1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「お礼にカレンダーをお送りしたい」郵便局長が常連客に手厚いサービスを言い出す"本当の狙い"

プレジデントオンライン / 2022年5月15日 10時15分

日本郵便の経費で作製されていたカレンダー - 写真提供=筆者

全国の郵便局長たちが、選挙で自分たちの利益代表の得票につなげようと、自社の顧客情報や経費を流用していた疑惑が、朝日新聞と西日本新聞の追及で明るみに出た。具体的な手口を朝日新聞の藤田知也記者が2回にわたって解説する。前編は8億円超にも上るカレンダー経費の流用疑惑について――。(前編/全2回)

■夏の参院選の「1票」につなげようとしていた

兵庫県のある小さな郵便局で、仕事に使うレターパックを大量に買った30代の女性が、窓口の女性社員から声をかけられた。

「お礼にカレンダーをお届けしてもいいでしょうか」

女性客が「それならぜひ」と軽い気持ちで応じると、窓口の社員が「こちらに住所と名前を」と、無地の白いメモ帳を差し出してきた。2020年秋のこと。女性客は自分の住所と名前を書いて伝えていた。

てっきりカレンダーが郵送されるのかと思っていたら、違った。年末になり、面識のない郵便局長が自宅をアポなしで訪ねてきた。

「郵便局をご利用いただき、ありがとうございます」

そう言って、1冊のカレンダー「郵便局長の見つけた日本の風景」を手渡してきた局長は、二つ、三つと言葉を交わして帰っていった。ずいぶん丁寧な顧客サービスだなと受け止めたが、局長の「本当の狙い」は別のところにあった。2022年夏の参院選で「1票」につなげようとしていたのだ。

■カレンダーをまき餌に票になりそうな顧客を物色

小規模局を中心に約1万9000人の局長でつくる全国郵便局長会(全特)の森山真・専務理事は2020年12月2日、各地の地方組織に宛てたメールでこう書いていた。

「郵便局利用者・支援者対策として、原則、訪問による『カレンダー』や自由民主の配布をお願いしている。12月の休日等を有効に活用し、確実に対応いただくよう、適切な指示、指導をお願いします」

「自由民主」とは、自由民主党の機関紙のこと。当時の菅義偉首相と二階俊博幹事長の顔写真入りで、「地域力UPに奮闘する郵便局」と題した特集を組んだ号外版。任意団体である全特は、カレンダーと自由民主をどれだけ配ったかを年明けに報告するよう各地方組織に要求していた。

約2900人の会員を擁する近畿地方郵便局長会が2020年にまとめた活動方針には、2022年の参院選に向け、支援者となりそうな顧客を郵便局内で探すよう求める指示が明確に記されていた。局内のロビーで顧客を物色するという文字どおりの「ロビー活動」により1週間に3世帯の支援者を獲得し、「会員1人80世帯以上」の支援者づくりを「絶対目標」に掲げていた。

■Aランクは「絶対に選挙で名前を書いてくれる人」

近畿地方で局長たちが使わされたエクセルファイル「カレンダーお届け先リスト」は、支援者らの情報を管理するためのもので、タイトルはプルダウンで「支援者名簿」「後援会名簿」に切り替わる。相手の名前や住所、同居人と併せ、参院選の投票行動を予想してA~Cでランク付けする欄もある。Aの基準は「必ず投票に行き、氏名を書いてくれると確信を持てる人」。書いてもらう氏名とは、全特が参院選で擁立する組織内候補だ。

ピラミッドチャート
写真=iStock.com/maricos
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maricos

郵便局を利用しただけの冒頭の女性も、こうした政治活動の「標的」になっていたのは間違いない。「C」ランクからスタートし、隙さえあれば候補者の後援会入会を持ちかけ、あわよくば投票も呼びかける狙いがあったとみられる。

このロビー活動で見過ごせない個人情報の問題については後編に譲るとして、今回はあえてカレンダーの疑惑に焦点を絞る。

■政治活動に使うカレンダー代金8億円を日本郵便が支出していた

疑惑のポイントは、参院選の得票につなげる目的が明白であるカレンダー配布が、じつは日本郵便が支出した億単位の経費でまかなわれていたことだ。

以前は局長会側の負担でカレンダーを作成していた例もある。それが前回参院選を翌年に控えた2018年8月、日本郵便会長(当時)の仲介により、全特の事務局担当者が日本郵便執行役員に経費での購入を要望。注文期限が翌9月中旬に迫っており、よほどの事情があったとみられるが、日本郵便側は要望理由を詳しく聞くこともなく、1局あたり50冊、計2億円を気前よく支出していた。

