「党員活動はとても面倒で大変」だけど…中国で共産党に入る大学生が増えている本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年5月13日 17時15分
※本稿は、西村晋『中国共産党 世界最強の組織』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■世界ランキング上位にある中国国有企業
現役世代の中国人にとって、地域の党組織以上に身近な存在となるのが職場の党組織です。大学の党組織についてはこれまでも若干述べてきましたが、主に企業の党組織を本稿で詳しく述べていきます。
中国は日本と異なり、国有企業の存在感が非常に大きいです。特に国有企業では、企業内の党組織は大きな影響力を持ちます。企業の方向性を左右しますし、職場のガバナンスに対しても大きな力を発揮します。民間企業となるとこのような影響力は減退する傾向にありますが、一部の民間企業でも党組織が大きな力を持つケースはあります。
テンセントやアリババや恒大グループなど、日本でよく話題になる中国企業には民間企業が多いですが、「世界ランキング」で目立つ中国企業の多くは国有企業です。
トップレベルの国有企業である中国移動は携帯電話の契約者総数が9億4000万人(2020年現在)を超える世界最大の携帯電話事業者です。また、2020年に粗鋼生産量ベースでアルセロール・ミタルを追い抜き、世界最大の鉄鋼メーカーとなった中国宝武鋼鉄集団も、やはり国有企業です。
そして、フォーチュン・グローバル500などの世界企業ランキングの上位にランクインする中国企業を見ても、ステート・グリッド(国家電網)やペトロチャイナ(中国石油天然気)などの国有企業が目立ちます。
さらに、S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスによる世界銀行ランキングでは、2020年のベスト5は東アジアの銀行によって占められました。このランキングのベスト5のうち、5位の三菱UFJフィナンシャル・グループを除く4行(中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行)は全て中国の国有銀行です。
■なぜ中国企業の意思決定は速いのか
中国企業は意思決定が速いとか、変化が速いとよく言われます。その理由について、「コンセンサスを重視せずに経営者が専横的に決めているからだ」と言われたり、「コンプライアンスの縛りが日本企業ほど厳しくないためだ」と論じられたりすることがよくあります。
確かにこのようなケースもなくはないのですが、必ずしもこのような原因によるものだけではありません。コンセンサス軽視やコンプライアンスの欠如を理由に挙げるのは、中国に対するステレオタイプも大いに作用している見方だと思われます。
組織にとって大切なことは、ビジョンを共有することと、人の和です。この点は、いかにも日本の古い体質の中堅企業の経営者のお説教のように聞こえてしまうかもしれません。もうそんな話は聞きたくないとおっしゃる社会人の読者の方も多いでしょう。
しかし、中国企業であっても「ビジョンの共有」や「人の和」が重要であるのは変わりません。構成員がビジョンを共有せず、また、従業員同士の関係が希薄で相互に不信感を抱いている組織は強い組織になり得ません。
■企業内の党組織が「人の和」と「ビジョンの共有」を高める
「和」というと、「日本的」な概念と思われがちですが、そうとも限りません。余談ではありますが、「人の和」《人和》というのは兵法書の『孫子』にも出てくる言葉で、中国の組織においても馴染みの薄い概念ではありません。
『孫子』では、天の時や地の利に恵まれようとも、それは人の和にはかなわないと記されています。天候や地形が自軍に有利であろうとも、仲が悪く味方同士がいがみあっている軍隊は戦に負けるということです。
「ビジョンの共有」も、いかにも日本の中小企業経営者が好みそうな言葉ではありますが、外資系企業であっても重視される概念です。
コンサルタントのジェームズ・C・コリンズと経営学者のジェリー・I・ポラスによって著された『ビジョナリー・カンパニー』は組織論の名著と言われています。強くあり続ける企業にはカリスマ的経営者や天才的なアイデアなどは必要なく、企業理念やビジョンをメンバーが共有し、かつ、信じ切っていることが重要だと同書では述べられています。
なぜこんな「資本主義的な話」を共産党組織について述べている本書でしているかというと、組織における「人の和」と「ビジョンの共有」を強めることこそが、職場における党組織のカギとなる役割だからです。この点は、特に、社内での党員教育への関与やレクリエーション活動への関与の面で特に強く出てきます。
■共産党員が国有企業に入りやすいワケ
また、大学時代に共産党に入党を希望する学生の少なからずが、国有企業等への就職を選択肢として考えている学生です。
日本では「党員が特権階級として優遇されている」と捉えられることもあるようですが、国有企業側から見れば、既に党員になっている若者を採用したほうが、経営理念や管理の方針に同意してもらいやすく使いやすいという面もあります。
党組織が企業の経営や組織の指導に少なくない影響を及ぼしているため、また、企業幹部と企業内の党組織幹部を同一人物にする取り組みが行われているためです。
■企業内党組織における教育の内容
「党課」とは、党組織内で党員への教育を行うことです。中国語の「課」には、授業の意味もあります。党の授業なので「党課」と呼びます。
形式は、大学等の大教室での授業とあまり変わりません。教師役の幹部がパワーポイントの投影や板書をし、それを多数の党員が聴講するというものです。「党課」の教師は、党組織内の幹部が兼任したり、やる気のある特に優れた党員が担当したりしますが、場合によっては、上級党組織の幹部や外部の教師や学者を招聘(しょうへい)することもあります。
「党課」それ自体は、企業以外の共産党組織にもありますが、企業内の共産党組織の党課には、社員教育のような側面もある点に特色があります。企業内の「党課」はそれほど高い頻度で催されるものではないようで、国有企業の党組織の場合、年に一回程度、主に夏季に行われます。
