ウクライナ侵攻の凄惨な映像を子どもに見せるべきか、隠すべきか
プレジデントオンライン / 2022年5月16日 8時15分
■「9歳の壁」前後で捉え方は変わる
まず子どもといっても、年齢によって、こうした海外で起こっていることに対する理解度が異なるので、親はそこを考える必要があります。
早い子どもなら6歳くらいから、死の概念について理解し始めます。死というのは、「体の機能が停止して元に戻ることがない状態」と分かり、自分もいつか死んでしまう存在であることに気がつきます。ただ、この理解度には個人差があり、「9歳の壁」と言われるように、9歳以降では大半の子どもがこのようなことを理解しているので、1つの目安の年齢としてもいいでしょう。
さらに9歳以降では、「自分が感じていることとほかの人が感じていることは違うのだ」ということがわかってきて、「もしこの人の立場になったらどう感じるだろう」など、人の気持ちや境遇を、自分とは違う人のこととして、想像したりすることができるようになってきます。
ですから、ウクライナで起こっていることについても、「9歳の壁」を超えている子どもの場合は、「日本で起こっていることではない」と自分ごとと切り離して理解しながらも、特に感受性の強い子どもだと、凄惨(せいさん)な映像から恐怖心を抱くだけでなく、現地の子どもたちのつらさや悲しみに共感して自分も悲しい気持ちになったりする可能性があります。一方、「9歳の壁」を超えていない子どもは、「自分や家族も巻き込まれてしまうのではないか」「同じ目に遭ってしまうのではないか」という不安を感じるかもしれません。
「9歳の壁」を超える前、後で、捉え方が変わる傾向はありますが、いずれにしても、テレビやネットの凄惨な映像から強い恐怖心や不安感を持つ可能性はあるので、親はぜひ、子どもたちの様子に気を配ってほしいと思います。
■腹痛や頭痛、赤ちゃん返りも
では具体的に戦争は、子どもたちにどんな影響を与えるのでしょうか。その影響は心理面や身体面、行動面など、心身に及ぶと考えられます。
まず心理面でいうと、目の前のテレビやYouTubeなどの映像の中で人が亡くなっているのを見ると、恐怖心や不安感があおられ、「次は自分かもしれない」「お母さんやお父さんが殺されてしまうんじゃないか」「みんないなくなってしまうんじゃないか、一人ぼっちになってしまうんじゃないか」という孤立への恐れが生まれる可能性があります。
こうした恐怖心や不安感が大きくなると、夜に眠れなくなったり、お腹が痛くなったり、頭痛や倦怠感が出てきたり、と身体的な症状にも表れることがあります。また、ずっと気持ちがふさぎ込んでいたり、勉強に集中できない、何かを決める力が鈍ってくるといった精神的な症状も出てきます。
これがさらに進むと、これまではそんなことはなかったのに、おねしょをするようになったり、指しゃぶりをしたり、赤ちゃん返りをすることもあります。
行動面では、常に神経が高ぶってしまい、ちょっとしたことでイライラして親やきょうだいとけんかをしたり、友だちとトラブルを起こしたりといったことも起こりえます。
■「あなたと同じ気持ち」子どもの気持ちに寄り添う
親は、こうした子どもの変化を見逃さないようにしてください。一応の目安として「9歳の壁」を挙げましたが、精神的な年齢は必ずしも実年齢と同じではありません。子どもの様子をよく見て、怖がってそわそわしたり、ニュースを見るのをいやがったりしたら、なるべく戦争のニュースは見せないようにしましょう。
そのうえで、親は子どもの気持ちに寄り添ってください。「怖くないよ」と否定するのではなく、怖さを感じること、不安を持つのは当たり前のことだと、その気持ちを認め、「お父さん/お母さんもこわいな」「あなたと同じ気持ちだよ」と伝えます。子どもは自分と同じように感じている人がいることに安心します。
そして、こういうときこそスキンシップです。ギュッと抱きしめたり、手を握ったりしてあげると、大きな安心感につながります。
スキンシップがとりにくい年齢なら、「ボイスシップ」が有効です。ボイスシップとは、安心感を与える声がけのこと。「みんなここにいるから大丈夫だよ」「お母さんが守るからね」など、家が安心、安全な場所だということを言葉で伝えます。
また夜が怖いという子どもについては、普段は1人で寝ているとしても、しばらく一緒の部屋で寝てあげるのもよいでしょう。
東日本大震災のように大きな災害が起こったときにも、こうした災害の様子をテレビなどで何度も目にすることで、大きな恐怖心や不安感を持つようになり不安定になった子どもたちがたくさんいました。対処方法は同じなので、ぜひ覚えておいてほしいと思います。
![娘を抱きしめる母親](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/7/1200wm/img_971e3cf6c204665f142391a123d761d8346896.jpg)
■極端に制限する必要はない
子どもが恐怖心や不安感で耐えきれなくなっている様子を、見逃さないことは大切ですが、そうでなければ、あまり神経質になる必要はありません。戦争が起こっていることは事実ですし、こうしたネガティブな情報は、生活の中にどんどん入ってくるので、全くゼロにすることはできません。もともと人間は、子どもも含め、危険や不安に対処する力を持っています。ですから基本的には、極端に親がそれを制限する必要はありません。
ただ、だからといって子どもの不安をあおる必要はないと思います。まだまだ死に関して理解ができない年齢の子どもに対して、ウクライナで起きていることすべてを、リアルタイムで学ばせなければいけないというものではありません。例えば私たちの多くが、第2次世界大戦は、リアルタイムではなく歴史として学んできています。子どもの成長や発達に合わせて伝えていくという発想を持っていればよいのです。子どもが理解でき、受け取るとこができるキャパシティに合わせて、親が伝える情報を選択すべきでしょう。
■興味を持ちすぎていたらどうするか
一方、子どもが戦場の悲惨な映像などに興味を持ちすぎている場合は、どうしたらよいのでしょうか。親が見ることを極端に規制すると、子どもは余計に見たがります。結局、親に隠れて見たりするようにもなりかねません。
ですから親としては、見ることや興味を持つことはよしとし、そこからこの戦争を、違う国に住む人たちに思いをはせ、命の大切さについて考えたり、政治や経済について学んだり話し合ったりするきっかけにしてほしいと思います。
また、テレビなどで映し出されるウクライナでの戦闘の様子に刺激を受けて、戦闘系のゲームが好きな子は、本物の戦闘をしたいと考えてしまうのではないかと、心配される親御さんもいるかもしれません。こうした場合、確かに関心は持つかもしれませんが、最初にご説明した通り、「9歳の壁」を超えた子どもであれば、現実とゲームがごっちゃになることは、まず考えられません。そこまで神経質に考える必要はないでしょう。
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産業医・精神科医
島根大学医学部を卒業後、様々な病院で内科・外科・救急科・皮膚科など、多岐の分野にわたるプライマリケアを学び、2年間の臨床研修を修了。その後は、産業医・精神科医・健診医の3つの役割を中心に活動している。産業医として毎月約30社を訪問。精神科医・健診医としての経験も活かし、健康障害や労災を未然に防ぐべく活動している。また、精神科医として大阪府内のクリニックにも勤務。
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(産業医・精神科医 井上 智介 構成=池田純子)
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