さらに翌2019年には、全特会長から購入本数の倍増を求められ、これまた年4億円の予算をすんなりと認めている。この結果、2020年度までの3年間で計約51万冊、8億円超がつぎ込まれた。

本来は局長会が負担すべき政治活動の経費を日本郵便が肩代わりしていたことになる。物品や経費の目的外利用は明白で、動機によっては横領や着服が疑われる事態だ。金額の大きさから言えば、解雇されて刑事責任を問われる社員がいてもおかしくないレベルではないか。

ポスト
写真=iStock.com/makisuke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/makisuke

■「支援者も郵便局の利用者」というおかしな理屈で正当化する日本郵便

日本郵便は郵便物数が減少していくなかで収支改善を図るため、土曜・翌日の郵便配達を取りやめ、過疎地の営業時間を縮める「サービス低下」を進めている。郵便料金も段階的に引き上げるコスト負担増を一般の利用者に課してきたわけだ。グループ内でも従業員の削減を進めているさなかだけに、8億円を超える野放図な経費支出には、厳しい態度で臨むはずだとの期待も出たが、それは見事に裏切られることになった。

日本郵便は自ら問題を矮小(わいしょう)化していく。

全特がカレンダーについて「支援者に配るように」と指示を出し、本来の「顧客サービス」とは異なる政治目的で配られた例があることは認めた。だが、「支援者も郵便局の利用者だ」というおかしな理屈を並べ立て、経費や物品の返金や賠償は求めないという結論を早々に下した。全特側が経費の支出をなぜ要望したのかという「動機」については調べようともせずに、調査を昨年末で打ち切った。

■経費で作ったカレンダーで著作権収入を得る全特

こうした日本郵便の対応には当然、現場の局長からも不満が噴出している[参照:「カレンダー横領したん?」 食卓で尋ねる息子、真相は語れず:朝日新聞デジタル(asahi.com)]。日本郵便内でも昨秋には「きちんと不正実態を解明すべきだ」と意気込む幹部はいたが、今回はそれを日本郵政グループ側が抑え込む図式になっている。

件のカレンダーは、全特主催のコンテストで選んだ局長たちの写真で作ったもので、著作権を持つ全特側も一定の収入を得ている疑いが濃厚だ。つまり、日本郵便社員である全特幹部らが働きかけたカレンダー購入によって、支出された億単位の経費の一部は全特の関連団体に流れていた疑いが強い。非上場の同族経営ならいざ知らず、役職員の関連先に利益を融通する取引はなるべく排除するというのが上場企業経営では常識だ。

藤田知也『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)
藤田知也『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)

だが、日本郵便の衣川和秀社長は昨年末の記者会見で「著作権の支払いは商行為として特異ではない」などと繰り返し、従業員が経費を元手に利得を得ていても問題はないと主張。経費の一部が全特側に還流しているかどうかを何度も質問されながら、頑なに答えずに隠し通した。

日本郵便は郵便局の局舎賃料を元手に局長会関連団体が多額の利益を得ることも容認しており、上場企業の主要会社としての資質が疑われる状況だ[参照:郵便局舎の移転、目立つ局長団体 融資、過去3年で2割超 総額30億円:朝日新聞デジタル(asahi.com)]。

日本郵便取締役も兼ねる日本郵政の増田寛也社長も、衣川氏に同調してみせた。11月末の会見では「調査で明らかになる」と歯切れよく説明していた態度を、クリスマスイブの会見では一転させ、経費の還流については問題視せず、決して明かそうともしなかった。

郵政首脳陣がなりふり構わずに幕引きを急ぐ姿勢は、年明けからさらに鮮明になっていく。(後編につづく)

※郵便局長会に関する情報は、筆者(fujitat2017[アットマーク]gmail.com)へお寄せください。

----------

藤田 知也(ふじた・ともや)
朝日新聞記者
早稲田大学大学院修了後、2000年に朝日新聞社入社。盛岡支局を経て、2002~2012年に「週刊朝日」記者。経済部に移り、2018年から特別報道部、2019年から経済部に所属。著書に『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)など。

----------

(朝日新聞記者 藤田 知也)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください