族」も、それに続く数々の「伝説のバラエティー番組」たちも、俗悪番組と言われながら、世間から許容されるギリギリのところを攻めてきた。だから、当時の有識者さんたちに俗悪番組と言われながらも、多くの人たちに見られて、愛されてきた。
「テレビ番組は、数字が良くなければ意味はない」というのはある意味真理である。どんなに良い内容を放送したところで、誰も見てくれなければ屁のつっぱりにもならないからだ。だからいつの時代も番組制作者たちは、必死で視聴者が何を求めているか、アンテナを張り、ギリギリのところを攻めてきた。
なぜいま「テレビが面白くなくなっている」のかというと、BPOの指摘を恐れて、放送局の上層部やスポンサーが忖度しすぎて、制作者がギリギリを攻められなくなった結果、面白いコンテンツがテレビからなくなったからだ。
そして面白いコンテンツはYouTubeをはじめとするweb動画へと移って行ってしまった。若い視聴者も移って行ってしまった。テレビマンはクレームに疲れ、易きに流れ、安易な企画はさらにクレームを呼び、「問題番組」はどんどん増えていく……。
■テレビは「私たちの社会の現在」を映す鏡にすぎない
われわれテレビ業界の偉大な先人たちの著書に『お前はただの現在にすぎない テレビになにが可能か』(朝日文庫)というものがある。テレビは「私たちの社会の現在」を映す鏡としては非常によく機能する。しかし、テレビに「未来進むべき方向を示す羅針盤」の機能まで求めるのは少しお門違いではないか。
なぜならテレビは「現在にすぎない」のだ。
いじめが蔓延(まんえん)して社会問題になっているのは、果たしてテレビのせいなのか? それとも「いじめが蔓延している」という現在を、テレビがそのまま映しているからなのか? いじめはもちろん無くすべきだが、その役割はテレビが担うべきものなのか?
今こそ、テレビ業界の実質的な「思想警察」と化したBPOと放送局のコンプライアンス対策のあり方を見直さないと日本のテレビは面白くならない。若者のテレビ離れは止まらない。「コンプラとBPOのあり方」を見直すべき時が来ているのではないだろうか。
私は大学などで授業をするチャンスをいただいているが、どの大学で学生たちに聞いても、圧倒的な人気を誇るテレビ番組は「水曜日のダウンタウン」であることを最後に申し添えておきたいと思う。
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テレビプロデューサー・ライター
92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教関連の取材を手がけた後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島取材やアメリカ同時多発テロなどを始め海外取材を多く手がける。また、ABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」、「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、放送番組のみならず、さまざまなメディアで活動。上智大学文学部新聞学科非常勤講師を経て、江戸川大学非常勤講師、MXテレビ映像学院講師。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究、記事を執筆している。 Officialwebsite:https://shizume.themedia.jp/ Twitter:@shizumehiro
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(テレビプロデューサー・ライター 鎮目 博道)
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