■「党課」=社員教育という側面
国家電網党校(管理学院)党建研究課題グループによる『国有企業党支部業務指導ハンドブック』によれば、企業内党組織における「党課」の教育内容は次のようなもので、党員としての面だけではなく、社会人としての側面からも教育が施されることに特色があります。
(1)習近平思想や過去の指導者の政治思想に関する政治思想理論やその精神の教育。
(2)党の基本方針や重要政策に関わる教育。
(3)党章と党の基本知識に関わる教育。
(4)時事的な状況に関わる政策やタスクの教育。
(5)党の伝統や風紀の教育。
(6)党員の現実思想の教育。
(7)市場経済知識や科学・文化知識の教育。
(8)専門知識教育。
(9)企業文化教育。
(10)廉政(クリーンな政治)のための教育。
(11)社会主義核心価値観や中華民族の伝統美徳に関わる教育。
以上のうち、「(1)習近平思想や過去の指導者の政治思想に関する政治思想理論やその精神の教育。(2)党の基本方針や重要政策に関わる教育。(3)党章と党の基本知識に関わる教育。(5)党の伝統や風紀の教育。(10)廉政(クリーンな政治)のための教育。(11)社会主義核心価値観や中華民族の伝統美徳に関わる教育」等は、大学の党支部で入党希望者に施される教育とそう大きく変わらないテーマであり、企業以外の党組織でも行われているものです。
ですが、国有企業の党組織の場合、これらのテーマが、そのまま、企業の内部統制やコンプライアンス、また、CSRといった内容と関連している点で、社員教育という側面をも併せ持っています。
■社会人としての教養を高める項目も
他方、「(4)時事的な状況に関わる政策やタスクの教育。」は航空宇宙産業や防衛産業、また、インフラに関わる産業などでは、業務の遂行や今後の経営方針とも関わる重要なテーマとなります。また、「(7)市場経済知識や科学・文化知識の教育。(8)専門知識教育。(9)企業文化教育。」等は、中国共産党員としてのテーマというよりは、職業人として必要なテーマとなります。
これらは大学等の教育機関の党組織では扱うべきではない内容になります。教育機関であれば、これらの内容は「党課」以外の普通の授業や研究で扱うべきものです。
■共産党支部で行われている教育
「党課」とは別に、党支部(3~49名の党員で構成される中国共産党の基本的な組織)でも党員の教育が行われます。
学習時間を比較すると、こちらのほうが党課よりも長いものになります。党支部での教育の内容は、過去の指導者の政治思想や習近平思想、党の方針や政策などの党の基本知識のほかに、科学・文化知識や業務知識を学習する点に特色があります。
党支部における学習時間はそれなりに長いものです。国有送電会社の国家電網の場合、党支部書記の場合は1年間で45~50分の学習を計56コマ修めます。同社では、一般党員の場合も、45~50分の学習を1年間で32コマ修めます。
党支部書記の場合は1年に1回の短期集中トレーニング履修が推奨され、一般党員の場合も、1カ月の学習時間が6時間以上であるよう求められます。
また、一般党員の場合、半期ごとに、学習内容の要約あるいは決意表明のレポートを2篇以上、提出しなければなりません。
■とても面倒で大変だ。けれど…
本書の執筆にあたって、ネットで共産党員の知人から愚痴を集めたのですが、党支部の教育活動については、党員側から「とても面倒で大変だ」という愚痴のようなものはしばしば聞かれました(上で教育活動の事例を挙げた国家電網の従業員の愚痴ではありません)。
実際、中国滞在時にも同僚や上司から同じような愚痴は聞かされました。他方で、中国滞在時にも、インターネットを通じたインタビューにおいても、「不必要である」「なくしたほうがよい」という意見を聞いたことはありませんでした。外国人に対する体裁の保持という面もあるのかもしれませんが、「大変ではあるけれど、概ねいいことだと思う」というところが、一般党員の体感ではないかと思われます。
筆者は、経営学を研究していることもあり、日本の知人友人から社員教育に関わる愚痴を聞くことも多々あります。日本のワンマン経営者のいる企業の従業員から、「社員教育があまりにもくだらないのでやめたほうがいい」という意見をしばしば聞きました。社員の愚痴が多い社内教育は、精神論に偏っていたり、業務とはあまり関係のない創業者の独善的な理想やスピリチュアル的な偏った思想を宣揚させられたりするような内容でしたので、同情せざるを得ませんでした。
他方で、大企業の従業員からは、「社員教育や幹部登用の試験は大変だし、時には上司が的外れな指導をしてくることもあるが、訓練や試験そのものは不要ではないと思う」「勉強内容それ自体はためになったと思う」という意見を多数聞きました。訓練を受ける側からの社員教育に対する評価は、ある程度は教育効果を反映しているものです。
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経営学者、文化学園大学 准教授
1977年、東京都武蔵野市出身。創価大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得後退学。博士(経済学)。中国の企業改革を約20年間にわたり調査・研究。中国企業論や国有企業のガバナンスに関する論文多数。外務省北米局北米第二課非常勤職員(国際経済・金融分析員)、創価大学経営学部助教などを経て、2012年に中国内陸に渡り、2021年まで河南農業大学外国語学院准教授。2022年4月より文化学園大学語学研究室任期制准教授。中国における大衆文化の変遷にも強い関心があり、慢揺をはじめとする中華圏の土着ダンスミュージックのDJとしても不定期で活動中。著書に『中国共産党 世界最強の組織』(星海社新書)。
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(経営学者、文化学園大学 准教授 西村 晋)
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